当レポートは、英語による2019年10月発行「MULTI-ASSETMONTHLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

投資環境概観

世界金融危機後の期間における米国経済のパフォーマンスが素晴らしいものであることは間違いない。10年の景気拡大期において、2015年第2四半期に4%でピークをつけた年間実質GDP成長率は平均が2%を超えた。当然ながら、この好調な経済パフォーマンスは米国株式にとって持続的な追い風となった。米国株式市場は2009年末以来、年間12%を超える二桁リターンをもたらしてきている。

より最近では、米国の経済成長は世界経済の苦戦をよそに堅調さを維持してきた。他の先進国が1%超の経済成長率を維持するのに四苦八苦する一方で、米国は2%を超える実質GDP成長率を維持している。米国経済のパフォーマンスが相対的に好調な理由は、構造的にサービス業の割合がより高く、輸出への依存度が低いことなどが挙げられる。他に、米国の消費者が多くの地政学的不透明要因が取り巻く環境にもかかわらず支出を続けていることも理由の1つだが、これを促しているのは間違いなく2017年末に実施された減税だ。

このような環境はもちろん市場にとって追い風となってきた。その結果、米国株式の投資家が好んで唱えたのは、「世界経済が苦戦しているのは確かだけれど、米国経済はとにかく大丈夫」というフレーズだった。これまでのところは概ねその通りとなってきたが、ひび割れが見られ始めている。米国の製造業は世界的な製造業の不振を逃れておらず、サービス経済の堅調さも疑わしくなってきている。

ISM(米サプライマネジメント協会)製造業PMI(購買担当者景気指数)は昨年第3四半期以来、50を割り込んだ水準へと急低下しており、米国の製造業が鈍化していることを示している。これは、米国経済に占める製造業の割合が12%程度にすぎないという事実がなければ、本質的に懸念材料となったであろう。しかし、より大きな割合を占めるサービス・セクターもまた鈍化し始めている。ISM非製造業PMIは、今のところ景況感の改善・悪化の分岐点である50を依然上回っているものの、やはり同期間にトランプ政権始まって以来の低水準へと低下している。米国の企業セクターは、世界の他の国々が侵されているのと同様の低迷に徐々に晒されつつあるようだ。

では、米国の消費者が世界経済を支えているという話はどうなるのか。米国の消費が堅調で他の分野の低迷を補ってきたのは確かだ。米国は結局、消費主導の経済である。しかし、その米国の消費ですら、一定の懸念がある。世界金融危機後の期間において、雇用の拡大は労働供給の自然増加を明らかに上回っており、失業率は着実に低下してきている。一方で、月次の就業者増加数は、過去3ヵ月の平均が2018年の20万人超の水準から15万人程度に鈍化してきている。同時に、ISM指数の雇用意向を示す項目は、製造業・非製造業の両方において一段の雇用鈍化を示している。

米国の消費者信頼感は、雇用環境が堅調なこともあり高い水準を維持してきたが、この点においても衰えの可能性を示す兆候が現れつつある。コンファレンス・ボードとミシガン大学がそれぞれ発表する消費者信頼感指数は、直近の水準がともに2018年来の低さとなった。とは言え、国内で政治的リスクが高まるとともに米国が貿易・外交の両政策に変化をもたらそうと躍起になっていることを考えると、消費者が見せてきた耐性は注目に値するものだ。

過去10年の米国経済は明らかに強さの牽引役であったが、歴史を振り返れば景気拡大が永遠に続くことはない。したがって、当社では、今回の長期景気拡大が終わりに近づいているのかどうかのシグナルとして、企業および消費者の状況を示す多くの指標を注視していく。

資産クラスの選好順位(2019年9月末時点)

資産クラスの選好順位(2019年9月末時点)

株式、ソブリン債およびクレジットのスコア合計は時価総額ベースで加重平均して算出。
上記のアセットクラスおよびセクターは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

当社の見方

各資産クラスの見方と選好順位について、以下に述べる通りの調整を行った。

グローバル株式

世界の経済成長は依然として困難に直面しており、またしても株式は貿易戦争の状況を報じる毎時間のニュースフローに右往左往した。ミニ休戦はあるのか。関税は引き上げられるのか。瞬く間にツイートを分析し売買を行うアルゴリズムのせいにすることはできるが、事実、貿易戦争がどう展開するかは本当に重要性が高い。

