本稿は2021年10月15日発行の英語レポート「MULTI-ASSET MONTHLY」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
投資環境概観
ボラティリティは、当社がいずれそうなるだろうと予想していた通り高まっている。9月はリスクが再認識されやすい月だが、市場参加者が夏季休暇から戻ったら株式市場が史上最高値になっていたという状況は、近い将来に重大なリスク・イベントが数多く控えている現実とは相容れない。米FRB(連邦準備制度理事会)が遅かれ早かれ実施する予定のテーパリング(量的緩和の漸進的縮小)や、政局からもたらされる債務上限問題のストレス、新型コロナウイルスのデルタ株の感染拡大を受けた経済成長の鈍化など、一部のイベントは予想済みであったが、世界同時に近い形で発生したエネルギー不足はやや予想外であったと言える。
当社では、今回の株式市場の反落は2020年11月から休む間もなく続いてきた相場上昇の健全な調整ということになるだろうとみている。市場は大概先を見越して動くものだが、時にはリスクに対するよりバランスのとれた視点を反映する必要に迫られ、その過程では往々にして下方にオーバーシュートし過度に弱気となりやすい。現在の市場は過度に弱気という状況からはほど遠いが、リスクはより均衡しており、当社では今後に向けてポジティブな材料を見出している。
デルタ株の感染拡大はピークを過ぎており、特に欧米ではそれが顕著だが、アジアでも心強い兆候が表われてきている。行動制限が次第に緩和されて人々の移動が活発化するにつれ、需要も回復すると想定される。FRBは非常緩和措置を徐々に後退させ始めるだろうが、しばらくは緩和的な金融政策が維持され、これを追い風として景気回復が続きおそらくは加速するものとみられる。
エネルギー価格の圧力が当面の逆風であることは確かだが、金融政策の変更を必要とするような事態になるとは考えにくい。各国政府は資本を化石燃料からシフトさせる積極策に入れ込みすぎたのかもしれず、様々なエネルギー不足の一因となっているが、需給バランスの改善とネットゼロ・エミッション(温室効果ガスの人為的排出量を吸収・除去量で相殺し実質排出量をゼロとすること)という長期的な目標の達成との両立を可能とするソリューションは間違いなく存在する。
当社は景気回復についてポジティブな見通しを維持しているが、ネガティブ・サプライズの可能性に対する慎重な姿勢も崩していない。大半のインフレ圧力は一過性のもので終わると依然みているが、予想されたよりも長引くような兆候がないか注視していく。また、中国については、需要が多少弱含んできており政策が緩和されると予想しているが、需給がタイト化している不動産セクターの規制強化やその波及的影響は重要な展開として注目していく必要がある。
クロス・アセット*
今般の相場調整を受けてリスクがより均衡の取れた状態にあるとともに、直近のコロナ感染拡大の波が収まるにしたがって景気見通しが改善するとの前提に立ち、グロース資産に対する見方をややポジティブへと若干引き上げた。また、近く迫ったFRBによるテーパリングを受け、その実施段階を通じて債券利回りが一段と上昇する可能性が高いことから、ディフェンシブ資産に対するネガティブな見方をさらに引き下げた。
また、グロース資産とディフェンシブ資産の分類において、共通する特性をより適切に反映すべくいくつか変更を加えた。ハイイールド債と現地通貨建て新興国債券は共通するデュレーション特性を考慮してグロース資産からディフェンシブ資産へと移行させ、一方でハードカレンシー建て新興国債券はスプレッド対比が適切に行われるようになってきた投資適格クレジットへと編入した。
これらの変更後の視点から、ハイイールド債のスコアを中立へと引き上げる一方で、現地通貨建て新興国債券のスコアに関しては中立水準に据え置いた。その結果、当該両資産クラスは当社がより有望視しているソブリン債および投資適格クレジットよりも下位となっている。また、実質金利の上昇圧力が逆風となる金について、既にマイナス圏にあるスコアを一段と引き下げた。グロース資産のなかでは、先進国および新興国株式のスコアを中立に維持しながら、経済活動の再開から恩恵をうける分野の1つとしてリートのスコアをプラスとする一方、その分インフラ投資のスコアを小幅のマイナスとしている。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
市場は概して効率的で機会とリスクを均衡させるが、必ずしもそうならないのが市場参加者の欲や不安が大きく影響する場合だ。9月に始まった市場センチメントの欲から不安への転換は一巡したかもしれないものの、センチメントの変化を判断するのは厄介な仕事で、特に過去の見方を保持しようとする自然な傾向を正当化すべくストーリーが転換する場合は注意が必要だ。
