本稿は2021年11月17日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
投資環境概観
各国中央銀行の直近の政策決定会合は投資家に心待ちにされていた。それまでの市場は、従来の中央銀行のガイダンスが示すよりも早期の利上げを織り込み、インフレが一過性ではなくより厄介で長く続くものになるリスクの高まりを示唆していた。ここ数週間のグローバル債券市場では、短期ゾーンの利回りが上昇する一方で長期ゾーンの利回りが横這いにとどまるか低下しているが、このようなイールドカーブの大幅なフラット化も「政策ミス」の可能性を暗示しているように思われた。こうした動きは概ね、それが支配的となる前から中央銀行のメッセージが何ら変わっていないことと食い違っているように見受けられた。経済指標は実際、インフレおよび景気見通しの転換点が近いと示すほど大きく変化していたのか。市場の目にはある程度そう映ったのかもしれないが、結果的に中央銀行がそのガイダンスを大幅に変更するほどではなかった。
米FRB(連邦準備制度理事会)は長いあいだ、最近のインフレ圧力の高まりは概して新型コロナウイルスのパンデミック(世界的流行)によるものであり「一過性」に終わる、との考えを維持している。これはFRBにとって緩和的金融政策をより長期的に維持しようとするのに都合のいい見方だが、インフレ圧力がすぐに弱まるだろうというのは希望的観測にすぎなかったということになる可能性もある。インフレ圧力の大半は供給サイドに見られ、サプライチェーンの混乱や正規労働者の不足を受けて投入価格が上昇しており、足元ではそれがエネルギー価格の高騰によって一段と悪化している。供給サイドの圧力は通常、投資の拡大と労働者の再教育によってボトルネックに対処できるが、圧力の緩和には時間がかかる。
需要は堅調さが続いているものの、過剰と言うには程遠い。各国中央銀行が物価圧力の緩和を目的として需要抑制のためにより早期に政策を引き締める可能性は確かにあるが、そうなれば政策当局がパンデミックを通じて必死に維持してきた景気回復にも終止符が打たれることになるだろう。FRBは、現在の供給サイドの混乱が基本的に自己修正するとの期待からその先を見越す姿勢を示しており、したがって問題は、今後数ヵ月の指標がインフレの強さを示した場合に同中銀が忍耐強さを保てるかどうかとなる。当社ではFRBが(少なくとも当面は)従来の方針を堅持するとみており、この見方が正しければ市場はタカ派転換を織り込みすぎているということになる。インフレ圧力は実在しており不安になるほど強いものの、需要を著しく低下させたり利益率を圧迫したりするには至っていないため、米国の経済成長についてはポジティブな見通しを維持している。
クロス・アセット*
世界の需要が堅調さを保ち企業収益の好調さが続く一方で、市場はそれほど明るい先行きを見込んでいないためより保守的なポジションを取っているとの前提に立ち、グロース資産に対する見方を引き上げた。また、ディフェンシブ資産については、各国中央銀行が緩和政策を後退させいずれ利上げを行う路線を決意しているなか、債券利回りへの上昇圧力からネガティブな見方を維持している。
グロース資産のなかでは、依然好調な需要サイクルからの恩恵を主に享受できる先進国株式および新興国株式のスコアをともに引き上げた。一方、ディフェンシブ寄りのグロース資産であるリートと上場インフラ投資に対しては、より慎重な見方に転じた。当社では経済活動再開テーマのポジションとしてリートを選好してきたが、これは概ね一巡しており今後期待できる上値は小さくなってきていると考える。
ディフェンシブ資産のなかでは、長期金利への上昇圧力が(最近は低下しているものの)続くとの見方から、投資適格クレジットと先進国ソブリン債のスコアを引き下げた。反対に、新興国の現地通貨建て債券と金についてはスコアを引き上げた。前者は、先進国債券の利回り上昇に対してそれなりのバッファーとなる利回りを提供しているとともに、通貨への下支えが追い風になるとみられる。後者は、インフレ期待が高まり実質金利が抑えられることがサポート材料となっている。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
景気見通しは改善が続いている。その背景にあるのは、需要が拡大していることや新型コロナウイルスの影響が後退していること、そして政策が依然緩和的で(少なくとも先進国では)中央銀行が引き続き忍耐強く足元のインフレ圧力の先を見越す姿勢を市場に再認識させていることだが、これは理に適っていると言える。現在のインフレの主因は供給の混乱であり、そのような混乱は時とともに解決される傾向があるからだ。
しかし、米国のインフレが現在30年ぶりの高い水準に達しており、その要因が新型コロナウイルスの影響を受けたセクター以外にも広がっていることから、市場はおそらく忍耐強さを明言しているFRBの決意を試し続けるだろう。米国では、多額の景気刺激策や依然高水準にある過剰貯蓄、賃金の順調な伸びのおかげで需要が旺盛である。
