本稿は2021年10月18日発行の英語レポート「Asian Fixed Income Monthly」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 9月の米国債市場は、米FOMC(連邦公開市場委員会)で資産購入の緩やかな縮小がついに11月にも開始されると示唆されたことを受けて、利回りが上昇した。エネルギー価格が急騰している最中に欧州や中国で電力不足がエスカレートしインフレ懸念を駆り立てたことも、利回り上昇を一層促した。一方、中国における停電の発生や恒大集団(Evergrande Group)破綻の可能性に脅かされて同国の経済成長見通しに対する不安が強まったため、リスク・センチメントが悪化した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.067%上昇の0.28%、10年物で同0.178%上昇の1.49%となった。
  • 9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.068%拡大するとともに米国債利回りが上昇したことから、月間リターンが-1.63%となった。アジアでは、投資適格債と中国不動産セクターの大幅な低迷が重石となったハイイールド債とのあいだで、顕著なパフォーマンス格差が見られた。投資適格債は、信用スプレッドが0.047%縮小したものの米国債利回り上昇の影響を相殺するには至らず、月間市場リターンが-0.93%となった。信用スプレッドが0.487%拡大したハイイールド債は、月間市場リターンが-4.15%となった。
  • 8月のインフレ圧力は概ね和らいだ。当月はマレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンなど大半の中央銀行が政策金利を据え置いた。中国では李克強首相が経済成長と雇用の伸びの安定化を目指す政策を発表した。
  • 米FRB(連邦準備制度理事会)による政策変更の見込みとインフレに対する懸念から米国債利回りが上昇調整すると予想しているため、現地通貨建て債券市場に対しては慎重なスタンスに転じた。アジアのなかでは、韓国やシンガポール、タイ、香港など債券利回りの低い国がアンダーパフォームするとみている。通貨については、インドルピー、韓国ウォン、フィリピンペソ、タイバーツに対して慎重な見方をしている。
  • アジアの信用スプレッドは中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、今後6ヵ月にかけて緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクと市場ボラティリティは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたってより段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

9月の米国債は利回りが上昇
9月の米国債は、市場の注目が概してFRBのテーパリング(量的緩和の漸進的縮小)計画に集まるなか、利回りが比較的狭いレンジで推移した。月末にかけては、FOMCで資産購入の緩やかな縮小が11月にも開始されると示唆されたのに加え、直近のドットプロット(FOMCメンバーによる将来の金利予測の分布をチャート化したもの)で利上げが予想されたよりも早く実施される可能性が示されたことを受けて、米国債利回りが大幅に上昇するとともに米ドルが全面高となった。その後、エネルギー価格が急騰している最中に欧州や中国で電力不足がエスカレートし、インフレが当初考えられていた以上に長引くとの懸念を駆り立てたことも、利回り上昇を一層促した。一方、中国の製造拠点の多くにわたる停電の発生や恒大集団破綻の可能性に脅かされて、同国の経済成長見通しが下方圧力に晒されるとの不安が強まったため、リスク・センチメントが悪化した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.067%上昇の0.28%、10年物で同0.178%上昇の1.49%となった。

チャート1

金融当局は政策金利を据え置き
当月はマレーシア、タイ、インドネシア、フィリピンの中央銀行が政策金利を据え置いた。マレーシア中銀は、ロックダウン(都市封鎖)措置の再実施により景気の勢いが弱まったと評価しているものの、その影響は政府の財政出動や企業・家計の適応力の向上により部分的に軽減されるだろうと考えている。とは言え、同中銀は経済成長見通しに「深刻な下方リスク」があるとしている。一方、タイ中銀は、2021年のGDP成長率予想を0.7%に据え置いたものの、2022年分については3.7%から3.9%に引き上げた。また同金融当局は、同国を訪れる観光客数の回復をより慎重にみて、2021年の経常赤字予想を拡大した。インドネシア中銀は、2021年のGDP成長率の予想レンジを3.5~4.3%に、同年の経常赤字(対GDP比)の予想レンジを0.6~1.4%に維持するとともに、同年の総合CPI(消費者物価指数)上昇率が同中銀の目標レンジである2~4%に収まるとの見込みを再度示した。その他では、フィリピン中銀が、総合CPI上昇率予想について2021年分を4.1%から4.4%へ、2022年分を3.1%から3.3%へ、2023年分を3.1%から3.2%へと上方修正し、加えて当面のインフレ見通しにおけるリスクのバランスは上方に傾いていると述べた。

