本稿は2021年7月14日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 6月の米国債市場では短期債がアンダーパフォームし、イールドカーブがフラット化した。米FRB(連邦準備制度理事会)がよりタカ派寄りのスタンスに転換したことを受けて、米国債のイールドカーブは月半ばに大きくフラット化した。とりわけ、FOMC(連邦公開市場委員会)メンバーの金利予測の分布をチャート化した「ドット・プロット」の中央値によると、前回3月分で利上げが予測されていなかった2023年において、足元では2回の利上げが示唆されている。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.107%上昇の0.25%、10年物で同0.127%低下の1.47%となった。
  • 6月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.023%拡大したものの米国債長期物の利回りが低下したため、月間リターンが+0.43%となった。格付け別では、投資適格債が0.046%の信用スプレッド縮小を受けて+0.95%の月間リターンとなり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債は、中国の不動産セクターでのボラティリティ上昇が重石となり、信用スプレッドが0.38%拡大して月間リターンが-1.25%となった。
  • 域内諸国では5月の総合インフレ率が概ね加速した。各国の金融当局が政策金利を据え置く一方、マレーシアとインドでは財政出動パッケージが発表された。その他では、中国が土地売却による収入の徴収方法の改定を発表した。この動きによって、地方レベルでの債務リスクの低減が見込まれる。
  • 現地通貨建て債券のデュレーション・エクスポージャーにおいて選別的な姿勢を続けており、シンガポール、韓国、香港など利回り水準の低い国・区域に対して相対的に慎重な見方をしている。域内通貨については、一段の米ドル高が進む可能性を見越してディフェンシブなスタンスを保持している。
  • アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続、有利な財政・金融政策、新型コロナウイルスのワクチン接種の進展をサポート材料として、足元の水準からやや縮小すると予想している。マクロ環境は引き続き追い風となっており、一部の国に固有の下方リスクも後退しているものの、依然としてある程度の慎重さは必要とみられる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

6月の米国債市場ではイールドカーブがフラット化
6月の米国債市場では短期債がアンダーパフォームし、イールドカーブがフラット化した。月初は、5月の雇用統計において非農業部門雇用者数55.9万人増と市場予想の67.5万人増をやや下回り、米国債利回りの低下を促した。その後発表されたCPI(消費者物価指数)の上振れにもかかわらず、利回りは低下基調を続けた。5月の総合CPI上昇率は前年同月比5%と大きく加速し、コア指数上昇率も3.8%と加速したが、この一因となったのは一時的な要因であった。月半ばになると、米FRBがよりタカ派寄りのスタンスに転換したことを受けて、米国債のイールドカーブが大きくフラット化した。とりわけ、FOMCメンバーの金利予測の分布をチャート化した「ドット・プロット」の中央値によると、前回3月分で利上げが予測されていなかった2023年において、足元では2回の利上げが示唆されている。加えて、ジェローム・パウエルFRB議長は、FOMCがテーパリング(量的緩和の漸進的縮小)の開始時期について議論し始めたことを表明した。月末にかけては、ジョー・バイデン米大統領と上院の超党派グループがインフラ投資計画での合意を発表したことから、リフレ・トレードが再び盛り返した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.107%上昇の0.25%、10年物で同0.127%低下の1.47%となった。

チャート1

金融当局は政策金利を据え置き
金融政策は依然追い風材料で、インド、タイ、インドネシアおよびフィリピンの中央銀行が政策金利を据え置いた。タイとインドの中央銀行はともにGDP成長率の予想を下方修正した。タイ中銀は2021年通年の成長率予想を3.0%から1.8%へ、2022年の成長率予想を4.7%から3.9%へと引き下げた。2021年の経常収支については、海外からの観光客数の想定が下方修正されたことに伴い、予想を12億米ドルの黒字から15億米ドルの赤字へと引き下げた。同様に、インド準備銀行も、2022年度(2021年4月~2022年3月)のGDP成長率見通しを前年度比10.5%から同9.5%へと下方修正し、他方で総合CPIインフレ率の予想を5.0%から5.1%へと若干引き上げた。フィリピン中銀は、経済活動が「ここ数週間改善している」としながらも景気回復の全体的な勢いは「不確実」であると述べる一方、原油価格の上昇を理由として2021年のCPIインフレ率の予想を3.9%から4.1%へと引き上げた。その他では、インドネシア中銀が、政策金利を据え置くとともに2021年のGDP成長率の予想レンジを4.1~5.1%に維持した。同中銀のワルジヨ総裁は、米FRBのテーパリングの潜在的影響について訊かれると、中銀は自国通貨ルピアと債券市場の安定のサポートを最優先するだろうと述べた。

