「2人の娘とその夫」に送る資産形成の黄金律

第十七話 悪いけど投資に「複利効果」なんてないから

公開日

今福 啓之

日興アセットマネジメント

ポイント

  • 日々価格が動くものに投資し、買値と売値の差がリターンになるだけの投資に複利効果は存在しない

  • 株式の配当金などは、もともと投資信託の中で再投資されるものであり、複利効果と呼ぶものではない

  • 投信が分配金を出す/出さない、それを投資家が受け取る/受け取らない(再投資コースを選ぶ)かも、投資元本を減らしながら運用すればそうでない場合に比べてリターンが落ちるという投信の機能の説明でしかない

では少し照れるが早速始めますか。投資信託(投信)の仕事で32年目の僕が、父親の最後のアドバイスとして結婚した娘とその夫2人にこんな話ができるのは、まぁありがたいことだよね。

投資における複利効果はアインシュタインが……?

投資って宗教みたいなところがある、って話を前にしたじゃない。
元本保証じゃなく、結局は運に左右されるという意味では何かを信じるみたいな部分は大事だという話。

でも、自分で理解できないことを信じようとする必要はない
例えば「投資には『複利』の力が重要です。複利はアインシュタインが人類最大の発明と言ったくらい重要なことです」みたいな話がある。

何だかカッコいいけど、意味わかるだろうか。
そもそも「複利」なんて知らないよね? うん、無理しないでいいから。

今は高校で投資を学ぶようになったらしいから常識になるんだろうけど、君たちは知らなくて当たり前だ。

こういうこと。

得られた利息を運用にまわさない単利とまわ複利の一般的な説明の概念図

1年目に出た利息を放っておかずに、元本に加えて2年目も運用すると雪だるま式に増えるよ。長期になればなるほど恐ろしいほどの差になるよ――。はい、これが複利の一般的な説明です。

ただしここには重要な前提が2つあって、まず「利息」が固定
例えば年利3%なら、100万円預ければ1年後に3万円付きますってことと、もうひとつは毎年あるいは毎期、その利息はずっと受け取れるということ。

そう、つまり「複利」って基本、預貯金における利息の取り扱い方法の話なんだよね。
銀行に定期預金を預けに行ったら「どちらにしますか?」と聞かれる類の話なわけ。

一方、僕らがずっと話してきた投資には、この2つの前提がまったく当てはまらないよね。というか真逆だ。

定期的で固定の現金が出てくるものではないし、1年などに区切って考えてみたところで、プラスの年もあればマイナスの年もある。
だから投資に「複利の力がスゴイ」などといった話を持ち込んではいけない

でも投資教育的なコンテンツには「複利の力を活かすために長期投資を!」と書いてあったり、ネット上では「何年くらいから複利効果が効いてくるのでしょうか?」みたいな質問を見かけたりする。

最近では「NISAで複利効果を期待するには早めに上限まで埋めた方がいいんですよね?」みたいな話題も目にする。うん、それぞれ色んな点で修正が必要だ。

投資の基本となるリターンの計算式を教えよう

何度か話してきたように、投資におけるリターンとは極めてシンプルで、「買った時と売った時の差」なんだよね。物事を難しく考えてはいけない。
買った時と売る時の2時点が大事であり、ずっと上に下にと動くだけのその途中に複利も単利もない

そういえば、その前に基本となるリターンの計算方法を教えてなかったな。
これはすごく大事で、色んなことを自分で納得するベースになるので是非こういう風に覚えてほしい。

はい、「今÷前−1」。これを覚えとけば一生役に立つよ。
急に言われても困るか。少し説明するかね。

例えば100万円が120万円になったら「リターン」は何%?
馬鹿にするなって顔してるな。そうだよね、20%ってすぐわかるよね。じゃあ80万円が135万円だったらどう?

