当レポートは、英語による2019年12月発行「ASIA EQUITY OUTLOOK 2020」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

「私は死を恐れてはいないが、引退は恐れている」

上記は、地球の真裏にある国チリで抗議の行進で使われていたプラカードに記されていたスローガンだ。これほど強烈な内容ではないが、現在の投資環境は、ただでさえ低い金利がさらに低下し、インフレ率が低位に推移し、そして経済成長率が低迷しており、このスローガンは現在の投資収益率見通しにも当てはまる。予測不可能なドナルド・トランプ米大統領の行動にもかかわらず、この1年は決してお粗末ではないリターン (MSCI AC Asiaインデックス (除く日本) の年初来の騰落率は+13%) となっており、2020年はリスクをどのように取り、どのように回避するかのバランスが必要となるであろう。

コップの中身はすでに半分空と見るべきか…

トランプ大統領のツイートは、その内容とタイミングの両方が予測不可能であり、金融市場関係者に常に驚きと心配をもたらす。2020年の年末にかけて米国大統領選挙が実施されるため、予測不可能なことが増える可能性がある、というよりも、増える可能性がかなり高いと考えるべきであろう。元米国務長官ヘンリー・キッシンジャーは、「何かについて絶対的な確信をもつためには、そのことについてすべてを知っているか、全く何も知らないか、のどちらかである必要がある」という鋭い観察眼を披露した。そして、我々はトランプ大統領が何を考えているかを知ることは不可能だ。

一般に、特に先進国市場では、ごく短期的にしか持続しないモメンタム、投資のサイロ化、及びパッシブファンドの台頭がますます進行している。「ビッグデータ分析」を用いるさまざまな「AIモデル」を採用するクォンツ戦略の急増により、資産の情報を価格から得ることができなくなってきた。そして、多額の損失を計上している未公開企業への直接投資は、資本と価値の知覚価格をゆがめている。WeWorkはその代表例である。

サウジアラムコの鳴り物入りのIPOにより、原油価格見通しが注目されるようになっている。特に中東では、潜在的に紛争によってもたらされる地政学的なリスクプレミアムが存在するため、石油の価格を予測することは不可能との見方がある。しかしながら、この見方は間違っている。大きく取り上げられはしないが、石油の産出量が最大となる時期を推測する根拠が、供給サイドの事情から需要サイドに移行していることは注目に値する。米国のシェールオイルがいつか枯渇することは確かだが、それが来年であるか、あるいは5年後であるかを多少でも確実性をもって語ることは困難である。アジアの経済大国はいずれも石油と天然ガスの純輸入国であるため、原油価格の上昇は生産コストを上昇させるだけでなく、資本勘定、ひいては自国通貨にも影響を与える。

…あるいは、半分満たされていると見るべきか

このような状況ではあるが、一般的には新興国市場、特に日本を除くアジア諸国の見通しは上向いている。
大量の安価な資本は、この地域に恩恵を与えている。さらに、この地域の2大経済国である中国とインドは、ほとんどの先進国がかなり以前から金融緩和を進めているなか、最近になってようやく金融緩和に着手した。それに加え、財政刺激策に関しても、インドが着手し、そして中国では強化されていることから、経済成長は加速するであろう。

米FRB(連邦準備制度理事会)による政策金利引き下げは、FRBの成長懸念に関するコメント内容を考慮すると、米ドル安を副次的な狙いとしていることが窺える。歴史的に、これはアジアのリスク市場国、さらに世界の新興国市場全般にとってプラスに作用した。米ドル安は、ほとんどのアジア諸国が原油の純輸入国であるため、エネルギー輸入の負担を低減できるという追加的なメリットをもたらす。

ニューヨークやロンドンの金融市場とは異なり、アジアの金融市場はまだパッシブ運用の資金やクォンツ戦略の影響を受けておらず、依然としてアルファを獲得できる市場である。

ファンダメンタルズ面に関しては、多くの国がかなり以前から存在していた構造的な問題に対処するための改革を進めている。中国、インド、インドネシアはそれぞれの長年解決できなかった問題点の克服に取り組んできた。コーポレートガバナンスの重要性に対する認識の高まりにより、ファンダメンタルズの改善がもたらす長期的な経済発展のメリットは、短期的には成長抑制を引き起こすデメリットよりはるかに大きく、結果として、これらの国々のリスクプレミアムを低下させるという追加的効果をもたらす。

現在のような世界的な低成長の環境下で資金運用を行うことは、いろいろな業界での技術の進化から生じる長期的な構造変化を読み取るという規律あるアプローチが必要である。当社は、今後長年にわたって成長する見通しをもち、持続可能で、魅力的なリスク・リターンを提供する企業を特定することに引き続き注力する。

「物事は変わらない、変わるのは我々である」—ヘンリー・デイヴィッド・ソロー

皮肉なことに、過去30年間において中国が唯一変わらなかったことは、変わり続けたことだ。1990年には、規模が米国の1/16だったという比較的小さな閉鎖経済が、現在では米国の2/3で、世界で2番目という経済規模になるまでに成長したが、これは、政府が政治、経済、社会などあらゆる面で変化を受け入れてきた結果である。さらに現在も、米国との継続的な外交論争に対応して変化している。結局のところ、孫子の言葉のとおり、「長期にわたる戦争の恩恵を受けた国の例はない」。

