本稿は2021年9月16日発行の英語レポート「MULTI-ASSET MONTHLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

投資環境概観

コロナ後の世界を熟慮するにつれ、物事がかつてのような「ノーマル」に戻ることはないだろうとの見込みが強まってきた。ワクチンは依然新型コロナウイルスに感染する人々が重症化するのを防ぐのに高い効果を上げているが、一方でデルタ変異株は封じ込めるのがより難しいこともわかってきている。世界各国はウイルスとともに生活しながら公衆衛生への影響を最小化する術を学びつつある。この影響として、需要パターンがコロナ前の標準から変化するとともに、最初は力強い持ち直しを見せた景気回復がおそらくはより緩やかなペースで続くことになるとみられる。とりあえず今のところは、各国経済は非常に緩和的な金融・財政政策に依然下支えされている。

しかし、短中期的には、多くの中央銀行が前例なき金融緩和政策の縮小を議論し始めた。このプロセスは、各国経済・市場が世界の資金流動性の漸進的減少に順応していくなかで、ボラティリティを高める可能性がある。また当社では、コロナ禍の緊急性が後退し財政タカ派が発言力を取り戻すに従って、財政政策についても不透明感が増すと予想している。金融・財政の両政策は非常に困難な局面を通じて世界経済を十分に支えてきたが、今後は政府による介入が縮小するのに伴い、経済活動は自立性を高めなければならなくなるだろう。

おそらく、中央銀行が金融政策による支援の縮小に動くタイミングを決定づけるであろう最大の要因は、今後6ヵ月のインフレ動向だ。世界の先進国の多くではインフレ圧力が高まってきているが、なかでも目立つのは米国で、コアインフレ指標が高い上昇を見せている。米FRB(連邦準備制度理事会)の一部高官は量的緩和(QE)の資産購入をまもなく減らすべきだと提言しているが、ジェローム・パウエル議長は依然忍耐が必要との勧告を続けている。現在のインフレ圧力は一過性のものとなるだろうという同議長の見方には裏付け材料がもちろんあるが、そうは言っても所詮は予測である。インフレが予想されたよりも「長引く」ことになるかはまだわからない。しかし、わかっているのは、当社も中央銀行と同様に今後数ヵ月のインフレおよび雇用の統計を綿密に注視・評価していくということだ。

クロス・アセット

グロース資産に対する中立の見方を維持する一方で、ディフェンシブ資産に対する相対的な弱気度を引き続き若干後退させた。ボラティリティは北米での夏季を通じて低位にとどまり、米国株式は最高値を更新し続けている。このような平穏な状況はグロース資産とディフェンシブ資産の両方にとって追い風となってきたが、今後は市場にとっていくつかの試練が待っていると考える。景気回復の最盛期はすでに過ぎたとみられ、今後はデルタ株の抑制において困難が続くとともにコロナ関連の支援金の段階的縮小に伴い財政政策からのサポートが後退する環境下、経済成長が鈍化する可能性がある。

FRBも大規模な資産購入を年内に縮小することを示唆し始めている。現段階での当社の懸念は、伝統的なディフェンシブ資産である債券がリスクの低減役ではなくボラティリティの原因となるかもしれないことだ。FRBや他の中央銀行から聞かれる最近の発言では、共通のテーマとして足元のインフレ加速水準を一過性のものとみている。コロナ後の時代に世界の経済成長やインフレがどこに落ち着くのかは依然はっきりしないなか、当社では当月は各資産クラスに対する見方を概ね変えることなく、リートに対する相対的強気度と上場インフラ投資に対する相対的弱気度を若干後退させるにとどめた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

株式市場は将来の経済パフォーマンスを予測する最良の指標と見なされることが多いが、この視点からすると、2020年11月上旬の選挙以来ほとんど引き返しを見せていない米国の見通しは、引き続きかなり「傑出している」と言える。その他の国々については、概ね新型コロナウイルスの感染拡大の波やワクチン接種を通じた集団免疫の獲得見込みの違いによって、見通しがもっとばらついている。

米国株式がアウトパフォームしているのには妥当な道理がある。財政・金融政策により大規模な景気刺激策が実施されたのに加え、ワクチン接種が他国に比べて早期に進んだことが相まって、企業収益が力強く押し上げられてきたからだ。しかし、他国に対する米国の選好度がかつてないほど肥大している現在の投資家のポジション状況を考えると、市場はオーバーシュートしているのかもしれない。