すぐは答えられないでしょ?じゃスマホの計算機で計算してごらん。どう?すぐに式が浮かぶだろうか。

こういう計算になるんじゃないかな。
まず利益はいくらか。80万円が135万円に増えたんだから135−80で55万円だよね。

それが「元本」の何パーセントに相当するかがリターンなので、55万円を最初の80万円で割り算すればいいよね。つまり135−80を80で割ればいい。

そしてこの式はこういう風に約分されるので、最終的には135÷80−1と簡単にできるよね。

なんか懐かしいな。小学生の時にさ、苦手な算数を頑張ろうって朝に早起きして一緒に勉強したよね……。

――と感傷に浸ってても気持ち悪いので結論。
投資のリターンが何パーセントだったかは、「今」つまり135万円を「前」、つまり当初元本の80万円で割って、その後に1を引くことで求めることができる。

135÷80−1=0.6875なので、パーセント表示なら100をかけて68.75%、つまり80万円が135万円になった投資のリターンは68.75%と表現されるわけだ。

はいこれ、絶対覚えておいて。

投資の場合はリターンがプラスのことばかりじゃなくマイナスのリターンってのもあるので、どちらでどちらを割り算するかを間違えると大変なの。
だから僕は今でも、エクセルで計算する時なんかは、必ず心の中で「今÷前」って言いながらやってる。で最後に必ず1を引く。「今÷前−1」と覚えておけば間違いない。

これって、どんな投資にも共通する基本の考え方なんだよね。
前にも「途中は無視無視、『 途中のリスク』と『最後のリスク』の峻別を」――なんて話をしたのを覚えてるかもしれないけど、投資の成否とはこの式でも示されているように、最初と最後、つまり「前」と「今」とで決まるわけ

途中は毎日変動するんだから無視。
短期視点の人などが動かす「ムード」なんか気にしない。
アインシュタインだか複利効果だかは知らないけど、最後にしっかり上がっているかどうかだけが大事。つまり「今」と「前」の割り算の結果がすべて――。

自分が理解できることに煎じ詰めるなら、つまりこういうことなのよ。

ついでに投資リターンの「年率化のお作法」の話も

ほんとはもうこれで十分なんだけど、一応計算の続きの話をしておこうかな。

80万円が135万円になるのにちょうど1年だったとしたら、さっきの68.75%はそのまま「年利」になるよね。「年率」という言い方もする。
「この投資のリターンは年率68.75%でした」って感じ。じゃあもし、10年かかって135万円になったんだとしたら、どう表現すべきだろうか。

そう、金融の慣習としては「年利に換算」するのが一般的なんだよね。

銀行の預金金利もローン金利も一般的には「年率何パーセント」という言い方をするじゃない。
そうやって同じモノサシで揃えることではじめて横比較ができるので、金融商品では「年率」がデフォルトなわけ。

さて、10年かかって68.75%になったこの投資は、いった「年率何パーセント」なんだろうか。

実はこの年率に換算する方法としても、また「単利」と「複利」というのが出てきてしまう。
ただし今度は、さっき話した実際に出た利息の扱い方、リアルな運用方法の話とは違って、年率換算をする際の単なる計算上の「お作法」、「どういう仮定を置いて計算するか」の話でしかない。

10年の68.75%という結果を年率に直すにあたって、「固定金利だと仮定した場合に、利息を運用しないで積んできた単利運用だったと仮定しますか、それとも利息を元本に組み入れる複利運用で増えてきたと仮定しましょうか」という話なんだ。

実際には利息が出るわけでもなければ、価格が上がったり下がったりした結果として10年後に135万円になっているだけなので、単利も複利もないというのは既に話した通り。単に年率換算の計算をするために、どちらかに仮定を置きましょうね、という話だ。

具体的には、68.75%を10年だからと10で割り算した6.875%とするのが「単利方式による年率換算」で、ルート10するのが「複利方式による年率換算」だ。

具体的には 135÷80 10 −1の結果である5.372%となる。

なぜルートをするかわかる?

