ここがポイント!
- 保守派の価値観に変化・トランプ政権の2つの切り札・政策のタイムライン
- 米中間選挙に向けて調整が必要になるはず
- 市場の見方は修正が続く
保守派の価値観に変化・トランプ政権の2つの切り札・政策のタイムライン
8年前のトランプ政権と今回の同政権の最大の違いは、「フリーダム・コーカス」(今回の大統領選ではトランプ支持を明確にしなかった)に代表されるリバタリアン(なんでも自由で政府は小さいほど良い)ではなく、製造業で働く人々の幸せという一種のロマンを追いかけようとしていることだとみている。関税政策の政権ブレーンの一人とされる米保守系シンクタンク「アメリカン・コンパス」のオレン・キャス氏は、米国の状況を「絶望死」と捉え、特に中年で低学歴の白人の間で薬物やアルコール依存、自殺が増えているとして描く。過去の保守派の考えである、市場経済と自由貿易ではこれを解決できないから、関税が有効だと主張する。(朝日新聞4月1日付)つまり、米国の保守派の本質的な変化は、「自由」から「保護」への変化である。「保護」の方法は、富裕層増税で所得の再分配を促すことを検討しつつ、(1)夢のあるアメリカ時代に世界に配り過ぎた“資産”を回収、(2)中国といった権威主義国での生産過多により破壊された米国生産の回復、に依拠しようとする。これを完遂するためのトランプ政権の切り札は、軍事力と輸入超過(旺盛な消費)の二つであると考えることができる。そうであれば、迷走するように見える政権の政策は意外に分かりやすいといえる。
旧ソビエト連邦との冷戦において、米国は自らのみが強い軍事力を持つことで欧州などの軍事力増強に歯止めをかけ、平和を安定化させようとしてきた。しかし、いまや冷戦は終わり、中東などへの介入では成果よりもコストが目立つようになってきた。軍事力が必要な地域に軍事力を提供するのであれば、米国は何らかの権益が得られるべきだとの考えが台頭し、ウクライナと鉱物資源(レアメタル)の権益譲渡や原発の所有権移管について交渉したことがその典型だ。過去に米国は、軍事力でメキシコの領土を獲得したり、アラスカをロシアから金銭で購入している。欧州とは拠って立つ論理が全く異なることに注意が必要だ。米軍が展開している地域(日本やドイツなど)に、これまで以上の費用を負担させ、米国家予算に余裕を持たせることは、軍事力によりこれまで積み上げられてきた“資産”の回収の典型例といえる。
2つめの切り札は輸入超過(旺盛な消費)による交渉力である。関税をかけるという手法は、米国が世界的にまれな巨大輸入超過国であるからこそできる。カナダとメキシコに関税をかけ、米国との国境の警備と麻薬撲滅強化を要求したのはこの典型と考える。国内の薬物中毒などを解決したいトランプ政権にとって、関税は重要な切り札になっている。もちろん、製造業を米国に取り戻すという郷愁の念もここに含まれる。短期的に国民に効果を示すことができるのは、工場を開設する約束や起工式などである。日本の自動車会社などは、個別に工場の建設や拡大を約束するという切り札を持っているともいえる。
米中間選挙に向けて調整が必要になるはず
これからのトランプ政権は、政策を調整して有権者の支持を獲得しようとするはずだ。投資家は、タイムラインについて考えておくべきであろう。トランプ氏の経済政策の順番は、まず国民に負担感がある関税引き上げから始まり、夏休みを挟んで議会との調整を経て、今年中に減税など企業や消費者が成果を感じやすい政策に移っていくだろう。また、各国と交渉が進めば、必需品の関税率の段階的な引き下げもあり得る。トランプ政権は26年11月の中間選挙で共和党の勝利をもたらしたいはずだ。あわよくば憲法改正で自らの3選まで考えるかもしれない。経済政策の順番選びによって、タイミングよく中間選挙のころにV字型回復を自ら示すことを意図的に追求しているとみている。CBSニュースが行った世論調査(2月末)によると、国民の関心事は経済とインフレが上位に挙げられた一方、国民がトランプ氏の最優先事項として認識している上位はメキシコの国境や、連邦職員削減、関税となっており、現時点ではズレがあるようだ。

トランプ大統領は、消費の低迷を引き起こして来年の中間選挙で大幅に議員数を減らすことを望まないと想定する。そうであれば、もっともありそうな政治的行動は、減税や補助金支給などと、関税率の素早い引き下げという現実的な妥協である。減税については、すでに個人所得税の減税の延長に向けた動きは進んでいるとみられるが、これは単なる延長なのでGDPへのインパクトはない(なくなるとマイナス)。注目は、法人税減税や補助金支給など、関税が悪影響を与える産業や企業への支援策である。これらの多くは議会との折衝が必要で、今後年末に向けて進められるとみている。
