本稿は2021年3月11日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 長らく低迷してきたインフレが再加速する可能性を受けて、2月の米国債利回りは大幅に上昇した。米国の好調な経済指標、COVID-19(新型コロナウイルス感染症)ワクチンに関するポジティブな動向、米国の財政支出拡大見込みが重なり、インフレ懸念の高まりを招いた。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.019%上昇の0.13%、10年物で同0.34%上昇の1.41%となった。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.177%縮小したものの米国債利回りの急上昇による打撃を一部軽減するにとどまり、月間トータル・リターンが-0.79%となった。格付け別での市場リターンは、投資適格債が0.159%のスプレッド縮小にもかかわらず-1.17%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。対照的に、信用スプレッドの縮小幅が0.259%に上ったハイイールド債は月間リターンが+0.46%となった。発行市場の活動は、春節(旧正月)連休を要因として鈍化した。
  • インド、タイおよびインドネシアの第4四半期GDP(国内総生産)成長率は回復方向に転じた。アジア域内の1月の総合インフレ率はまちまちとなった。その他では、シンガポールが財政赤字削減計画を明らかにする一方、インドが拡張的な予算を発表した。
  • 現地通貨建て債券においては、韓国、香港、シンガポール、インドネシアで残存期間が短めの債券を選好する。通貨については、フィリピンペソ、インドネシアルピア、韓国ウォンに対して慎重な見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続を受けて中期的に一段の縮小が予想される。2021年におけるアジアのクレジット市場にとっての主要な下方リスクは、米中2国間関係の安定化がバイデン政権下で実現しない場合だとみている。より最近では、リフレを見込んだ投資ポジショニングが勢いを増しており、先進国市場でのソブリン債利回りの急上昇につながっている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

インフレ加速懸念に押されて米国債利回りが上昇
長らく低迷してきたインフレが再加速する可能性を受けて、2月の米国債利回りは大幅に上昇した。インフレ懸念の高まりを招いた主因には、米国の好調な経済指標、COVID-19ワクチンに関するポジティブな動向、米国の財政支出拡大見込みが重なったことが挙げられる。米FRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長からは、景気回復は「ばらつきがあり全快からは程遠い」、経済が完全雇用の状態に戻るには中央銀行による支援がまだ「しばらくの間」必要、FRBは時期尚早な段階で金融政策を引き締めるつもりはないとの発言があったものの、債券利回りは大きく上昇した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.019%上昇の0.13%、10年物で同0.34%上昇の1.41%となった

チャート1

1月の総合インフレ率はまちまち
1月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は、シンガポール、韓国、マレーシア、フィリピンで加速する一方、インドネシアやインド、中国、タイでは減速した。フィリピンでは、豚肉価格の高騰を主因として食品価格の上昇ペースが加速したことからインフレ圧力が強まり、総合CPI上昇率が前年同月比4.2%と2年ぶりの高水準に達した。シンガポールの総合CPI上昇率は前年同月比0.2%と、前月の同0%から加速した。この加速の主因には、サービス価格の下落ペースの鈍化や、自動車価格および家賃の上昇ペースの加速が挙げられる。対照的に、インドネシアの総合CPI上昇率は、食品・飲料・たばこのインフレ鈍化を受けて前月の前年同月比1.7%から若干減速し、同1.6%となった。同様に、タイの総合CPI上昇率も主に食品インフレの鈍化からマイナス幅が拡大し、前月の前年同月比-0.27%に対して同-0.34%となった。

インド、タイ、インドネシアの第4四半期GDP成長率は回復方向に
2020年第4四半期のインド経済は力強く回復に転じ、GDP成長率が前年同期比0.4%と前四半期の同-7.3%から加速した。国内民間需要が牽引役となって幅広いセクターにわたり景気の改善がみられた。インドネシアの第4四半期の経済成長率は前年同期比-2.2%と、市場予想を小幅に上回るとともに前四半期の同-3.5%からマイナス幅が縮小した。注目すべき点として、政府消費の伸びが鈍化するなか、国内総需要の寄与が低下した。タイの第4四半期のGDP成長率も同様で、市場予想を上回る前年同期比-4.2%と、前四半期の同-6.4%から上向いた。観光関連セクターの落ち込みは続いたが、製造業や農業の回復などによって相殺された。一方、マレーシアのGDP成長率は前四半期の力強い回復から一転して前年同期比-3.4%へと低下した。マイナス幅拡大の主因は個人消費の落ち込みで、新型コロナウイルス感染者数の再増加を受けて活動制限が改めて導入されたことが響いた。

