本稿は2022年6月22日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

リセッション不安が高まるも、コロナ後に続いている景気変動を反映しているにすぎない可能性

投資環境概観

S&P500種指数のリターンが4月の初めから5月の第3週まで7週連続でマイナスとなったことを考えると、市場参加者が弱気一色となったのは驚くことではなく、リセッション(景気後退)が迫っているとの声が偶発的に高まっている。リセッションを2四半期連続のマイナス成長と定義すれば、これが(可能性が低いとしても)起こり得る話であるのは確かだ。しかし、今回の状況は、長期化した景気拡大の後に訪れる通常のリセッションではなく、コロナ後に続いている極端な景気変動を反映しているにすぎないのかもしれない。

2020年序盤にコロナ対策のロックダウン(都市封鎖)に伴って始まった経済ショックは、極端な落ち込みから大幅な回復へと振れる波動のなかに依然あり、その余波が続いている。政策当局は景気悪化の打撃を和らげたが、「総力を挙げた」景気刺激策とその後の慌てた引き揚げによって在庫サイクルの機能不全が悪化し、供給チャネルと需要パターンが不均衡で大きくずれた状況が続いている。景気刺激策が引き揚げられ、今では過剰在庫解消局面の初期に入りつつあるなか、景気は減速する可能性があり、また過剰在庫の解消はディスインフレをもたらしやすい。

市場は現在、来たるFOMC(連邦公開市場委員会)で0.75%もの引き締めが実施されると織り込んでいる。米FRB(連邦準備制度理事会)がこの予想通りの動きを見せた場合、リセッションに陥る可能性は高いと思われる。しかし、変動の続いている経済指標によって(例えば在庫の解消に伴い)インフレ圧力が多少なりとも和らいだことが示されれば、FRBはそれに応じて政策調整を行う可能性があり、またそうするとみられる。今回のサイクルが異なっているのは、引き締めの背景にあるのが、過剰信用のシステムからの排除という目的よりも、景気刺激策を長く続けすぎたのではとの思惑であることだ。重要な点として、民間部門は健全なバランスシートを維持しており、世界経済と資本市場には景気刺激策のもたらしたバブルに参加しなかった分野が数多く存在する。FRBが景気回復を潰さざるを得ない状況にならずに済めば、それらの分野は需要の回復が依然追い風となりやすい。

もちろん、リスクには事欠かない状況であり、なかでも重要なのは、ロシア・ウクライナ戦争とそれに伴う制裁措置が予期せぬ事態をもたらす可能性だ。今のところ、大きな失策や政策ミスがなければ、景気の鈍化とそれに伴う何らかのインフレ圧力の緩和がリスク・センチメントにある程度のサポートをもたらす可能性があるが、それは景気刺激策による収益拡大や過度なバリュエーション上昇の見られなかった市場セクターに限られるかもしれない。

クロス・アセット

当月は、グロース資産のスコアをマイナスに据え置く一方、金利市場のアグレッシブな調整局面は(少なくとも今のところは)過ぎたと判断し、ディフェンシブ資産のスコアを引き上げて中立とした。金融環境がタイト化していることから、需要は多少なりとも鈍化するとみられ、これが今後数ヵ月の雇用統計や他の景気指標に影響を及ぼし得る。インフレの沈静化(その大半はベース効果によるものだが、需要の減少を受けて沈静化ペースが加速する可能性がある)も相まって、中央銀行は、政策意図を示すにあたり発言のタカ派色をさらに強めるプレッシャーから解放されるかもしれない。

この変化は様々な資産クラスにわたって影響を及ぼすが、主には(先行きにまだ多くのリスクが残っているものの)資産価格の追い風となる。当月は、コモディティ関連株をグロース資産に別カテゴリーとして加え、他の株式リスク・エクスポージャーとの相対比較でスコアを付けることにした。当該資産クラスに対しては(しばらく前から維持している通り)ポジティブな見方をしていることから、株式のなかで最も高いスコアとし、その分、リートと上場インフラ投資のスコアを引き下げた。インフレは多少和らぐ可能性があるものの、生産サイドの障害は続いており、これがコモディティ価格と関連企業の収益の追い風となっている。ディフェンシブ資産では、景気指標の悪化がスプレッドに拡大圧力をもたらすとの想定から、ハイイールド債と(幅はより小さいものの)投資適格クレジットのスコアを引き下げた。ただし、安堵感がリスク資産全般の上昇につながればスプレッドも縮小する可能性があることには留意している。FRBの政策が継続してよりハト派的な方向に転じた場合に恩恵を受けやすい先進国ソブリン債、現地通貨建て新興国債券および金については、スコアを引き上げた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

