本稿は2021年11月17日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 10月の米国債市場は前月に続いて利回りが上昇した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.222%上昇の0.499%、10年物で同0.067%上昇の1.555%となった。
  • 中国、韓国、シンガポールでは、2021年第3四半期の経済成長が鈍化を示した。一方、MAS(シンガポール金融通貨庁)は為替政策における自国通貨高誘導の「傾き」(上昇ペース)を引き上げ、またRBI(インド準備銀行)は金融システムから過剰流動性を吸収した。
  • アジア域内のインフレ動向はまちまちであった。9月の総合CPI(消費者物価指数)上昇率は、マレーシア、タイ、シンガポールで前月から加速する一方、中国、韓国、インド、フィリピンでは減速した。中国では、習近平国家主席が不動産税の立法化を「積極的かつ着実に」推し進めるよう求めた。これは、習国家主席が掲げる「共同富裕」プログラムの一環で、特に高騰している住宅価格の是正を促しより一般的に購入しやすくすることを目的としている。
  • 10月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.05%拡大するとともに米国債利回りが上昇したことから、月間リターンが-1.35%となった。アジアでは、投資適格債と中国不動産セクターをめぐる懸念の強まりが重石となったハイイールド債とのあいだで、引き続き顕著なパフォーマンス格差が見られた。投資適格債は、信用スプレッドが0.07%縮小したものの米国債利回り上昇の影響を相殺するには至らず、月間市場リターンが-0.31%となった。信用スプレッドが1.001%拡大したハイイールド債は、月間市場リターンが-5.17%となった。
  • 現地通貨建て債券市場に対しては若干慎重な見方をしているが、インドネシア債券はアウトパフォームするとみている。通貨については、米国債利回りが上方に再調整するのに伴い米ドルが対アジア通貨で再び上昇し始めると予想しているが、域内ではシンガポールドルがアウトパフォームするとみられる。
  • アジアの信用スプレッドは中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、今後6ヵ月にかけて緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクと市場ボラティリティは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたってより段階的かつ選別的なアプローチが求められる。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

10月の米国債は引き続き利回りが上昇
10月の米国債市場では、インフレ懸念や金融引き締めが時期尚早に行われるのではとの不安を反映して、イールドカーブのツイストフラット化(短期金利が上昇する一方で長期金利が低下する形のフラット化)が進み、短・中期ゾーンの債券が最も軟調に推移した。月の序盤は、9月の非農業部門雇用者数が前月比19.4万人増と市場予想を大幅に下回る内容となったものの、市場の注目が引き続き米FRB(連邦準備制度理事会)のテーパリング(量的緩和の漸進的縮小)計画に集まるなか、利回りが上昇した。その後、イングランド銀行のアンドリュー・ベイリー総裁のタカ派的な発言をきっかけに、米国債を含めグローバル債券市場では短期ゾーンが大きく調整した。続いて公表された9月のFOMC(連邦公開市場委員会)の議事録では、FRBが十中八九11月に資産買入れ規模の縮小に着手することが示された。加えて、一部のFOMCメンバーは、足元のインフレ圧力が予想よりも長く続く可能性があるとの懸念を示した。月末にかけての米国債は、多くの先進諸国の中央銀行によるタカ派的な発言を受けて短期ゾーンの利回りが上昇する一方、経済指標が市場予想を下回り景気見通しに対する懸念が強まったため長期ゾーンの利回りが低下した。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.222%上昇の0.499%、10年物で同0.067%上昇の1.555%となった。

チャート1

中国、韓国、シンガポールでは2021年第3四半期に経済成長が鈍化
中国の第3四半期の実質GDP(国内総生産)成長率は前年同期比4.9%と、1年ぶりの低水準へと落ち込んだ。電力不足や不動産セクターにおける規制強化が経済活動鈍化の一因となった。一方、シンガポールでは、第3四半期のGDP成長率(速報値)が前年同期比6.5%と、上方修正された第2四半期の同15.2%から鈍化した。製造業セクターでは電子製品や精密機器といった分野が主な牽引役となる一方、建設業の伸びは主に比較対象となる昨年の水準が低いというベース効果によるものであった。韓国の第3四半期のGDP成長率は、民間消費の鈍化や建設・設備投資の低迷が輸出の好調さを相殺し、前年同期比4.0%と前期の同6.0%から減速した。