シンガポールは財政赤字削減へ、インドは拡張的な予算を発表
シンガポールのヘン・スイキャット財務相は、同国の2021年度の財政赤字が2020年度の対GDP比13.9%から同2.2%へと大幅に縮小するとの見通しを発表した。予算では、110億シンガポールドルの新型コロナウイルス対策パッケージを通じて打撃の大きいセクター向けの的を絞った措置が設けられており、また長期的な経済再編には今後3年で240億シンガポールドルが配分され、その必要性が強調された。同財務相によると、財政赤字は過去の準備金の取り崩しによって埋められる。一方、同財務相は、主要な長期的インフラ・プロジェクトの財源として政府がグリーンボンドを発行することも発表した。対照的に、インドのニルマラ・シタラマン財務相が打ち出した予算は拡張的な内容となったが、2021年度(~2021年3月)に対GDP比9.5%へと急拡大するとみられる財政赤字については、2022年度に同6.8%へ削減するとの目標を発表した。注目すべきは、全国的な医療体制およびインフラの改善を目的として公的支出の拡大が計画されていることである。

インドネシア中央銀行は政策金利を0.25%引き下げ、韓国中央銀行は国債買入れを発表
インドネシアの中央銀行は、過去2回の会合での据え置きを経て政策金利を0.25%引き下げ、3.50%とした。同中銀は、利下げに踏み切った主な理由として、第4四半期のGDP成長率が予想を下回ったことやインフレ率が「過度な低水準」にあることを挙げ、加えて対象を絞ったマクロプルーデンス政策の緩和措置も発表した。2021年の経済成長率予想については、従来の4.8~5.8%から4.3~5.3%へと引き下げた。その他では、韓国中央銀行が、政策金利を据え置く一方、2021年の前半6ヵ月間で7兆韓国ウォン相当もの国債を買い入れる計画を発表した。さらに、足元における債券利回り上昇に対処すべく、必要に応じて追加措置を講じる意向であると言明した。

今後の見通し

韓国、香港、シンガポール、インドネシアで残存期間が短めの債券を選好
米国の景気回復に対する確信度の高まりを受けて、市場ではインフレ再加速を織り込む動きが強まり、米国の長期金利が大幅に上昇している。この結果、米国債利回りとの相関性が比較的高い現地通貨建て国債のパフォーマンスが劣後した。この先、米国債のイールドカーブのスティープ化がさらに進む場合、インドネシアなどの利回り水準の高い債券は相対的な投資魅力の低下に伴ってより打撃を受けやすくなり得るとみている。一方、シンガポール国債では、インフラ債の発行を見込んでイールドカーブがさらにスティープ化する可能性があるとみている。

フィリピンペソ、インドネシアルピア、韓国ウォンに対して慎重な見方
世界的な経済成長およびリフレの加速期待は原油価格の上昇につながる可能性があり、そうなればインドネシアやフィリピンの貿易赤字は拡大するとみられる。またフィリピンでは、経済活動の再開が一段と進むなかでインフラ支出に再び重点が置かれており、これが輸出の増加につながってペソへの下方圧力が強まるだろう。一方、韓国ウォンについては、さらなる米ドル高進行による悪影響を相対的に受けやすいとみなされることから、慎重な見方を維持している。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は米国債利回り上昇を受けてリターンがマイナスに
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.177%縮小したものの、米国債利回りの急上昇による打撃を一部軽減するにとどまり、月間トータル・リターンが-0.79%となった。格付け別での市場リターンは、投資適格債が0.159%のスプレッド縮小にもかかわらず-1.17%となり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。対照的に、信用スプレッドの縮小幅が0.259%に上ったハイイールド債は月間リターンが+0.46%となった。