インフレが現在のレベルから減速するのは間違いないものの、その落ち着く水準がFRBが対称的インフレ目標というミッションの達成に向けて安心感を持つであろうと市場が考えてきた2.5%を超える可能性は高い。FRBの政策反応関数は依然不明確かもしれないが、需要が継続的に回復するなかでしばらくは緩和的な政策が続くことは明確であり、これはグロース資産にとって追い風となる。インフレはまだ需要や企業の利益率に大きな打撃を与えてはいないことから、当社では景気サイクルの「インフレ好況」とでもいうべき局面としてポジティブな見方を維持している。
新型コロナウイルスの収束に伴う再評価
新型コロナウイルスの感染拡大に見舞われた際、株式市場は極めて短い期間でかつてない大幅な下落を見せたが、そこからの回復も、金融・財政政策による巨額の景気刺激策を受けて、米国を中心に記録的な短期間で進んだ。最終的に、政策目標が異なる中国を除いては、大規模な景気刺激策が奏功して企業収益が大幅に拡大した。全体のパフォーマンスにおいて他の国々から抜きん出たのはまたしても米国株式で、株価の大幅な再評価によってPER(株価収益率)が上昇しバリュエーションがより割高となった。
株価の大幅な再評価(上昇・下落)は、12ヵ月先の予想利益の推移によって部分的に説明することができる。欧米および日本は同じ期間にこぞって約22~24%の利益成長を実現した一方、利益成長率予想が最も高いのは米国で、それに日本と欧州が続き、2020年終盤から利益成長率予想が基本的に横這いにとどまっている中国は最下位となっている。
当然ながら、アナリストのあいだでは、中国の政策引き締めを受けて同国の成長見込みがかなり低調となっている一方、緩和的な政策が続いている米国については軽率と言えるほど楽観的な見方が広がっているが、これらの見通しの少なくとも一部は過去を反映したものであると言える。アナリストは過去の経験に基づいて将来を推定せずにいられないからだ。しかし、そのような先行き予想に基づく市場のバリュエーション指標(PER)は、市場が米国に対し他国対比でアナリスト以上に強気であることを示している。
過去10年間、「割高すぎる」として米国株式の投資比率を引き下げたことにより痛い目にあってきた投資家は多い。確かに米国株式は特に他国市場との比較において割高すぎるように思われるが、過去10年間に米国ほど高い企業利益をもたらした市場は他にない。そのような米国企業が破壊的イノベーション(革新)の最前線にいるのは事実だが、長期にわたるFRBからの資金注入に今や余りある財政出動が加わるなど、政策当局も株式市場を支えている。
米国株式に対する逆張りポジションは報われてきておらず、当面はその状況が続くかもしれないが、過度に売り込まれている市場に対する逆張りポジションは依然利益をもたらし得る。中国株式は途方もなく割安というわけではないが、それでもアナリストや市場参加者の見方は、あまりに悲観的で今後の企業収益見通し改善の可能性を見逃していると言えるかもしれない。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- 中国を選好:政策当局は、規制強化の最悪局面がとりあえず過ぎた可能性を示唆している。「共同富裕」はこれまでのところ、単なる富の再配分というよりは競争における公平性の担保という様相を呈している。政策の緩和は年内に実施されて来年にかけて続くものとみられ、当社ではそれが株式市場回復のきっかけになると予想している。
- 欧州に対して慎重:欧州は新型コロナウイルスの感染者数の減少に伴ってリフレ・テーマの恩恵を受けてきたが、現在では感染者数が再び増加している。また、エネルギー問題がより深刻な欧州は、世界的なエネルギー不足の震源地となる可能性がある。最後に、欧州の金融機関は金利の上昇が追い風となってきたが、当社ではこれが各国中央銀行のハト派姿勢継続によって反転するものとみている。
ディフェンシブ資産
ディフェンシブ資産については慎重な見方を維持している。市場では、各国中央銀行がQE(量的緩和)をより早期に終了させ次の利上げサイクルの開始を前倒しする必要が生じるだろうとの思惑が広がり始めた。これを受けてイールドカーブはベア・フラット化し、インフレ圧力を「一過性」のものとする中央銀行の通説と真っ向から対立している。しかし、直近の政策決定会合では、中央銀行高官は引き締めサイクル前倒しの圧力に抗った。今回のラウンドは中央銀行が制したと言えるのかもしれないが、インフレ圧力は後退していない。当社では、このような市場予想と中央銀行のフォワード・ガイダンスとの綱引きが今後数ヵ月続くとみている。
グローバル・クレジットのなかでは、バリュエーションが割高な水準にとどまっているとともに今ではモメンタムがマイナスに転じた投資適格社債のスコアを引き下げた。信用の質は依然良好で改善傾向にあるが、当社の予想通り債券利回りが世界的に上昇すれば社債にとって継続的な逆風となる。一方、ハイイールド債は、パンデミックの収束に伴う好景気環境と非常に低いデフォルト率が追い風となることから、スコアを引き上げた。また、新興国の現地通貨建て債券も、先進国での金利上昇へのバッファーとなるより高い利回りを提供しているとともに米ドル安の恩恵を受けやすいため、スコアを引き上げた。
金については、スコアを引き上げたものの慎重な見方を維持している。9月に低迷した金価格は10月に反発し、インフレ圧力の継続的増大を受けてブレークイーブン・インフレ率(期待インフレ率)は高水準に、実質金利は大幅なマイナスにとどまった。しかし、マイナスの実質金利はFRBのQEプログラムによる下方圧力が一因となっており、経済成長が世界的に加速する環境との矛盾が大きくなりつつある。