市場は深刻なネガティブ・センチメントに陥っているというには程遠いものの、ストーリーは転換しつつある。9月には、新型コロナウイルスの感染者数の増加や景気の鈍化、FRBのテーパリング計画、米連邦政府の債務上限問題が相まって懸念すべき正当な理由を提供していたが、これらのイベント・リスクは概ね過去のものとなっている。市場が現在注目しているのはインフレで、エネルギー不足が世界中に広がったことによりさらに深刻化している。インフレは一過性のものではなく長期化するのだろうか。さらに悪いことに、我々は低成長と高インフレの共存によって債券と株式がともに低迷するスタグフレーション・シナリオへと向かっているのだろうか。
当社ではスタグフレーション・リスクを非常に真摯に受けとめている。スタグフレーションは資本市場全般に悪影響を及ぼし、資産運用会社としては資産配分の構成を大幅に変更する必要があるからだ。当社の現在の見解では、スタグフレーションは発生確率が非常に低いイベント(特に当面は)と考えているが、重要な展開として注視していく必要がある。
政策スタグフレーションという難題
スタグフレーションは高インフレと低成長の共存という比較的稀な状態で、前世紀では1960年代後半から1970年代にかけて最も顕著に見られた。当該期間の初めには、緩和的な金融・財政政策を受けて景気が過熱し、需要と物価が押し上げられた。これがその後大幅な金融引き締めにつながって、低成長と高インフレを伴う長期の調整局面をもたらし、インフレがようやく抑え込まれたのは1980年代前半だった。
スタグフレーションへのお膳立てとなった非常に緩和的な金融・財政政策は現在も同じだが、類似点はここまでといったところで、現状では需要が依然として回復段階にあり景気はまだ過熱していない。周知の通り、今回のインフレ圧力の主因となっているのは需要ではなく供給である。これが重要な違いとなるのは、FRBがコントロールできるのが需要面だけだからだ。需要が依然回復の途中にある現在では、もしFRBが需要を抑制するために利上げを行えば政策ミスとなるだろう。
では、供給をコントロールするのは誰か。通常は資本である。需要が供給を上回って価格が上昇する場合、資本が投じられて生産能力が拡大され、いずれ需給の均衡が保たれるようになる。現在は、新型コロナウイルスを原因とするサプライチェーンの混乱によって供給が制限されている状況だが、政府の政策も資本を化石燃料から代替となるグリーン・エネルギー(生成する際に温室効果ガスが排出されない、またはその排出量が少ないエネルギー)へと向かわせている。これは誰もが達成したい目標であるものの、当面は価格面での影響も伴う。チャート1が示す通り、米国では原油価格を低く抑えるために2020年までシェールオイルが増産されたが、新政策は供給不足をシェールオイルで埋めることを難しくしており、価格の上昇につながっている。
バイデン政権は現在、価格圧力を緩和するためにOPECプラス(OPEC加盟国とロシアなどの非加盟産油国で構成する組織)に増産を依頼しているが、これ自体、ネットゼロ・エミッションという目標への道のりには時間がかかることを認めるものだ。当社では、各国政府は長期目標を達成するにあたって最終的により現実的な方法への調整を余儀なくされるのではないかと考えている。
政策調整が上手くいかず供給不足と高価格が続けば、確かにスタグフレーションに似た需要破壊のリスクが生じる。しかし、インフレを伴う好況から始まってスタグフレーションの不況へと転じた60年代・70年代とは異なり、今回は政策が主因となってインフレを伴う不況へと直行することになりかねない。
当社では依然、これは発生確率の非常に低いイベントだと考えている。景気が未だ過熱していないのでFRBは景気を冷やすために利上げを行う必要はなく、需要がまだ完全には回復していないことから金融引き締めは解決策とならない。緩和的な金融政策の維持が奏功し、各国政府の政策当局がサステナブル(持続可能)な未来への政策を微調整していくなか、景気回復は継続するものとみられる。もちろん、起こる可能性がいかに低くてもスタグフレーションのリスクは注視していく。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- バリューへの傾斜:デルタ株による直近の感染拡大の波から景気が回復するにしたがって、人々の移動も活発化する。このような環境はグロース株よりも景気敏感株に有利であり、特に当社が予想しているように長期金利の上昇が続く場合はなおさらである。
- 欧州を選好:デルタ株による直近の感染拡大の波が収束を続けるなか、景気循環特性が強く景気回復から恩恵を受けやすい欧州株式を選好する。同地域の株式市場は金利上昇環境にも相対的に強い耐性を示すとみている。
- 日本を選好:日本株式は最近、明らかに新首相が示唆した増税の可能性への反応として下落したものの、当社では魅力的なバリュエーションと着実な円安基調から引き続き同市場に投資機会を見出している。増税は決して好材料ではないが、株式市場に長期的な悪影響を及ぼすことはまずない。
ディフェンシブ資産
