当レポートは、英語による2019年9月発行「MULTI-ASSETMONTHLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

投資環境概観

市場は常に多くの相反する見方を生み出してきたが、8月は特に乖離の大きい展開が見られ、債券では利回りの急低下が世界的な景気後退を予言している様相となる一方、株式は比較的良好な見通しを映し出した。当社では債券市場の方が投資環境の動向をより正確に解釈していた可能性があると感じているものの、景気後退入りは確実視されるわけでは決してなく、向こう数ヵ月は兆候を注視していくことがこれまでに増して重要となる。

8月の初めには米中の関税合戦が再び激化したが、今回は、もし完全に実施されればその範囲と度合いから太平洋を挟んだ両国に深刻な経済的打撃を及ぼすであろう危険領域へと達した。同時に、その他にも、香港の抗議活動のエスカレート、ボリス・ジョンソン英首相による強硬なハードブレグジット(英国による合意なきEU離脱)路線、分解同然のイタリア政府、アルゼンチンのテクニカルデフォルト(返済原資はあるが元利金払いが滞る状態)など、世界中で次々と地政学的ストレスが表面化したように見受けられた。

このようにテールリスク(確率は低いが発生すると大きな影響を及ぼすリスク)要因が多く、しかもこれらのショックが単独または複数で起これば世界経済を景気後退へと押しやる可能性があることから、金利が大幅に低下したことは妥当に思われる。また、9月の初めにこれらのテールリスクの多くが後退した様子を受けて債券市場が調整し、それまでの大幅な利回り低下の少なくとも一部が巻き戻されたことも、理に適っている。しかし、これで森を抜けたのかと言うと、その可能性は低いだろう。

当社の見立てでは、世界需要のさらなる減退を回避するためには、比較的早期の貿易協定合意か、少なくとも新たに発表された関税の延期が必要である。しかし、関税をめぐる応酬が急速に激化していることに加え、発言内容がますます辛辣で個人攻撃的ですらあるものになっていることから、米国および中国は双方が躊躇なく交渉の席に戻り協定成立のために譲歩できる段階を過ぎてしまった感がある。

当社では、貿易戦争の長期化および関税の引き上げが世界需要のさらなる重石になるとみられることを主な理由に、ポジティブであった世界経済の成長見通しをトーンダウンさせている。これまでのところ、世界の製造業は約4ヶ月間にわたり景気後退が続いている一方、製造業以外のセクターは依然として拡大期にあるが、これは2012年の欧州危機や2016年のデフレ・パニックの状況と類似している。

2012年当時は、マリオ・ドラギECB(欧州中央銀行)総裁が「必要なことは何でも行う」と約束し、市場に信頼感を呼び戻した。2016年の場合は、中国の大規模なリフレ政策を通じて信頼感が戻った。足元では、信頼感を回復させられるほど大胆な動きが出てくる可能性はより低いように見受けられる。各国の中央銀行に金融政策緩和という選択肢がありそれが実施される見通しであることは確かだが、武器の威力はほぼ残されていない。政策当局はマイナス金利や量的緩和といった非伝統的金融政策への依存度を強めているが、そのような政策は効果が疑問視されている。

当社の見解では、貿易戦争の影響を軽減するには財政出動による景気押し上げが必要だ。財政出動の方が、金融緩和単独に比べてより実質的かつ持続的なインパクトを与えられる可能性が高いだろう。中国と欧州は財政拡大へと傾きつつあるが、米国はおそらくそうはならないだろう。2020年のドナルド・トランプ大統領再選の支援材料となるような財政支出パッケージに対して、民主党は賛成を渋るだろうとみられるからだ。

リスク資産にとって最も好ましいのは、財政緩和と金融緩和の合わせ技、そして予想外の貿易協定合意または最低でも関税発動延期により、信頼感が即座に押し上げられるというシナリオだろう。当社は、これが完全または部分的に実現する可能性を除外はしないが、引き続き慎重な姿勢を維持しつつ、さらなる事態の悪化あるいはポジティブ・サプライズの兆しを注視していく。

資産クラスの選好順位(2019年8月末時点)

資産クラスの選好順位(2019年8月末時点)

(注) 株式、ソブリン債およびクレジットのスコア合計は時価総額ベースで加重平均して算出。
上記のアセットクラスおよびセクターは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

