本稿は2021年1月8日発行の英語レポート「2021 Emerging Markets Fixed Income Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

2020年の振り返り

新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)は、新興諸国を中心に世界各地で甚大な人的・経済的被害をもたらした。それにもかかわらず、新興国債券市場の投資家は2020年にプラスのリターンを獲得し、指数ベースでは現地通貨建て債券が+2.5%、ハードカレンシー建て債券が+5%、ハードカレンシー建て社債が+7%をそれぞれ上回るリターンとなった1。このことは、投資家が新興国債券市場に投資する際、投資対象国についてとともに外的要因を精査する必要性を改めて実感させる。結局のところ、2020年に新興国債券市場の投資家にとって重要だったのは、世界各国のパンデミックへの対応だったと言える。

1JPモルガンGBI-エマージング・マーケッツ・ディバーシファイド指数(米ドルヘッジなし)、JPモルガンEMBIグローバル・ディバーシファイド指数、JPモルガンCEMBIブロード・ディバーシファイド指数。

世界の金融面におけるパンデミックへの対応は未曾有の規模で、各国の政府と中央銀行は合計で推定15兆米ドルにのぼる景気刺激策を実施した。これは、2008年の世界金融危機下の支援規模を大幅に上回る。米国では財政刺激策の規模が3兆米ドルを軽く超えたほか、連邦準備制度理事会(FRB)は政策金利を他主要国に追随してほぼゼロに引き下げ、資産購入を通じた量的緩和措置による流動性供給も大幅に拡大した。こうしてもたらされた潤沢な流動性のおかげで金融市場の投資家心理は回復し、先進国の実質金利が総じてマイナス圏に陥るなか、投資家は新興国債券市場の資産に高い利回りを求めるようになった。

しかし、新興国の状況は各国で大きく異なることから、新興国債券投資には選別的なアプローチを用いることが重要だと改めて実感させられた。トルコでは夏季の観光収入の落ち込みが痛手となり、トルコリラが再び下落した。2020年は2018年と同様、行きすぎた量的緩和政策がリラ暴落を招き、インフレ率は2桁に達した。ブラジルでは、ジャイル・ボルソナロ大統領によるパンデミック対策の不手際により、すでに逼迫していた財政は限界へと追い込まれ、ブラジルレアルはこの1年間で大幅に下落した。また、ロシアは反体制派指導者アレクセイ・ナワリヌイ氏の毒殺未遂事件、アフガニスタンでの米兵殺害に対する報奨金支給、米国選挙への介入、多数の大胆なサイバー攻撃など、国家関与が疑われた数々の地政学的火種の中心となった。さらに、隣接するベラルーシで抗議デモが続いたほか、アルメニアとアゼルバイジャンの民族紛争が激化した。

幸いなことに、多くの新興国通貨は好調に推移した。中国は武漢市を76日間封鎖後、概して大きな被害もなくパンデミックを脱したようで、経済はほぼ正常に機能している。また、一部のアジア諸国も、パンデミックによるテクノロジー製品に対する旺盛な需要の恩恵を享受している。最後に、多くの海外出稼ぎ労働者が失業で苦境に立たされているにもかかわらず、受け入れ国政府からの給付金により、本国送金は驚くほど順調である。

2021年に向けて

2020年は新興国債券にとって激動の1年だったが、最終的にはプラスのリターンをもたらした。果たして2021年も同様のリターンを期待できるだろうか。残念ながら、米国債利回りはすでに低い水準になっており、新興国債券がこの数年ほど力強いパフォーマンスを挙げることはないだろう。しかし、ソブリン債のスプレッドはここ数カ月で大幅に縮小しているにもかかわらず、過去の平均値を依然として上回っている。これは、スプレッドの縮小がリターンの源泉になる可能性を示している。さらに、現地通貨建て債券とハードカレンシー建て債券の利回りは双方とも、先進国の平均を依然として大幅に上回っており、低利回りの国々の投資家からの需要の拡大を示唆している。したがって、先進国の低金利環境が継続すれば、新興国債券により多くの資金が流入するだろう。最後に、新興国通貨はここ数年のアンダーパフォームにより、全体として大幅に割安となっていることから、今後は現地通貨建て債券のパフォーマンスを押し上げる可能性が大いにあるだろう。

