本稿は2021年6月11日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 5月の米国債利回りは比較的狭いレンジでの動きとなった。コモディティ価格の上昇や米国の総合CPI(消費者物価指数)およびPPI(生産者物価指数)上昇率の大幅加速を受けて、インフレ懸念が再燃した。4月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事録では、FRB(連邦準備制度理事会)が資産購入の縮小について間もなく協議を開始する可能性があることが示唆された。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.019%低下の0.143%、10年物で同0.032%低下の1.596%となった。
  • 5月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.023%拡大したものの米国債利回りが低下したため、月間リターンが+0.48%となった。格付け別では、ハイイールド債が0.04%の信用スプレッド縮小を受けて +0.81%の月間リターンとなり、投資適格債をアウトパフォームした。投資適格債は、信用スプレッドが0.026%拡大したもののトータルリターンでは+0.38%となった。
  • 域内諸国では4月の総合インフレ率が加速したが、一方でGDP(国内総生産)成長率が低調にとどまるなか、各国の金融当局は政策金利を据え置いた。その他では、中国人民銀行が外貨建て預金の準備率を引き上げた。
  • 現地通貨建て債券では、デュレーション・エクスポージャーにおいて選別的な姿勢を続けており、シンガポール、韓国、香港など利回り水準の低い国・区域に対して相対的に慎重な見方をしている。通貨については、米国景気に対する楽観的な見通しを背景に米ドル高がさらに進む可能性があると予想していることから、ディフェンシブなスタンスを維持している。
  • アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続、有利な財政・金融政策、新型コロナウイルスのワクチン接種の進展をサポート材料として、この先やや縮小していくと予想する。マクロ環境は引き続き追い風となっており、一部の国に固有の下方リスクも後退しているものの、依然としてある程度の慎重さは必要とみられる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

5月は米国債利回りが総じて低下
5月の米国債利回りは比較的狭いレンジでの動きとなった。米国の4月の非農業部門雇用者数は前月比26.6万人増と、市場予想の約100万人増を大幅に下回った。表面上の数値の弱さを受けて債券利回りは反射的に急低下したものの、市場で同統計の内容の把握が進むにつれて下げ止まり、当日の引けまでには当初の低下分を完全に戻した。その1週間後には、コモディティ価格が上昇したことや米国の総合CPIおよびPPI上昇率がともに大幅に加速したことを受けて、インフレ懸念が再燃した。FRBの当局者は、足元における物価上昇の加速は「一過性」のものであるとして、インフレの脅威は小さいとの見方を示した。月の中旬に発表されたFRBの4月のFOMC議事録では、資産購入の縮小について間もなく協議を開始する可能性があることが示唆された。月末にかけては、中国の政策当局がコモディティ投機を取り締まる方針を示したことを受けてコモディティ価格が下落し、世界的なリフレ・トレードへの期待に幾分水を差した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.019%低下の0.143%、10年物で同0.032%低下の1.596%となった。

チャート1

4月の総合インフレ率は加速
韓国、シンガポール、マレーシア、タイでは、比較対象となる2020年の数値が低かったことによるベース効果を主因として、4月の総合CPI上昇率が前月から加速した。マレーシアの総合CPI上昇率は、輸送費の大幅な上昇加速を受けて前年同月比4.7%と数年来の高水準に達した。タイの総合インフレ率は、エネルギーおよび食料品価格の上昇を受けて2012年12月以降で最も高い前年同月比3.41%へと加速した。シンガポールのCPI上昇率は総合で前月の前年同月比1.3%から同2.1%へ、コアで前月の同0.5%から同0.6%へと加速した。インドネシアでは、食品インフレが加速する一方で輸送費の上昇が鈍化するなか、総合インフレ率が小幅に加速しながらコア・インフレ率は減速した。中国では、豚肉価格が下落したものの食品以外の物価上昇が加速したため、総合CPI上昇率が前年同月比0.9%へと加速した。フィリピンでは、主要食品項目の価格上昇鈍化によってエネルギー価格の上昇加速が相殺されたことから、総合CPI上昇率が前月から横ばいとなった。