MASは為替政策における自国通貨高誘導の傾きを引き上げ、RBIは金融システムから過剰流動性を吸収
MASはシンガポールドルの名目実効為替レートの政策バンドについて、その幅および中心値を据え置く一方で傾きを予想外に「若干」引き上げると発表した。今回の決定に伴い発表された同金融当局の声明は、2022年に世界の経済成長は潜在成長率を上回ると予想され国内の経済成長も「潜在成長率辺りまで回復する」とみられるなど、ややタカ派的な内容となった。また、「今年の平均で1%を下回っているコアインフレ率が2022年には1~2%へと着実に加速する」と予想されるとも付け加えた。一方、RBIは、主要政策金利であるレポ金利を据え置くとともに、「経済成長を持続的に回復させ維持していくのに必要な限り」緩和的なスタンスを継続するとの方針を保持した。同中銀は、2022年度(2021年4月~2022年3月)のGDP成長率予想を前年度比9.5%に維持する一方、同年度のCPI上昇率予想を同5.7%から同5.3%へと下方修正した。特筆すべき点として、同中銀は、量的緩和プログラムを停止するとともに変動金利リバース・レポの入札規模を4兆インドルピーから6兆インドルピーに拡大し、金融システムの過剰流動性を吸収するという果断な動きに出た。

アジア域内のインフレ動向はまちまち
9月の総合CPI上昇率は、マレーシア、タイ、シンガポールで前月から加速する一方、中国、韓国、インド、フィリピンでは減速した。タイの9月のCPI上昇率は、原油価格の上昇や水道・電気料金に対する政府の補助の終了を一因として、前年同月比1.68%と4ヵ月ぶりの高い伸びになるとともに市場予想を上回った。同様に、マレーシアの9月の総合インフレ率も、食品価格の上昇を受けて加速した。中国の9月のCPI上昇率は、消費需要の低迷を一因として前年同月比0.7%へと若干鈍化した。その他では、フィリピンの総合CPI上昇率が若干減速した。その主因となったのは輸送費の上昇鈍化だったが、食品やノンアルコール飲料の価格の上昇鈍化も影響した。

中国の習国家主席が不動産税の立法化を「積極的かつ着実に」進めるよう指示
中国では、全国人民代表大会(全人代)において、国務院が都市部の居住用および商業用不動産に対する不動産税の試験導入を拡大していくと発表された。政策当局は、当該税制が導入される時期や地域を明らかにしていないが、合法的に民間所有されている農村部の宅地は除外されることになると述べている。中国国営通信社の新華社によると、この試験導入プログラムは5年間継続された後に全国的に法制化される予定である。当該不動産税案は、習国家主席が掲げる「共同富裕」プログラムの一環で、特に高騰している住宅価格の是正を促しより一般的に購入しやすくすることを目的としている。

今後の見通し

現地通貨建て債券市場に対して若干慎重な見方、インドネシア債券はアウトパフォームすると予想
根強いインフレをめぐる懸念や市場で世界的な利上げ観測が高まるリスクを反映して、当面は米国債利回りが高止まりするとみている。先月にFF(フェデラルファンド)金利が大きく調整したことを念頭に、現地通貨建て債券市場に対して若干慎重な見方をしている。

インドネシア債券については、良好な需給関係に支えられてアウトパフォームすると予想している。注目すべき点として、同国政府にとって必要な資金調達は概ね満たされており、したがって2021年の残りの国債入札は中止される可能性がある。一方、シンガポールや韓国、タイなど利回り水準の低い国の債券は、主に米国債動向の影響からベアフラット化(短期金利が長期金利よりも上昇すること)しやすいとみている。

通貨については、米国債利回りが上方に再調整するのに伴い、米ドルが対アジア通貨で再び上昇し始めると予想している。域内通貨のあいだでは、MASが市場予想に反して引き締めスタンスに転じたことを受けてシンガポールドルがアウトパフォームするとみられる一方、韓国ウォン、フィリピンペソ、インドルピーは原油価格がさらに大きく上昇した場合に最も悪影響を受ける可能性がある。タイは一部の国・地域からの旅行者を対象に隔離措置を緩和しており、観光業の復興がどれだけ順調に進むかによってタイバーツのパフォーマンスが大きく左右されるとみている。


アジアのクレジット市場

市場環境

10月のアジアのクレジット市場は下落
10月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.05%拡大するとともに米国債利回りが上昇したことから、月間リターンが-1.35%となった。アジアでは、投資適格債と中国不動産セクターをめぐる懸念の強まりが重石となったハイイールド債とのあいだで、前月と同様に顕著なパフォーマンス格差が見られた。投資適格債は、信用スプレッドが0.07%縮小したものの米国債利回り上昇の影響を相殺するには至らず、月間市場リターンが-0.31%となった。信用スプレッド1.001%拡大したハイイールド債は、月間市場リターンが-5.17%となった。

中国の不動産会社が発行するオフショア債券の利払い不履行が増加し、同様の動きが連鎖的に広がるのではないかとの懸念が一段と広がるなか、アジアのクレジットものに対する市場センチメントはハイイールド分野を中心に引き続き低迷した。10月初めに中国の不動産開発会社である花様年控股集団(Fantasia Holdings Group)がデフォルト(債務不履行)に陥ったことは、市場にとって想定外であった。それまで同社は、債務返済に充てる十分な流動性を確保していると断言していたからだ。これに安心していたオフショア市場の大半の投資家は不意を突かれる格好となり、中国のクレジット市場に対する信頼感が失われる結果となったことから、同国のハイイールド債は大きく売り込まれた。その後、政策当局や規制当局から安心感を与えるコメントが相次いだことを受けて、最終的には市場センチメントは改善した。一方、恒大集団は海外の債券保有者への利払いを実施し、なんとかデフォルトを回避することができた。月末にかけては、さらに2社以上の不動産開発会社が債券保有者への利払い不履行を報告したため、中国の不動産セクターは再び売り込まれる展開となったが、この時の下げはかなり小幅にとどまった。

