本稿は2023年4月20日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

中国の経済再開や支援的な政策スタンスが世界のマクロ経済の低迷を下支えする重要な要素に


サマリー

  • 3月の米国債市場はボラティリティの高い展開となった。月末の利回り水準は2年物の指標銘柄で前月末比0.79%低下の4.03%、10年物の指標銘柄で同0.45%低下の3.47%となった。
  • アジア地域の中央銀行は、引き続き国によって金融政策の動きが分かれる一方、2月の域内の主な総合物価指数は総じて鈍化した。
  • 債券市場がより安定的となるなか、当社では相対的に利回りの高いフィリピンやインド、インドネシアの国債を選好する。加えて、これらの国ではインフレ圧力がピークを打った可能性を示す兆候があり、このことが当該債券のさらなるサポート要因になるとみている。通貨については、タイバーツとインドネシアルピアが域内の他国通貨をアウトパフォームすると予想している。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.37%拡大するなか、米国債が持ち直したことのみを上昇要因として月間リターンが0.90%となった。格付け別の月間リターンは投資適格債が1.51%となる一方、ハイイールド債が-2.31%となった。
  • 中国以外のアジア諸国では、マクロ経済および企業信用のファンダメンタルズが、2022年に比べてやや鈍化しながらも堅調さを維持するとみている。全体として、アジアの信用スプレッドは、域内の良好なファンダメンタルズや世界の金融システムに対する極度な不安の後退が支えとなり、当面はレンジ圏内での推移が続くと予想する一方、先進諸国のリセッション懸念が広がることや不透明なリスクに対する慎重姿勢が継続することによって、スプレッドが今後大幅に縮小することは妨げられる可能性がある。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

3月の米国債市場は上昇
当月の米国債市場はボラティリティの高い展開となった。利回りは月初にかけて上昇し、米国の経済成長やインフレの底堅さに加えて、米FRB(連邦準備制度理事会)議長のタカ派的発言を受けて、米国債2年物の利回りはサイクルにおける高水準を更新した。しかし、シリコンバレーバンク(SVB)が破綻すると、市場センチメントは急激に反転して、米国債利回りは大きく低下した。米国当局は、パニックが銀行システムに波及するのを防ぐために、大規模な介入プログラムを発表した。投資家が世界の銀行業界に伝播する兆しを警戒するなか、クレディスイス(CS)を含め世界の銀行の株式や債券は急落した。CSの問題は、危機的なレベルへと急速に深刻化し、同行の急激で無秩序な破綻を回避するために、スイス政府はUBSによるCSの買収を迅速に仲介した。当初、金融市場で非常にネガティブな反応が起きたきっかけとなったのは、当該ディールの主な特徴であるCSのAT1債(Additional Tier 1債)が無価値とされたことだった。その後、主要な銀行当局が、管轄地域でAT1債の弁済順位は普通株式を上回ると明言したことから、市場は落ち着きをやや取り戻した。銀行セクターの動揺が続くなかでも、FRBはFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標を0.25%引き上げたが、続いて発表された声明では、今後は金融政策をより慎重に進めていく可能性が高いことが示唆された。また、米国の政策当局は、預金保険の対象とならない銀行預金をめぐる市場の不安を落ち着かせるための対応を取った。月末にかけては、ファースト・シチズンズ・バンクがSVBの資産を取得することで合意したとのニュースを受けて、市場全体のストレスが和らいだ。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比約0.79%低下の4.03%、10年物の指標銘柄で同0.45%低下の3.47%となった。