当社の見方

各資産クラスの見方と選好順位について、以下に述べる通りの調整を行った。

グローバル株式

株式については全般的にスコアを引き下げたが、スコアの引き下げ幅が特に大きかったのは、貿易戦争激化の影響をより受けやすいアジアおよび新興国株式であった。特筆すべき点は、8月2日にトランプ大統領がそれまでに警告していた関税引き上げを実際に発表したことを受けて、中国は1米ドル=7元を超える人民元安を容認したことで、これをきっかけに米ドルが対新興国通貨で再び上昇基調を辿り始め、経済成長へのさらなる逆風をもたらした。

2015年8月の中国人民元切り下げは無秩序で、中国国外への資金流出を招き中国人民銀行の外貨準備を1兆米ドルも減少させる事態となったが、8月初旬に始まった今回の元安はそれに比べると落ち着いたものとなっている。当社では、そうした通貨の安定性や民間企業に有利となる景気刺激策の拡大を考慮し、中国A株を筆頭としてアジアの一部には投資妙味があるとの見方を維持している。

株式市場全般としては、成長見通しの陰りを受けてスコアを引き下げたが、債券市場においてそのようなシナリオの織り込みがすでに起こっていることには留意している。当社では、債券市場は経済成長に及び得るショックをより正確に織り込んでいる可能性があると考えているが、債券と株式のバリュエーションの相対格差は、またしても極端な水準に達している。

通常、長期債の利回りはほぼ常に株式の配当利回りを上回るものだが、債券利回りの大幅な低下によりそれがもはや当てはまらなくなっている。こうした事態が生じたのは過去10年間で3度だけだ。確かに、もし米国が景気後退入りすれば、米国債の株式に対する超過利回りはマイナス幅が一段と拡大する可能性がある。しかし、経済成長に対するテールリスクが引き続き後退する場合は、株式と債券の間の利回り関係が平均へと回帰する可能性がある。

チャート1:米国債30年物利回りとS&P 500指数配当利回りの格差

チャート1:米国債30年物利回りとS&P 500指数配当利回りの格差

出所: 信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間: 1977年2月28日~2019年9月11日

世界の製造業は過去4ヶ月連続で縮小しており、また、米ISM(サプライマネジメント協会)発表の米国製造業景況感指数は8月に景気拡大と縮小の分かれ目を示す50を割り込んだ。米国の製造業が縮小を示したのは、世界金融危機が収束して以降では今回を含めて3回しかない。最初の2回は2012年と2016年だが、非製造業セクターの活動が安定していたおかげで米国は景気後退を免れた。

チャート2:米ISMの製造業景況感指数と非製造業景況感指数の比較

チャート2:米ISMの製造業景況感指数と非製造業景況感指数の比較

出所: 信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2000年9月~2019年8月

在庫サイクルを左右するのは製造活動だが、その製造活動を通常左右するのは需要に対する信頼感だ。信頼感に危機が訪れると、製造業者は多くの場合、需要への影響を見極めるために減産を行う。需要がそれほど損なわれることなく在庫が大幅に減少すると、製造業者は増産を選択し、それが成長回復へとつながる。

目下、在庫は大幅に減少しつつあり、需要が依然として損なわれていないことを示唆しているものの、貿易戦争の激化を受けて先行き不透明感は強いままだ。株式市場にとって重要な道標となるのは、製造活動がこの先どこへ向かうかである。新たな関税が需要を後退させ最終的に経済全体を景気後退へと引きずり込んでしまうのか、それとも需要がかろうじて持ち堪えて、在庫積み上げサイクルが再び始まり、株式市場の追い風となるのだろうか。

グローバル債券

多くの地政学的懸念事項において依然解決の目処が立たないなか、グローバル債券の投資家は今年に入ってから好調なリターンを享受している。先進国のなかでは米国債が10年物で見て最も高い利回りを提供している債券の1つであることから、グローバル債券の選好順位において米国債を最上位へと引き上げた。

チャート3:10年物国債の利回り

チャート3:10年物国債の利回り

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成、2019年9月

米国債は利回りがすでに大きく低下しているが、それは世界中の他の債券においても同様である。世界最大の経済大国の政府借り入れコストが相対的にこれほど高いのは、控えめに言っても稀なことだ。実際、米国債の利回りはギリシャやイタリアよりも高くなっており、確かに不可解な状況と言える。米国のフェデラルファンド金利は他の国の主要政策金利よりも大幅に高くなっている(米国と他国の間における明確な相違点の1つ)が、投資家は信用の質や債務返済能力といった概念を概ね脇に押しやってしまっている。これは、国債への需要の多くがリスク資産への不安から来ていることを考えると、より一層興味深い展開だ。安全な避難先としての保有資産を選ぶにあたり、多くの投資家は米国債を避けてよりリスクが高い他の国債市場に向かったようである。