米国の直近のインフレ率が「不快な」水準であったことから、FRBが実際インフレを「制御」するために景気回復を潰すだろうかと考えを巡らせざるを得ない。事実、FRBは、(通常は信用が拍車をかける)過剰需要によって引き起こされたインフレ圧力を抑えることはできるが、金融政策手段で供給サイドのショックを解決するのは無理であり、需要を押し潰してリセッションを一層深刻化させるだけだと認めるのにやぶさかでないだろう。

政策には、①金融政策で主に需要サイドに影響を与える中央銀行と、②需要に影響を与える財政政策に加えて供給サイドにより影響を与える他の政策を司る政府、という2つの面がある。これらの政策が相まって需給動向を左右しているわけだが、供給サイドをよりコントロールしているのは明らかに政治側である。現在、政府は需要圧力を抑制すべく財政による景気刺激策をすでに引き揚げているが、他の規制(および対ロシア制裁)は供給サイドの圧力に不利に作用している。

景気見通しに対する当社の最大の懸念は、金融と政治という政策の両面間で調整が不足していることだ。現在ロシアとウクライナおよび同国が代理となっているNATO(北大西洋条約機構)とのあいだで起きているような戦時下では、政治と金融の両政策を調和させることが困難な場合があるが、かといってこれによりインフレ目標を忠実に守るという中央銀行の使命が変わるものではなく、現在のインフレ率は目標レンジを大幅に逸脱している。

しかし、中央銀行がインフレ抑制の使命を追求する一方で政治側の政策当局が他の問題に熱心に注力していることから、他の従来の中銀政策を追求することがリスクに晒されている。その最たる例である欧州では、2012年、ディスインフレ/デフレ環境の援護のなか、ECB(欧州中央銀行)のマリオ・ドラギ総裁がユーロ圏を維持するために「必要なことは何でもやる」と断言し、武器となる金融政策手段の幅を広げた。

ECBがインフレと闘うという自らの使命を果たそうとするのであれば、必然的に、拡大した金融政策措置の一部は引き揚げざるを得ないだろう。この点は、ECBの進める引き締め策がユーロ圏の状況にどのような影響を及ぼすかを見極めるにあたって、今後数週間から数ヵ月間の重要な注目点となる。

欧州の政策の難題

欧州は複数の理由から困難な状況に置かれている。ロシア・ウクライナ戦争の現場に近く、エネルギー需要を満たすのにロシアの供給に大きく依存している。ロシアからのエネルギー輸入を停止・制限する直接的な措置を含め、大規模な制裁がロシアに課されていることから、欧州は代替供給を確保しなければならない追い詰められた立場にあり、その緊急性は年が進んで冬季が近づくにつれ増してくる。

一方、エネルギーをはじめとする供給サイドの制約により、インフレは数十年ぶりの記録的な水準へと上昇している。同様のインフレ動向は他に世界の多くの地域でも起きているが、欧州が異なっているのは、約10年にわたって基本的にデフレ状態が続いてきたという点だ。

チャート1

欧州では経済成長が鈍化しているが、調査によると景気見通しはかなり急速に悪化している。その一因は供給サイドの制約と国内インフレにあるが、欧州は中国需要への依存度が相対的に高いことを考えると、中国がゼロコロナ政策を堅持し相次いでロックダウンを実施していることも要因になっていると言える。

チャート2

欧州株式が表面的に割安に見えるのは確かで、バリュエーション面での裏付けもあるが、リセッションがほぼ確実視されるなか、企業収益が大きなリスクに晒されているのは明らかである。問題は、リセッションの深さがどの程度になるかということだ。当社では中国の需要が年後半には回復するとみているが、そうなればもちろん欧州にとって追い風となる。しかし、10年超にわたって実施されてきた異次元緩和政策が解除されることの影響は、重大な未知数である。

