当レポートは、英語による2020年8月30日発行「EMERGING MARKETS QUARTERLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

米国は、過去10年間の大部分において悪材料が最も少ない市場とみなされ、新興国を中心として世界の他の国々がそれまでの10年間における不均衡な過熱状態からの調整に苦戦するなか、米国のオーバーウェイトを維持してきた者は報われる結果となってきた。現在、米国はCovid-19(新型コロナウイルス感染症)の感染動向が最も深刻化している一方、各国による協調的な金融緩和によって米国以外の国々は成長に向かうリフレ環境がまさに生まれつつあるかもしれない。

Covid-19の流行をうまく乗り切った中国はV字回復を遂げつつあり、また、景気刺激策の拡大が追い風となって世界的に需要は高まっている。欧州は財政統合に向けて大きな一歩を踏み出したほか、中国からの需要や域内の強力な景気刺激策の恩恵を受けている。必ずしもすべて落ち着いたわけではなく、Covid-19が依然脅威となっていることは確かだが、今後の成長見通しは明るさを増していると見受けられる。

確かに、新興国にとって潤沢な流動性と投資資金流入は願ってもないことで、ドル安を受けて緩和的な金融環境が維持されているとともに、投資資金も流出することなく引き続き流入している。5月以降、世界の他の株式に対する米国株式のパフォーマンス優位の状況は反転した様相を呈しており、急速に進むドル安も手伝ってこうした新しい力学が強まっている。これは新しいトレンドなのだろうか。断定するにはまだ早いが、新興国の見通しにとって好材料であることに変わりはない。

チャート1

アジア:Covid-19の封じ込めが奏功、中国の成長加速と景気刺激策強化

Covid-19対策において、インドやインドネシア、フィリピンの一部の地域を除き、アジアでは成功を収めているように見受けられることは確かである。シンガポール、韓国および北京では新たなクラスターが発生し流行の第2波が訪れるおそれがあったが、最終的には、マスク着用義務の徹底や感染経路追跡によってウイルス感染流行を再び封じ込める取り組みが効果を上げ、経済の正常化が引き続き進んでいる。

中国は、民間セクターを中心にターゲットを絞った景気刺激策の組み合わせにより、需要が依然低迷するなかでも供給サイドの成長加速を促し、2019年を上回る経済成長を遂げた。より最近の中国の景気刺激策はやや伝統的な内容に戻り、旧来の柱であったインフラ投資に向けられているが、過去と同じような過剰な信用拡大は見られていない。

これらの動向がもたらす正味の影響は絶対的に見てポジティブであり、世界の他の地域と比べてもより良好な状況にある。北アジアのテクノロジーハードウェア・セクターは業績の上振れが続いており、それが中国での新規インフラ開発の原動力になっているとともに、Covid-19流行下にあってコンピューターの演算能力へのとどまるところのない需要へとつながっている。ASEAN諸国は中国需要改善の恩恵を受けているが、渡航制限によって極めて重要な観光業の苦境が続くとみられる。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示す。
上記のアセットクラスは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

バブル気味の中国A株

中国は、実体経済への投資を優先するために投機の低減を狙うなど、より慎重に景気刺激策を実施してきているが、多額の流動性供給が必然的に資産価格を押し上げている。中国の資本勘定は概ね対外開放されておらず、過剰流動性は往々にして不動産市場に流入する。しかし、当局が投機資金流入の最小化に懸命に取り組んだことで、過剰流動性はA株市場へと向かっている。

少なくとも歴史的に見ると、中国では個人投資家の投機資金フローがもたらす株式市場バブルの拡大・崩壊サイクルが大きな問題となってきた。投機筋による過度なレバレッジがその後のバブル崩壊の種を蒔くことになってきたが、今回は違うだろうか。当社では違うとみている。その主な理由は、中国がその教訓を学び、今回は投機的な動きに敏感に反応して積極的に対応しているように見受けられるからだ。

2015年を振り返ると、当時は証拠金勘定が映し出すようにレバレッジの度合いが非常に高かったが、最近は証拠金勘定残高が増加しているものの、憂慮すべき水準にはまだ遠い。さらに、当局はすでに対策を講じている。

チャート2

当局は7月の初めに、証拠金の資金調達動向を一段と注視していく考えを示し、その数日後に資本市場における「不正」を一切許容しない方針を発表したことが一因となり、A株市場は調整しその後1週間での下落幅が5%にのぼった。飴と鞭によって市場の方向が左右される状況は理想的ではないが、ファンダメンタルズが強く、バリューエーションは妥当であり、また、市場流動性の高まりはいつでも歓迎される。