2月の金融市場の主要なテーマおよびドライバーとなったのは、世界的な経済成長およびリフレの加速期待であった。米国の経済指標の改善に加え、米国の大規模追加財政出動の観測を受けて、市場では景気への期待が高まった。また、COVID-19感染動向が改善傾向にあり、ワクチンに関しても一段と明るい進展がみられるなか、COVID-19による悪影響は次第に和らいでいくとの見方が投資家の間で優勢となった。原油価格は、テキサス州を猛吹雪が襲ったことを背景に大幅に上昇したが、その後、大寒波によって精油施設の閉鎖が長引き原油需要に悪影響が及ぶ可能性があるとの懸念が強まると、上昇分を一部吐き出した。経済成長の改善を示唆するこれらの材料が、リスク選好の勢いに拍車をかけた。月末にかけて、市場は景気加速見込みの高まりとともにインフレの加速を織り込み始め、それがアジアのクレジット物への需要に幾分悪影響を及ぼした。

国別では、すべての主要国のスプレッドが縮小して月を終えた。インドのクレジット市場は、スプレッドが約0.32%縮小しアウトパフォームした。インドのクレジット物への需要を支えたのは拡張な国家予算で、これが経済成長の追い風になると市場で受け止められた。中国では、春節連休中の消費が予想以上に好調だったとのニュースなどが支援材料となり、信用スプレッドが縮小した。一方、インドネシアのクレジット市場は、米国債利回りの大幅上昇が同国ソブリン債および準ソブリン債の長期物に大きな悪影響を及ぼすなか、スプレッドの縮小幅がわずか0.01%程度に終わりパフォーマンスが劣後した。

発行市場の活動は春節連休を要因に鈍化
2月の発行市場の活動は、アジア諸国が春節を祝う連休を迎えるなか低調となった。投資適格債分野では、中国の電子商取引大手アリババ・グループのディール(4トランシェで総額50億米ドル)やインドネシア国営石油会社プルタミナの準ソブリン債ディール(2トランシェで総額19億米ドル)を含め、計25件(総額153.9億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計18件(総額43.9億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは堅調な推移が続くも下方リスクが残る
景気回復の継続を受けて企業の信用ファンダメンタルズが全体的に下支えされるなか、アジアの信用スプレッドは中期的に一段と縮小する余地があると予想される。財政・金融政策については、今後の追加緩和措置はペースダウンするとみられるものの、先進・新興諸国の大部分でクレジット市場にとって有利となる運営が続くと予想される。COVID-19のワクチン接種の前進が、ポジティブな環境を一層強固なものにしている。各国の出入国制限は、当初こそ地域によってまちまちのペースとなるかもしれないが年後半には解除が見込まれ、当社ではこれによって世界の経済活動が一段と押し上げられると予想している。とは言え、足元のバリュエーションはファンダメンタルズ改善の大部分を織り込み済みで、より中立的な水準にある。今後はこれまでよりもスプレッドの縮小が進みにくくなり、市場のあや押しに見舞われる局面が増えるだろう。

2021年におけるアジアの信用スプレッドにとっての主要な下方リスクは、米中2国間の関係がバイデン政権下で安定化できない場合だとみている。ジョー・バイデン米大統領は外交政策の主要な柱として多国間主義を繰り返し強調してきており、米中関係が激動の4年間を経てリセットされるという希望が持てる。しかし、そのような希望も、技術面およびイデオロギー面における米中間の根本的な緊張によって打ち砕かれる可能性がある。地政学的問題に加えて、現在実施されている緩和的な財政・金融政策の早計な引上げも、アジアのクレジット物を含めリスク資産へのポジティブな見通しを頓挫させ得るもう一つの下方リスクだ。より最近では、リフレを見込んだ投資ポジショニングが勢いを増しており、先進国市場でのソブリン債利回りの急上昇につながっている。今のところリスク資産は引き続き底堅く推移しているが、国債利回りのさらなる大幅変動は市場全般のリスク選好ムードを圧迫し始める可能性がある。

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