本稿は2021年9月15日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 8月の米国債市場は、米国の雇用統計が市場予想を上回る雇用の伸びを見せたことを受けて、利回りが上昇した。米FRB(連邦準備制度理事会)の一部高官によるタカ派的発言も利回りの上昇を促した。ジャクソンホール会議にかけても利回りは再び上昇したが、同会議ではジェローム・パウエルFRB議長が同中銀による利上げ時期が先送りされる可能性を示唆した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.024%上昇の0.21%、10年物で同0.087%上昇の1.31%となった。
  • 8月のアジアのクレジット市場は、7月の軟調相場から幾分持ち直し、月間リターンが1.08%となった。信用スプレッドが0.216%縮小し、米国債利回りの上昇によるマイナスの影響を十二分に相殺した。投資適格債は信用スプレッドが0.152%縮小し、月間市場リターンが0.80%となった。ハイイールド債はリスク・センチメントの回復を受けて信用スプレッドが0.55%縮小し、月間市場リターンが2.07%とアウトパフォームした。
  • 一方、7月のインフレ圧力は概ね和らいだ。韓国銀行は政策金利を引き上げ、一方でインド準備銀行は過剰流動性を吸収するための措置を発表した。その他では、マレーシアで新首相が任命された。
  • 現地通貨建て債券市場に対しては当面中立のスタンスを維持する。まもなく発表されるとみられる米FRBのテーパリング(量的緩和の漸進的縮小)は、前もって十分に示唆されてきており、市場に大幅なボラティリティをもたらすことはないとみている。また、アジア諸国の通貨については楽観的な見方を保持し、シンガポールドルを選好する。
  • アジアの信用スプレッドは中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、年後半に緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたってより段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

8月の米国債は利回りが上昇
月初の米国債市場は、新型コロナウイルスのデルタ変異株が世界で猛威を振るうのに伴い年後半に景気が大幅に減速するとの懸念が広がるなか、利回りが目立って低下した。しかし、その後すぐに、米国の雇用統計が市場予想を上回る雇用の伸びを見せたことを受けて、利回りは反発調整した。7月の非農業部門雇用者数は94.3万人増加し、一方で失業率は前月の5.9%から新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)が始まって以来の低水準である5.4%へと低下した。続く米FRBの一部高官によるタカ派的発言も利回りの上昇を促したが、米国のインフレや消費者心理指標が鈍化を示すと、利回りは短期的に反落した。ジャクソンホール会議にかけては利回りが再び上昇したが、同会議ではジェローム・パウエルFRB議長が同中銀による利上げ時期が先送りされる可能性を示唆したため、リスク・センチメントが改善するとともに米ドルが下落した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.024%上昇の0.21%、10年物で同0.087%上昇の1.31%となった。

チャート1

韓国銀行は政策金利を引き上げ、インド準備銀行は過剰流動性の吸収措置を発表
韓国銀行は政策金利を0.25%引き上げて0.75%とし、アジア主要国のなかでパンデミックのあいだに利上げを行う初めての国となった。この決定は、自国の景気回復に対するサポートと債務増大およびインフレ加速のリスクとのバランスをとろうとする同中銀の試みの表れだ。韓国銀行は民間消費の見通しも上方修正し、2021年のCPI(消費者物価指数)インフレ率の予想を1.8%から2.1%に引き上げたが、一方で通年のGDP成長率予想については4.0%のままとした。インドでは、中央銀行が政策金利を据え置くとともに緩和的スタンスを維持した。とは言え、インド準備銀行は、変動金利リバースレポの入札で吸い上げる流動性の額を9月末までに4兆ルピーへと倍増すると発表した。

7月のインフレ圧力はアジア全般で概ね緩和
7月の総合CPI上昇率は、中国、インド、マレーシア、タイ、フィリピンで総じて減速した。タイではインフレ圧力が大幅に低下し、7月の総合CPI上昇率が前年同月比0.45%と同国中央銀行の目標レンジを下回る水準へ鈍化した。フィリピンのCPI上昇率は前年同月比4.0%と、7ヵ月ぶりの低水準となった。マレーシアでもフィリピンと同様、輸送費の上昇鈍化を主因として総合CPIインフレが減速した。中国では、7月のPPI(生産者物価指数)上昇率が前年同月比9.0%と前月の同8.8%から加速したものの、CPIインフレは同1.0%と前月の同1.1%から若干鈍化した。一方、韓国の7月のCPI上昇率は、食品価格と原油価格の上昇加速を受けて、前年同月比2.6%へと加速するとともに中央銀行の目標インフレ率である2.0%を4ヵ月連続で上回った。

