本稿は、2021年12月1日発行の英語レポート「A trip to Lisbon」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
ジェームズ・キングホーン
リスボン出張
つい数週間前、筆者は2019年以来初めてとなる対面式のカンファレンスに出席した。世界最大級のテクノロジー・カンファレンスの1つ「ウェブサミット」のためにリスボンに押し寄せた人の数は4万人を超えた。同イベントでは、確固たる地位を築いた企業のCEOや創業者に加え、スタートアップ企業や政策当局者が一堂に会し、1週間にわたって議論を行い、アイデアを披露する。過去2年間のサミットはバーチャル開催であったが、筆者が最後に出席した2019年当時は参加者がおよそ7万人にのぼっていた。今年のイベントは新型コロナウイルスの影響で規模が縮小されたが、それでも満員大入りとなった。
対面でのミーティングやイベントに対する需要が強いことは明らかである。もう1つ明らかなことは相変わらず新しいIT系スタートアップ企業が続々と誕生していることであり、このテーマが過去数年間に渡って続いてきたということだ。実際、1,500社を超えるスタートアップ企業が参加し、新しいアイデアやテクノロジーを披露していた。新興IT企業への資本の流れは、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)の間も弱まることなく続いている。プライベートエクイティ(PE)やベンチャーキャピタル(VC)のバランスシート上に存在する資金、いわゆる「ドライパウダー」の総額は3兆米ドルを超えると推定されており、つい5年前と比較して8,000億米ドル増加している。
こうした状況は、新規ビジネスの立ち上げにとって非常に強力な追い風となっている。当社グローバル株式戦略におけるSVB Financialへの投資は、このトレンドを捉えたものであり、PE/VCにおけるドライパウダー残高積み上がりの直接的な恩恵を受けている。SVB Financialはニッチな米国地方銀行であり、イノベーション経済におけるバンキングや、ITおよびヘルスケア業界のスタートアップ企業やアーリーステージ企業向けの銀行サービスの提供、そして、そうした企業に投資するPEおよびVCファンドへの金融サービスの提供に特化している。幅広い商品・サービス・ラインナップ、ならびに、業界における深い専門知識を備える同社が作り出した「イノベーション・エコシステム」は、重要な競争優位性をもたらしている。この3兆米ドルのドライパウダーが今後数年間で拠出されていくにつれ、同社にとって非常に強力な成長機会が生まれるとみられる。
こうした多額の資金の流入はSVB Financialにとって追い風だが、一方でITセクターの競争激化を招き続けている。投資資金回収の場であるエグジット市場は、ここ数年間で非常に活発になっている。世界全体のIPO調達額は2020年(第3四半期末まで)比で35%増加している。大きな要因となっている可能性があるのは、米国において買収のみを目的とした投資ビークルである特別目的買収会社(SPAC)の活用が流行し、同国のIPO調達額の35%を占めている状況だ。IPOによる新規調達額に占めるITおよびヘルスケア案件の割合は50%を超えている。
驚くべくもないが、カンファレンスにおけるディスカッションの大部分は、世界や企業が現在直面している環境、社会およびセキュリティ面の課題を中心としたものだった。これらの課題はどれも新しいものではないが、規制や世論は引き続き、特に環境や社会面のテーマをめぐり変化を迫っている。第26回国連気候変動枠組み条約締結国会議(COP26)がまったく同じ週に開催されていたが、ウェブサミットで披露され議論されていたテクノロジーの一部は、COP26でなされた誓約やコミットメントよりも、この先数十年間において環境の変化に対してはるかに有意義な影響を与えるだろうと筆者は思っている。企業向けの省エネ、廃棄物管理およびサステナビリティ関連ソリューションに注力している企業は、真の差別化を生み出していくために必要なツールをもたらしてくれるとみられる。カンファレンスに参加していたMicrosoftは、ネットゼロ(温室効果ガス排出量実質ゼロ)経済への転換について議論していた。同社はネットゼロ目標達成を声高に主張してきており、他社に先駆けてデータセンターの電力源に再生可能エネルギーを活用しているほか、水素評議会のメンバー企業でもある。また最近、顧客が自らのカーボンフットプリントを管理できるSaaS(ソフトウェアサービス)ソリューション「Microsoft Cloud for Sustainability」を発表した。世界的な基準の欠如や、不完全で誤解を招きかねないデータなどがネックとなり、この問題を規制当局が単独で解決するのは難しい状況にある。Microsoft Cloud for Sustainabilityをはじめとする多数のソリューションが、ネットゼロ目標達成にあたって欠けていた重要な部分、つまり、まず網羅的なデータを集計し、情報が揃ったデータの集まりを分析することにより、この問題への取り組みを支援している。