米国と中国のマクロ経済指標は概ね市場予想を下回った。ただし、米国の経済指標は、同国経済が引き続き回復基調にあることを示唆する内容となった。一方、中国は、電力不足の継続によって経済が引き続き下押し圧力に晒され続け、またPPI(生産者物価指数)上昇率が記録的な高水準へと押し上げられた。

アジアのクレジット市場内では、中国とその他の域内諸国とのあいだで引き続き著しいパフォーマンス格差が見られた。中国の信用スプレッドが約0.29%拡大する一方、その他のあらゆる主要国ではスプレッドが縮小した。セクター別でも同様に、不動産セクターでは集中的にスプレッドが大幅拡大する一方、他のセクターのスプレッドは概ね縮小して月を終えた。フロンティア市場では、格付機関ムーディーズがスリランカのソブリン債格付けを1段階引き下げて「Caa2」とし、その見通しを「安定的」に維持した。格下げの理由としては、「外貨準備が非常に低水準にあるなか、予定されている多額の国債満期償還に対応する包括的な資金調達策が欠如しており、デフォルト・リスクが上昇している」ことが挙げられた。

米国債10年物の利回りは、前月末比0.07%上昇の1.56%で月を終えた。米国債のイールドカーブは当月、インフレ懸念や金融引き締めが時期尚早に行われるのではないかとの不安を反映し、ツイストフラット化が進んだ。9月のFOMC議事録では、インフレ圧力が想定よりも長引く可能性があるとの懸念を一部のメンバーが表明していることが明らかとなった。一方、当月は月を通して、複数の先進国の中央銀行からタカ派的なコメントが相次いだ。月末にかけては、経済指標が市場予想を下回り、経済見通しをめぐる懸念がやや強まった。

10月は発行市場の起債活動が鈍化
10月は、市場センチメントの低迷や中国の大型連休などを背景に、発行市場の活動が鈍化して新発債発行が41件(総額243.6億米ドル)に終わった。投資適格債分野では、TSMC Arizona Corpのディール(4トランシェで総額45億米ドル)や韓国産業銀行のディール(2トランシェで総額15億米ドル)を含め、計29件(総額約163.4億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は、中国のソブリン債ディール(4トランシェで40億米ドル)や中国信達資産管理(China Cinda Asset Management)の永久債ディール(17億米ドル)を含め、計12件(総額約80.2億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアの信用スプレッドはファンダメンタルズを追い風に縮小する見通しも、下方リスクは高まっている
アジアの信用スプレッドは中期的にファンダメンタルズが引き続き追い風となっており、今後6ヵ月にかけて緩やかに縮小するとみている。しかし、当面の下方リスクと市場ボラティリティは高まっており、今後数ヶ月はポートフォリオのクレジット・リスクを引き上げるにあたってより段階的かつ選別的なアプローチが求められるとみている。

新型コロナウイルスの感染状況がアジアの多くの国でとりあえず改善していることは、経済成長の鈍化が一時的なものとなる可能性が高いという当社の見方を裏付けている。ワクチン接種の進展や多くの国における経済活動の漸進的再開に加え、依然として追い風である財政・金融政策により、経済成長の勢いは2022年にかけて持ち直すとみられる。同様に、アジア企業の信用ファンダメンタルズも全体的に堅調さを維持すると予想されるが、2021年後半の収益モメンタムはプラスながらも緩やかになる可能性があり、また、セクターによって伸びにばらつきが出るかもしれない。注目すべき点として、中国の不動産分野では、売上げの低迷や流動性の圧迫により財務体質の劣る不動産開発会社が引き続き打撃を受ける可能性があり、ディストレスト化やデフォルトの増加につながりかねない。しかし、システミック・リスクにつながり得るような過度な調整を防ぐために、当局が信用へのアクセスや市場センチメントの安定化に向けて介入する兆しもひとまずは見られている。当該分野は、全般的なバリュエーション水準や今後の政策環境の改善を受けてスプレッドの縮小による投資機会が見込まれるが、引き続き銘柄選択がカギとなるだろう。

上述のポジティブな見通しを頓挫させ得る他の主な下方リスクとしては、中国経済の減速がより深刻化すること、高インフレ長期化への対応として米国およびその他の主要国で金融政策の引き締めがより積極化すること、米国議会が債務上限の引き上げまたは停止措置に失敗することなどが挙げられる。また、足元ではポジティブな進展が多少みられているものの、米中関係に係る不透明感も依然として燻っている。


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