5月の総合インフレ率は概ね加速
アジア諸国の5月のCPIインフレ率は、中国、インド、韓国、インドネシアおよびシンガポールで加速する一方、マレーシアとタイでは鈍化した。シンガポールでは総合CPI上昇率が前年同月比2.4%となった。インフレ加速の主因となったのは、比較対象となる昨年の水準が低いベース効果を一因とする自動車とガソリンの価格上昇を受けた民間輸送費の上昇であった。インドでは、5月は新型コロナウイルスの感染拡大第2波のなかでロックダウン(都市封鎖)がピークを迎えていた月であったにもかかわらず、CPIインフレ率が他国よりも高い水準の前年同月比6.3%となった。韓国の総合CPI上昇率は、低ベース効果と原油および農産物の価格上昇が主因となって、前年同月比2.6%と2012年4月以来の高水準になった。インドネシアの総合CPIインフレ率は、低水準にとどまりながらも、イスラム教の断食明け大祭「イドゥル・フィトリ」の休暇時期における需要増を背景に、食品価格の上昇を主因として加速した。対照的に、マレーシアでは食品価格の上昇鈍化を受けて5月のインフレ圧力が緩和した。その他では、フィリピンの総合CPI上昇率が前年同月比4.5%と前月から横這いとなった。

マレーシアとインドが財政出動パッケージを発表、スタンダード&プアーズ(S&P)社がマレーシアのソブリン債格付けを据え置き
月末にかけて、マレーシアとインドが景気を加速させるべく追加の財政出動パッケージを発表した。留意すべき点として、インドのパッケージの大部分は最も打撃を受けたセクターへの予算外での信用保証という形であり、マレーシアのパッケージの大部分はモラトリアム(債務支払猶予)や従業員積立基金の引き出し枠などの非金銭的措置から成っている。一方、信用格付機関S&P社は、マレーシアの良好な対外収支状況や金融政策の柔軟性、財政出動が景気回復を支えるとして、同国のソブリン債格付けを「A-」に据え置くことを決定した。しかし、格付け見通しについては、「財政・債務環境への根強い圧力」を理由として「ネガティブ」のままとした。

中国は土地売却による収入の徴収方法の改定を発表、中国人民銀行は銀行預金金利の設定方法を改革
中国の政策当局は、土地の売却代金の支払い先および管理担当を地域レベルの土地開発当局ではなく税務当局とする新しい計画を公表した。同国の財政部によると、この改定徴収方法は7月1日から7都市で試験プログラムとして実施され、2022年から全国へと拡大適用される予定である。この動きによって、地方レベルでの債務リスクの低減が見込まれる。一方、中国人民銀行は銀行の預金金利の計算方法を改革し、新たに上限を設けることによって銀行の資金調達コストの低下を図った。

今後の見通し

現地通貨建て債券市場に対して慎重な見方、通貨に対してディフェンシブなスタンスを維持
現地通貨建て債券市場に対して慎重な見方、通貨に対してディフェンシブなスタンスを維持している。この先、世界の景気回復は加速すると予想しており、投資家がリフレ・テーマに再び注目するにつれ米国債利回りの上昇トレンドが再開するとみている。債券のデュレーション・エクスポージャーにおいて選別的な姿勢を続けており、シンガポール、韓国、香港など利回り水準の低い国・区域に対して相対的に慎重な見方をしている。域内通貨については、一段の米ドル高が進む可能性を見越してディフェンシブなスタンスを保持している。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は信用スプレッドが若干拡大も米国債利回り低下を受けてトータルリターンがプラスに
6月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.023%拡大したものの米国債長期物の利回りが低下したため、月間リターンが+0.43%となった。格付け別では、投資適格債が0.046%の信用スプレッド縮小を受けて+0.95%の月間リターンとなり、ハイイールド債をアウトパフォームした。ハイイールド債は、中国の不動産セクターでのボラティリティ上昇が重石となり、信用スプレッドが0.38%拡大して月間リターンが-1.25%となった。