インドネシア中央銀行は追加の債券購入を発表、インドは「国家資産収益化計画」を公表
月末にかけて、インドネシア中央銀行は、政府の新型コロナウイルス関連の医療・福祉支出に財源を提供すべく、2021年に最大215兆ルピア、2022年に最大224兆ルピア相当の国債購入を行うと発表した。これはインドネシアの年内の債券供給が減ることを意味するため、当該発表を受けて国債利回りが低下した。スリ・ムルヤニ・インドラワティ財務相の話では、中央銀行との合意により政府の利払い負担は2021年のGDP対比で2.4%からおよそ2.2%へと減少することになる。一方、インド政府は4年間で総額6兆ルピーに上る「国家資産収益化計画」を公表した。この計画は、既存インフラ資産の民間セクターへのリースによって歳入を増やすことを目的とし、その歳入増加分は新しいインフラの建設に充てられる。

マレーシアでは新首相が就任
マレーシアでは当月、アブドゥラ国王がイスマイル・サブリ・ヤーコブ氏を同国の新首相に任命し、これで統一マレー国民組織(UMNO)が首相の座に返り咲いた。イスマイル・サブリ首相は、議会で過半数支持を失い辞任したムヒディン・ヤシン前首相の後任となる。注目すべき点として、テンク・ザフルル・アジズ氏は新内閣でも財務相に留任した。国際貿易産業相、国防相、公共事業相および教育相の主要4閣僚も前政権から留任となった。

今後の見通し

現地通貨建て債券市場に対して中立的な見方、通貨については楽観的
現地通貨建て債券市場に対しては当面中立のスタンスを維持する。まもなく発表されるとみられる米FRBのテーパリング(量的緩和の漸進的縮小)は、前もって十分に示唆されてきており、市場に大幅なボラティリティをもたらすことはないとみている。一部の国ではデルタ株の感染拡大が長引いていることから、世界経済の回復は漸進的なものになると予想される。米国のインフレは高止まりしているものの、今後はベース効果と一時的要因が薄れるに従って減速するとみられる。アジアの現地通貨建て債券のなかでは、インドネシアとマレーシアの国債がアウトパフォームすると予想している。インドネシアでは、中央銀行と財務省間の負担分担計画(中銀による国債引き受け)の延長を受けて、年内の国債供給が大幅に減少することになる。マレーシア国債は、他国に比べてキャリーの水準が高いことから、需要が下支えされるとみられる。

アジア諸国の通貨については楽観的な見方を保持し、シンガポールドルを選好する。シンガポールでは新型コロナウイルスのワクチン接種率が人口の80%を超え、さらなる経済活動再開への準備が整いつつあるため、同国通貨は楽観的な景気見通しを追い風にアウトパフォームするとみられる。

アジアのクレジット市場

市場環境

8月のアジアのクレジット市場はスプレッドの縮小を受けてプラスのリターンに
8月のアジアのクレジット市場は、7月の軟調相場から幾分持ち直し、月間リターンが1.08%となった。信用スプレッドが0.216%縮小し、米国債利回りの上昇によるマイナスの影響を十二分に相殺した。投資適格債は信用スプレッドが0.152%縮小し、月間市場リターンが0.80%となった。ハイイールド債はリスク・センチメントの回復を受けて信用スプレッドが0.55%縮小し、月間市場リターンが2.07%とアウトパフォームした。

