本稿は、2021年3月1日発行の英語レポート「The winds of change: Strengthening our commitment to ESG」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
変化の嵐:当社におけるESGへのコミットメント強化
2021年3月に導入されるEU(欧州連合)のサステナブル・ファイナンス開示規則は、資産運用のやり方を大きく変えることになるだろう。同規則には運用会社のESG(環境・社会・ガバナンス)懸案事項への取り組みに関する新たな開示要求が含まれており、当社ではこれを心から歓迎する。
イアン・フルトン、ジョニー・ラッセル
新時代の規則の到来を歓迎
マイケル・チェン*が撮影した冬のスコットランドの樹木の写真は、長年にわたる卓越風(特定の地方で特定の期間に最も頻度の多い風向で吹く風)がこの木の形にいかに影響を与えたのかを明確に物語っている。市場についても同じことが言える。2020年に起きたCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミック(世界的流行)は結果として財政を大きく悪化させたが、そのような状況にもかかわらず市場は上昇を続け、大抵の場合、新しいイノベーション(革新)分野に関連するグロース株が継続して牽引役となった。パンデミックに終わりが見え、米国で新しい大統領が就任するとともに、英国のEU(欧州連合)離脱「ブレグジット」がようやく進むなか、投資家が状況の変化から受ける影響について考え始められるようになることを期待したい。
*グローバル株式チーム所属ポートフォリオアナリスト
今後1年半ほどは、COVID-19によって休業を余儀なくされたセクターが力強い回復を見せ、目下実施されている景気対策は景気敏感度のより高い業種にとって追い風になるとみられる。経済における政府の役割は大幅に拡大しており、米国から欧州や中国に至るまで、規制強化と増税という不安材料が過去10年のどの局面よりも大きく迫っている。これだけ長いあいだ順風が続いてきた投資家にとって、「リスクは買い手負担」という言葉が今ほど当てはまるように思われる時はおそらくなかっただろう。
投資家があまりよく知らないかもしれない規制面における変化の風の1つが、EUのサステナブル・ファイナンス開示規則(SFDR)だ。これらの規則は重要であるとともに、資産運用のやり方への根本的変化としては、1980年半ばに実施された英国の「ビッグバン」規制緩和改革以来最大のものと言える。
SFDRの下では、資産運用会社は、その運用プロセスにおけるサステナビリティ(持続可能性)・リスクを考慮する方法の明確な説明・評価を、会社および商品レベルで開示することが求められる。
出所:マイケル・チェン
この枠組みの主な特徴として挙げられるのは、サステナブル投資(サステナビリティを重視した投資)の定義を提供し、資産運用会社が資格を得るために満たさなければならない基準を定めていることだ。まず、投資は環境的あるいは社会的な特性を促進するとともに、最低基準のガバナンスを満たしている必要がある。次に、投資はいかなる他の環境・社会的懸案事項分野にも「重大な害悪を及ぼさない」ものでなければならない。
当社としては、かなり主観的な解釈が許容されてきた投資分野に明確さと透明性の向上をもたらすこの取り組みを歓迎する。新世代の貯蓄家が自身の共感できる理念を体現し得るファンドに投資したいと考えているなか、当該規則はそのような理念を真に体現するファンドを選ぶのに必要な透明性を提供するはずだ。
近年は、資産運用会社が市場のESGセグメントへの資金流入の増加を利用して利益を上げようとするなか、短絡的な「グリーンウォッシュ」(うわべだけの欺瞞的な環境訴求)がかなり明白となっている。SDFRの制定によって、そのような資産運用会社が相応の説明責任に問われる態勢が担保されるとみられる。
当社では、投資先企業が私たち独自の投資基準である「フューチャークオリティ」ステータスを得るには優れたESG特性が必要であると考えている。ステークホールダー(利害関係者)の利益のバランスを取り、適切なガバナンスを行い、社会・環境問題のソリューションへの参加を目指すことは、企業が長期的に良好な資本利益率を達成できるようになるための要件だ。
結果的に、SFDRへの対応として、当社では当該分野におけるコミットメントの定義を厳格化している。当社は、ESG格付けが平均を超えており、二酸化炭素排出量が低く、環境および人権に関する問題において大きな議論が発生していない企業でポートフォリオを構築することを目指す。これらのコミットメントは測定可能で適切であるとともに、過去10年にわたるチームとしての投資においてフューチャークオリティ企業への投資を行ってきたやり方と無論一貫している。当社が規制当局を称賛することはあまりないが、今回の場合、EUの設定した野心的なプログラムは称賛されるべきだろう。
