本稿は2021年4月15日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 3月の米国債市場ではイールドカーブのスティープ化が一層進んだ。米国で国内の経済指標が予想を上回る好調さを見せたこと、1.9兆米ドルの景気対策パッケージが議会で可決されたこと、新型コロナウイルスの日次感染率が低下するなかでワクチン接種率が上昇したことを受けて、市場では向こう数四半期における経済成長の加速の織り込みが進んだ。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.032%上昇の0.162%、10年物で同0.335%上昇の1.742%となった。
  • アジアのクレジット市場は、スプレッドの縮小によるプラス・リターンが米国債利回りの大幅上昇によるマイナスの影響を相殺しきれなかったため、月間トータルリターンが-0.39%となった。格付け別では、投資適格債が0.09%のスプレッド縮小にもかかわらず-0.46%の月間リターンとなり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債は、信用スプレッドが0.10%縮小したものの月間リターンが-0.13%となった。発行市場の起債活動は引き続き低調にとどまった。
  • 域内では、インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンの金融当局がそれぞれの政策金利を据え置いた。2月の総合インフレ率は大半の国において加速し、一方で中国は2021年の経済成長率目標を6%超に設定した。
  • 現地通貨建て債券では、韓国、香港、シンガポール、インドネシアで残存期間が短めの債券を選好する。通貨については、米国景気をめぐる楽観的ムードを背景にドル高がさらに進む可能性があると考えていることから、インドネシアルピアと韓国ウォンに対して慎重な見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続、追い風の財政・金融政策、新型コロナウイルスのワクチン接種の進展を材料に、今後多少縮小する余地があるとみている。ただし、より最近ではリフレを見込んだ投資ポジショニングが勢いを増している。また、米中2国間関係の安定化が実現しないリスクが高まっている。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

経済成長およびインフレの加速見込みを受けて米国債利回りが上昇
3月の米国債市場ではイールドカーブのスティープ化が一層進んだ。最初に利回り上昇の要因となったのは、米国の雇用統計が堅調な内容となったことと、米FRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長が同中銀の現在の政策スタンスは適切であると述べるにとどまったことだった。一部の投資家のあいだでは、米国債市場での急激な動きに対し同議長がより強い懸念を示すのではないかとの期待があった。その後、利回りは低下に転じて上昇分を一部戻したものの、長くは続かなかった。国内の経済指標が予想を上回る好調さを見せたこと、1.9兆米ドルの景気対策パッケージが議会で可決されたこと、新型コロナウイルスの日次感染率が低下するなかでワクチン接種率が上昇したことを受けて、市場では向こう数四半期における経済成長の加速の織り込みが進んだ。一方、FRBは緩和的政策を維持しながらも、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)初期に導入した米銀に対する資本規制の一時的緩和措置を3月末で終了すると発表した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.032%上昇の0.162%、10年物で同0.335%上昇の1.742%となった。

チャート1

2月の総合インフレ率は大半の国で加速
中国、シンガポール、韓国、マレーシア、フィリピンでは、輸送費の上昇加速を主因として2月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率が前月の数字を上回った。反対に、タイでは、食品価格の低下と政府による生活費補助策を受けてデフレ圧力が強まり、2月の総合CPIが前年同月比-1.17%と前月の同-0.34%からマイナス幅を広げた。インドネシアでも同様に、2月の総合CPI上昇率が食品・飲料・たばこ価格の伸びの鈍化に伴って前年同月比1.4%へと鈍化し、中央銀行の目標値からの下方乖離が一段と拡大した。

中央銀行は政策金利を据え置き
インドネシア、タイ、マレーシア、フィリピンの金融当局はそれぞれの政策金利を据え置いた。注目すべき点として、タイ中央銀行は、新型コロナウイルスの再流行を理由として2021年のGDP成長率予想を3.2%から3.0%へと引き下げるとともに、原油価格の上昇を受けて同年の総合インフレ率予想を1.0%から1.2%へと引き上げた。フィリピン中央銀行も同様に、2021年のCPIインフレ率予想を4.0%から同中銀の目標レンジ2~4%を上回る4.2%へと引き上げ、この上方修正の理由としてサプライサイド要因と原油高を挙げた。最終的に、当月の同中銀は発言において比較的タカ派色を強め、「金融政策スタンスが引き続き物価と金融の安定というフィリピン中銀の目的の支えとなるよう、必要に応じて迅速な措置を行う用意がある」と述べた。一方、マレーシア中央銀行も比較対象となるベースの低さから第2四半期にインフレが「一時的に急加速」するとみているが、それ以降は鈍化すると予想している。

