本稿は2021年5月18日発行の英語レポート「MULTI-ASSET MONTHLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

投資環境概観

米国債市場は、今年の各市場にとってリフレ・トレードの重要なバロメーターとなっている。大半の資産クラスは米国債利回りの動きに沿ったパフォーマンスを見せてきており、プラスであれマイナスであれ強い相関性が続いている。第1四半期の最後に1.74%でピークをつけた米国債10年物の利回りが4月は低下に転じ、年初からの激しい下落相場はようやく一息ついている。その波及的影響として、ドルが下落するとともにグロース株が対バリュー株でのパフォーマンスの劣後を一部取り戻した。米国の大手テクノロジー企業の決算内容が好調であったことも、グロース株への資金回帰を促した。

しかし、当社では最近の債券利回りの低下を一時的なあや戻しとみており、景気の回復が続きインフレ圧力が高まるにつれ、利回りは再びじりじり上昇する可能性が高いと考えている。債券利回りの漸進的上昇は、第1四半期に見られたより急激な調整に比べ、リスク資産にとってより有利となる環境を促すと想定される。そのような段階的な正常化は、バリュー株が米国以外の国における経済活動再開ペースの加速から恩恵を受けるなか、またしてもグロース株よりバリュー株にとって追い風になると思われる。また、債券利回りの上昇は米ドルにとっても一定のサポート要因になるとみられるが、米国以外の国で経済成長の回復が強まることで、景気回復シナリオにダメージを与え得るような大幅なドル高は抑制されるだろう。

今後待ち受けている難題の1つは、コロナ後の景気回復におけるインフレ圧力の真の性質について、中央銀行とエコノミストのあいだでしばしば見方が対立するなかを、いかにして切り抜けていくかだ。経済の多くのセクターで物価が深刻な活動休止からの回復を見せるに従い、年間インフレ率が急速に上昇している。この回復効果は物価圧力が一時的なものとなることを示唆しているように思われるが、一方でサプライチェーンおよび世界貿易の構造的変化はそうではないと示唆している。当社では両方の意見に耳を傾けているが、そのようなインフレが実際一時的なものかどうかを投資家が見極めようとするなかで不透明感が強まる可能性があると考えている。

しかし、今後数ヵ月における当社の主な懸念は、市場が「テーパー・タントラム」(FRBが量的緩和の縮小に言及したことによって引き起こされた金融市場の混乱)環境を受け入れ、債券利回りのより激しい調整を再び織り込みにいくことである。世界が健全な経済成長に戻りつつある環境下で中央銀行の政策金利は依然として非常に低い水準にあり、一方でインフレ期待は徐々に高まっている。しかし、そのインフレ期待は、投資家がより通常のインフレ環境への回帰を予期するなかで、むやみに高まることはないように見受けられる。顕在化し始めているインフレ圧力の一部が一時的な性質のものであるのは確かだが、物価上昇がどの程度根強いものになる可能性があるかをより正確に予測するには、2020年に大きな変動を見せた経済指標が今年の後半に安定化し始めるまで待たなければならないだろう。

クロス・アセット

グロース資産に対してポジティブな見方、ディフェンシブ資産に対して慎重な見方を維持している。年初来のイールドカーブのスティープ化を受けて債券市場は急激な調整に見舞われてきたが、4月は月間パフォーマンスが改善した。しばらく中央銀行が政策を緩和的に維持するスタンスを断固として示してきたことから、債券市場の小休止は妥当だったように思われる。しかし、今後世界の経済成長が急速に回復するであろうことを考えると、依然として金利が向かう方向は最終的に上昇しかないとみている。

予想された通り、米国では金融・財政両政策による景気刺激策に新型コロナウイルス・ワクチンの接種実施の急速な進行が加わったことによって、経済成長がかなり好調である。しかし、ワクチン接種のペースが米国で鈍化し欧州をはじめ米国以外の地域で速まるに従って、米国以外の成長機会への資金シフトが加速するとみられる。この見通しに対するリスクは、米国債がイールドカーブ全体にわたって一段と下落することにより、ドルが再び上昇して米国を除く国々の景気の足を引っ張る可能性だ。

資産クラス間の相対的な見方については若干の調整を加え、先進国株式のスコアを引き上げる一方、ワクチン接種の進行の遅さが逆風となっている新興国の資産クラスのスコアを引き下げた。とは言え、新興国は世界経済の成長加速から恩恵を受けると考えていることから、新興国資産をやや選好するスタンスは依然維持している。インフラ投資については、エネルギー中流部門(石油・天然ガスの輸送)インフラに投資するMLP(マスター・リミテッド・パートナーシップ、米国における共同投資事業の形態の1つで総収入の90%以上をエネルギー・天然資源関連・不動産などの特定の事業から得るもの)を調査対象に加え、スコアを若干引き上げた。同MLPは経済活動の拡大とそれに伴う原油価格の上昇から恩恵を受けるが、それがバリュエーションに織り込まれておらず過小評価されていると考える。また、米ドル高の再来に備える必要性は後退したとの見方から、グロース通貨についても若干スコアを引き上げ、その分ディフェンシブ通貨のスコアを引き下げた。ただし、米国債の長期ゾーンが3月と同様の急落に再び見舞われる可能性については慎重に注視している。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