小競り合い、そして重要なレッドライン

米国は、様々な面で中国への圧力を強め続けており、最悪の場合は第1段階の貿易合意が頓挫する可能性もある。当社では、米国はレッドラインの近くまで押し進み続けるものの、トランプ大統領と習国家主席は両者とも第1段階の貿易合意が必要であることからその線を超えることはないと考えている。

しかし、世論調査で支持率が下がってきているトランプ大統領は、明らかに選挙キャンペーンの戦術として中国にプレッシャーをかけている。トランプ大統領が自暴自棄になり、最終的に中国に対するプレッシャーが行き過ぎてしまうリスクがあるかもしれない。

EMEA(欧州・中東・アフリカ):忍耐の時

東欧諸国やトルコは、Covid-19の感染封じ込めに比較的成功してきているが、一方でロシアや南アフリカの状況がそれほど芳しくないことは明らかである。外的なマクロリスクという観点では、ロシアは有利な状況にあるが、南アフリカやトルコは対外収支赤字を埋め合わせる能力という点で引き続き非常に脆弱な状態にある。

ロシアはアフガニスタンでタリバンに報奨金を出して連合軍を攻撃させていたとする米国情報機関による情報を受けて(ただし、様々な情報機関によって異論が唱えられている)、ロシアの資産は再び大きく売り込まれた。情報機関によって見解が異なることや、引き続き米国の焦点は確実に中国にあることから、ロシアに対して大規模な制裁措置が課される確率は低いとみている。

EMEA地域においてより厄介なリスク要因はトルコと南アフリカである。流動性が潤沢な足元の環境下において、市場はマクロ面の不均衡にそれほど注目しておらず、政策の悪化や脆弱性の高まりにつながっている。南アフリカは第2四半期中に格下げされ、現在は確固たるジャンク級となっているが、不均衡な政策が極限を超えつつあるトルコに比べると耐性が優れている可能性がある。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示す。
上記のアセットクラスは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。マルチアセット・戦略ポートフォリオの運用を担当するポートフォリオマネジャーチームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

トルコ:引き続きシステミックリスクのバロメーター

流動性が潤沢な環境下において、最も大きな恩恵を受けるのは対外収支赤字を埋め合わせるために最も流動性を必要としている国々である。南アフリカは、Covid-19の流行を受けて財政状況が一段と悪化しており、多額の財政赤字を埋め合わせるために国外からの資金調達を必要としている。しかし、南アフリカとトルコの2ヵ国でよりリスクが高いとみられるのは、成長を押し上げるための政策をかなりアグレッシブに推し進めてきており、一方で構造的な経常赤字を埋め合わせるために海外投資家を惹き付けることができる見込みが薄いトルコである。

トルコ中央銀行は、必死に信用拡大のエンジンに火をつけようとアグレッシブに利下げを実施してきたが、それを可能にしている前提としてインフレの鈍化を挙げている。しかし、同中銀は年末時点のインフレ率を7.4%と予測しているものの、アナリストらの見解は異なり、大方はインフレ率が足元と同様に二桁台にとどまると予測している。現状もそうであるように、マイナスの実質金利は海外投資家を呼び込む上で良い兆しとはならないだろう。

チャート3

トルコは、通貨リラを防衛するための外貨準備高が危険なほど低水準にあり、銀行での外貨預金を制限するなど資本規制の実施を余儀なくされている。また、投資家が法外に高いヘッジコストを被るように政策が設定されている。その結果として、投資資金が流入するどころか国外へ追い出されている状況にあるのだ。したがって、いつかは限界点が訪れ、リラ安の容認を含めて経済の調整を再び迫られるだろうというのが当社の見解である。

エルドアン大統領の支持率が低下していることや、つい2年前の2018年に訪れた前回の大規模調整が失敗に終わったことから、これまでのところ政策当局はいかなる形の調整にも強い抵抗を示している。また、改革実施という条件が付くIMF(国際通貨基金)による救済に対しても政策当局は強く抵抗している。

では、この次の展開はどうなるだろうか。持続不可能に見える政策であっても、普通想像されるよりもかなり長期にわたって維持される可能性があるため、断言することは難しい。当面は、これらのひびが亀裂へと拡大するかどうかを注視する必要がある。状況が深刻化する場合、その影響が他の脆弱な新興国に広がる可能性が高いだろう。

