本稿は2021年1月14日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 12月の米国債市場では、イールドカーブがややスティープ化した。月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.027%低下の0.122%、10年物で同0.075%上昇の0.915%となった。当月は、欧州(特に英国)におけるCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)感染者数の増加や米国の財政出動に関する不透明感をめぐって、投資家の懸念が強まった。
  • 12月のアジアのクレジット市場は、リスク・センチメントの回復を受け信用スプレッドが0.087%縮小したことを主な要因として、月間リターンが0.64%となった。格付け別の市場リターンは、スプレッドの0.025%縮小した投資適格債が0.25%、0.515%縮小したハイイールド債が1.96%となった。アジア・クレジット市場における当月の新規発行は、年末に向けて鈍化した。
  • 一方、アジア各国のインフレはまちまちとなった。域内の複数の国では、中央銀行が政策金利を据え置いた。格付機関フィッチ・レーティングスは、マレーシアの長期外貨建て発行体デフォルト格付けを「A-」から「BBB+」に引き下げるとともに、格付け見通しを「安定的」とした。
  • 総合的に考えて、インドネシアの債券を有望視している。低成長、追加金融緩和、新興国市場への資金流入の増加を追い風として、インドネシア債券は継続的にアウトパフォームするとみている。通貨については、シンガポールドルと中国人民元に対してポジティブな見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは、今後数ヵ月にわたって徐々に縮小すると予想している。2021年におけるアジアの信用スプレッドにとっての主要な下方リスクは、米中2国間の関係がバイデン政権下で安定化できない場合だとみている。現在実施されている緩和的な財政・金融政策の早計な引上げも、アジアのクレジット物を含めリスク資産へのポジティブな見通しを頓挫させ得るもう一つの下方リスクだ。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

12月の米国債市場ではイールドカーブがややスティープ化
12月の米国債市場では、利回りが2年物で前月末比0.027%低下の0.122%、10年物で同0.075%上昇の0.915%となり、イールドカーブがややスティープ化した。当月は、欧州(特に英国)におけるCOVID-19感染者数の増加や米国の財政出動に関する不透明感をめぐって、投資家の懸念が強まった。米FRB(連邦準備制度理事会)は当月もハト派的なトーンを維持し、同中銀の目標に向けて「大幅な一段の前進」が見られるまでは少なくとも現行水準の資産購入を継続すると確約した。また、FOMC(連邦公開市場委員会)は、インフレ懸念を牽制する一方で、資産購入額を徐々に減らすべき時が来た場合は必ず景気がソフトランディング(緩やかな減速)するよう目指すとも付け加えた。アジアの各国通貨は当月も対米ドルで続伸したが、月半ばには欧州での新型コロナウイルスの新変異種出現に対する懸念から上昇分を一部吐き出した。

チャート1

域内各国のインフレ圧力はまちまち
アジア域内では、各国のCPI(消費者物価指数)インフレの数字がまちまちとなった。中国では、食品価格の低下を受けて、11月のインフレが前年同月比-0.5%と前月の同0.5%から落ち込んだ。インドでも、野菜価格の上昇率が鈍化したことから、11月のインフレが6.93%と前月の7.61%からやや減速した。タイのCPI上昇率は-0.4%となったが、前月の-0.5%に比べるとマイナス幅が縮小した。一方、シンガポールでは、物価の下落が2020年を通じてかなり続いてきたが、11月のコアCPI上昇率は-0.1%と前月の-0.2%から若干持ち直した。フィリピンの11月の総合インフレは3.3%と、前月の2.5%から加速した。