世界は現在、製造業リセッション(景気後退)の状況にあり、米国もこれに正式に加わった。企業や消費者のセンチメントは既に下降線を辿っており、新たな関税による貿易戦争の激化は世界全体をリセッションに陥れる可能性がある。通常、リセッションの種を植えるのは政策当局ではなく景気循環の行き過ぎだが、今回は例外となるかもしれない。

このような環境下、当社では株式に対して慎重な姿勢を維持する。とは言え、予想外の貿易協定や、関税引き上げの撤回または関税引き下げを示唆する発言があれば、株式市場には大きな好材料となり、特に世界の経済成長の影響が大きい新興国市場にとっては強力な追い風となるだろう。不透明な投資環境が続いているものの、新興国には依然として投資機会がある。中国と国内の景気刺激策の恩恵を受けるA株市場の投資機会については長らく論じてきたが、ロシアなどの国にはより注目されていない投資機会がある。

ロシア資産は、制裁および新たな制裁の警告に伴う不透明感の長期化に苦しんできた。直近に制裁が発動されたのは2019年8月2日だが、トランプ大統領が署名した今回の制裁が、深刻な追加的打撃を暗示するのではなく程度の軽いものとなったことは、より大幅に厳しい制裁法案が議会を通過し立法化される可能性が低下していることを示しているのかもしれない。

迫り来る制裁の警告と自国における金融・財政政策の引き締めの間で、ロシア経済は当然ながら大きく鈍化した。しかし、低インフレ、複数回の利下げ、ある程度の財政緩和を受けてGDP成長率が回復し始めており、2021年までには2.1%へ加速すると予想されている。このような見通しは、アジア諸国ほどではないものの企業収益にとって追い風であり、またロシア株式には依然として割高感はない。

さらなる追い風となるのは、同国が世界で最大の双子の黒字(経常および財政収支の両方)を達成するのを促した堅実な金融・財政政策だ。これら双子の黒字によって通貨が下支えされるばかりでなく、堅実な政策によって経済や企業収益の原油価格動向からのディカップリングが促進されている(チャート1参照)。

チャート1:ロシア株式の企業収益と原油価格

チャート1:ロシア株式の企業収益と原油価格

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2014年10月11日~2019年10月10日

当社では、世界の経済成長を注視するとともに貿易戦争の次の動きを予想すべく努める一方、ロシアのように、貿易戦争の影響を受けにくく国内ファンダメンタルズの強さから恩恵を受けやすい投資機会の特定も行っていきたいと考える。

グローバル債券

9月のグローバル債券は、先進国市場の大半で2019年に入ってから最低の月次パフォーマンスとなった。利回りの上昇を先導したのは米国債で、一時は利回りの上昇幅が0.4%を超えたが、その後価格下落分の一部を取り戻した。カナダの債券市場は、米国債に対して劣後する傾向が続き米国債をやや下回るリターンとなった。カナダ国債10年物の米国債に対する利回りディスカウント幅は、年初時点では-0.7%だったが、9月末時点ではわずか-0.3%となっている。

チャート2:カナダ国債10年物の利回りから米国債利回りを差し引いた格差

チャート2:カナダ国債10年物の利回りから米国債利回りを差し引いた格差

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2018年12月31日~2019年10月9日

カナダ経済は隣国米国との相互依存度が高いことから、この債券利回り動向の乖離は注目に値する。この主因は米国とカナダの中央銀行の各金融政策にあると想定される。今年、米FRB(連邦準備制度理事会)は政策金利を合計0.5%引き下げたが、カナダ銀行は動きを見せておらず、市場が織り込んでいる2019年の利下げの確率は依然40%未満だ。

つまりカナダ銀行は、緩和サイクルを始めようとはしていないと見られる数少ない中央銀行の1つとなる。これは、インフレ率が総合・コアともに目標の2%近辺にあるとともに、住宅市場とエネルギー生産の大幅回復(および原油価格の上昇)が経済を押し上げている状況では、理に適っているとも言える。カナダ債券が必ずしも世界的な利回り低下傾向に逆行すると予想しているわけではないが、中央銀行からの支援が不在であることによって、同国債券の投資魅力は他国債券の多くに比べて見劣りする。