中国は引き続き変化を受け入れている。それは、経済において量よりも質に重点を置くことを選択していること、経済の減速を抑制するための無駄な固定資産投資に依存しないこと、国有企業の破産を(選択的で散発的ではあるが)容認すること、そして、付加価値の低い製造業だけでなく、高度な技術集約産業においても、バリューチェーンの上流への移行を着実に進めていること、などである。そのような例として、広東・香港・マカオベイエリア(粤港澳大湾区)発展計画がある。習近平国家主席は「長い行進」に耐えることのできる必要性について語った。実際の行進のペースが、好ましいとされるペースより速いものの、現在の国家構造の枠組みを変更するものではないが、積極的に改革を進める意図があると当社は解釈している。このことは、リターンの向上とクオリティの高い成長性を通じて株式のバリュエーション水準が再評価される可能性が高く、長期的には良好な結果をもたらすと当社は考えている。

当社は、構造的な国内成長を反映する保険、ヘルスケア、ソフトウェアなどの業種を選好する。魅力的な価格水準にあるクオリティの高い銘柄に対するバイアスは維持する。

「人が命をかけるものだからといって、それが真実とはかぎらない」—オスカー・ワイルド

香港での抗議に参加している大群衆、そして最近実施された選挙での民主化支持候補者への支持率の高さは、中国にとって最も有名な国際金融ハブに対する不安を示している。陰謀説はたくさんあるが、当社は一般的な人と同じレベルの情報しか有していないので、そのようなうわさは一切信用していない。地元経済への損害は明白であり、今後数年間にわたって影響が残る可能性が高いが、驚くべき明るい兆しは、米国の政治介入に対する中国の対応である。これらの事柄を総合して、当社は香港に対し慎重な姿勢を維持する。

「インドが過度に民主的にならなければ、中国と同様の発展を遂げるであろう」—マハティール・モハマド・マレーシア首相

インドでモディ政権がより強力な負託を受けて再選され、実証済みの構造改革をさらに推し進めようとする意欲は、恐らくマハティール首相の発言が現実になる可能性が最も高い状況にあることを意味しているであろう。インド経済は、世界的な成長の鈍化と偶然にも同じタイミングで進んでいる多くの構造改革によって、周期的な最悪期から脱却しつつあるようである。住宅・建設、ノンバンク、自動車など、多くのセクターがしばらく低迷していたが、最悪期は過ぎたようだ。モディ政権の改革は進行中であり、多国籍企業がサプライチェーンと仕入れ先を再構築するなか、インド政府はグローバルなサプライチェーンのなかで、はるかに大きな役割を果たす機会があることを認識している。

当社は、景気浮揚サイクルの恩恵を享受できる、主にクオリティの高い民間銀行と不動産企業を選好する。両セクターとも、企業合併等によるマーケットシェア拡大を通して収益増加を果たすことができると考える。

「私はコンピュータを恐れない。コンピュータがないことを恐れる」—アイザック・アシモフ

誰もがアシモフの見解に同意するとはかぎらないことは確かだが、デジタルテクノロジーが家庭用電化製品、織物、輸送手段、人間が手や足にするものなど、あらゆる分野で普及していることに異議を唱える人はほとんどいないであろう。デジタルテクノロジーはすべて、メモリと高い演算能力をもつプロセッサを必要とする。数四半期にわたる価格下落を経て、これらを生産するセクターは回復の足がかりを見つけたようだ。

サプライチェーン、特に技術に関連するサプライチェーンが再構築されるもう1つの意味あいは、中国企業が米国企業ではなく韓国と台湾のサプライヤーへの依存度が高いことである。当社は、全般的には韓国経済については依然として懸念を抱いている。しかしながら、諸事情を勘案すると、韓国と台湾のテクノロジーセクターの株価が立ち直る可能性が高くなっており、現在のバリュエーションは魅力的なリスク・リターンを提供している。当社は、長期トレンドから恩恵を受けるヘルスケア、5G、エネルギー貯蔵などのニッチセクターの主要企業を選好する。

「私の計画はまだ初期段階にある。それは希望的思考の端にある町である」—グルーチョ・マルクス

ASEAN諸国は、現在中国に大きく依存しているサプライチェーンを再設計することによる恩恵を受けることができるもう1つの地域になるはずである。特にインドネシアは、とりわけコスト面での優位性を有している。ジョコ・ウィドド大統領の再選により、長い間手つかずであった本物の構造改革が進む可能性が浮上した。労働法改正の進展は、外国からの多額の直接投資につながると考えることができる。

マレーシアは、受託生産などのニッチな分野を除き、依然として投資妙味がない。タイの資本収支の黒字化は、バーツ高によってもたらされたものであり、実際には資産ではなく負債として認識すべきであり、また、国内経済の不振により、投資する魅力はほとんど存在しない。シンガポールの株式市場は、米国市場と同様の性質をもっており、実際には東南アジア全体を映す鏡であり、上場企業の利益の約半分は他国から生じたものである。最近の香港の情勢を受け、シンガポールへの資本流入が起きており、規模が大きいREITセクターでも買い手は見受けられている。しかしシンガポール市場が魅力的となるような根本的な変化はみられない。フィリピンの問題は恐らく峠を越しただろうが、まだ回復は途に就いたばかりであり、当社は今のところ様子を見るのが得策と考えている。

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