アジア各国の中央銀行は政策設定を変更せず
域内の複数の国では、中央銀行が政策金利を変更しない道を選んだ。11月に利下げを行ったインドネシア中央銀行は、当月は市場の予想通り7日間のリバースレポ金利を3.75%に据え置いた。同中銀は、現行の政策金利で景気回復とマクロ経済の安定性を依然十分に下支えできると考えており、2020年および2021年の経常赤字についても対応可能な水準に保つことができると予想している。フィリピン中央銀行は、予想された通り政策金利を2.00%に据え置き、現行の政策設定が「適切」であるとのスタンスを維持した。同中銀のジョクノ総裁は、第4四半期のGDP統計(速報値)とモビリティ(移動)指標が経済活動回復の初期兆候を見せていると述べた。タイ中央銀行も主要政策金利を0.50%に据え置いた。同中銀の声明では、前回の政策決定会合の時と同様に、金利据置きの決定は「適切かつ最も効果的なタイミングでアクションを起こせるよう限られた政策余地を温存するため」とされ、金融政策が「緩和的に維持されなければならない」ことが強調された。同中銀は、2020年の実質GDP成長率予想を以前の-7.8%から-6.6%へと上方修正したが、2021年の成長見通しについては以前の3.6%から3.2%へと下方修正した。2021年の成長見通しを下方修正した主な理由として、訪タイ外国人観光客数見込みの下方修正、外国からの渡航者の受入れ再開が遅れる可能性、最近のCOVID-19感染者数の急増を受けた国内でのロックダウン(都市封鎖)の再実施が挙げられた。

フィッチはマレーシアの格付けを「BBB+」に引き下げ
フィッチ・レーティングスは、マレーシアの長期外貨建て発行体デフォルト格付けを「A-」から「BBB+」に引き下げるとともに、格付け見通しを「安定的」とした。同信用格付機関によると、COVID-19のパンデミック(世界的流行)の深さと長さによって、同国の主要な信用評価基準が一部悪化している。加えて、フィッチは、同国政府は前連立政権下で開始された透明性強化措置を実施し続けてきたとしながらも、現在の政府が議会の過半数支持をかろうじて確保しているにすぎないことから、同国の統治のさらなる改善見込みは不透明だと述べた。同社は、統治の悪化と継続的な政局不透明感が、投資家心理を冷え込ませ経済成長を抑圧する可能性があるとしている。

中国の経済活動指標は上向き、米中関係は緊張が続く
中国では、小売売上高や鉱工業生産、固定資産投資、不動産投資などの経済活動指標が、概ね市場予想通り好調さを示した。一方、当月は米国が引き続き貿易ブラックリストに加える中国企業を増やしたことから、米中間の地政学的緊張が高まる兆しも見られた。

今後の見通し

インドネシア債券を有望視
当社では、COVID-19のワクチンが利用可能となることで促進される景気回復とFRBの依然ハト派的な政策スタンスの組み合わせが、市場全般においてポジティブなリスク・センチメントを下支えしていくと見込んでおり、これによってアジアを含む新興国市場への資金流入も増えるとみられる。市場でキャリー水準のより高い現地通貨建て債券が選好されるなか、アジア域内ではインドネシアの債券がアウトパフォームすると予想している。通貨ルピアが上昇し始めていることから、インドネシア中央銀行は金融政策の緩和を再開しており、景気を支援するために追加利下げを実施する可能性もあると考える。低成長、追加金融緩和、新興国市場への資金流入増を追い風として、インドネシア債券は継続的にアウトパフォームするとみている。

シンガポールドルと中国人民元に対してポジティブな見方
当社ではアジア通貨が対ドルで上昇すると予想しており、アセアン通貨のなかでは相対的に貿易の影響を受けやすいシンガポールドルがアウトパフォームするとみている。COVID-19のワクチン接種が進むにつれ、リスク・センチメントが徐々に回復すると考える。バイデン政権下では米中関係が改善すると予想していることから、中国人民元についてもポジティブな見方をしている。貿易の回復や米中関係の改善といった要因がリスク・センチメントを上向かせ、結果として人民元の追い風となる可能性がある。