今回のカンファレンスにおけるもう1つの重要トピックは、サイバーセキュリティだった。サイバーセキュリティは非常に大きな課題であり、企業や個人は絶えず脅威に晒されている。朗報なのは、当該分野には多額の資本が流入してきており、新しいソリューションやサービスの開発が進められていることだ。Microsoftのセキュリティ事業は世界屈指の規模を誇っている。
Microsoftのセキュリティソフトウェア売上高は100億米ドルを超えており、セキュリティソフトウェア専業の上場企業最大手を2倍余り上回っている。これは急成長中の事業分野であり、クラウド型ソリューションを提供する企業にとっては必要不可欠の分野となっている。サイバーセキュリティは常に脅威に晒され、絶えず進化していることから、継続的な投資とイノベーションが必要となっていく。
当社グローバル株式戦略のポートフォリオにはAmazonも組み入れているが、同社は、アマゾンウェブサービス(AWS)に組み込まれているセキュリティソリューションの大幅な向上に関する説明や情報提供を行う複数のワークショップを開催していた。当初は基本的なストレージおよびコンピューターサービスであったAWSは、それ以降劇的に進化している。すでに顧客向けビジネスソリューションの大規模なラインナップを持っていたMicrosoftと異なり、AmazonはIaaS(インフラストラクチャサービス)こそ提供していたものの、顧客向けソフトウェアのラインナップは限定的であった。過去数年間でこうした状況は大きく変わっており、それはAWSの進化において重要な展開となっている。以前であれば潜在顧客の多数は、AWSの基本的な機能に加えてさらなるサービスやソリューションを作成・開発・使用できる能力や専門知識を持っていなかった。近年ではAmazon Connect、Amazon Quicksight、性能が著しく向上したAWS AIや機械学習サービスをはじめ、多数の新サービスの提供を開始している。
その他にAWSが最近導入した新ソリューションのなかで興味深いものは、エッジコンピューティングや5G向けサービスのAWS Outposts、AWS Local Zones、AWS Wavelengthだ。これらにより、Amazonは自社で世界に展開するデータセンターを活用し、ネットワークの周辺部に位置する顧客へ低遅延ソリューションを提供することが可能となっている。5GやIoTの進化は緩やかに進んでいるが、AWSではこの機会を捉えるために多くのソリューションを用意しており、ニーズに応じてユーザーから近距離でのデータ分析・処理を可能にするインフラやソフトウェアを提供している。これらのソリューションでは、AWSハードウェアおよびソフトウェアをAWSデータセンター外に配備する必要があるケースが多い。こうしたエッジコンピューティングの進化こそ、世界的な携帯電話基地局所有・運営会社American Towerが最近、米国でデータセンターを所有・運営するCoreSite Realtyを買収した理由である。同買収は、American Towerのモバイルエッジコンピューティングの能力と、Coresiteのメトロネットワークのエッジコンピューティングおよび相互接続市場を結び付けるものであり、ネットワークのエッジ(端)でデータを処理するエッジコンピューティングが5Gの活用によって推進されていくとの見方をさらに裏付けるものとなっている。
人手不足と賃金インフレ
リスボンで開催されたイベントにとって1つだけ不都合だったのは交通手段であった。と言うのも、ポルトガルの首都の都市交通機関がその週の一部でストライキを実施していたのだ。筆者の住むスコットランドでもCOP26と時を同じくして同様のストライキが起こっていた。