8月のインフレ圧力は概ね緩和
8月の総合CPI上昇率は、中国、インド、マレーシア、タイ、シンガポールで鈍化する一方、フィリピンとインドネシアでは7月の水準から加速した。マレーシアでは、食品価格や輸送費の上昇鈍化を受けて8月のCPI上昇率が減速した。シンガポールでは、民間道路輸送費の上昇鈍化が主因となって総合CPI上昇率が減速した。タイの総合インフレ率も一段と減速し、タイ中銀の目標レンジを再び下回った。他方、インドネシアの8月の総合CPI上昇率は前年同月比1.6%と、7月の同1.5%から若干加速した。フィリピンの8月の総合インフレ率は、食品価格の上昇加速が一因となって前年同月比4.9%と市場予想を大幅に上回った。

中国は経済成長と雇用の伸びの安定化を目指す政策を発表、中国人民銀行は国内の流動性を安定的に維持する方針を再表明
中国の李克強首相は、国内銀行による中小企業への融資拡大を促進すべく、3,000億元の再貸出枠を設けることを発表した。また、事業運営環境を改善するために企業の管理手数料が引き下げられるとともに、一部の産業に対する財政支出も拡大される。一方、中国人民銀行は、中小企業セグメントにおける信用および雇用の伸びを支えるために対象を絞った金融緩和を実施することの重要性を強調した。

タイは公的債務の上限を引き上げ、シンガポールは企業に向けた追加財政出動を発表
タイ政府は、借り入れの必要性が中期的に増大した場合に対応できるよう財政枠を拡大する必要があるとして、公的債務の上限を対GDP比で60%から70%へと引き上げた。一方、同国の公的債務管理局が発表した2022年度(2021年10月~2022年9月)の債券発行目標額は、2021年度の水準を大幅に上回った。その他、シンガポールでは、国内の新型コロナウイルス感染者数が大幅に増えたことを受けて、9月27日から集会等への行動規制を再び強化した。国内医療システムの逼迫を回避するために必要とみなされた直近の措置は、1ヵ月続く予定となっている。当該規制の発表後、同国の財政相は、これにより影響を受ける企業をサポートするために、6億5,000万シンガポールドルの支援策を発表した。

今後の見通し

現地通貨建て債券市場に対して慎重な見方、通貨ではフィリピンペソとタイバーツがアンダーパフォームすると予想
当社では、FRBによる政策変更の見込みとインフレが当初考えられていたよりも長引くとの根強い懸念から米国債利回りが上昇調整すると予想しているため、現地通貨建て債券市場に対しては慎重なスタンスに転じた。とは言え、政策当局は政策ミスを回避すべく段階的な政策正常化路線にとどまると予想している。アジアのなかでは、韓国やシンガポール、タイ、香港など債券利回りの低い国がアンダーパフォームするとみている。通貨については、原油価格の大幅上昇が重石になると想定されるインドルピー、韓国ウォン、フィリピンペソおよびタイバーツに対して慎重な見方をしている。また、タイバーツは、タイで海外からの渡航者に対する主要都市での入国再開が遅れていることも、さらなる逆風になると予想される。

アジアのクレジット市場

市場環境

9月のアジアのクレジット市場は下落
9月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.068%拡大するとともに米国債利回りが上昇したことから、月間リターンが-1.63%となった。アジアでは投資適格債ハイイールド債とのあいだで顕著なパフォーマンス格差が見られたが、これは中国不動産セクターの著しい低迷が後者の重石となったためである。投資適格債は、信用スプレッドが0.047%縮小したものの米国債利回り上昇の影響を相殺するには至らず、月間市場リターンが-0.93%となった。信用スプレッドが0.487%拡大したハイイールド債は、月間市場リターンが-4.15%となった。