欧州への見方はリセッションの度合いだけでなく金融緩和政策の解除の進め方にも左右されるため、当面は同地域に対して非常に慎重なスタンスを維持する。今のところ、周辺国の資本コストは中核国対比で上昇傾向にあり、これがECBの引き締め政策の進展に伴うシステミック・リスクの度合いを見極めるにあたって重要な注目点となるだろう。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • リリーフ・ラリーはおあずけ:当社では、インフレが多くの面で一過性のものに終わると依然考えている。その主な理由は在庫サイクルで、企業がまもなく過剰在庫を放出するとみられるからだ。この見方における不確実要素は、エネルギー価格がインフレ率の数字を左右する重要なリスクとなっていることで、エネルギー価格の上昇がインフレ率を高止まりさせている。市場は今後さらなる引き締めが実施されると織り込んでおり、各国中央銀行は現在足並みを揃えているため、リリーフ・ラリー(安堵感からの相場上昇)を期待するのはまだ難しいだろう。
  • 全般的に慎重なスタンス:中央銀行がインフレ抑制に積極的な姿勢を続け、インフレの数字が収まらずそのような政策路線が変更されない限り、リセッションのリスクは確実に高まり、需要もリスクに晒される。当社ではインフレ・ヘッジ特性を持つコモディティ関連株を依然選好しているが、リセッション・リスクが高まり続ければ、このような資産クラスでさえもリスクに晒されることになる。
  • 長期の構造的逆風:誤解のないよう明確にしておきたいが、世界経済はコモディティ価格の圧力と脱グローバル化の進行がもたらす構造的なインフレ加速に適応していく必要があると、当社では依然考えている。この適応には時間がかかるとみられるため、調整が続くあいだボラティリティはしばらく高止まりすると予想する。

ディフェンシブ資産

ソブリン債に対する当社のポジティブな見方は、当月は確かにあまりいい結果につながっていない。年間コアインフレ率は多くの先進国でピークアウトし始めたものの、総合インフレ率は依然加速を続けている。エネルギー価格上昇の波及的影響が続いており、中央銀行はインフレの原因が供給サイドによるものか、それとも需要サイドによるものなのか、区別するのを諦めた様相である。一方、中央銀行による引き締めがまだ初期段階にあるにもかかわらず、金融環境はすでに大幅にタイト化している。原油価格の上昇を受けて総合インフレの圧力が高まり続けることは明らかだが、これが同時に家計も圧迫している。中央銀行は今後、これらの要因のバランスを取っていく必要があり、したがって年内に積極的な利上げを見込んでいる現在の市場予想は、引き続き過剰だとみている。

スプレッドの拡大傾向が続いていることから、当月はクレジット市場のスコアを引き下げた。スプレッドの拡大ペースはこれまでのところ穏やかだが、中央銀行がインフレ抑制の追及において金融政策を過度に引き締める可能性も高まっている。企業の信用ファンダメンタルズは依然堅調だが、米国株式が値固めに苦戦しているためリスク・センチメントは悪化している。スプレッドはグローバル株式に対して強い負の相関を維持していることから、センチメントが好転するまでは慎重なスタンスを維持する。

金価格は4月中旬以降、フェデラル・ファンド金利の引き上げ見通しがタカ派色を強めるのに伴い、大幅な調整に見舞われてきた。この間には米国の実質長期金利もプラスに転じたため、インフレ・ヘッジとしての金の需要がインフレ連動債に比べて減少したとみられる。したがって、当面は金に対して慎重な姿勢を維持する。


ECBの課題

欧州の債券利回りは世界的なトレンドに沿って上昇してきた。ドイツ国債10年物の利回りは年初にはマイナス圏にあったが、現在では1.5%を超えている。チャート3はまた、ECBの金融政策に対する市場予想が、1年後の預金金利で横這いから2%超へと大きく変化したことも示している。

チャート3

インフレという視点を中心に見れば、このような積極的金融引き締め路線は理に適っているように思われる。ユーロ圏のCPI(消費者物価指数)上昇率は年間8%超と、間違いなく過熱している(チャート4参照)。コアインフレ率はこれほど高くはなく4%弱の水準にあるが、すべての中央銀行にとっての課題は、エネルギーや食品の価格など変動の激しい投入コストの影響を強く受けるインフレ率をいかにして低下させるかにある。他の多くの国や地域と同様に、欧州のインフレは現在、原油価格上昇の圧力に晒されている。

チャート4

過去10年間のECBの金融政策を考えると、こうした強いインフレ圧力が特に同中銀にとって大きな課題であることは間違いない。チャート5は過去10年間の欧州の平均年間GDP成長率が1%強であることを示しているが、当該期間の大半において、マイナス預金金利や2014年・2020年に開始した2回の大規模な量的緩和など、ECBは非常に緩和的な金融政策を続けてきた。

チャート5

このことは、インフレ抑制を追求するにあたって欧州がECBの引き締めにどこまで耐えられるかという問題を提起している。欧州経済は2014年以降、ECBからの異次元レベルの支援を受けても年間1%の成長しか達成できていない。このような背景から、ECBがはたして市場に織り込まれているようなペースで利上げを行うことができるか、懐疑的な見方をすることは十分妥当だと言える。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • デュレーションに対して再び慎重なスタンスに:コアインフレ指標はピークアウトの兆しを見せているが、総合インフレは依然として加速傾向にある。中央銀行はこうした総合インフレの圧力に反応しており、金融政策によって強いブレーキをかけたいと考えているようだ。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

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