ここがポイント!

  • 米国が大戦後以来の「貸した金を回収」して「普通の国」になる
  • 世界の姿は米国中心から国・地域別に変わる
  • 投資判断は政治の評価がより重要になる

米国が大戦後以来の「貸した金を回収」して「普通の国」になる

空洞化脱却、中間層を豊かに:トランプ政権の政策の目的は、傷んだ中間層を豊かにすることである。そのために、付加価値の高い成長産業と安全保障に関わる鉄鋼・半導体・医薬品などを中心に、働く場として製造業を復活させようとしている(新しい保守と呼ばれる)。その手段は、米国が大戦後以来、世界に提供した軍事力と国内製造業の空洞化(≒輸入超過)で「貸した金」を回収することである。米国は、軍事と消費の面で超大国から「普通の国」になりたいのである。

米国は長らく軍事力を拡大することと大きな輸入超過を放置することで、世界平和と自由主義陣営の経済発展に貢献し、結果として米国の価値観を広げて自らを守り、生産性向上で自国経済を発展させてきた。しかし、いまや国内の格差拡大で資本主義の維持可能性が低下していると感じ、これまでの仕組みを維持することを止め「貸した金を回収」することにしたと解釈できる。米国の目的は関税収入そのものではなく製造業を復活させて中間層を底上げすることである。その目的達成のためのトランプ政権の切り札が、過去に積み上げた軍事力と輸入超過の回収となった。

軍事力:第二次大戦後の旧ソビエト連邦の核武装を含む戦力拡大に対抗するため、同盟国ではなく米国のみの軍拡が選ばれた。米軍は、アジアや欧州に幅広く展開し、当事国・地域は多少の駐留費を負担するものの、総じて米国の核兵器を含む費用負担の傘に入ることになった。世界平和のためには、それぞれの国が軍備を整えるよりも米国に集中したほうが安定すると考えられた。しかし、トランプ政権はこれを「貸した金」のように扱うことにした。軍を出すのであれば見返りを要求して回収しようとする。ウクライナへは、支援をさらに拡大する条件として、鉱物資源(レアメタル)や原子力発電所の所有権移管を求め、ガザに介入するのであれば米国企業にリゾート地開発をさせよと提案する。

この考え方は、第二次大戦後の超大国としての米国が大国主義を止めて「普通の国」になろうとすることだといえる。オバマ大統領の時代に、米国は世界の警察を止めると宣言した。トランプ大統領はこれを具体化することにした。米国は軍事力を持って世界平和に関与するのではなく、自国の平和のみを目的として強い軍事力を維持する国になろうとする。米国に軍事力を求めるのであれば、見返りとして米国の成長機会を要求する。トランプ政権は、米国の軍事力の存在の意味を変えようとしている

輸入超過:さらに、米国の継続的な輸入超過も自国の産業基盤をすりつぶしたことで他国にメリットを与えたとみなす。そうであれば関税で回収し、国内産業基盤強化に充てると考える。世界各国との貿易赤字は資本収支で取り返せるし、加工組立は低い賃金の地域に任せる方が資本効率が高く、生産性も高まるだろう。しかし、そのせいで米国の中間層が仕事を失い失望して麻薬などに手を出しているとすれば、これを救わねばならない。そのために製造業を復活させるという論理を持つ。現実には100円ショップの雑貨を国内で作るほど生産性を引き下げようとはしないだろうが、鉄鋼や半導体など戦略物資の国内生産に対して関税等で保護を続けるだろう。また、中国は経済合理性を持たない権威主義が支配しており、鉄鋼やアルミの過剰供給で米国の産業を空洞化させたと敵視し、自由貿易を失敗とみなす。すでに中国では経済刺激のための過剰生産を戒めており、共産党政権であるせいだとは言い難いが、政治体制を批判された中国は米国に妥協しないので、関税という手段が重要となる。

普通の国になるということ:共和党が、冷戦体制に関わる軍事力一国集中と自由主義の象徴であることを止めると判断したことは驚きである。8年前のトランプ政権はリバタリアン(なんでも自由で政府は小さいほど良い)の支持を受けていたが、今回受けていない理由は政権とそれを支える共和党の基本姿勢が中間層を救うという介入主義に転向したからに違いない。米国という大きい需要国がコストの安い国・地域での生産を重視せず、産業の空洞化を反省して国内生産を保護するという手段を取らざるを得なくなった。中間層の喪失、格差拡大が資本主義の継続を脅かすことを身をもって知った上での行動変化と解釈できる。米国も日本やドイツのような製造業を持ち、輸出したい(その時には関税をなくすほうが良くなるだろう)と考えていると理解できる。そうすれば、中間層の仕事を維持し、絶望に追い込まないで済む。人件費などコストが安い国・地域での生産を米国内に戻せば、全体として生産性が低下する恐れはあるが、中間層の自信回復で消費が伸びれば、経済規模の拡大で生産性低下を上回る成長を獲得できる可能性もある。