金融当局は政策金利を据え置き
韓国、タイ、インドネシア、マレーシア、フィリピンの各中央銀行が政策金利を据え置くなど、域内の金融政策環境は引き続き債券市場のサポート要因となった。注目すべき点として、タイの中央銀行は経済見通しにおいて慎重なトーンを強めており、金融政策委員会は経済成長について前回の見通しを「大幅に下回る」可能性があるとした。同様にフィリピンの中央銀行も、新型コロナウイルス感染拡大の新たな波とロックダウン(都市封鎖)措置を受けて、「内需の下方リスクは相当大きい」と警告した。対照的に、韓国の中央銀行は楽観的な成長見通しを示し、GDP成長率予想を2021年は3%から4.0%へ、2022年は2.5%から3.0%へとそれぞれ引き上げた。また、2021年のCPI上昇率予想についても1.4%から1.8%へと引き上げた。

フィリピン、インドネシア、タイ、マレーシアの2021年第1四半期のGDP成長率は依然低調
フィリピンでは2021年第1四半期のGDP成長率が前年同期比-4.2%となった。政府支出は伸びたものの、民間消費が依然低調なことが響いた。インドネシアのGDP成長率は、投資と政府支出が牽引役となり、前年同期比-0.7%へと改善した。その他では、タイの第1四半期の経済成長率が前年同期比-2.6%と市場予想を小幅に上回った。この発表後、同国の国家経済社会開発委員会は新型コロナウイルスの流行の新たな波を理由に、2021年通年の経済成長率予想を従来の2.5~3.5%から1.5~2.5%へと引き下げた。

シンガポール、マレーシア、タイは新型コロナウイルス感染拡大の新たな波に直面
当月、複数の国で新型コロナウイルスの新規感染者数が急増し、政府が移動制限の再導入や延期を決定した。タイでは月中に日次新規感染者数が過去最多を記録した。マレーシアでは、新規感染者数の急増を抑制するために、政府が6月14日までの2週間にわたる全国的なロックダウン措置を発表した。また、シンガポールでは、追跡不能な市中感染の増加を抑制するべく、当局が「警戒強化」と名付けた対策フェーズ2を開始した。月半ばから実施されている当該措置は、1ヵ月程度継続される予定である。

中国人民銀行は外貨建て預金準備率を引き上げ
中国の中央銀行は、6月15日より外貨建て預金の準備率を2%引き上げることを発表した。これについて市場では、急速な人民元高に対して金融当局が懸念を強めている印と受け止められた。今回の措置に先立ち、同中銀は人民元における一方向的なポジションングの動きに対して警告していた。

今後の見通し

債券市場については慎重な見方、通貨に対してはディフェンシブなスタンスを維持
債券市場については慎重な見方、通貨についてはディフェンシブなスタンスを維持している。ここ数ヵ月で米国債利回りの動きは安定したものの、アジアの現地通貨建て国債市場への資金流入は比較的低調な状況が続いた。この先、世界の景気回復は加速すると予想しており、投資家がリフレ・テーマに再び注目するにつれ米国債利回りの上昇トレンドが再開するとみている。一方、新型コロナウイルス感染拡大の足元の波がアジア諸国の経済に及ぼし得る悪影響について、引き続き注視している。

現地通貨建て債券では、デュレーション・エクスポージャーにおいて選別的な姿勢を続けており、シンガポール、韓国、香港など利回り水準の低い国・区域に対して相対的に慎重な見方をしている。通貨については、米国景気に対する楽観的な見通しを背景に米ドル高がさらに進む可能性があることから、ディフェンシブなスタンスを維持している。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は信用スプレッドが若干拡大も米国債利回り低下を受けてトータルリターンがやや改善
5月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.023%拡大したものの米国債利回りが低下したため、月間トータルリターンが+0.48%となった。格付け別では、ハイイールド債が0.04%のスプレッド縮小を受けて+0.81%の月間リターンとなり、投資適格債をアウトパフォームした。投資適格債は、信用スプレッドが0.026%拡大したもののトータルリターンでは+0.38%となった。