このような極端なポジショニングになっているのは何故か。作用している要因は複数考えられる。まず、中国におけるテクノロジー企業への規制強化が規制環境のより平穏な米国への資本流入を促しているのは間違いない。次に、FRBが景気刺激策を引き揚げる準備に入るとリスク選好度は必ずと言っていいほど打撃を受けるが、テーパリング(QEの漸進的縮小)が迫っている現在もそういった状況にあるなか、米国株式は相対的にディフェンシブな選択肢となり得る。これが特に当てはまるのは政策引き締めへのシフトが米ドル高につながる場合で、米国株式は米ドル高から他国市場ほど影響を受けないことが多い。

当社では経済成長見通しの指針としてドルを注視している。直近ではドルは上昇を見せており、デルタ株の感染拡大が成長への逆風となることを示唆しているが、ドル高はFRBがテーパリングを開始した際に予想される金利の上昇も反映している。それでもなお、当社では世界的な景気回復が続くとみているが、そのペースが鈍化することによって、金利の上昇幅が抑えられるとともにドルが安定化するだろう。この観点から、当社では、完璧なシナリオを織り込んでいるように見受けられる米国株式よりもバリュエーションがはるかに魅力的な他国市場に投資機会を求めるのが得策であると考える。


日本株式はついに甦るか

バリュエーションの魅力度が強い資産を選好する投資家にとって、日本株式はしばしばフラストレーションのたまる市場となる。バリュエーションだけでは起爆剤としての効果に欠け、時としてバリュー・トラップ(割安株がいつまでも割安なまま放置される状況)に陥ったように感じることがあるからだ。日本株式は今年、爆発的なスタートを切って他国市場の大半をアウトパフォームしたが、2月半ばまでに天井を打ち、以後数ヵ月にわたって横這いで推移した後、8月半ばまでに年初来の上昇分をすべて吐き出した。しかしその後、政局の風向きの変化とおそらくはドルの反落のいずれかあるいは両方がきっかけとなったのか、日本株式市場はコイルばねのように反発し、海外からの資金流入に支えられ数週間足らずで10%上昇した(チャート1参照)。

明らかに日本では、新型コロナウイルス対策について、幾度もの感染拡大の波もあるが主にはワクチン接種の実施ペースの遅さに対し、不満が募ってきている。中国からは日本の輸出への需要が旺盛であるにもかかわらず、国内でも海外投資家のあいだでも低迷が続いたセンチメントは、3月に日本銀行がETF(上場投信)購入プログラムを調整し株式市場を支えるための介入の頻度を大幅に減らすことを決定すると、一段と悪化した。

筆者は日本の政治に関する知識においてとても専門家とは言えないが、過去の経験は政局の変化がセンチメントの急速な変化をもたらし得ることを示しており、おそらく菅義偉首相の自民党総裁選への不出馬決意はそのような好材料だと言える。直近の株式市場の上昇は、ドル高が一服している数週間とも重なっている。判断するのはまだ早いが、来たる自民党の総裁選、そしてドルとの関係は、間違いなく今後数週間から数ヵ月にかけて注視すべき重要点となるだろう。

チャート1

当社では、日本株式の最近の上昇が持続可能なものなのか、それともCTA(「商品投資顧問業者」、コモディティや通貨、有価証券などの先物を中心に幅広い金融商品へ投資するヘッジファンド等の運用者を指す)を含め多くの投資家のショート(空売り)・ポジションが突然の相場上昇で踏み上げられ、そのカバー(買戻し)を余儀なくされた所謂ショート・スクイーズにすぎないのかを見極めるべく、日本の状況と来たる自民党総裁選を引き続き注視していく。


グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 割安な下方ヘッジは妥当:株式市場では非対称リスクが増大しつつあり、特に2020年11月上旬以来ほとんど調整していない米国市場はその傾向が強い。当社では景気回復が続くと依然みているが、FRBがテーパリングの準備を始めるのに伴いボラティリティは高まるとみられ、加えてデルタ株が多くの国に困難をもたらし続けるなかで景気への不安が生じる可能性もある。足元ではボラティリティはまだ割安であり、非対称リスクを踏まえると下方ヘッジを購入しておくのは妥当と言える。
  • インフラ投資とハイイールド債に対してリートを選好:現段階では、ボラティリティを高めるとみられるFRBのテーパリングという新局面を待つなか、相対的な強気・弱気度を比較的小幅にとどめている。それでも、当社では、経済活動再開の継続からリートを選好する一方、バリュエーションに割安さがほぼないと考えるインフラ投資とハイイールド債に対しては若干慎重な見方をしている。