フィッチはインドネシアの格付けを「BBB」に据え置き、各国政府が追加の財政出動措置を発表
フィッチ・レーティングスは、インドネシアのソブリン債格付けを「BBB」に据え置くことを決定し、見通しも「安定的」のままとした。同格付機関によると、インドネシアの財政状況に対する新型コロナウイルスのパンデミックの影響は大半の他国ほど深刻ではない。タイでは、政府が3,607億バーツ相当の的を絞った追加財政出動・金融支援策を発表した。この大部分は、観光セクターを中心とする脆弱な中小企業への資金流動性提供に特化するものだ。同様に、マレーシアもパンデミックが始まってから6回目となる200億リンギット相当の新たな景気対策パッケージを発表し、一方で韓国は小規模企業への支援拡大と雇用保護を目的とする15兆ウォンの補正予算を発表した。

中国は2021年の経済成長率目標を6%超に設定
中国の李克強首相は年次の全国人民代表大会で、2021年のGDP成長率の政府目標を6%超に設定すると発表した。財政赤字の目標が2020年の対GDP比「3.6%超」から今年は同3.2%に引き下げられており、政府は景気支援の財政出動を削減する方針だ。また、地方政府特別債の発行枠を3兆6,500億元と昨年の3兆7,500億元から若干縮小するとともに、新型コロナウイルス関連の救済策の資金源とするために昨年1兆元分発行した「新型コロナウイルス対策」特別国債については、今年は追加発行を行わない。金融・信用政策面では、李首相は社会融資総量とマネーサプライ(M2)の伸びを名目GDP成長率に見合ったペースに保つという中国政府の姿勢を再度強調した。

今後の見通し

韓国、香港、シンガポール、インドネシアのデュレーションを全体としてさらに短期化
当月は米国債市場の続落を受けてアジア地域の国債利回りも一段と上昇した。市場では今後数四半期における米国の経済成長加速とインフレ加速の織り込みが進んでおり、米国債利回りはしばらく上昇基調が続くかもしれない。したがって当社では、米国債との相関性が比較的高いシンガポール国債について、引き続きデュレーションが短めの銘柄を選好する。新興国の市場センチメントの振れから影響をうけやすいインドネシア債券についても、デュレーションが短めの銘柄を選好する。

インドネシアルピアと韓国ウォンに対して慎重な見方
米国景気をめぐる楽観的ムードを背景にドル高がさらに進む可能性があると考えていることから、アジア地域の通貨に対してはインドネシアルピアと韓国ウォンを中心に慎重な見方を維持する。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は米国債利回りの上昇を受けて一段と軟化
アジアのクレジット市場は、スプレッドの縮小によるプラス・リターンが米国債利回りの大幅上昇によるマイナスの影響を相殺しきれなかったため、月間トータルリターンが-0.39%となった。格付け別では、投資適格債が0.09%のスプレッド縮小にもかかわらず-0.46%の月間リターンとなり、ハイイールド債をアンダーパフォームした。ハイイールド債は、信用スプレッドが0.10%縮小したものの月間リターンが-0.13%となった。

3月も景気をめぐる楽観ムードとインフレ加速予想が、アジアのクレジット市場を含めて全体的な市場の方向性を左右し続けた。月初は、米国債市場で一段の調整が進むなか、スプレッドがやや拡大した。米国における1.9兆米ドルの景気対策パッケージの議会承認、国内経済指標の改善に加え新型コロナウイルスのワクチン接種の好調な進行ペースと日次感染率の低下を受けて、市場では向こう数四半期における経済成長の加速の織り込みが進み、米国債利回りが上昇するにしたがってリスク・リスクセンチメントが悪化した。FRBが緩和的政策を維持し2024年までは利上げが起きないであろうことを示唆すると、市場のトーンは好転した。中国では、政府が2021年の経済成長率目標を「6%超」に設定した。また、同国の年初2ヵ月の国内経済活動指標は、昨年起きた新型コロナウイルスの流行の結果として比較対象となるベースが極めて低い水準にあることを考慮しても、総じて印象的だと言える。一方、米中関係の「仕切り直し」の見込みは、アラスカ州アンカレッジで行われた2国間の外交トップ会談で不協和音が際立ったとの報道を受けて後退した。