アジアのクレジット市場がハイイールド分野を中心に低迷する主因となったのは、中国の大手不動産コングロマリットの1つである恒大集団がデフォルト(債務不履行)に陥るのではとの懸念だった。同社が深刻な資金難にあることは市場動向を注視している者には過去数ヵ月のあいだにすでに知られていたが、当月は、3大格付機関がこぞって同社の債務格付けを一段と引き下げるとともに、同社が一部の米ドル建て社債のクーポン支払いを期日に履行せず30日間のデフォルト猶予期間に入るなど、状況の悪化が加速して懸念がピークに達した。流動性ストレスや格下げといった負のニュースは、恒大集団ばかりでなく中国の他の脆弱な不動産企業数社にも広がった。バランスシートがより健全な投資適格の中国不動産開発企業は、ハイイールド分野の低迷や政府が続けている不動産セクターへの政策引き締めから影響を受けなかったわけではないが、相対的に持ち堪えた。市場では、不動産セクターからの波及的影響の可能性やテクノロジーなどその他の主要セクターへの継続的な規制強化を含め、中国経済の成長モメンタムの鈍化も不安視された。月末にかけては、同国の製造拠点の多くにわたって停電の発生により工場が休業を余儀なくされたとの報道も、市場センチメントのさらなる重石となった。

世界では、恒大集団問題からの波及的影響に加え、主要中央銀行のタカ派転換やエネルギー価格の高騰などの複合要因を受けた主要国での国債利回りの急上昇も、リスク・センチメントに悪影響を及ぼした。先進国のクレジット市場ではリスク回避の動きが大きくはならなかったものの、新興国債券は上述の悪材料の結果として月末にかけて資金流出が加速した。

アジアのクレジット市場内では、スプレッドが0.18%拡大した中国とその他のあらゆる主要国とのあいだで、著しいパフォーマンス格差が見られた。セクター別でも同様に、不動産セクターのスプレッドが大幅に拡大する一方、他のセクターのスプレッドは概ね縮小して月を終えた。

9月は発行市場の起債活動が活発化
アジア市場の9月の新発債発行は67件(総額331億米ドル)となった。投資適格債分野では、金沙中国(Sands China)のディール(3トランシェで総額19.5億米ドル)やSinochem Offshore Capitalのディール(3トランシェで総額15億米ドル)、インドネシアのソブリン債ディール(2トランシェで総額12.5億米ドル)を含め、計40件(総額約198.6億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は、JSW Steel Limitedのディール(2トランシェで総額10億米ドル)を含め計27件(総額約132.4億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドはファンダメンタルズを追い風に縮小する見通しも、下方リスクは高まっている
アジアの信用スプレッドは中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、今後6ヵ月にかけて緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクと市場ボラティリティは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたってより段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

新型コロナウイルスの感染状況がアジアの多くの国でとりあえず改善していることは、経済成長の鈍化が一時的なものとなる可能性が高いという当社の見方を裏付けている。ワクチン接種の進展や多くの国における経済活動の漸進的再開に加え、依然として追い風である財政・金融政策により、経済成長の勢いは2022年にかけて持ち直すとみられる。同様に、アジア企業の信用ファンダメンタルズも全体的に堅調さを維持するとみているが、2021年後半の収益モメンタムはプラスながらも緩やかになる可能性があり、また、セクターによって伸びにばらつきが出るかもしれない。

とは言え、このようなポジティブな見通しを頓挫させ得る下方リスクは幾つかあり、主要なものとしては、不動産セクターに対する継続的な引き締めやテクノロジーその他セクターにおける規制改革、炭素排出量削減への取り組みの強化、散発的・地域的な新型コロナウイルスの感染拡大による中国の景気減速悪化が挙げられる。当社の基本シナリオではないものの、恒大集団が無秩序なデフォルトに陥れば、これも市場センチメントを一時的に冷え込ませる可能性がある。主なリスクは他に、FRBが金融政策の引き締めをより積極化させる、米国議会が同国債務上限の引き上げあるいは一時凍結の合意に失敗する、エネルギー供給不足とそれがもたらすエネルギー価格の大幅上昇によってスタグフレーション懸念が世界的に強まる、といった可能性だ。米中2国間関係に係る不透明感も引き続きリスク要因となっている。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。