2020年3月に新型コロナウイルスの影響による相場暴落の大底を打って以降、市場はその後発表された経済指標の大幅な悪化を概ね無視してきた。これは大規模な協調景気刺激策と最終的にはワクチン接種の実施を受けて世界の需要が回復するとの期待によるもので、その期待は結果的に妥当であったが、インフレ指標の強さが米FRB(連邦準備制度理事会)の依然主張しているような「一時的」な現象ではないのではとの懸念から、市場は最近神経質になっている。

力強い景気回復が加速し続けるとの想定に立てば、グロース資産の見通しは引き続きかなりポジティブである。しかし、景気は好調さが続くものの金融引締めを招くほど強くはない「ゴルディロックス」シナリオとは異なり、インフレ圧力が予測された通り目に見えて後退するまでは、市場は金融政策を緩和的に維持するというFRBの決意を疑問視し続けるものとみられる。

もしFRBが今年後半に量的緩和を徐々に縮小して2022年の利上げへの地ならしをしたとしても、金融政策は経済成長を妨げるほどの引締めからは依然として程遠い。そのような環境下、グロース資産は、非常に低い水準にある利回りが必然的に上昇するとみられる債券という「ディフェンシブ」資産よりも安全な資産だ。とは言え、インフレが一時的な性質のものかをめぐって高まっている不透明感と金融政策を緩和的に維持するというFRBの決意を受けて、市場は神経質な状況が続きボラティリティが高止まりするだろう。


中国株式は逆風が残るも割安度が強まっている

当社では中国に対して幾分慎重な見方をしている。その理由は、政策引締めによる逆風もあるが、テクノロジー・セクターに打撃を与えている規制リスクの方が大きい。これをさらに悪化させているのがグロース株からバリュー株への資金シフトだ。中国市場は全体としてテクノロジー・セクターの占める割合が高いため、その影響を受けやすい。当社ではこれらの逆風材料が残ると依然考えているが、最終的には株価は企業収益の見込みによって左右されるものであり、今のところ、企業収益のコンセンサス予想は過去2ヵ月にわたる株価の動きが非常に低調であるのに比べて依然かなり明るいと言える。もしアナリストの予想が正しければ、中国株式は相対的に割安に見え始めている。

チャート1

市場は将来の予想の評価において正しいことが多いが、常にというわけではない。歴史的に中国市場は個人投資家のセンチメントに大きな影響を及ぼす資金流動性によって左右されてきたため、政府が政策を引き締めようとしている兆候が示された場合のお決まりの反応は「売り」である。しかし、中国の現在の焦点が質の高い成長(景気がバブルからその崩壊を辿るパターンの回避)にあることは、一部の分野では的を絞った引締めが行われるものの経済成長の勢いが継続できることを意味する。

中国は好調な経済成長を利用して改革計画を進めており、足元では当局がフィンテックなどテクノロジー市場の独占的部分に照準を定めている。長い目で見ればこれはおそらくいいことだが、当面の不透明感は依然強く、企業収益のコンセンサス予想はそのような規制リスクを十分に織り込んでいないかもしれない。

当社では、米国、中国、北アジアのテクノロジー・セクターを含め長期的なグロース・セクターを選好してきたが、インフレ圧力が世界規模で高まりつつあるなか、グロース株からバリュー株への資金シフトのスピードについて警戒している。インフレ圧力が長引くようであれば、中央銀行がより早く動きを起こす必要が生じる懸念があり、その場合にはグロース株からバリュー株への資金シフトが加速する可能性が高いため、市場は現在インフレ圧力が一時的な性質のものかどうかに執着している。


グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 新興国資産に対する見方の確信度を引き下げ:株式と債券の両方について、新興国資産への見方の確信度を再び引き下げた。ドルが下落に転じたことは新興国にとってプラス材料であるものの、米国の長期金利が安定していないことを考えるとドルの先行きは依然不透明である。新興国は、堅調なコモディティ価格と世界的な需要の回復も追い風となっているが、ワクチン接種の実施ペースが遅いのに加えて今では新変異株がインドなどの国に深刻な打撃を与えているなか、新型コロナウイルス危機からの脱出が程遠いことがますます明らかになってきている。
  • インフラ投資および先進国株式のスコアを引き上げ:新興国資産のスコアを引き下げる一方で、グロース資産のなかで相対的にディフェンシブ寄りの資産として、インフラ投資のスコアを1ポイント引き上げ中立を若干下回る水準とした。また、ワクチン接種の実施加速が追い風となる先進国株式についても、相対的強気度を引き上げた。
  • 先進国株式のなかでの相対パフォーマンスについて確信度が後退:ワクチン接種の実施の遅れや新たな感染拡大といった新型コロナワクチン関連の逆風から、日本株式への相対的強気度を引き下げた。シンガポールについても、インド型変異株に関連して再びロックダウン(都市封鎖)が実施されていることを受けて、相対的強気度を引き下げた。一方で、米国のスコアを引き上げて中立とするとともにオーストラリアの相対的弱気度を引き下げ、同資産クラス内での相対パフォーマンスに対する確信度が後退したことを反映して全体のスコア格差を縮小させた。