国別では、当月はインドとタイを除く大半の主要国セグメントでスプレッドが縮小した。中国の信用スプレッドは前月末比で概ね横這いとなった。世界的なリスク環境はポジティブであるものの、中国の一部の投資不適格級不動産開発企業に関する大幅な収益変動のニュースや複数の地方政府所有事業会社に関する財政難の可能性のニュースによって相殺された。対照的に、インドネシアのクレジット物は、月初こそ軟調となったものの新興国ファンドの資金フローが安定化するにつれてやがて巻き返し、スプレッドが前月末比で0.13%縮小して月を終えた。

アジアの企業および銀行の2020年度通年の収益はやや悪化したが、前期比ベースでは2020年度後期にすでに回復しつつあることが明らかに示された。これを受けて信用評価も持ち堪え、信用格付けに大きな影響は及ばなかった。とは言え、一部のセクター、例えば航空会社、カジノ、香港の不動産企業などリテールへのエクスポージャーが大きい消費者サービス・セクターは、依然として新型コロナウイルス関連の規制の影響が残っている。一方で、石油・ガスや金属・鉱業といったセクターの企業は、コモディティ価格の反発に伴って2020年度後期の収益が大きく回復した。中国の不動産開発企業は、信用評価における「3つのレッドライン」方針(資産負債比率70%以下、純負債資本倍率100%以下、手元資金の短期債務倍率100%以上)の順守に努めるなか、全般的に売上高総利益率が低下するとともに純負債比率を中心に信用評価が改善したが、そのような状況下でもまちまちの業績となりながら大半が収益の安定または回復を見せた。

発行市場の起債活動は引き続き低調
3月は、国債市場の利回りおよびボラティリティの上昇を受けて新規発行が低調となり、新発債は53件(総額188億米ドル)にとどまった。投資適格債分野では、タイのPTT Global Chemical の子会社であるGC Treasury Centre Co.のディール(2トランシェで総額12.5億米ドル)を含め、計28件(総額118億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計25件(総額69.8億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは堅調な推移が続くも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続、有利な財政・金融政策、新型コロナウイルスのワクチン接種の進展を追い風に、今後多少の縮小余地があると予想する。企業の信用ファンダメンタルズは全体的に堅調さを維持し、2021年度前期の収益は前期比で伸びが加速するとみている。とは言え、足元のバリュエーションはファンダメンタルズ改善の大部分を織り込み済みで、より中立的な水準にある。今後はこれまでよりもスプレッドの縮小が進みにくくなり、市場のあや押しに見舞われる局面が増えると考える。

より最近では、リフレを見込んだ投資ポジショニングが勢いを増しており、先進国市場で長期ゾーンを中心とするソブリン債利回りの急上昇につながっている。主要先進国の中央銀行が緩和的金融政策を時期尚早に引き揚げることはしないと繰り返し述べているものの、利回り上昇の歯止めとはなっていない。利回りの上昇自体は景気見通しの改善によって概ね正当化されるが、上昇ペースの速さが多くのリスク資産にわたって不安を引き起こしており、信用スプレッドにも悪影響を及ぼしかねない。したがって当面は、ファンダメンタルズや需給環境が相対的に弱い一部のセクターでスプレッドがある程度拡大する可能性がある。

リフレ・テーマに加え、米中の2国間関係が安定化できないリスクが、アラスカ州での緊張をはらんだ会談を受けて高まっている。これはバイデン政権下で行われた初めての高官級米中会談であったが、2大国間のイデオロギー面での相違が浮き彫りとなった。今のところは中国の信用スプレッドが大きく拡大するとは予想していないが、緊迫した協議の後ではなおさら、米国と中国の政府間関係が注視していくべき重要分野であることは間違いない。

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。