近年の米国の引き締めサイクル
直近のFOMC(連邦公開市場委員会)会合で告げられたのは、パンデミックのあいだに導入された異例の金融政策による支援措置からの段階的かつ計画的な撤退がついに始まるという知らせだった。最初のステップであるQEのテーパリング(漸進的縮小)は何ヵ月にもわたって報じられてきており、2013年の「テーパー・タントラム」(FRBが量的緩和の縮小に言及したことによって引き起こされた金融市場の混乱)とは対照的に、概ね大したことのないニュースとして受けとめられた。とは言え、当該発表によって、過去20年でまだ3回目でしかない引き締めサイクル開始への暗黙のカウントダウンが始まったのも事実である。
FF(フェデラルファンド)金利誘導目標レンジの1回目の引き上げはまだ何ヵ月も先の話かもしれないが、債券市場を待ち受ける先行きを考察する上で、米国の直近2回の引き締めサイクル(2004年~2006年および2015年~2018年)を振り返ることは有益だと考える。チャート4は、イールドカーブの形状を表すものとして米国債10年物と2年物の利回り格差、そしてFF金利誘導目標の推移を、両引き締めサイクルの期間をカバーして(グレーの部分が各サイクルの期間)示している。両サイクルのイールドカーブの動きには共通する2つの特徴がある。1つ目の動きは明らかで、イールドカーブがフラット化するとともに、そのフラット化が利上げ期間のペースと長さを反映するペースで進むことである。2004年~2006年のサイクルでは、より積極的な引き締めに伴ってイールドカーブのフラット化がより急激に進み、2015年~2018年のサイクルではフラット化がより緩やかに進行している。2つ目の共通する特徴は、サイクルが終わったことを市場が確信するまでには、イールドカーブのフラット化が長短同水準あるいは長短逆転となるまで着実に進むことだ。世界中の債券市場で最近イールドカーブのフラット化が始まっていることを考えると、過去の引き締めサイクルに照らして上述の点が概ね予想されるのは明らかである。
チャート5は、チャート4と同じ期間においてイールドカーブの両端である米国債2年物および10年物の利回りの動きを示しているが、これを見ると過去の引き締めサイクルにおける他の注目すべき特徴がいくつかわかる。1つ目は、先に議論したイールドカーブのフラット化が、両サイクルとも2年物の利回りがスタート時点でより高かった10年物の利回り水準へと上昇する形で起きていることだ。そして、米国債トレーダーが現在すでに「米国債10年物の利回り最高水準を当てよう」というゲームを始めているが、過去の引き締めサイクルのいずれにおいても米国債10年物の利回りが最終的に最高水準を付けたのはサイクル序盤ではなく終盤であることを指摘しておきたい。敢えて言うなら、当該コンテストに早くから参加している人達はご注意いただきたい。
注目すべきもう一つの特徴は、引き締めサイクルの終わりに債券利回りがFF金利誘導目標対比で達した水準に関係している。2004年~2006年のサイクルでは、FF金利誘導目標が引き上げられた最高水準は5%で、米国債2年物および10年物の利回りはともに5.2%辺りとFF金利の最終誘導目標を若干上回る水準で天井を打った。2015年~2018年のサイクルでは、FF金利の最終誘導目標が2.5%で、米国債2年物および10年物の利回りはそれぞれ約2.9%と3.2%でピークを打った。両サイクルとも、米国債利回りが各サイクルの終盤に最終的な政策金利水準を超えている。このような過去の前例が今後の数年間においても繰り返すとすれば、これからの引き締めサイクルがどのような水準で終わるかを考えることが、長期的な投資価値を呈する債券利回り水準を判断する上で有益な示唆となるだろう。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- 中国債券を依然選好:中国の国債は、より高い利回りをより低いボラティリティにて提供しているとともに、ソブリン債のなかで「安全な逃避先」としての魅力を引き続き備えている。
- ドル圏債券のデュレーションを短期化:各国中央銀行は、市場からの利上げ前倒し圧力に晒されながらも、ハト派的なフォワード・ガイダンスを維持している。第1ラウンドは中央銀行が制したと言えるのかもしれないが、QEのテーパリングが予定されており、引き締めサイクルへのカウントダウンは始まっている。
- オーストラリアの短期債は投資魅力が傑出:RBA(オーストラリア準備銀行)が最近イールドカーブ・コントロール政策を停止する決定を下したことを受けて、同国の債券利回りは大幅に上昇している。オーストラリアのインフレが他国ほど懸念すべき状況ではないことやRBAの基本シナリオでは2024年序盤まで利上げが想定されていないことを考えると、オーストラリア国債3年物の利回りが他国の国債を大幅に上回っているのは妥当ではないように思われる。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
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