ストライキは、被雇用者が優位な状況へと力関係がシフトしたことを鮮明に示している。労働力不足には新型コロナウイルスのパンデミックが影響していることは確かだ。経済ショックの後にはバランスが乱れる傾向にある。ここ数ヵ月で需要は正常化したが、多くの産業にわたって供給は混乱している。労働需給は極度な不均衡状態にある。米国だけをみても求人件数が1,000万件にのぼる一方、失業者数はわずか750万人だ。労働参加率は依然としてコロナ前の水準を大きく下回っている。危機下において労働参加率が低下するのは普通のことだが、労働市場から離れた人々の多くが戻ってくるかは不透明だ。米国のベビーブーマー世代の平均年齢は今や66歳であることから、その多くはコロナ禍を、仕事を辞めてリタイアする良いタイミングと捉えることだろう。これまでの期間において資産価格が上昇してきたことで年金口座残高が増加していることも、さらなる動機となるだろう。
しかし、問題は労働参加率の低下だけではない。被雇用者による転職も加速しているのだ。この大きな原因はコロナ禍での制限であり、ロックダウンの影響を受けた産業で働いていた人々は、影響を受けることなく事業を継続できる業種での仕事を求めざるを得なかった。「大退職時代」(Great Resignation)と名付けられた状況だ。米国で毎月発表されている労働者に占める自己都合離職者の比率は2020年序盤にロックダウン開始時点では約1.5%だったが、今や3%まで増加している。社員が自己都合で離職している最大の理由は給与である。その結果、こうした傾向は加速しており、労働需給が再び安定化するまではそれが続くとみられる。加えて、新規事業の設立数も史上稀にみる多さにのぼっている。米国の起業数は過去数十年間で最多となっており、2020年の初め以降そうした状況が続いている。おそらく、これらの新規事業の多くは、先ほど議論した通り3兆米ドルにのぼるPEやVCの投資マネーを追い求めているのだろう。
一部の仕事では人材を呼び戻すことに苦戦するとみられる。米国では、この問題が一段と深刻化するだろうが、従業員数100人以上の企業に新型コロナウイルスのワクチン接種や毎週の検査実施を義務化する新規則のためである。また、IT企業による労働力の争奪競争も問題となっている。経済活動停止を余儀なくされた分野があるなか、IT企業はロックダウンに乗じて積極的に新規採用を行った。例えば Amazonは、求職者が非常に多い状況を活かして過去3年間に新規採用を進めており、従業員の純増数が85万人を超えている。これは米国小売業界の総就業者数の約5%に相当する。賃金インフレは、利益の確保と優秀な人材の維持に取り組む企業にとって逆風となっている。現在直面している供給の混乱、インフレ、労働需給動向は、第二次世界大戦後に経験したものと類似点が多い。サプライチェーンや労働市場は割と早く安定を取り戻した。また、インフレは、当時の予測をはるかに上回る水準で推移したものの、やがて「正常」な水準へと戻った。現在、すでにサプライチェーンにはある程度の正常化がみられており、賃金インフレは一過性のものである可能性は低いが経済成長の妨げになるとは思われない。
結論
こうした状況がどう転ぶかにかかわらず、しっかりとした成長特性を備え、高水準のキャッシュフロー投資収益率を達成・維持できる企業を特定することで、長期的には投資家は報われると考えられる。こうした企業は、現在我々が直面している問題を解決してくれる企業かもしれない。それらには環境関連やヘルスケア関連銘柄などが含まれ、当戦略のポートフォリオでは引き続き当該分野への投資比率をかなり高めに維持している。労働力不足による影響として、良好な機会ももたらされている。Encompass HealthとLHCはその好例の2つである。両社とも在宅医療市場の影響を受けるが、ビジネスモデルは引き続き非常に強固で、また、規模の小さい競合他社に対して真の競争優位性を持っている上、足元ではバリュエーションが非常に魅力的な水準にある。さらに、米国では人口高齢化が進んでいること、患者が在宅治療を好んでいること、政府の政策による強力なサポートがあること(病院や他の医療施設に比べて在宅での治療は比較的低コストであることが背景)から、両社とも長期的な成長が強く見込まれる。その他に重要なソリューションを提供している企業には、経済のデジタル化やオートメーション化を支援する、ウェブサミットでも目にしたAdobe Systems、Amazon、Accenture、Microsoftなどの企業が挙げられる。現サイクルの興味深い局面を迎えているなか、「フューチャークオリティ」企業を特定して投資していく上で、当社のグローバル株式戦略の柱であるバリュエーションの重要性がこれまで以上に増している。
個別銘柄への言及は例示目的のみであり、当社の運用戦略に基づいて運用するポートフォリオにおける保有継続を保証するものではなく、また売買推奨を示すものでもありません。
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