今後については、米国の金融政策が金利のより低い国のものに収斂するにつれ、米国債がアウトパフォームすると見ている。今年の同国の経済ファンダメンタルズは持ちこたえているが、そのような基調を継続できるかどうかは、ビジネス環境やグローバル環境の悪化を好調な消費が埋め合わせられるかにますますかかっている。米中貿易戦争が激化するなか、米国の消費を牽引役とする穏やかな着地シナリオは根拠が弱まってきているようだ。米国の景気拡大に対するリスクは明らかに増大しており、米FRB(連邦準備制度理事会)議長がジャクソンホール会議(世界の中央銀行首脳による年次経済シンポジウム)の講演で指摘した通り、「現在の状況への政策対応において手引きとなるような近年の前例はない」。米政権が貿易戦争に勝つとのスローガンを繰り返し唱えることは可能だが、市場は異なるシナリオを示唆している様相で、安全な避難先を求める投資資金の流入が、米国債の利回りを押し下げるとともに米FOMC(連邦公開市場委員会)にアクションを取るよう圧力をかけている。

グローバル・クレジット

投資適格債の信用スプレッドは世界的に米国の水準へと収斂が進み、アジアのスプレッドが縮小するとともに欧州のスプレッドは拡大した。企業クレジット市場は、社債の新規発行が大量にあったにもかかわらず、非常に良好なパフォーマンスを示した。借り手企業は、主要国市場にわたって一斉に、史上最低水準にある借り入れコストに乗じることにしたようだ。特に米国では、2019年に入ってからの投資適格債の新規発行が、まだ1四半期が完全に残っているにもかかわらず、2018年の発行総額を超えそうな勢いとなっている。これまでのところ、需要が堅調なことから、投資適格債のスプレッドは年初来で縮小している。

チャート4:投資適格債の信用スプレッド(対国債)

チャート4:投資適格債の信用スプレッド(対国債)

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2018年12月31日~2019年9月10日

通貨

通貨は着実に「リスクオフ」モードに転じており、日本円がモメンタムでリードし米ドルがそれに続いている。新興国通貨の転換点となったのは、8月初旬に中国が人民元の対米ドル・レートの7超えを容認したことだ。これは、その後に一段の人民元安が控えていることを示唆し、実際にそうなった。残りの新興国通貨も人民元に続き、対米ドルで下落した。

為替市場の流れをシフトさせたもう1つの明らかな要因は、日本を除く世界中で実質利回りが大きく低下したことだ。例外となった日本は実質金利が頑として動かず、これが故に日本円は金と同様に安全な避難先資産としての動きを見せている。その他の国々で実質利回りが大きく低下すると、金と日本円は相対利回りの観点から投資魅力が増すことになる。

9月に入って以来、債券利回りが8月の基調から反転して幾分上昇し始めていることから、向こう数ヵ月において為替市場の主要な道標となるのは債券利回りと経済成長におけるサプライズだろう。

チャート5:世界の実質利回り

チャート5:世界の実質利回り

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2016年12月30日~2019年9月11日

コモディティ

経済成長見通しが悪化したことからコモディティの見通しも悪化しているが、貴金属は例外で、中央銀行による金融緩和の拡大や世界中での債券利回りの大幅低下が依然追い風となっている。原油価格の下落は、世界的な製造業後退を主因とする需要減を反映している。原油価格は過去12ヵ月で21%下落しているが、需要の低迷が続けば減産の強化が必要となり、サウジアラビアのエネルギー相の交代はそのような減産が近いかもしれないことを示唆している。

チャート6:WTIの過去12ヵ月の価格リターンと世界の製造業PMI(購買担当者景気指数)の推移

チャート6:WTIの過去12ヵ月の価格リターンと世界の製造業PMI(購買担当者景気指数)の推移

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2009年9月~2019年8月

一方、銅価格は1年前との比較でほぼ横這いとなっているが、これを下支えしてきたのはおそらく、中国が昔ながらの景気刺激策を実施するとの期待だろう。そのような期待は、当局が新規インフラ投資向けの資金調達支援として地方政府への貸し付けを加速させたことで、一部正当化されるかもしれない。しかし、中国は引き続き消費と民間セクターへの貸し付けの両支援に的を絞った対策に注力しており、依然バブルの領域にある不動産市場への支援は行わない姿勢を明確にしている。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のチャート、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。