グローバル・クレジット

2019年のグローバル投資適格債の信用スプレッドは、歴史的にタイトな水準へと低下傾向を辿ってきた。これが起こった期間には、経済成長が米国では潜在成長率を上回る一方で欧州やアジアでは下回った。製造業PMIが米国以外での景気鈍化を予示するようになってしばらく経つが、米国の直近のPMIは、今後は米国も成長が減速することを示している。下のチャートに見られる通り、米国のISM製造業PMIと信用スプレッドの間にはある程度強い関係がある。過去におけるISM指数の低下局面(チャートでは数値を上下逆転させて表示)では、信用スプレッドが拡大することが多かった。しかし、今年はそのような傾向からは乖離しているようで、PMIが低下する一方で信用スプレッドは縮小が続いた。借り入れコストが既に低いのに加えて、米国と欧州で中央銀行が追加緩和を行っていることから、当面はそれでも投資適格債に対する投資家心理が維持されるものと思われる。

チャート3:ISM製造業PMIと米国の投資適格債の信用スプレッド(対国債)

チャート3:ISM製造業PMIと米国の投資適格債の信用スプレッド(対国債)

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2002年9月30日~2019年10月9日

通貨

世界の経済成長の不振が続き貿易戦争激化のリスクが継続する限り、米ドル高が続く可能性が高いことから、通貨の選好順位では米ドルを上位に、新興国通貨を下方に据え置く。

グローバル債券の金に対する相対パフォーマンスを米ドルの動きと比較すると、興味深い関係性が窺える(チャート4参照)。

概して、債券が金をアウトパフォームする時にはドル高になる傾向があり、金がアウトパフォームする時にはドル安になる傾向がある。当社の解釈は、この関係が金融政策に結びついているというものだ。金融政策が引き締められると、世界の経済成長が鈍化し債券利回りの低下と米ドル高につながる。反対に、中央銀行が緩和政策にシフトして量的緩和も実施されたりすると、マネーサプライの増加と成長加速の可能性が見込まれるため、金が債券をアウトパフォームする傾向がある。

今年のグローバル債券はこれまでのところパフォーマンスが好調で、米国債10年物の利回りは約1.00%低下しているが、金のパフォーマンスはそれすら上回っており、年初来で約26%上昇している。しかし、これが米ドル安となるべきことを示しているように見受けられる一方で、実際には米ドル高が続いている。金が買われているのには、数多ある地政学的リスクの高まりを含めて様々な理由があるが、金は将来の金融緩和も織り込みに行っているのかもしれないと当社では考えている。

FRBは既に量的引き締めから転換して再びバランスシートを拡大しているが、これは、少なくとも今のところは、本来の量的緩和というよりも金融システムの流れを改善するための措置である。しかし、FRBはハト派トーンの発言を行い債券利回りを低下させてきたものの、今後より規模の大きい政策緩和が実施されれば、米ドルは下落基調に戻るかもしれない。

チャート4:金に対する米国債の相対パフォーマンスと米ドル

チャート4:金に対する米国債の相対パフォーマンスと米ドル

出所:信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
期間:2016年1月12日~2019年10月11日

コモディティ

9月の原油相場は乱高下する展開となったが、その主因となったのは、サウジアラビア最大の石油施設がドローン攻撃を受けたとのニュースだった。当該攻撃よって同国の産油能力は実質的に半減したが、これは世界の総供給量において約5%、OPEC(石油輸出国機構)供給量において17%の減少に相当した。サウジ政府は早急に対応し、施設の復旧にあたる一方で原油の提供を円滑化すべく世界に保有する在庫を放出した。生産能力の大半は9月末までに回復されたと報じられており、同国の生産は11月までにフル稼働に戻るものと見られる。

チャート5:OPECの国別産油量(日量百万バレル)

チャート5:OPECの国別産油量(日量百万バレル)

出所:エナジー・インテリジェンス・グループ他、信頼できると判断した情報をもとに日興アセットマネジメントアジアリミテッドが作成
2019年8月現在

市場は非常に早く落ち着きを取り戻したが、当社では今回の攻撃を経てリスク・プレミアムは高まるべきと考える。米国とイランの間で和平協定の合意に達する可能性が低いなかで生産施設の脆弱性が露呈したのに加え、米国のシリアからの撤退により中東地域の緊張が高まる可能性がある。当社では、供給中断の可能性の高まりに伴い、リスクをヘッジするとともに成長懸念をある程度埋め合わせようとする動きから、原油価格は上昇するものと見ている。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のチャート、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。