ディフェンシブ資産

ディフェンシブ資産に対しては慎重な見方を維持している。FRBが年内にQEの資産購入の漸進的縮小に着手する可能性が高まっている一方で、他の主要中央銀行はFRBの先行にまだ追随していない。米国では経済の多くの分野で物価圧力が顕在化しており、インフレ目標に向かって大きな前進が見られているが、他の国々ではインフレ圧力がより低調な水準にとどまっている。とは言え、最近の中央銀行の発言に共通しているテーマは、足元の加速したインフレ水準が一過性のものになるだろうというものだ。結果として、中央銀行の政策はソブリン債全般にとって依然サポート材料となっているが、当社では好調な景気回復の進行を反映した調整局面が近づいているとみている。

投資適格クレジットを若干選好するスタンスは当月も変わらない。同資産クラスは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)の収束に伴うプラスのモメンタムと信用クオリティの改善が追い風となっている。中央銀行の支援によって引き続き潤沢な流動性が提供されており、また中国の対国有企業支援をめぐる懸念も後退している。一方、クレジット・リスクを補うスプレッドは過去に比べて非常に低い水準にあるため、見方の強気度は幾分抑えている。

実質債券利回りは歴史的な大幅マイナス水準から反発したものの、FRBのQEプログラムが引き続き債券市場の下支えとなっている。しかし、FRBの資産購入の縮小に近づいており、これが実施されれば実質利回りには徐々に上昇(マイナス幅の縮小)圧力がかかるだろう。実質利回りが上昇する環境ではインフレ連動債と金がともにアンダーパフォームする可能性が高いため、ディフェンシブ資産のなかではインフレヘッジ資産に対して相対的に弱気な見方を維持している。


米ドルのディフェンシブ資産としての役割

新型コロナウイルスのパンデミックの初期にはロックダウン(都市封鎖)の実施に伴い市場のボラティリティが大幅に高まったが、その後市場がすぐに落ち着きを取り戻したのは、財政・金融政策によって経済および金融システムに対しかつてない規模の支援が実施されたからであった。そのような緩和的流動性環境を受けて、米ドルは(2020年の最高値から最安値までで)13%下落した。しかし、2020年の株価下落の底値局面では、米ドルは大きく反発して3年ぶりの高値を付けた。今年の3月以来、米国債のボラティリティの指標であるMOVE指数は推移レンジが上方にシフトしているが、チャート2が示す通り、債券市場のボラティリティの高まりに伴って米ドルも上昇している。株価が過去最高値にある一方で債券利回りが低水準にとどまっているという「ニュー・ノーマル」環境を乗り切る過程で、今後の金融・財政政策をめぐる不透明感が一段のボラティリティをもたらす可能性がある。

チャート2

2013年には、FRBがテーパリングの可能性を予想外に議論した結果、米国債利回りが急上昇するとともに当初は株式が下落したが、米国債のボラティリティ上昇と時を同じくして米ドル高局面が訪れた。2013年の経験を受け、中央銀行はテーパリングの考えにアプローチするにあたってより細心の注意を払っており、いかなる変化についても漸進的かつ整然とした透明性の高いやり方になることを示唆している。

チャート3

より最近では、ジャクソンホール経済シンポジウムでドルの流動性環境に関する一定の安心材料が提供され、市場は年内にテーパリングが開始されるかもしれないとの考えと折り合いをつけたように見受けられる。それでも、年末までに債券利回りが上昇する理由は依然色々と存在する。米ドルが主要外貨準備通貨であり続けることを考えると、特に米国債のイールドカーブがスティープ化している環境下、同通貨のディフェンシブ資産としての役割が近いうちに放棄されるとは考えにくい。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 中国債券を依然選好:中国国債は伝統的な先進国ソブリン債に比べて利回りが高くボラティリティが低いとともに、債券利回りが世界的に上昇する環境下ではアウトパフォームする傾向を見せている。
  • ドル圏債券のデュレーションを短期化:カナダ銀行とオーストラリア準備銀行はすでにテーパリングのプロセスを開始しており、FRBも年内に追随するとみられる。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

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