チャート1

タイとフィリピンは利上げを実施、マレーシアとインドネシアは政策金利を据え置き
アジア地域の中央銀行は、引き続き国によって金融政策の動きが分かれた。当月は、タイとフィリピンの金融当局がそれぞれ政策金利を0.25%引き上げた。フィリピンの中央銀行は、今年と来年のインフレ予想をそれぞれ(従来予想の6.1%から)6%、(同3.1%から)2.9%へと下方修正しつつも、リスクバランスは引き続き「上振れ方向に大きく傾いている」と指摘した。今後について、同中銀のフェリペ・メダラ総裁は、インフレ期待の固定が引き続き同中銀の最優先事項であると強調した。一方、インドネシアとマレーシアの中央銀行は、政策金利を据え置いた。マレーシアの中央銀行は、金融政策のスタンスは引き続き経済成長を下支えしているとの見方を示した。また、インドネシアの中央銀行は、現在の政策金利の水準はコアインフレを確実に抑制する上で「十分である」と改めて述べた。

2月のインフレ圧力は総じて緩和
域内の2月の主な総合物価指数は総じて鈍化し、韓国、インド、シンガポール、タイ、フィリピンで、総合CPI(消費者物価指数)上昇率が減速した。対照的に、インドネシアの総合インフレ率は上昇率が加速し、またマレーシアの総合CPIは伸び率が横ばいとなった。フィリピンの総合インフレ率は、食品価格の上昇加速が輸送費の上昇鈍化によって打ち消されるなか、前年同月比8.6%と、1月の数値を下回った。タイの総合インフレ率は、食品およびエネルギー価格の上昇ペースが鈍化したことを受けて、前月の前年同月比5.02%から同3.79%へと大幅に減速した。シンガポールでは、民間輸送費の上昇鈍化が総合インフレ率減速の主な要因となったが、住居費の上昇率も若干鈍化した。一方、インドネシアの2月の総合CPIは、食品価格の上昇加速を受けて前年同月比5.47%と前月の同5.28%からペースを速めた。

中国は2023年の成長目標を「5%前後」に設定
中国では、3月5日に全国人民代表大会の年次会合が開幕した。中国の首相は、2023年のGDP成長率目標について、多くの外部の予想を下回る「5%前後」に設定すると発表した。財政政策は、市場予想や2022年予算の両方に比べて緩和度が後退したとみられる。金融政策のガイダンスは概ね変更がなく、M2および社会融資総量の伸びに関するガイダンスは概して名目GDP成長率に一致したものとなっている。一方、政府は総合CPIが「3%程度」になるとの見通しを示し、インフレ圧力は落ち着いた状況が続くとみられる。前年と同様に、政府活動報告で示された内容は、大まかな方向性や取り組み課題の概略であった。詳細は、新たな政府指導者たちが就任した後に明らかになるだろう。中国は、2023年に政府指導部の入れ替えを実施した。習近平国家主席は異例となる3期目を迎え、首相に新たに李強氏が任命されたほか、中国人民銀行の易綱総裁は続投することとなった。

今後の見通し

フィリピンやインド、インドネシアの債券を選好
銀行セクターに対する不安が後退するなか、世界の金利市場は安定している。一方、市場の懸念は、当初追加利上げに主に向かっていたものの、その後は銀行問題に移り、足元では経済全体へとシフトしている。これを受けて、FRBの金利の道のりやターミナルレート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)予想に対する市場の織り込みが大きく後退した。債券市場がより安定するなか、当社では相対的に利回りの高いフィリピンやインド、インドネシアの国債を選好する。加えて、これらの国ではインフレ圧力がピークを打った可能性を示す兆候があり、このことが当該債券のさらなるサポート要因になるとみている。

タイバーツとインドネシアルピアを選好
通貨については、タイバーツとインドネシアルピアが域内の他国通貨をアウトパフォームするとみている。タイバーツは、中国人観光客の回帰に伴い経常収支が好調に黒字転換するという楽観ムードが好材料となっている。一方、インドネシアは、電気自動車用バッテリーの製造ハブを目指す政府の長期計画を背景に外国直接投資の流入が期待され、これが同国通貨への需要の追い風になると予想される。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は米国債の回復を受けて上昇
3月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.37%拡大するなか、米国債が持ち直したことのみを上昇要因として月間リターンが0.90%となった。格付け別では、リスクセンチメントの低迷を受けて投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームし、月間リターンは投資適格債が0.26%のスプレッド拡大にもかかわらず1.51%、ハイイールド債が1.24%のスプレッド拡大を受けて-2.31%となった。