2021年の新興国債券の見通しを行うにあたりバリュエーション以外の要因として、世界各国の金融政策、財政政策、経済成長などの外的な要因が非常に重要である。2021年は、主要各国の中央銀行が金融政策を大幅に変更することはないと当社は予想しているが、経済活動、ひいてはインフレ圧力は年末までは抑制される可能性が高い。その頃にはワクチン接種の普及により、集団免疫がある程度形成され始めているだろう。このような環境下、世界的な低水準の金利により、新興国債券への資金流入が増加することが見込まれる。

2021年の各国の財政政策の規模は未だにはっきりしない。だが、先進国では考えられる金融政策がすべて実施されたとみられる状況において、今後数ヶ月のうちに個人や企業を支援するための追加刺激策が必要となる可能性が高く、財政出動はさらに拡大すると予想される。こうしてもたらされる先進国の債務残高の増加は、世界的に低金利を持続させ、そのことも新興国債券への資金流入を促す要因になるだろう。

2021年の経済成長見通しは一見明るいが、景気回復の時期は不透明性が高いままで、時期はワクチン接種の成功にかかっている。多くの新興国では、年後半までワクチン接種を開始できない可能性が高い。そのため、多くの新興国が感染症の新たな波に悪戦苦闘する中、景気回復は低調で、そして断続的なものとなるだろう。これは、直接的には観光客により、また間接的にはエネルギー資源の需要により、人の移動に依存する多くの国にとっては決定的な影響になり得る。したがって、当社は景気回復について楽観的な見方を維持する一方、その過程で多少の遅れや一時的な後退があるものと予想する。

最後に、当社の見通しは概して建設的だが、リスクを引き続き十分に認識しておく必要がある。いつものことながら、新興国においてはその国がもつ固有のリスクにより、一夜にして勝者が敗者に転じることがある。2021年の主なリスクとして財政政策の誤算、地政学的混乱、社会不安が挙げられる。

新興国の間でも、財政対応に大きなばらつきがある。高格付けで債務負担の低い国々の多く(中・東欧、チリ、ペルーなど)が大胆な景気刺激策を講じている一方、大幅な格下げリスクにさらされている国々の一部(メキシコ、インド、コロンビアなど)はより慎重な対応に努めている。また、ブラジルと南アフリカは債務負担が増大し、経済成長見通しが伸び悩むというあまり芳しくない状況にある。経済の成長と金融の安定のバランスを取りながら、最適な財政対応を見極めることが2021年も引き続き各国にとっての課題となるだろう。多くの新興国では地政学的緊張が根強く、しばしば前触れもなく暴発することがある。ここ数年、米国では超党派的な対中国不信が著しくなっており、新政権発足後もこうした米中関係の緊張状態は続くとみられ、火種となり得るだろう。ロシアもライバル視する民主主義国に対抗姿勢を示しており、対ロ経済制裁のリスクは常に存在する。一方、トルコは東地中海における領有権を主張し、欧州近隣諸国をいらだたせている。

最後に、近年は多くの国で社会的緊張が顕著になっている。中所得国でも所得格差が著しく拡大していることから、社会的緊張はもはや低所得国に限られたリスクではない。2010年12月の「アラブの春」と2019年10月の「チリ暴動」は、根底に潜む社会的緊張が突然噴出する恐れがあることを示している。当社は、タイ、コロンビア、ペルーをはじめ、多くの国における社会不安のリスクに留意しており、そうした不透明性の高まりが投資家に嫌気される可能性がある。

当社の見通し

2020年は勝者と敗者がはっきり分かれた年であったが、2021年もこの傾向は続くとみられ、当社は新興国債券に対して強気ではあるが、選別的なアプローチを継続する。当社では経済のコモディティ輸出依存度が過度に高い国、および/または国外から多額の資金調達を行う必要のある国で、特にこうしたリスクに見合うだけのリターンが期待できない国への投資を今後も回避する。ただ、新興国通貨は数年間にわたりパフォーマンスが低迷していたが、その結果バリュエーションはかなり魅力的な水準にあると見られることから、ようやく投資家の注目を集めるようになるだろう。このような観点から、トップダウンの資産配分と国ごとの詳細な評価を組み合わせた投資戦略を継続する。こうしたアプローチは、今後数年において新興国投資が良好なリターンをもたらす最も優れた手法だと当社は考える。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。