中南米:引き続きパンデミックが逆風に

中南米では、当初に感染流行の脅威を否定していたことに加え、ウイルス封じ込めの取り組みに大失敗したことも合わさり、Covid-19によって特に大きな打撃を受け、すでに弱まっている政治体制が一段と揺らいでいる。そのなかで最も安定性が高いとみられるのはチリとペルーだが、そこでも有害な政策を推し進めるポピュリズム(大衆迎合主義)が優勢になり始めている。

中南米地域にとって希望の光は、同地域が輸出するコモディティへの需要が再び高まっていることである。その主な需要源となっているのは、原材料を必要とする従来型インフラへの大規模投資を盛り込んで景気刺激策を強化している中国である。

コモディティ相場の上昇を受けて、資産価格は極端に押し下げられた水準から上昇している。目下の疑問は、Covid-19危機が継続しており今後も内需が抑制される見通しであるなかでも、市場の上昇を持続できるかどうかである。当社では、それは多分に中国からの需要およびドルの方向性にかかっているとみている。

資産クラス別スコア

資産クラス別スコア

スコアについて:各国および各資産クラスのスコアは、中立が白色、プラスが緑色、マイナスが赤色で表されている。総合スコアは右側、個別スコア(バリュー、モメンタム、政治/マクロ)は左側に示されている。灰色の枠線は、対象四半期中のスコアに変化がなかったこと、緑色の枠線はスコアが引き上げられたこと、赤色の枠線はスコアが引き下げられたことを示す。
上記のアセットクラスは、マルチアセット・チームの現在の投資見解を反映したものです。これらは投資リサーチまたは投資推奨に関する助言に該当するものではありません。セクターや経済、市況トレンドに関する予見、予測または予想は、それらの将来の状況またはパフォーマンスを必ずしも示唆するものではありません。

コモディティによる追い風やドル安は投資資金流入の起爆剤となるか?

米国はCovid-19の感染動向が「最も深刻化している」と説明したが、中南米も同様に深刻な状況にあるように見える。しかし、外需の改善は、特にドル安と組み合わさった場合に同地域にリフレをもたらす可能性がある。

同地域にとって、過去10年間はそれまでの10年間とほぼ同じような展開となっている。2000年代の新興国ブームでは、二桁台の経済成長率を維持していた中国によるコモディティ需要が非常に旺盛ななか、中南米諸国では楽に多額の収入がもたらされ、それが通貨高や非効率的な資本配分、汚職の蔓延へとつながった。

2011年に中国がついに信用引き締めに動いて10年間に及んだ投資ブームが終焉を迎えると、コモディティ価格は急落し、コモディティ輸出国の経済も急激に悪化した。不景気は往々にして改革を促すことから、改革という面ではポジティブに働く。ブラジルは、世界でも特に積極的に改革を実行してきた。しかし、未だ投資資金の流入がなかなか進んでいないことから、当社では、足元でのコモディティによる追い風やドル安が投資資金を呼び戻す起爆剤になる可能性があるとみている。

コモディティ価格が引き続き中南米通貨の為替レートを大きく左右していることは明らかであり、また、それに加えて投資資金フローやドルの動きも密接な影響を及ぼしている。米FRB(連邦準備制度理事会)の金融緩和政策や中国の緩和的な財政政策という強力な組み合わせが引き金となって、リフレ局面が訪れ投資資金フローを惹き付ける可能性はある。

チャート4:ブラジルレアルと債務の対GDP比の推移

中国によるこれまでの景気刺激策は同国国外の需要を大きく引き上げるほどの規模ではないとする懐疑的な見方もあるだろう。景気刺激策は拡大されているが、その規模よりもさらに重要なのは、緩和的な政策が世界中で協調的に実施されていることである。2015年当時は、大規模な景気刺激策によって外需が一時的に押し上げられたが、FRBが金融政策の引き締めに取り組んでいたことから、それを持続させることはできなかった。現在は、中国とFRBが緩和的な政策を同時に実施していることから、より持続的なリフレがもたらされるとみられる。これは、まさに中南米諸国が投資資金に飢えた停滞局面から抜け出すために必要なきっかけとなるかもしれない。

当資料は、日興アセットマネジメント アジア リミテッド(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに、日興アセットマネジメント株式会社が作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社および日興アセットマネジメントのファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社および日興アセットマネジメントが保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社および日興アセットマネジメントのものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。日興アセットマネジメント アジア リミテッドは、日興アセットマネジメント株式会社のグループ会社です。