本稿は2021年8月16日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 7月の米国債市場ではイールドカーブがブル・フラット化した。FOMC(連邦公開市場委員会)の会合は大した材料とはならなかったが、資産買入れに関するフォワード・ガイダンスが若干変更され、同委員会の目標に向けて進展がみられたとの見方が示された。ただし、テーパリング(量的緩和の漸進的縮小)の開始に必要な「一段の大幅な進展」には依然至っていない。月末の米国債利回りは5年物指標銘柄で前月末比0.20%の低下、10年物指標銘柄で同0.25%低下の1.22%となった。
  • 7月のアジアのクレジット市場は、米国債利回りが低下したものの信用スプレッドが0.28%拡大したことが響き、月間リターンが-0.42%となった。当月は投資適格債分野とハイイールド分野のパフォーマンスに大きな乖離がみられた。投資適格債は、0.15%と小幅にとどまった信用スプレッドの拡大が米国債利回りの低下によって埋め合わされたため、月間リターンが0.54%となった。一方、ハイイールド債は、信用スプレッドが1.105%と大幅拡大したことを受けて月間リターンが-3.64%となった。
  • アジア諸国は引き続き新型コロナウイルスの流行に苦しめられており、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールなどでは新規感染者数が増加している。6月のインフレ圧力はアジア諸国全般にわたって概ね和らいだ。
  • デルタ株による新型コロナウイルスの感染再拡大を受けて世界の景気回復が失速するおそれがあることから、当面の現地通貨建て債券市場に対してより中立的な見方に転換している。通貨については、シンガポールと中国におけるワクチン接種の急速な進展を理由にシンガポールドルと中国人民元を選好する一方、ワクチン接種が進んでいないタイのバーツに対してより慎重な見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは、中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、年後半に緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたり、より慎重で段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

7月は米国債利回りが低下
7月の米国債市場ではイールドカーブがブル・フラット化した。月初に発表された雇用統計では、非農業部門雇用者数が85万人増とそこそこの増加を見せたものの、失業率が5.9%に上昇した。一方、米国の6月の総合インフレ率は前年同月比5.4%と、5月の同5%から引き続き加速した。7月のFOMC会合は大した材料とはならなかった。公式声明では景気回復の進展状況について比較的タカ派寄りの見解が示されたが、続く記者会見が若干ハト派的な内容となったことで相殺された。今回の金融政策決定会合ではテーパリングについての議論が行われたが、FOMCの委員長であるパウエルFRB議長は、そうした動きは「差し迫っている」わけではなく、進めるにあたっては先だって同委員会が景気回復の「一段の進展」を確認する必要があると示唆した。最終的に、月末の米国債利回りは5年物指標銘柄で前月末比0.20%の低下、10年物指標銘柄で同0.25%低下の1.22%となった。

チャート1

アジアにおける新型コロナウイルスの感染再拡大
アジア諸国は引き続き新型コロナウイルスの流行に苦しめられており、インドネシア、タイ、マレーシア、シンガポールなどでは新規感染者数が増加している。タイは当月、新型コロナウイルスの封じ込め策を強化するとともに、ワクチン接種に関する方針を変更して高齢者へのワクチン配分を拡大した。また、新型コロナウイルスの世界的流行が始まって以来最も深刻な感染拡大局面を収束させるために、高リスク地域でのワクチン接種実施を重点化した。一方、シンガポールでは、新規感染者数の増加を受けて社会活動制限を再び強化した。フィリピンにおいても、デルタ株の感染拡大を阻止するべく、首都が厳格なロックダウン(都市封鎖)下に置かれ移動制限が強化された。

6月のインフレ圧力はアジア全体にわたって概ね緩和
6月のインフレ圧力はアジア諸国の大半にわたって和らいだ。フィリピンでは、公共交通機関への新型コロナウイルス関連規制に伴うベース効果が剥げ落ちたことによる輸送費の上昇鈍化を受けて、インフレ率が前年同月比4.1%と前月の同4.5%から減速した。インドネシアの総合CPI(消費者物価指数)インフレ率は前年同月比1.33%と、食品価格の上昇鈍化を要因として前月の同1.68%から減速した。マレーシアの総合CPIインフレ率は、輸送費の上昇鈍化に伴い前年同月比3.4%と前月の同4.4%から減速した。また、タイでは、政府による電気・水道料金への補助金がインフレの失速をもたらし、CPI上昇率が前月の前年同月比2.44%から同1.25%へと鈍化した。

今後の見通し

デルタ株感染拡大を受けて現地通貨建て債券市場に対し中立的な見方、依然重要なのはワクチン接種の進展状況
当社では、当面の現地通貨建て債券市場に対してより中立的な見方に転換している。これは、新型コロナウイルスのデルタ株の感染拡大を受けて世界の景気回復が失速するおそれがあるからだが、最近の米国債利回りの低下が示すように、市場での懸念も高まっている。アジアの現地通貨建て債券市場のなかでも、特にインドネシア債券は新発債供給の減少が一段の追い風になるとみている。アジア域内通貨については、長期的に米ドル高が進む可能性について警戒している一方、国内における新型コロナウイルス関連対策やワクチン接種の進展状況も考慮して選好する通貨を決定している。こうした観点から、シンガポールと中国におけるワクチン接種の急速な進展を理由にシンガポールドルと中国人民元を選好する一方、国内のワクチン接種が相対的に遅れているタイのバーツに対してより慎重な見方をしている。

アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は信用スプレッドが拡大、投資適格債とハイイールド債のパフォーマンスが大きく乖離
7月のアジアのクレジット市場は、米国債利回りが低下したものの信用スプレッドが0.28%拡大したことが響き、月間リターンが-0.42%となった。当月は投資適格債分野とハイイールド分野のパフォーマンスに大きな乖離がみられた。投資適格債は、0.15%と小幅にとどまった信用スプレッドの拡大が米国債利回りの低下によって埋め合わされたため、月間リターンが0.54%となった。一方、ハイイールド債は、信用スプレッドが1.105%と大幅拡大したことを受けて月間リターンが-3.64%となった。

6月に比較的落ち着きをみせたアジアのクレジット市場だったが、7月は世界的な市場ボラティリティの高まりに加えアジア固有の動向を受けて大きく低迷した。世界のリスク市場では、月を通して全般的に不安感が広がった。そうした不安感を象徴するように、世界の株式市場は大荒れの展開となり、米国債や他の先進国ソブリン債の利回りには持続的な下方圧力がかかった。リスク資産低迷の主因は世界的なデルタ株の感染拡大で、それにサプライチェーンの混乱や急激なインフレ加速も合わさり、2021年後半の世界経済の回復力をめぐる懸念が高まった。ワクチン接種率で後れを取っている多くのアジア諸国は、デルタ株感染拡大の打撃が特に大きく、結果として同地域は非常に厳しい移動制限の再導入を余儀なくされた。

アジア域内でも大きく低迷したのは中国の不動産セクター、特にそのハイイールド分野で、政府が不動産規制強化を継続していることに加えて、経営の不振な一部の不動産企業が直面している根強い悪材料報道や流動性逼迫の打撃がセクター全体に波及していることが、深刻な影響を及ぼした。月の半ばには中国人民銀行が預金準備率の一律0.50%引き下げを発表し、この幾分想定外の動きを受けて中国の成長鈍化懸念が一層強まった。その後に発表された2021年第2四半期の実質GDP成長率(前年同期比+7.9%)や6月の主要な月次経済活動指標は、市場予想の通りかそれを上回る結果となったが、懸念を覆すには至らなかった。月末にかけては、中国の民間教育およびテクノロジー・セクターに関連する規制変更が相次いで打ち出されるという、再び市場にとって予想外の展開となり、中国および香港の株式市場の急落を招いた。そうした規制変更を受けて対象セクターの発行体(大部分が投資適格級)の信用スプレッドも大幅に拡大したが、拡大分の一部は月末までに巻き戻された。

7月はアジア諸国全体にわたって信用スプレッドが拡大したが、国別パフォーマンスではフロンティア市場(スリランカ、パキスタン、モンゴル)や中国、インド、インドネシア、マレーシアが劣後する一方、韓国や香港、シンガポール、フィリピンが相対的に底堅く推移した。特にインドネシアとマレーシアは、直近の新型コロナウイルスの感染急拡大を抑え込むのに苦戦している。そうしたなかでも明るい兆しとして、マレーシアではワクチン接種の実施ペースが加速したが、同国のクレジット物は市場センチメントを冷え込ませている政局の根強い先行き不透明感という逆風を免れなかった。フィリピンは、格付機関フィッチが同国の財政悪化や新型コロナウイルスの世界的大流行が国内経済に及ぼし得る悪影響といった懸念材料を理由に、「BBB」格であるソブリン債格付けの見通しを「ネガティブ」へと改めたにもかかわらず、信用スプレッドがアジア域内で相対的に底堅く推移した。

発行市場の起債活動は7月も引き続き活発
アジア市場の7月の新発債発行は67件(総額250億米ドル)となった。投資適格債分野では、Temasek Financialsのディール(3トランシェで総額25億米ドル)やフィリピンのソブリン債ディール(2トランシェで総額30億米ドル)、インドネシアのソブリン債(10年物トランシェの新規発行と30年物/50年物トランシェのリオープンで総額16.5億米ドル)を含め、計43件(総額約189億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計24件(総額約61億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドはファンダメンタルズを追い風に縮小する見通しも、下方リスクは高まっている
アジアの信用スプレッドは、中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、年後半に緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたり、より慎重で段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

足元における新型コロナウイルスの感染拡大の波は、多くのアジア諸国の成長回復に水を差す可能性があるものの、こうした阻害は回復過程全体を頓挫させるというよりは遅らせるにすぎないとみられる。現在の感染拡大の波が落ち着けば、ワクチン接種の進展や財政・金融政策の支援により成長の勢いは持ち直すであろう。同様に、企業の信用ファンダメンタルズも全体的に堅調さを維持する見込みだが、2021年後半には収益モメンタムがプラスながらも緩やかになる可能性があり、また、セクターによって伸びにばらつきが出るかもしれない。具体的に言うと、旅行やレジャーなど一部のサービス業は新型コロナウイルスの感染再拡大による悪影響を受けるとみられる。加えて、中国で規制の変更や政策の継続的な引き締めから影響を受けるセクターでは、信用評価に対する圧力が強まる見通しだ。とは言え、これらの悪影響の一部は7月のスプレッド拡大で織り込み済みとみられ、当面はボラティリティの高止まりが見込まれるもののバリュエーションは魅力度を増している。

当面の主なリスクとしては、現在の感染拡大の波による経済への影響が一段と深まるリスクや、中国の規制・政策改革の範囲に関する不透明感に加えて、米国の金融引き締めの積極化、米中2国間関係の悪化なども挙げられる。中国のノンバンク系国有金融機関がオフショア市場で発行した債券をめぐる問題については、アジア他国のクレジット市場への波及的影響は限定的となっているものの、不透明感は払拭されておらず、当該発行体の問題が今後どのように解決されるかによっては依然影響を及ぼすかもしれない。


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