ディフェンシブ資産については、従来の慎重な見方をさらに引き下げた。規模が相対的に小さい2つの中央銀行、オーストラリア準備銀行とカナダ銀行が資産購入のテーパリングを開始する一方、最も大きい2行のFRBとECB(欧州中央銀行)は量的緩和による支援を長引かせている。先進国のあいだでは、コアインフレ率が目標水準を上回っている国と依然低インフレに見舞われている国とに二分化していることから、金融面の景気刺激策の引き揚げは結果的に各国間でばらばらになる可能性が高い。しかし、米国は確実に前者グループに属しており、FRBは、コアインフレ率と雇用の状況が同中銀の目標に向けて「大幅な前進」を見せているなか、まもなくテーパリングを開始するものと予想する。
グローバル・クレジットについては、対ソブリン債でポジティブな見方を維持している。投資適格債・ハイイールド債ともに割高なバリュエーションがやや逆風となっているものの、モメンタムはクレジット市場全体にわたって引き続きプラスである。世界的な景気回復が信用クオリティの改善を継続的に支えていることから、社債に対する投資家の興味は依然強い。しかし、クレジット・リスクの対価であるスプレッドは過去に比べて非常に低い水準にあり、スプレッドのさらなる縮小は難しいだろう。したがって、信用スプレッドは狭いレンジでの推移が続き、一段の縮小によるリターン獲得の機会は限定的とみている。
金価格は逆風が強まっている。デルタ株の脅威が後退し始めており、世界経済の成長見通しが改善を続けているからだが、これらの要因はFRBによる資産購入のテーパリングが近づいていることも示しており、当社ではその結果として実質金利が上昇すると予想している。また、そのような実質金利の変化に加え、米国の経済成長率の他国に対する相対的な高さは、米ドルの上昇も促すとみられる。
量的緩和と意図された結果
世界金融危機以前は、FRBの主要な政策ツールと言えば、イールドカーブのベースとなり経済全体の借入金利に影響を与える翌日物政策金利の設定だった。しかし、2008年9月のリーマン・ブラザーズの破綻によって引き起こされた金融システムへの深刻な脅威を受けて、FRBは政策ツールを「非伝統的」な手段へと拡大させることとなった。日本銀行のやり方を参考にしたFRBは、2009年3月に初めて量的緩和プログラムを開始した。それから10年後、大規模な資産購入は深刻な経済混乱への伝統的な金融政策対応となった。
コロナ対応として実施されているFRBの現在の量的緩和プログラムでは、月額1,200億米ドルの証券購入が行われており、その内訳は米国債が800億米ドル、モーゲージ証券が400億米ドルとなっている。この大規模な購入はFRBの対策の重要な一部となっており、市場が吸収しなければならなかったであろうはずの米国債供給を低減させている。チャート2は、米国債(固定利付債)の発行残高と、それからSOMA(「システム・オープン・マーケット・アカウント」、公開市場操作用の口座)におけるFRBの保有分を差し引いた調整額の推移を示したものだ。財政政策により大規模なコロナ対策が実施されたことは、2020年3月以降の3兆米ドル超という米国債発行額の急増に表れている。これに対して純発行額は1兆米ドル強程度と相対的にかなり低く収まっており、FRBが債務発行の増加分をタイミング良く支えていたのは明らかだ。FRBはそのような評価のし方はしないだろうが、当社では、増大する米国財政赤字の財源における市場への依存が量的緩和の資産購入によって減ったことが、当該政策の意図された結果であり債券利回りを低く抑えた重要な要因であるとみている。
TIPS(米国物価連動国債)の純供給への影響はより顕著だ。チャート3は、TIPSの発行残高と、それからSOMAにおけるFRBの保有分を差し引いた調整額の推移を示している。FRBの量的緩和における購入は、TIPSの純供給をコロナ前に比べてむしろ850億米ドル減少させた。これについても、当社では、10年物の実質利回りを押し下げて2020年初めの約0%から-1%を下回る水準へと低下させ、米国経済への大きな支えとなった重要な要因であるとみている。
FRBが資産購入を徐々に縮小させるプロセスの開始に近づくにつれ、投資家は今後1年に発行される米国債のうちより多くを引き受けるのに十分に魅力的な名目および実質利回りの水準を検討していく必要があるだろう。FRBが資産購入から身を引くのに伴い債券利回りはやがて上昇を余儀なくされ、FRB以外誰も望まない大幅なマイナス実質利回りへの上昇圧力は特に厳しいものになるとみている。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 中国債券を依然選好:中国の国債は、同国で信用の伸びが鈍化するとともに今四半期中に預金準備率の引下げが予想される環境下で、より高い利回りをより低いボラティリティにて提供している。
- ドル圏債券のデュレーションを短期化:すでに資産購入を縮小し始めているカナダ銀行とオーストラリア準備銀行に続き、FRBも今四半期中にテーパリングを開始すると予想される。
- 英国国債は回避:英国国債はパフォーマンスが他国の国債に劣後し始めており、イングランド銀行が今後の政策においてタカ派色を強めるなか、アンダーパフォームする傾向が続くとみている。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。