関税率の引き下げについては、トランプ政権はこれから各国と折衝するとしており、例えばメキシコやカナダのように国境警備や犯罪抑止策強化など貿易不均衡と関係なく関税引き下げが可能となりそうなケースもある。日本についてはアラスカの天然ガス開発や、防衛装備の輸入拡大の約束、主要な輸入業者の米国生産拡大の約束などが組み合わせられるだろう。自動車、半導体など業界ごとの関税率も含めて複雑な交渉となり、業界や企業により勝ち負けもあるだろうが、全体としては現状のまま長く続くとは考えにくい。
現状の保守派の考え方は今後時間をかけて揺り戻しがあるとみている。「普通の家族が自立して生活を営む能力、子どもを育てる能力が低下し、地域のコミュニティが弱くなっていることを、何よりも問題視する」(朝日新聞4月1日付)キャス氏は、生産(第二次産業)中心の社会の復活が必要であり、過剰生産の中国への関税による対抗が必要であるとの趣旨を述べている。しかし、製造業中心の経済社会は、相対的にサービス経済(第三次産業)中心の社会よりも生産性(一人当たりの所得)が低い傾向にある。もう一つの問題は、中国の生産過多(例えば鉄鋼・アルミなど)は、そもそも権威主義・共産党の命令などのシステムに原因があるのではなく、中国の発展途上の経済システムによる一時的な現象であったと判断できる。いまの中国は、鉄鋼やアルミの生産過多が経済状態の改善につながるとみていないことはすでに明白だ。つまり、新しい保守派は、過去の状況にとらわれており、現状を正しく把握していない。このような認識が徐々に支持されなくなり、今後残るのは、「世界の警察ではない」「世界経済の発展のために自由貿易をリードしない」米国という点になるだろう。経済や軍事のブロック化が進む恐れはあるが、経済面での悪化につながることとは言えない。
市場の見方は修正が続く
トランプ政権の政策は、現時点が株式市場にとって一番悪い状態だろう。トランプ氏も「関税の発表に対する市場の反応は予想されていた」(ブルームバーグ4月4日付)としている。政権はこれから、来秋には人々が幸せになれるような政策の修正を行うと予想する。関税率発表後の米長期金利低下という市場の反応を見ると、インフレ懸念よりも消費悪化懸念が強い。コロナ禍に端を発するインフレは徐々に収まりつつあり、その傾向は続くとみている。政策変更などを見極めて関税引き上げがインフレ的(需要が一定で供給不足)だと考えるエコノミストが少し減ることで、米FRB(連邦準備制度理事会)が政策金利引き下げに回帰するのは今年後半かもしれない。当面は、前倒し需要の反動減による消費悪化などで金利低下(インフレ低下)と米ドル安傾向が保たれるだろう。米長期金利は4%前後を維持するだろうが、政策金利と短期金利は、関税率引き上げ後のインフレの落ち着きを確認しながら今年末に向けて緩やかに低下するだろう。
米国株市場の足元での下落は、ハイテク産業への行き過ぎた期待の調整と消費懸念の二つの側面を持っているが、半導体などハイテク産業については、経営者の自信にあふれるコメントの継続と四半期ごとの順調な収益の成長が示されることで、市場評価はゆっくりと回復するだろう。目先、輸入品への最低10%の関税率引き上げは、消費対象の変更などの調整や輸出国の通貨安などで結果として緩やかになり、政権の政策の柔軟化とともに消費者態度の回復につながるとみている。しかし、消費者心理や、設備投資に関する企業経営者の心理などの予想が難しいタイミングではある。
日本株市場は、ハイテク産業については米国と類似の状態にある。また自動車など輸出関連は、生産拠点の米国への移設などで関税を避けられるのか、政府の対応で関税が引き下げられるのかといった点に依存するので、見極めには少なくとも数ヵ月必要だろう。それまで市場はさまざまな情報に一喜一憂せざるを得ない。ただし、賃金の前年比伸び率はしばらく3%程度の上昇が続き、国内消費が経済や株式市場をけん引する可能性はある。日銀が不透明感から政策金利の引き上げを先送りすれば、銀行株上昇も先送りされる可能性はあるが、金利敏感株には朗報となる。現状は、マクロ経済の不透明感への反応から先物市場での売買が全体を動かしブレが大きくなりやすいが、決算発表などを通じて個別銘柄に関する情報が増えれば、利益予想の上方修正などを織り込み、回復に向かうだろう。