今年6月、「『日本再興戦略』改訂2015」が閣議決定されました。株式市場ではあまり大きな話題にならなかったものの、これまでの成長戦略が、需要不足の解消に重きを置いていたのに対し、今回の再興戦略では、人口減少社会における供給制約の克服に重点が置かれており、この点は、大きな変化であると考えています。同再興戦略の中では、未来への投資を積極化し、一人一人が潜在力をフルに発揮することでより大きな付加価値を付ける、「生産性革命」を成し遂げる必要があることが強調されています。今後は、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータ、人工知能による産業構造の変革、そして、IT(情報技術)の活用を推進するための環境整備が行なわれる見込みです。

 90年代以降の日米のIT投資の動向を比べてみると、世界中から有能な人材が集まる傾向にあり、起業家精神に富む文化をもつ米国では、企業が売上の拡大をめざし、「攻めのIT投資」を積極的に進めたことでスマートフォンや、eコマースなど、新たな製品やサービスが次々に生み出されてきました。これに対して、日本では、企業によるIT投資の伸びは緩やかで、内容もコスト削減を目的とした「守りのIT投資」が中心となっていました。企業収益が回復し、財務体質も改善してきた今こそ、政策の後押しも受けて、成長につながる「攻めのIT投資」に踏み切る企業が増えてくると考えています。そして、既に、一部の企業では、IT投資が売上拡大につながっている例も出始めています。

 最近取材をした外食チェーンでは、ポイントカードのデータを活用して、各時間帯別の客層や注文内容などの情報を詳細に分析し、クーポンの発行やメニュー開発、店舗運営などに活かしていることが、売上の増加につながっているとのことでした。最近では、アルコール類を割安に提供する「ハッピーアワー」の時間帯を、データに基づいて拡大したことなどが、客数の増加につながっているようです。また、中小企業向けを中心にオフィス機器の販売や、システム構築を行なっている企業では、営業社員全員がタブレット端末を持ち、顧客の購入履歴や、商談の経過などのデータをもとに、経験の少ない営業社員でもその場で最適な商品提案を行なうことができるシステムを構築したことで、営業人員を増やすことなく、毎年売り上げを伸ばすことに成功している例もみられています。

 日本企業は、好業績を背景に財務体質が改善したことから、余剰資金を多く抱えた状況にあります。経営者の多くは、株主から効率的に資金を活用することを求められる中で、株主還元を充実させる一方で、成長に向けた投資を積極的に行なう必要性を強く感じ始めています。特に、工場の自動化が進んでいる製造業と比較して、生産性が低い企業が多い小売、サービスなど非製造業の分野で、成長のための「攻めのIT投資」が活発化することが期待されます。

日本企業の資金動向(1980年1-3月期~2015年4-6月期)
  • 出所:財務省「法人企業統計調査」

 一方、足元でIT投資が堅調に推移している要因の一つとなっているのが、10月から導入が始まっている「マイナンバー制度」です。企業は官公庁などに提出するすべての書類にマイナンバーを記載することが義務付けられ、番号を管理する仕組みや、セキュリティー対策が求められています。これに対応した企業のマイナンバー関連のIT投資が、すでに動き始めているほか、国や地方自治体でも、マイナンバーの活用に向けたIT投資が進められています。マイナンバーの導入は、電子政府の推進を加速し、国や地方自治体の生産性を高めることが期待されていますが、中期的には、金融、医療・介護の分野を中心に民間でも活用される見通しとなっており、民間企業のIT投資拡大にもつながるものと考えています。

 ジパングでは、企業の「攻めのIT投資」の活発化や、マイナンバー導入などを背景とした、中期的なIT投資の拡大傾向を受けて、業績の成長が期待できる、ITサービス関連企業や、ITを積極的に活用することで売上の成長が期待できる企業などに注目し、今後の調査活動を行ないたいと考えています。

  • グラフ・データは過去のものであり、将来の運用成果などを約束するものではありません。