足元、日本の株式市場が大きく変動しています。以下では、株式市場を取り巻く環境などを整理し、当面の見通しについて、弊社チーフ・ストラテジスト神山直樹の見解をお伝えします。

当レポートのポイント

  • 日本経済のファンダメンタルズが大きく変わったようには見えない
  • 市場が久しぶりに景気後退リスクを思い出した
  • 米国のソフトランディングの確認まで時間が必要

日本経済のファンダメンタルズが大きく変わったようには見えない

8月5日、日経平均株価が急落し、23年末の33,000円台を割り込む水準まで調整しました。そのきっかけは、米国雇用統計の発表内容が市場の想定以上に悪かったことです。しかし、雇用者数は増加しており減少したわけではなく、賃金上昇率の低下も想定された程度で、景気後退の兆しがあるとは言いにくいです。

円高により企業収益が圧迫されるのではないかと懸念されていますが、6月の日銀短観によれば、日本の輸出企業(全規模・全産業)は24年度の米ドル(対円)の年度平均為替レートを144円台と想定しているので、今年度、151円台からはじまり一時161円台をつけた為替水準が、25年3月までに120円程度になったとしても、為替変動のみを理由とした企業側の年度業績予想の下方修正は、市場が恐れるほど大きくはないとみています。

市場が久しぶりに景気後退リスクを思い出した

米国の雇用統計発表前後で何が変わったのでしょうか。また、日本の株式市場はどのような理由で大幅下落したのでしょうか。8月に入ってからの最大の変化は、日米の経済そのものではなく、市場参加者の考え方の(心理的な)変化だといえます。

【図表】[左図]日米株価指数の推移(2023年12月29日~2024年8月5日)、[右図]米ドル(対円)の推移(2023年12月29日~2024年8月5日)
  • (信頼できると判断したデータをもとに日興アセットマネジメントが作成)
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  • 上記は過去のものであり、将来を約束するものではありません。

まず、8月に発表された米国の雇用統計では、失業率が上昇するなどその内容が想定以上に悪く、景気後退懸念が高まりました。高まったといっても、メインシナリオが景気後退になったのではないでしょう。米国株の下落はいったん景気後退リスクを織り込んだといえますが、ソフトランディング(経済の軟着陸)、すなわち景気は減速(成長率は低下)しても後退(1年程度のマイナス成長)はしない、というメインシナリオを変更する必要はないでしょう。

つぎに、なぜ日本株は米国株以上に大幅下落したのでしょうか。実は、これまで米国経済のソフトランディング、FRB(米連邦準備制度理事会)の高金利継続と米ドル高維持という矛盾した2つの好材料を手掛かりに株価が上昇していたからです。そして、どちらかが壊れざるを得なかった状況で、今回は米ドル高維持が壊れたといえそうです。

ソフトランディングさせるためには、FRBが景気が悪化する前にタイミングよく政策金利を引き下げることが必要です。これは当然米ドル安要因です。米国の高金利維持は、不動産業などお金を借りる人たちに大きな負担となってきました。FRBとしては、この部分が耐えられる限り、高い金利でインフレを抑制しようとしてきました。もっとも、雇用が悪化するとの恐れが高まれば、FRBは急いで政策金利を引き下げ、雇用や賃金上昇率を下支えしなければならなくなります。そうなれば、米国での米ドル預金の魅力が低下し、米ドル安・円高になりやすくなります。ソフトランディングのシナリオは、緩やかな政策金利の引き下げと米ドル安・円高を想定したものとなります。

FRBが経済状況を見誤って高金利を維持した場合のハードランディング(マイナス成長の継続)のシナリオとなれば、間際までは米ドル高・円安ですが、その後に景気後退懸念からFRBが大幅に政策金利を引き下げ、急激な米ドル安・円高となってしまうことを考慮しなくてはなりません。つまり、FRBの高金利継続と米ドル高維持、インフレ克服の良いとこ取りで上昇した日本株は、急な米ドル安・円高を背景に調整しても不自然ではなかったといえます。

米国のソフトランディングの確認まで時間が必要

当面、日本株は米国のソフトランディング、米ドル(対円)相場の落ち着き、日本企業の収益安定を確認するまで不安定な動きとなるでしょう。しかし、日経平均株価は日本株が矛盾する2つの好材料を追いかける前の23年末の水準をいったん割り込むことで十分下がったとみており、年初の水準だった33,000円程度がレンジの中心となり、次の好材料を待つことになりそうです。同様に、米ドル(対円)は23年末の141円台に近づいていますので、この水準が下支えになるとみています。くれぐれも米国経済のメインシナリオは、今回の雇用統計を見てもソフトランディング(GDP成長率が2%台から1%台に低下する)です。FRBが7月に政策金利の引き下げに動かなかったことは出遅れ懸念につながりましたが、ハードランディングにつながる可能性は高いとはみていません。

日本企業の円高進行を受けた収益環境は、10月下旬から始まる中間決算で確認されます。年度業績を下方修正する企業が少なければ、市場の安心感は高まります。また、日本において、企業の賃上げがインフレを追い抜けば、米ドル(対円)とは関係なく消費が拡大すると考えられ、年末に向けて内需株が株価指数を押し上げる場面も出てくるでしょう。FRBが9月に利下げを開始すれば、米国のソフトランディング期待が高まります。米ドル高・円安傾向には戻らないとしても、足元ではかなり円高が進行したので、この先の円高は緩やかなものになるでしょう。円安に戻らなくとも、来年に向かって日本株は上昇するとみています。