5月16日、大手格付け会社のムーディーズが米国債の格付けを最上位の「Aaa」(「AAA」級)から「Aa1」(「AA+」級)に1段階引き下げました。他の大手2社(S&Pとフィッチ)が引き下げ済みだったこともあり(左下グラフ)、金融市場の反応は概ね冷静でしたが、米国の財政赤字削減の見通しは立っておらず、将来、一段と格下げされる可能性も否定できません。そこで本稿では、どの程度まで格下げされたら問題になりそうか、バーゼル規制(国際的な金融規制)での国債格付けの扱いという切り口から考察します。
金融規制の観点から重要なのは「AA-」級以上
銀行は通常、預金などで調達した資金の一部を国内外の国債を含む有価証券に投資します。ただし、無制限に行なえるわけではなく、バーゼル規制の指標を達成する必要があります。
バーゼル規制の標準的手法では、国債格付けがリスクウェイトという値に影響します。具体的には「AA-」級以上の国債はリスクウェイトが0%(保有増でもリスク増とみなされない)として扱われますが、格付けが下がると段階的にリスクウェイトが上昇します(右下図【A】)。このリスクウェイトは、リスクのある資産に対して自己資本がどの程度あるかを示す、自己資本比率(右下図【B】)の算出に使われ、リスクウェイトが上昇すると、分母(リスクアセット)は増加し、同比率が低下(悪化)します。
またリスクウェイトは、金融危機などのストレス環境下で銀行が資金流出に直面した際に、保有国債などの流動資産の売却で凌げるかを示す、流動性カバレッジ比率(右下図【C】)にも影響します。同比率の分子にある高品質流動資産は、国債などに掛け目を乗じて算出されるものです。リスクウェイトが0%であれば、国債の評価額がそのまま算入されますが、リスクウェイトが上昇すると、割り引かれた評価額となるため、分子は減少し、同比率が低下(悪化)します。
ここで重要なのは、自国国債(自国通貨建て)のリスクウェイトは格付けに関係なく0%の適用も可能という点です。そうしたこともあり、米国内では米国債の格下げが続いても規制上の影響は限られるとみられます。しかし米国外では、米国債の格付けが「A+」級以下になるとリスクウェイトが0%から上昇するので、前述の各種指標が悪化する可能性が浮上します。特に、流動性カバレッジ比率は、自国通貨換算後だけでなく、主要通貨別のモニタリングも必要なため、銀行による米ドルの調達・運用に負荷がかかるおそれがあります。
「A+」級以下扱いとなるには時間がかかる
もっとも、バーゼル規制で複数社(前述の大手3社とは限らない)の格付けを参照する場合、その中から2番目に高い格付けを参照することに留意が必要です。2011年の米国債初の格下げから、今回の格下げまで10年超かかったことを考慮すると、複数社が米国債を格下げし、「A+」級以下となるには時間がかかるとみられます。米国の財政状況は確かに懸念されますが、規制の観点でみると、当面は「AA-」級以上という扱いは変わらず、格下げが問題となる可能性は限られると思われます。
![【図表】[左図]米国債の利回りの推移と格付け変動、[右図]バーゼル規制における国債格付けの扱い](/files/market/rakuyomi/images/rakuyomi_vol-2100.jpg)
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- 上記はバーゼル規制のすべてを網羅するものではなく、標準的手法を用いた場合、国債格付けの影響が見込まれる指標等の一部を取り上げています。
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