それは「10乗」で10年運用されたという仮定を置いたのだから、年率化にあたっては10乗の逆のルート10をする、です。説明が必要だよね。

まず、80万円を年率何パーセントかの金利で運用したらどういう式になると思う?

1年後には80万円+「80万円×〇%」の金額になってるよね。 式を簡単にすると80で括ってあげて「80×(1+〇)」だよね。さて、では2年後は?  複利運用だったと仮定するのだから、2年目はこの増えた金額にまた〇%の運用がされるとして(80×(1+〇))×(1+〇)と書けるよね。そして3年目はさらに――。

ということで、絵にするとこうなる。〇をリターンのrと置いてみた。

80×(1+r)×(1+r)×(1+r)×(1+r)×が続く計算式

こんな風にして増えてきた80万円が10年後にいくらになったんだっけ? 135万円だったよね。つまりこういう式になる。

これを展開してrを求めよう。それが複利換算の年率リターンだ。

こうやって求めたrの値が、さっき言った5.372%だったわけ。
ルート10なんて手計算できないから、もちろんエクセルでさっき計算しといたの。

整理しようかね。

80万円が10年後に135万円になった投資の結果は、年数を考慮しない計算だと135÷80−1=68.75%のリターンとなる。
金融の作法である年率でそれを表現すれば、簡便法としての単利換算なら「÷10」をした年率6.875%であり、金融のデフォルトである複利換算ならルート10した年率5.372%となる。

ひとつ気付いてほしいのは、年率換算の値は常に単利換算(6.875%)よりも複利換算(5.372%)の方が値が小さくなることだ。
これは計算を行なう際に複利という、単利に比べて増え方が速い方法を仮定したのだから当たり前のこと。より小さいパワーでも同じ135万円まで増える方法を計算の前提に置いたから、ということだね。

計算の前提が書いてないような投資関連のサイトは要注意

さて、もうおわかりの通り、この3つは全部同じ結果を違う表現でしているだけだよね。
つまりリターンの数字を見る時には、それが年数を考慮しない生のリターンなのか、年率なのか。年率の場合には単利換算なのか複利換算なのか、といった前提条件の確認が欠かせない。

ネット上には投信の過去リターンを論じた個人のブログや動画が溢れているし、プロの業者がやっている情報ポータルみたいなのも一見便利なんだけど、こうした数字を扱うにあたっての理解や配慮が足りなさそうなのも結構ある

期間も書いていなければ計算方法も書いてない。それでは何もわからないし、それで何かを比較しても間違いになるってことだ。

いやいや、ここまでお付き合いいただきありがとう。
勉強すればきっとどこかで目にするだろう単利と複利について、かなり突っ込んだ説明をしちゃったな。

上に下にと値段が動いた結果の「今」が、どれくらい「前」より上がっているか――という極めてシンプルな話なのに、それを「複利の魔法」みたいな話で曖昧に論じるのがイケてないと常々思っててね。

分配金を再投資するかどうかは、投資における複利効果とは別次元の話

念のため、この話もしとこうかな。
投信には分配金という仕組みがあるのは知っているかな。投資信託は最低でも年に1回は決算をして投資家に内容を開示するという決まりがあって、その時に分配金を払うことができる。

決算の頻度は色々あるんだけど、毎月、隔月、年4回、年2回、そして年1回のうちのどれかが多いかな。
その決算時に分配金を出すか出さないかは、運用会社に裁量があって、まったく出さないこともあるけど、毎月とか隔月とかの決算にしているファンドは、分配金を出せるような設計や運営をしてて、実際に出していることが多い。

一方、年1回という最低回数にしているファンドは、分配金は出ないケースが多いように思う。
ファンド運営と国の税務の話なので、あまり適当なことは言えないけど、実態としてはそんな感じ。ただ、どのファンドも「出す」とか「出さない」を事前に宣言することはしない、というかできないってことね。

その分配金について「分配金がもらえる」と言う人がいるんだけど、「もらえる」という表現は正しくない。
「もらえる」というと、預金の利息みたいに聞こえるけどそんなことはなくて、自分の投資資産をファンド側に一律に切り崩してもらっているようなものなのね。

