2022年5月4日、FRB(米連邦準備制度理事会)はFOMC(連邦公開市場委員会)で、主要政策金利であるFF金利(フェデラル・ファンド金利)の誘導目標を0.50%ポイント引き上げて年0.75~1.00%としたほか、保有する資産を縮小するQT(量的引き締め)の6月開始も決定しました。以下では、今回の決定概要と、当面の見通しについて弊社チーフ・ストラテジスト神山直樹の見解をお伝えします。

高インフレの抑制を優先

22年ぶりの大幅利上げ
FRBは、今回の声明に「ロシアのウクライナ侵攻(以下、ウクライナ紛争)に伴う物価上昇圧力や中国のゼロコロナ政策が供給網をさらに混乱させる可能性があり、インフレリスクを強く注視している」との文言を追加して、高インフレへの抑制を急ぐ姿勢を明確にし、ITバブルで景気が過熱していた2000年5月以来22年ぶりの大幅利上げを決定しました。なお、FRB議長の記者会見では、6月と7月のFOMCでも0.50%ポイント利上げする用意があるとし、0.75%ポイント利上げは積極的には検討しないと表明しました。

資産縮小も開始
また、FRBは、原則として、保有する償還期限を迎える国債などの再投資を停止し、資産を縮小させるとしました。縮小規模は、6~8月は475億米ドル/月ですが、9月以降は上限950億米ドル/月と、前回QTを実施した2017~19年の上限500億米ドル/月を上回ります。なお、QTの効果について、FRB議長は記者会見で、正確には計れないが、年0.25%ポイントの利上げに相当する試算もあると述べました。

総じてFRB議長の記者会見では、インフレ抑制に対応しつつ、景気後退につながる過度な措置は避けようとする姿勢が垣間みられ、今後、金融政策を慎重かつ柔軟に調整していくと見込まれます。

金融市場は乱高下

5月4日の米国市場では、金融政策の決定内容がおおむね予想通りであったことから、金利が低下、株式相場は上昇しました。しかし、翌5日は、景気後退が懸念される一方で、高インフレへの対応にFRBがより積極的な利上げを迫られるとの見方が拡がり、金利が上昇、株式相場は大幅下落しました。

【図表】[左図]米国:物価指数、政策金利、FRB資産規模の推移、[右図]米国:株価指数と10年国債利回りの推移  
  • (信頼できると判断したデータをもとに日興アセットマネジメントが作成)
  • 上記は過去のものおよび見通しであり、将来を約束するものではありません。

当面の見通し

米国の株価指数、NYダウ工業株30種は、4月下旬から上下動の幅が大きくなり、しばしば1日の値幅が900米ドルを超えています。これは乱高下と呼べるかもしれませんが、5月6日時点の水準(32,899米ドル)は、最近の安値である32,632米ドル(3月8日)を上回っており、ロシアがウクライナに侵攻した後の安値を割り込んだわけでも、さらに下げトレンドに転じているわけでもありません

2022年に入り、1月は高インフレとFRBによる利上げの行き過ぎへの不安、2月はウクライナ紛争といった市場のセンチメントを冷ます材料が相次ぎました。しかし、産油国である米国については、ウクライナ紛争と主要国によるロシアへの制裁に伴う原油不足が、停電や生産停滞につながると考える必要はありません。中東産油国の増産規模が小さく、世界的な原油不足でガソリン価格が上昇することに関しては、米国消費を悪化させる恐れがありますが、トランプ前政権のコロナ禍対策の財政出動で潤った消費者が、貯金を取り崩し終わっていないため、消費は順調に伸びています。5月6日発表の雇用統計でも、労働市場は底堅さを維持していることが示されました。

米国経済が好調であるからこそ、FRBが利上げすると主張するのは当然です。FRBは、昨秋から金融政策の正常化タイミングを見計らっていたものの、市場の利上げ嫌悪やウクライナ紛争で遅れてしまったことが、22年ぶりの大幅利上げにつながったのでしょう。コロナ禍前は、イエレンFRB前議長が政策金利をリーマンショック対応の年0~0.25%から年2.25~2.50%まで引き上げていました。政策金利の正常化は、少なくとも年2.25~2.50%が目安になるとみています。

では、株式市場は何におびえて乱高下しているのでしょうか。

一つは、FRBが金融引き締めを急ぎすぎることです。FRBは、今回の0.50%ポイント利上げに続き、6月と7月のFOMCでも0.50%ポイントずつ利上げする可能性が高いことを示唆しました。一度に0.75%ポイント利上げする可能性が低いという趣旨でしたが、政策金利(レンジ上限)が年内に2.00%を超える可能性が高くなり、「スピードの出し過ぎ」で経済が悪化するのでは、との恐れを持つ市場参加者が増えたようです。金利上昇は、住宅ローンや自動車ローンの金利上昇を通じて消費を冷やす恐れがあります。しかし、米国の消費者は、すでに住宅や自動車・冷蔵庫・洗濯機などをかなり購入済みである上、コロナ禍後の正常化で外食や旅行などへの興味を強めています。

もう一つは、ネット関連企業の収益が思いのほか弱いことにあります。金利上昇とは直接関係なく、例えばネット配信の値上げで顧客離れが起きたり、SNS(交流サイト)の新規加入者の伸びが低迷するというような、ネット業界全体に「自粛生活からの脱却」のあおりで成長期待が失われる状況になっています。旅行・ホテル、空運などが正常化を享受する環境が整い始める一方、巣ごもり需要が強かった業種で行き過ぎの修正が起こり始めているようです。

株式市場の乱高下は、金利上昇による消費への影響を気にする「マクロ重視派」と、個別銘柄の決算などを気にする株式投資家の意思決定タイミングのずれが原因で起きているとみています。長期投資の観点では、政策金利の引き上げが不適切に進行すると過度に心配する必要はないでしょう。FRBも「利上げスピードを調整」していくはずです。グロース銘柄の収益への心配や、EV(電気自動車)関連企業の株式売却資金がSNSの買収に使われるのでは、といった需給の懸念も、一時的なぶれにはつながりますが、長期的な収益環境の悪化を懸念するような具体的な材料があると考える必要はないと思います。