当月、アジアの信用スプレッドは概ねレンジ内で推移した。月中に行われたFOMC会合では、「ドット・プロット」の金利予測の中央値が、前回3月には利上げが予測されていなかった2023年に2回の利上げが行われることを示唆した。加えて、ジェローム・パウエルFRB議長は、FOMCが資産購入のテーパリングについて議論し始めたことを表明した。このようなFRBのタカ派的スタンス転換にもかかわらず、市場センチメントは堅調さを維持した。リスク資産市場は、米国でCPIおよびPPI(生産者物価指数)の上昇率が加速したことや中国のPPIが引き続き加速したことも材料視しない模様であった。一方、中国の5月の経済活動指標は市場予想をやや下回った。月末にかけては、S&P社がマレーシアのソブリン債格付けを「A-」に据え置くことを決定したが、格付け見通しについては「財政・債務環境への根強い圧力」を理由として「ネガティブ」のままとした。

国別の信用スプレッド動向は、シンガポール、韓国、インド、タイで縮小する一方、フィリピン、マレーシア、インドネシア、中国で拡大した。インドでは、新型コロナウイルスの感染拡大第2波の後退に伴って主要都市で経済活動が再開されたのに加え、政府が信用保証制度など財政政策による追加支援策を発表したことが、信用スプレッドの縮小を下支えした。一方、中国では、信用の伸びの減速や複数の不動産開発企業をめぐるネガティブなニュースがクレジット物の重石となった。しかし、中国の国有企業の銘柄は高格付け物を中心に当月アウトパフォームした。米国政府は、米国の投資家が中国軍と関係のある特定の中国企業に投資することを禁じた以前のトランプ時代の大統領令に完全に取って代わる新たな大統領令を発出した。新しい大統領令では、対象企業のリストが更新されるとともに、名称のぴったり適合する企業や子会社が制約対象に入るかなど、いくつかのテクニカルな面が明確化された。更新されたリストから除外されたり、明確化によってもはや制約対象とはみなされなくなったりした一部の中国国有企業発行体の銘柄では、信用スプレッドが以前の大統領令を受けて拡大した分の大半を巻き戻す形で縮小した。

6月の発行市場の起債活動は概ね安定的
6月の新発債発行は75件(総額345億米ドル)となった。投資適格債分野では、Perusahaan Penerbit発行のインドネシアのソブリン債ディール(3トランシェで総額30億米ドル)やフィリピンのソブリン債ディール(2トランシェで総額30億米ドル)、韓国輸出入銀行のディール(3トランシェで総額20億米ドル)を含め、計40件(総額249億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計35件(総額約96億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドは堅調な推移が続くも下方リスクが残る
アジアの信用スプレッドは、景気回復の継続、有利な財政・金融政策、新型コロナウイルスのワクチン接種の進展をサポート材料として、足元の水準からやや縮小すると予想している。企業の信用ファンダメンタルズは全体的に堅調さを維持しており、2021年前半における収益の伸びの加速につながったものとみられる。とは言え、足元のバリュエーションはファンダメンタルズ改善の大部分を織り込み済みで、より中立的な水準にある。今後はこれまでよりもスプレッドの縮小が進みにくくなり、市場のあや押しに見舞われる局面が増えると考える。マクロ環境は引き続き追い風となっており、一部の国に固有の下方リスクも後退しているものの、依然としてある程度の慎重さは必要とみられる。

FRBが6月のFOMC会合でよりタカ派寄りのトーンにシフトしたことにより、米国における金融政策の引き締めのタイミングやペースに関して不透明感が強まっている。これを受けて、特に主要な経済指標の発表やFRB高官のスピーチに際し、市場のボラティリティが高まるかもしれない。米国の金融政策が急速に引き締められれば、新興国の信用スプレッドは拡大する可能性がある。ただし、アジア諸国は概して対外収支の状況が相対的に良好であることから、同地域のクレジット市場はより強い耐性を示すだろう。

さらなる懸念材料として、米中の2国間関係が安定化しないリスクも依然高いと言える。中国のノンバンク系国有金融機関がオフショア市場で発行した債券をめぐる問題については、不透明感は残っているもののアジア他国のクレジット市場への波及的影響は限定的となっている。また、中国のその他の投資適格級クレジット物は、社債・準ソブリン債ともに概ね回復している。ただし、上述の発行体をめぐる問題が、その最終的な行方によっては依然影響を及ぼすかもしれない。


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