難しいね、説明が必要だね。
銀行預金の利息だったらさ、100万円に1%の利息が付いたら1万円が「もらえて」、100万円の元本は100万円のままじゃない。でも投信の分配金の場合は違うわけ。

1年前に100万円分買った投信が、その後の基準価額の上昇の結果110万円になった時にちょうど決算があって、1万円分の分配金が支払われたとする。
そしたら、分配後の僕の投信の評価は109万円になってるんですよ。

1万円は確かに普通預金に振り込まれたんだけど、運用中の残り部分の時価評価は110万円のままじゃなくて109万円なの。
つまり1万円分を自分で解約したのと同じ。

自分で解約せずに、ファンド側で全投資家に一律パーセンテージで資金を返すのが、分配金ってことだ。分配は「自動解約装置」みたいなものだな。

で、ここからが大事なんだけど、ファンド側ではなく販売会社側のシステムで、その1万円を普通預金に振り込んでもらうコースと、そうせずにすぐにファンドに戻してもらうコースとが選べるようになっていてね、それをファンド購入時に選んでいるわけ。買う時に、ファンド毎に、どちらかを自分で選んでいる。

金融機関によって呼び名は異なるけど、「分配金受け取りコース」と「分配金再投資コース」って感じの名前が付いてる。

さて、もう気付いたかな。
このサービスのどちらを選ぶかは、単利か複利かの話に似ている。

言うまでもなく、今1万円なんて不要で、将来使う時までできるだけ元本を削らずに運用していたい君たちは「分配金再投資コース」を選んでおかねばならない。

でもこれは、単に投資信託の分配という「機能」の話であって、投資に潜む「複利の魔法」でも何でもない。
そもそも、分配のかたちで元本を減らしながら運用することが、そうでない場合に比べて効率が悪いのは、複利効果がどうこう以前に、ただただ当たり前の話だよね。

「分配金再投資コース」を選んでいれば、ただ日々動く基準価額を放置しているのと同じことだし、決算で分配金を出さないファンドなら「受け取りコース」も「再投資コース」も関係ない。

株式の配当金や債券の利子は投資信託の中で再投資されている

こうなると、これも一応話しとかないといけないかな。
投資信託の中で株式をたくさん持っているわけじゃない。すると、それぞれの株式から配当金が出ることがあるんだよね。業績にあわせてね。

投資信託にはしたがって、色々な株から色々なタイミングで配当金の名目で現金が入ってくる。債券の場合も半年毎などで利息(クーポン)が出るから、それが現金で入ってくる。

そうだ、株主優待って知ってる? 株主にお米とか優待券とかが送られてくるやつ。僕ら運用会社はそういう優待品についても現金化した上で、投資信託の中に入れるわけだ。

そうしたお金を現金のままにしていては投資効率が落ちるので、投資信託の中に入ってきたらすぐに投資に向けることになる。
これって、まあ複利的っちゃ複利的だけど、投資信託の運用としてはそれしか選択肢のない、当たり前の実務だからね。

あ、かなり大袈裟な話になるけど、投資対象である企業の活動とか経済そのものが「複利的」と言う人も時々いるかな。

企業が利益を稼ぐじゃない。それを株主に配当金などで渡さずに、新しい工場を造ったり、新事業に向けたりすることも企業活動における再投資だから、確かに複利的だ。
でも、それを我々の資産運用の効果の話に混ぜてしまうのは、まあ違うよね。

だいたいこんなもんかなあ。「複利効果問題」の議論がわかりにくくなりがちな要素を思いつく限り話してみたけど。

いずれにしても、自分が理解できないことを信じようとする必要はない。人に説明できるくらいに理解できることだけ、シンプルに整理しとこう。

以上です。長かったし、難しかったね。
次回はこの続きを、もっと簡単で実用的な側面から話をするので安心して。

今福 啓之

日興アセットマネジメント



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