ESGはそよ風から全強風へ
SFDRは、金融をよりサステナブルな方向へと向け直すことを目的とするEUの規制枠組み全体において、小さな一部にすぎない。テクノロジーの進歩や人口動態の変化、そして自由市場経済の明らかな欠陥が相まって、我々の価値認識に変化をもたらしている。株主至上主義や成長至上主義は後退し、より優れよりバランスの取れたアプローチが広がっている。「ゴードン・ゲッコー」(映画「ウォール街」に登場する利益至上主義の投資家)的な資本主義アプローチでは見られなかった、外部性を考慮することによりすべてのステークホールダーにとって価値を生み出そうとするアプローチだ。
グローバル化を通じた効率的で低コストのサプライチェーンの追求は、多くの者に大きな経済的見返りをもたらしたが、一方で自然環境を犠牲にしてきた。現在、人類は生物多様性と天然資源を地球1.6個分に相当するペースで費やしている(参照:https://www.gov.uk/government/publications/final-report-the-economics-of-biodiversity-the-dasgupta-review)。GDPは拡大を続けているが、その算出において天然資源の激減は考慮されていない。拡大している不平等はCOVID-19のパンデミックによってさらに悪化しており、若者の収入は教育機会の喪失によって4万ポンド減少すると予想されている(参照:https://www.ifs.org.uk/publications/15291)。
ESGファンドの伸びは、投資態度におけるこのような変化の証左だ。アクティブ運用は20年にわたって構造的後退にあるものの、ESGやSRI(社会的責任投資)に焦点を当てていると分類される株式ファンドは近年急速に伸びている。ESGファンドが現在アクティブ運用のグローバル株式ファンド全体に占める割合は6%程度に過ぎないかもしれないが、ESG投資は過去5年間において資金流入により運用資産総額が大幅に伸びている唯一のセグメントである。そして、ESGはこれから花開こうとしているところだ。
変化は革命的で唐突のように見受けられるが、実は進行し始めてしばらくになる。加速させたのはまたしてもCOVID-19で、これは金融業界に限ったことではない。あらゆる分野で、見分ける力が向上した消費者は正しいことを「する」企業へとシフトしつつあり、従業員のロイヤルティ(忠誠心)は困難な局面を通じて雇用者を支援し雇い続ける企業の方が高い。当社は投資家として、これを過去12ヵ月間にわたりポートフォリオの保有銘柄においてリアルタイムで目の当たりにしてきた。価値の概念における意識の変化やコミュニティにおける耐性向上の必要性に、政策および規制によるサポートが加わることで、かつてそよ風であったESGは今や全強風の嵐となっている。
完璧が答えではない
世界には選択肢としてESGベースのインデックスおよびETF(上場投資信託)がすでに6万本あり(かつ増えつつある)、これらがすべてESGソリューションと拡大するESG投資への流入資金の行き先を提供している。
バリューやグロースなど議論が重ねられてきたファクターは評価するのが容易で、標準化された監査済みの過去データに基づいている。これはESGの世界では存在しない。ESG自体が外部性に焦点を当てたものであり、公に開示されていないどころか、企業自身も評価を行っていないことが多いからだ。
結果として、市場は不確実な世界で厳密な答えを求めている状況にある。付与されたESG格付けを見て企業が優良か劣悪かを即座に判断するのはあまりにも安易で、その中間はないかのようだ。格付機関と資産保有者はともに、「問題児」を抱えておく余裕がなく、ESGスコアが最良の企業にしか目を向けていない。思い起こしてみれば、BPやVolkswagen、WirecardはみなESGインデックスに採用されていたが、後に問題が表面化した。
バーンスタイン社のリサーチが示唆するところによると、ESGスコアが最も高い企業群にはすでに投資資金が集中しており、より大きな収益ポテンシャルが見出され得るのは、ESGスコアが低い企業に投資して、格付機関や市場が現実に追いつくのに伴うスコア改善傾向からリターンを享受することだ。
これは、ESGスコアの上昇している銘柄にはアウトパフォームする傾向、低下している銘柄にはアンダーパフォームする傾向があるという当社の経験に合致している。これは偶然である可能性があり、統計的に重要なわけでもないが、当社がフューチャークオリティ投資から期待する投資成果に一致するものだ。
ESG業界の萌芽期的特性は、アクティブ運用者に先行機会をもたらしている。ESGという長期的問題について経営陣と対話し、市場が価値を過小評価している銘柄を特定することにより、資金流入に先んじて投資することができる。