5月のアジアのクレジット市場は売買活動が低調となったが、基調としては引き続き安定的に推移し、特に月末にかけてはその傾向が顕著となった。市場の注目は経済指標や、前月に市場が乱高下するきっかけとなった地域固有のイベントをめぐる世界的なリスク・センチメントへと再び移った。月の初めはスプレッドが拡大の動きを見せたが、その背景には、米国の一部経済指標の下振れやインフレ懸念の高まりを受けて、世界的に株式やその他のリスク資産が一時的に売り込まれたことがあった。インフレ懸念は、コモディティ価格の上昇や米国の4月のCPIの大幅な上振れ、中国のPPIの上昇加速を受けて再び顕在化した。しかし、米FRB高官がインフレの急上昇を「一時的」なものとする見方を引き続き示し、緩和的な金融政策スタンスを忍耐強く維持していく必要性を説いたことで、市場センチメントは落ち着いた。これが一助となり、米国債利回りおよびリスク・センチメントは次第に安定化した。月の後半には、域内の複数の国が新型コロナウイルス感染者数の急増に直面し、政府は移動制限の再導入を余儀なくされたが、信用スプレッドへの影響は限定的であった。

国別では、当月はインドと香港を除くすべての主要国・区域で信用スプレッドが拡大した。インド市場がアウトパフォームした要因には、良好な需給動向や同国における新型コロナウイルス感染拡大第2波の頭打ちの兆しなどが挙げられる。新たな感染拡大の波の影響を和らげるべくインド準備銀行が迅速に対応したことや、スタンダード&プアーズが向こう2年間はインドのソブリン債格付けを据え置く見通しであるとコメントしたことも、同国銘柄のサポート材料となった。

発行市場の起債活動は大型連休を背景にやや鈍化
5月の新発債発行は56件(総額205億米ドル)となった。中国やシンガポールにおける連休の影響もあり、投資適格債分野の発行が顕著に減少した。格付け別の新規発行は投資適格債分野が計25件(総額104億米ドル)、ハイイールド債分野が計31件(総額101億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは堅調な推移が続くも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続、有利な財政・金融政策、新型コロナウイルスのワクチン接種の進展をサポート材料として、この先やや縮小していくと予想する。企業の信用ファンダメンタルズは全体的に堅調さを維持し、2021年前半の収益は伸びが加速するとみている。とは言え、足元のバリュエーションはファンダメンタルズ改善の大部分を織り込み済みで、より中立的な水準にある。今後はこれまでよりもスプレッドの縮小が進みにくくなり、市場のあや押しに見舞われる局面が増えると考える。マクロ環境は引き続き追い風となっており、一部の国に固有の下方リスクも後退しているものの、依然としてある程度の慎重さは必要とみられる。

2月下旬から3月半ばにかけて本格化したリフレ・テーマは、とりあえずは勢いが和らいでいる模様だが、世界の経済成長およびインフレの指標が今後数ヵ月で非常に強い加速を見せると予想されているなか、再度脚光を浴びる可能性がある。米国債利回りが急激に上昇すれば、多くのリスク資産にわたって下方圧力が再び強まり、信用スプレッドにも悪影響が及ぶかもしれない。

加えて、米中の2国間関係が安定化しないリスクも依然高いと言える。中国のノンバンク系国有金融機関がオフショア市場で発行した債券をめぐる問題については、不透明感は残っているもののアジア他国のクレジット市場への波及的影響は限定的となっている。また、中国のその他の投資適格級クレジットものは、社債・準ソブリン債ともに概ね回復している。ただし、上述の発行体をめぐる問題の最終的な行方によっては、依然として影響を受ける可能性がある。一方、インドにおける新型コロナウイルス感染者数の急増はピークを過ぎたように見受けられる。6月末までは局所的なロックダウン措置が維持される見通しであるものの、経済への打撃は昨年ほど深刻なものとはならないのではないかと期待されている。

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