アジアのクレジット市場が前月の下落相場からある程度回復したのには、米国の楽観的な経済指標を受けて全般的なリスク・センチメントがポジティブに転じたこともあるが、より重要なのは、中国のクレジット物がいくつかの要因から大幅に上昇したことだ。まず、経営不振に見舞われていた中国の国有のノンバンク系金融機関(NBFI)が2020年通年および2021年上期の決算を発表し、債務再編の計画はないことを明確にするとともに政府関係機関から大規模な資本注入が行われることを暫定的に発表した。また、中国企業の2021年上期の決算は、有利なベース効果が一因ではあるものの、概ね前年同期比での業績回復を示した。不動産セクターでは、決算がマージン縮小の兆しを示したが、概ね大半の企業が辛うじて負債の削減を成し遂げた。テクノロジー・セクターでも、売り上げの好調な伸びを受けて規制措置強化に対する市場の懸念が和らいだ。新型コロナウイルス関連の規制の緩和に伴ってエネルギー価格が上昇していることから、石油大手も収益の拡大と信用ファンダメンタルズの改善を見せた。マイナス材料として、中国の経済指標は同国経済が減速していることをさらに示したが、これを受けて政策当局は追加支援を約束した。中国人民銀行は、信用の安定的な伸びを維持し金融政策ツールを通じた対象セクターへの支援を拡大すると言明した。その他では、中国の財政部(財務省に相当)が雇用の促進、歳出の加速、地方政府債の発行ペースの「緩やかな」スピードアップを確約した。一方、デルタ株の感染拡大は世界経済の回復にとって不安材料となり続けた。

当月は信用スプレッドがアジアの主要国全般で縮小し、なかでも中国とインドがアウトパフォームした。中国のクレジット物は同国のNBFIに対する外部資本注入のニュースが追い風となった。一方、インドのクレジット物に対する市場センチメント改善の一因となったのは、インド政府が4年間で総額6兆ルピーに上る「国家資産収益化計画」を公表したことだ。この計画は、既存インフラ資産の民間セクターへのリースによって歳入を増やすことを目的とし、その歳入増加分は新しいインフラの建設に充てられる。対照的に、タイは他国市場と異なり信用スプレッドがやや拡大する結果となった。フロンティア市場では、格付機関S&Pグローバルが、スリランカの財政状況悪化を理由として同国のソブリン債格付け見通しを「ネガティブ」へと引き下げた。月末にかけては、IMF(国際通貨基金)が特別引出権ファシリティを通じてスリランカに対し8億1,600万米ドルの資金を割り当てた。

8月は発行市場の起債活動が低調に
アジア市場の8月の新発債発行は50件(総額149億米ドル)となった。投資適格債分野では、百度(Baidu Inc.)のディール(2トランシェで総額10億米ドル)や中国農業銀行の完全子会社Inventive Global Investments Limitedのディール(2トランシェで総額8億米ドル)を含め、計26件(総額約93.2億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は、HDFC Bank Limitedのディール(総額10億米ドル)を含め計24件(総額約56億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドはファンダメンタルズを追い風に縮小する見通しも、下方リスクは高まっている
アジアの信用スプレッドは中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、年後半に緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたってより段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

デルタ株によるここ数ヵ月の新型コロナウイルス感染者数の急増は、多くのアジア諸国の景気回復に水を差す可能性があるものの、こうした阻害は回復過程全体を頓挫させるというよりは遅らせるにすぎないとみられる。現在の感染拡大の波が落ち着けば、ワクチン接種の進展や多くの国における経済活動の漸進的再開に加え、依然として追い風である財政・金融政策により、経済成長の勢いは持ち直すと予想される。同様に、企業の信用ファンダメンタルズも全体的に堅調さを維持するとみているが、2021年後半には収益モメンタムがプラスながらも緩やかになる可能性があり、また、セクターによって伸びにばらつきが出るかもしれない。具体的に言うと、旅行やレジャーなど一部のサービス産業は新型コロナウイルスの感染再拡大による悪影響を受けると想定される。中国で規制の変更や政策の継続的な引き締めから影響を受けるセクターも、信用評価に対する圧力が強まるだろう。

当面の主なリスクとしては、現在の感染拡大の波による経済への影響が一段と深まるリスクや、中国の規制・政策改革の範囲に関する不透明感に加え、米国の金融引き締めの積極化、米中2国間関係の悪化なども挙げられる。


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