アジアの信用スプレッドは、国債利回りが上昇するなかでも月初は概ねレンジ内で推移し、底堅い展開となった。しかし、SVBの破綻を受けて市場センチメントが急速に反転すると、スプレッドは大幅に拡大した。米国当局は、銀行システムの健全性について市場に安心感を与えるために、大規模な介入プログラムを発表した。投資家が世界の銀行業界に伝播する兆しを警戒するなか、CSを含め世界の銀行の株式や債券は急落した。CSの問題は危機的なレベルへと急速に深刻化し、CSの急激で無秩序な破綻を回避するために、スイス政府はUBSによるCSの買収を迅速に仲介した。当初、金融市場において非常にネガティブな反応が起きたきっかけとなったのは、当該ディールの主な特徴であるCSのAT1債が無価値とされたことだった。その後、主要な銀行当局が、管轄地域でAT1債の弁済順位は普通株式を上回ると明言したことから、市場は落ち着きをやや取り戻した。世界の銀行セクターへの不安が後退するなか、ソブリン債とクレジット市場は安定をみせた。3月の最終週にリスクセンチメントが回復したとは言え、アジアの信用スプレッドは年初からの累積的な縮小が今や帳消しとなっている。最終的に、アジアのすべての主要国のスプレッドは月間で拡大した。

3月の発行市場は引き続き低調
3月のアジアのクレジット市場では、市場センチメントの悪化を受けて発行体が様子見姿勢を維持したことから、起債活動は低調な状態が続いた。投資適格債分野では、Hyundai Capital Americaのディール(3トランシェで総額25億米ドル)や中国太平保険のディール(20億米ドル)を含め、計10件(総額74億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計5件(総額5.25億米ドル)にとどまった。

チャート2

今後の見通し

追い風の需給バランスと堅調なファンダメンタルズが継続する見込み
現在、地域・世界の両方で複数の相反する動向が出てきており、より不透明な局面に入りつつある。米欧の規制当局や中央銀行が、それぞれの国・地域の銀行セクターを安定させるために、迅速かつ断固とした行動をとっていることは、リスクセンチメントにとってポジティブだ。これによって、信用スプレッドは劣後金融セグメント内を中心として、徐々にではあるものの縮小していくだろう。直近の連鎖的なテールリスクは回避されているものの、最近の出来事がこれまでの累積的な政策金利の引き上げと相まって、世界の金融システムの他の分野に影響を及ぼし、まだ予想できていないリスクを引き起こす可能性について、慎重な見方が続くとみている。これによって信用スプレッドの縮小の度合いは限定的となり、2023年の初めにみられた水準に戻ることは困難になるとみられる。不測の事態を受けて銀行の貸出環境がタイト化し、先進諸国が予想以上に深刻なリセッションに陥るリスクがあることを考慮すれば尚更だろう。

しかしその一方で、中国の経済活動再開や景気支援的な政策スタンスは、世界のマクロ経済の低迷を下支えする重要な要素となる可能性が今後もある。中国を除くアジア地域のマクロ経済や企業の信用状況に関するファンダメンタルズは、2022年に比べてやや鈍化しながらも、堅調さを維持するだろう。インドとアセアン諸国は、観光業の回復や国内の経済活動の再開を追い風に、輸出依存度の高い北アジア諸国に比べて好調な景気動向が予想される。全体として、アジアの信用スプレッドは、域内の良好なファンダメンタルズや世界の金融システムに対する極度な不安の後退を追い風に、当面レンジ圏内での推移が続くとみる一方、先進諸国のリセッション懸念が広がることや不透明なリスクに対する慎重姿勢が継続することによって、スプレッドが今後より顕著に縮小することは妨げられる可能性がある。


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