取り組んでいる問題の長期的性質と達成度評価の難しさから、ESGはアクティブ運用者にうってつけの分野と言える。現在のESGスコアが完璧であるということが、将来の勝者を示す唯一の指標ではないのかもしれない。
エンゲージメント:Palomar
当社のポートフォリオでPalomarに初めて投資したのは2020年で、それ以来保有を継続している。同社は米国の個人および企業向けに地震保険を提供しており、テクノロジーとデータを活用して、これまで業界が十分にカバーしてこなかった米国人の層に幅広い保険ソリューションを提供することを企業ミッションとしている。そのような顧客に含まれるのは、火災から洪水、地震に至るまで、様々な自然災害に対する保険をPalomarに求める家族や小規模企業だ。これらの顧客の多くは、既存の市場参加者の非効率性によって、十分にカバーされなかったり手の届きにくい高価格を提示されたりしてきた。
PalomarはMSCIによるESG格付けが「B」格と低いが、当運用チームによる同社のESG評価は非常にポジティブだ。同社は、米国に暮らす経済的により脆弱な何百万もの人々に、手頃な価格の保険商品・サービスを提供している。販売高の最も大きい独自の商品は地震保険で、テクノロジーとデータを活用して競合他社よりもきめ細かく効率的な価格設定を提供している。同社は、この情報技術面での優位性を活かして一部の風水害など他の損害保険市場にも参入しており、ここでも競合他社に比べて正確性の高いリスク分析・引受けにより優位な価格設定を可能としている。
2014年に設立されたPalomarは、従業員ベースが約100名の若い企業である。巨大な既存競合他社の一部に比べれば、同社が低いESG格付けを付与されているのは意外ではない。しかし、開示不足は若い企業にはよく見られることであり、容易に是正できる。当社では、継続的な対話と長期的なサポートによって、透明性が増し同社のESG資質が最終的により正確に評価されるようになると確信している。この企業は現在、市場に過小評価されている面が数多くある。
全速力を続けるべきか
過酷な30分のスピンクラス(スポーツジムなどで行われるサイクリング・エクササイズ)が25分経ったところで、バーチャルのサイクリング・インストラクターが「全速力(balls to the wall)、全速力」と叫んだら、どのように反応すべきだろうか。
「Balls to the wall」というのは航空業界の用語で、パイロットがボール状のスロットル・レバーを制限なくめいっぱい引く状態を指す。結果として起こるのは、空に向かっての加速だ。「スクイーズ」(空売り筋が一斉に買戻しに追い込まれること)によるGameStopの(上昇局面での)株価動向のように。筆者のスピンクラスの場合は、無邪気にも後に取っておこうと思って隠していた力を解放することになった。
株式投資家は2020年3月以来「balls to the wall」を続けている。資産配分の引き上げや貯蓄の拡大、流動性の増大によって投機ポジションが膨らみ、その一部は間違いなくバブル的な性質を呈している。ICLN(iシェアーズ・グローバル・クリーン・エネルギー)ETF等の「グリーン」ETFが現在PER(株価収益率)で約70倍と割高なバリュエーションにあり、多数の環境系SPAC(特別買収目的会社)が新規上場されるなど、投資家の期待はすでに高水準にあることが示唆されている。警戒信号はすでに赤く灯っている。
調査会社エンピリカル・リサーチ・パートナーズが米国株式を対象に行ったリサーチによると、ESG株全般としては、当該銘柄群のファンダメンタルズの質を考慮した場合、バリュエーション・プレミアムは限定的である。しかし、同社はESGユニバースの「合意された」ESG勝者が偏っていることを見出しており、その極端な部分においてESGプレミアムが存在すると論じている。グラフ3が示すように、ESG勝者はテクノロジー・セクターに大きく偏っており、おそらくは市場全般の牽引役が反映されているだけであろうが、当該セクターについては一定の慎重さが必要かもしれない。
まとめ
資産運用業界は転換点に来ている。今日の市場参加者はESGをアクティブ運用とは別のカテゴリーと考えているが、まもなくESG投資とアクティブ運用は互いに同義語となるだろう。日本では「藤原効果」と呼ばれているが、2つの熱帯低気圧が接近するとより大きな力が生まれる。卓越風自体は変化をもたらすことはないかもしれないが、実際、人類の長期的な環境・社会的問題の解決に向けた資本シフトにテクノロジーのさらなる進歩が加わることによってその風が強まり、ESGの嵐が生まれようとしている。この動きはまだ始まったばかりだが、状況が変化しつつあることを示しており、最終的には人類すべてがその恩恵を受けるだろう。
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。