アジアのクレジット市場

市場環境

12月のアジアのクレジット市場はワクチン期待によるセンチメント回復を受けて上昇
12月のアジアのクレジット市場は、リスク・センチメントの回復を受け信用スプレッドが0.087%縮小したことを主な要因として、月間リターンが0.64%となった。格付け別の市場リターンは、スプレッドの0.025%縮小した投資適格債が0.25%、0.515%縮小したハイイールド債が1.96%となった。

当月はCOVID-19の新規感染者数が欧米を中心に多くの国で増加し続けたが、投資家には材料視されず、アジアの信用スプレッドは縮小した。COVID-19のワクチンの承認が世界中で急速に進み、一部の先進国では早くも12月下旬に実際のワクチン接種が始まるなか、市場は早急な常態復帰を期待している。米国では財政出動審議が好転し、当月を通じ続いたさらなる論争を経て、ついに9千億米ドル相当の救済パッケージが合意された。直近の雇用統計は米国の景気回復が幾分失速したことを示しており、待ち望まれた支援の提供が今回の救済策によって進むものとみられる。中国では、11月の製造業関連指標が市場予想を上回り、2010年12月以来の高水準となった。しかし、良好な経済指標に影を投げ掛けるように、中国軍が所有または支配していると見なされる企業への投資を禁止する米国大統領令についてさらなるニュースがもたらされるとともに、一部の中国企業が米国の証券取引所で上場廃止となった。一方、アジアのクレジット物に対する需要は当月も回復が続いた。政治的不透明感の後退とCOVID-19のワクチンをめぐる楽観ムードが、新興国のハードカレンシー建て債券への堅調な資金流入を促した。

市場センチメントの回復を受け、スプレッドはすべての主要な国別セグメントにおいて縮小して月を終えた。インドがスプレッドの縮小を牽引する一方、韓国や香港などベータ値が低めの国・地域はアンダーパフォームした。中国のクレジット物に対するセンチメントは、当初は米中間の緊張が再び高まったことに悪影響を受けたが、月の後半はアジア域内からの需要が上向くなかで持ち直した。

発行市場の活動は鈍化
アジア・クレジット市場における当月の新規発行は、年末に向けて鈍化した。投資適格債分野では、フィリピン共和国のソブリン債ディール(複数トランシェで総額27.5億米ドル)を含め計6件(総額68.5億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計22件(総額64億米ドル)となった。年間の新規発行総額は約3,250億米ドル(うち約67%が投資適格債)となり、2019年の2,980億米ドル超を上回った。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは緩やかな縮小が続くも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは、今後数ヵ月にわたって徐々に縮小すると予想している。アジア諸国の大半では発表頻度の高い経済指標が回復の進行を示しており、企業の信用ファンダメンタルズを下支えしている。財政・金融政策についても、今後の追加緩和措置はペースダウンするとみられるものの、先進・新興諸国の大部分でクレジット市場にとって有利となる運営が続くと予想される。COVID-19のワクチン開発の前進やより有効な治療法の確立が、ポジティブな環境を一層強固なものにしている。新興国のハードカレンシー建て債券へは堅調な資金流入が続くと予想されており、需給環境も追い風だ。とは言え、ここ数ヵ月にわたって信用スプレッドが大幅に縮小してきたことからバリュエーションはもはや割安ではなく、ありがちな市場のあや押しに見舞われる局面が増えるものと考える。

2021年におけるアジアの信用スプレッドにとっての主要な下方リスクは、米中2国間の関係がバイデン政権下で安定化できない場合だとみている。バイデン次期米大統領は外交政策の主要な柱として多国間主義を繰り返し強調してきており、米中関係が激動の4年間を経てリセットされるという希望が持てる。しかし、そのような希望も、技術面およびイデオロギー面における米中政府間の根本的な緊張によって打ち砕かれる可能性がある。地政学的問題に加えて、現在実施されている緩和的な財政・金融政策の早計な引上げも、アジアのクレジット物を含めリスク資産へのポジティブな見通しを頓挫させ得るもう一つの下方リスクだ。

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