米ドルの決済通貨としての相対的な地位が低下し、米国債の信用が揺らぐ恐れがある。米国は米ドルを基軸通貨として推し続けるだろうが、貿易決済でのシェアは低下する可能性がある。米国債の金利は、実際には格下げなどがあったとしても、実務的にはリスクフリーと想定してよかった。しかし、今後は通貨としての基軸度合いの低下から、普通の国の債券の性格が強まるだろう。これまで市場が大目に見てきた米国のクレジットが格付け変化を通じてリスクとなる
クレジットの悪化で米国の製造業化プロジェクトの資金不足が起これば、トランプ政権のシナリオへのリスクとなる。トランプ政権が金利変動に敏感であるのは当然といえる。

世界の姿は米国中心から国・地域別に変わる

全体として主要国は、これまで以上に自国の防衛負担の拡大が求められる。財政規律は当面緩みがちになり、関連産業への資金供給は拡大するだろう。各国・地域では、米国輸出の依存度を下げ、自国産業の強みを磨き、国内消費を強化する政策が打たれるだろう。

主要先進国:米国の最終需要に依存する企業は、これまで以上に米国での製造に注力することになる。TPP(環太平洋パートナーシップ協定)のような関税を撤廃する多国間協定では、最終需要地が日本や英国であれば問題ないが、米国の場合、誰が関税に関わる価格調整を負担するかが問題になってしまう。米国の製造業復活までは、米国とそれ以外にバリューチェーンを分ける必要があるだろう。日本や欧州主要国は、米国への輸出分について、自ら需要を生み出す仕組みを持つ必要がある。例えば、ドイツが直面する労働問題を含む産業構造改革の必要性は高まるだろう。

日本:自らの生産物を消費する力と筋肉質の経済を持つということは、日本においては経済変動の調整能力を強化することだと考える。岸田政権時代から着手されているが、労働市場の流動性を高めつつ社会的なセーフティネットを強化することが一つの例である。企業活動の落ち込みを米国の需要拡大を待つことでかわすことは難しくなる。これまで企業に社会保障を背負わせてきた面がある(例えばコロナ禍の際の雇用調整金)が、今後は企業活動がフレキシブルになり、政府や公的機関がセーフティネットとしての信頼感を獲得する必要がある。一方、日本や欧州主要国における製造業の空洞化が米国ほどではないとすれば、米国が製造国になるまでの間、自由貿易を維持拡大することは適切である。

中国:米国は中国について、権威主義的政策により景気悪化時に過剰生産で経済を支えたことが、米国の空洞化の原因になったと指摘している。対する中国は、政治体制批判が含まれるため、全面的に交渉に立つことが難しい。ただし、トランプ政権は中国への鎖国的高関税率を引き下げたいと述べており、例えば中国側がすでに放棄した鉄鋼やアルミの過剰生産を改めてしないと覚書を交わすなどすれば、かなり緊張が緩和するだろう。中国が保有する米国債の売却が懸念されているが、実利はなく可能性は低いとみている。ただし、中国の輸出額縮小で米国債購入は次第に減少することになろう。中国自身は、今後自国の消費を拡大して自律的な経済を作る必要性が高まる。消費を持続的に成長させ一人当たりの所得を高めて先進国になるために、社会保障の強化で安心して消費できる社会を作り、企業活動の予測可能性を高めて民間企業の成長を促す必要がある。

投資判断は政治の評価がより重要になる

米国が超大国の座を降りる世界では、各国・地域の独自性が強まり、投資リターンの相関性が低くなり、ポートフォリオのリスクは低下傾向になると期待される。米国経済だけ分析していれば良いのではなくなり国・地域別の経済サイクルを知る必要が強まる。さらに、投資判断のため米国を含む各国・地域の政治への評価がこれまで以上に重要となる。投資のシナリオは、経済事象ではなく政治事象をそのスタートラインにするよう考慮する必要がある。例えば、トランプ政権の中間層底上げや保護主義などの考え方は民主党の考え方と共通点も多く、今後の米国の基本観になるとみているが、方法や変化のスピード、国際協調などについては選挙民の選択がますます重要になる。選挙結果別の政策シナリオから経済や企業活動をケースごとに予想し、投資判断を行うことが考えられる。また、固定為替相場への回帰など大きな変化を考える必要もある。今後、地政学や政策のアナリストの重要性が増すことになるだろう。