ディフェンシブ資産

ディフェンシブ資産に対する相対的に弱気な見方に変更は加えていない。世界の債券市場はここ2、3ヵ月下げ止まっており、利回りが今サイクルの最高水準を更新する状況とはなっていないが、この先には大きな試練が待っている。FRBはインフレ圧力の高まりについて、経済活動の再開に伴うもので一時的な現象とみられるとの見解を維持しているが、景気回復が世界的に勢いを増し企業が価格決定力を取り戻すにつれ、同中銀の見方は甘かったということになるかもしれない。新型コロナウイルスのワクチン接種は、米国と英国では迅速に進んでいるが、その他の国々では遅れている。一方、需給ギャップは引き続き財政・金融政策の支援によって埋められている。このような景気見通しの改善とインフレ圧力の高まりが相まって、債券利回りには上昇圧力がかかり続けるとみられる。

信用スプレッドは、世界が新型コロナウイルス感染拡大の最悪期を抜け出すのに伴う強い景気回復への市場の期待を反映して、今や過去最もタイトな水準にある。企業の信用の質は現在の環境下で急速に改善すると想定されるが、そのような楽観的な見通しは基準となる国債の利回りの上昇にもつながる可能性が高い。この結果として、社債は、直利がより高いことから依然として対ソブリン債では選好しやすいものの、小幅なリターンにとどまるだろう。

また、ディフェンシブ資産内では、インフレヘッジ資産を有望視する見方を維持している。各中央銀行は近づきつつあるインフレ加速を引き続き一時的なものと捉えているが、非常に緩和的な金融・財政政策によってインフレ環境はより長く続くことになるかもしれない。そのような変化は、インフレヘッジ資産にとって引き続き追い風になるとみられる。


マイナスの実質金利を望むのはFRBだけ

米国のインフレ論議は、片やFRBの高官、片や憂慮する債券投資家とのあいだで本格化し始めている。最近のインフレ指標は明らかに強いが、前年同月比ベースの数字がベース効果により下駄を履いているのも事実だ。FRBはこの要因などを理由に、現在および近い将来の物価圧力は一時的なものになるだろうと主張している。多くの債券投資家は市場のインフレ不安を落ち着かせようとするFRBの努力を評価するであろうが、当社では米国債への投資がより根本的な問題に直面していると考えている。

投資家の一般的な目標が長期にわたってインフレ率を上回るリターンを獲得することだとすれば、現在の米国債の実質金利は問題となる。つまり、大幅なマイナスなのだ。チャート2は過去20年における米国債10年物の実質利回りを示している。この金利がマイナスとなる2期間は、FRBが景気を刺激すべく全力を尽くして大規模な資産購入を実施する時である。これが理に適っているのは、FRBが債券購入を行う動機が金融政策としての役割であり当該購入のもたらす期待投資リターンではないからだ。言い換えれば、FRBは米国債がもたらす投資リターンについては概ね関知していない。

チャート2

一方、投資家にはFRBのようにマイナスの実質リターンを許容する余裕はない。この先、連邦政府債務が大幅に膨らんでいるなかでFRBがいずれ量的緩和プログラムを縮小することを考えると、FRBが買わなくなった分の購入を引き受ける用意が投資家にどのくらいあるかは疑問である。より許容できる水準への調整が起こらない限り、現在の実質利回りマイナスの状況では受け入れ難いのではないかと考える。最低でも、指標銘柄である10年債の実質利回りが若干のプラスになる必要があるだろうというのが当社の見方だ。

インフレの問題が管理可能でFRBが平均2%のインフレ目標を達成するとの前提に立つと、米国債10年物が投資家に0%以上の実質リターンをもたらすには、利回りが少なくとも2%まで上昇する必要があることになる。これが起こらなければ、投資家がマイナスの実質リターンで米国の赤字を喜んで支えるとは考えにくいとみている。もちろん、実質利回りの調整はインフレ率が名目債券利回りよりも大幅に低下することを通じても起こり得るが、現在の環境はその反対となるリスクの方が高いことを示唆している。

ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 「安全な避難先」資産としては中国債券を選好:中国国債は伝統的な先進国ソブリン債よりも大幅に高い利回りと低いボラティリティを提供している。
  • 米国債に対して慎重な見方:FRBはいずれ債券の購入を減らすことから、インフレ圧力の高まりとマイナスの実質利回りは米国債にとって厄介な問題である。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

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