本稿は2021年1月8日発行の英語レポート「2021 Asian Equity Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

発明家テスラ、米軍人ドス、科学者カリコー

神は「光あれ」と言われた。すると光が現れた!

1891年に開催されたシカゴ万国博覧会で使用された照明機器で交流の電流が使用された。その後まもなく、ナイアガラの滝のそばに建設された水力発電所で交流発電機が初めて採用され、電化の時代が幕開けした。当時、発電所から遠い場所で必要な時に電球を点灯できることは、神がこの世に光をもたらしたのと同じくらい奇跡的なことだった。そして、それはすべてテスラのおかげだった。テスラと言っても、今をときめく自動車メーカーではない。電流戦争という技術戦争で、トーマス・エジソンを打ち破った発明家ニコラ・テスラのことだ。テスラは頭脳明晰かつ魅力的で、身なりもよく、未来学者であり、直感的な記憶力を持つ多言語に長けた、誰もが納得する才人だった。一方、エジソンは対照的に内向的で、研究を繰り返し、常にいくつもの発明を手掛けていた。しかし、エジソンは「成功した」発明家と評価され、テスラは歴史に残る貢献にもかかわらず、不名誉な死を遂げた。彼らの人生と戦いから、いくつかの教訓を学ぶことができる。つまり、忍耐は努力と同様に美徳だということだ。現状を打破するには時間がかかるが、ひとたび軌道に乗れば世界に変革をもたらすことができる。

それから約50年後、信仰上の理由から戦場で戦うことを拒否したデズモンド・トーマス・ドスは、良心的兵役拒否者として史上初めてアメリカ軍人最高位の名誉勲章を受章した。セブンスデー・アドベンチスト教会(安息日再臨派)信徒だったドスは、武器を携行せず、敵の砲火に直面しても、敵兵を殺すことを拒否した。ドスを主人公とした映画「ハクソー・リッジ」は、彼の物語を色鮮やかに描いている。ドスは幾度も負傷し、体内に17個の破片が残っていたが、それでも銃を手にすることを拒絶した。彼の信念の強さは想像を絶する。信念の強さといえば、ハンガリー生まれの科学者カタリン・カリコーも、メッセンジャーRNA(m RNA)医薬の可能性を証明するために40年以上も粘り強く研究に取り組んだ。その間、仲間から懐疑的な意見を投げかけられたり、助成金を繰り返し拒否されたり、キャリアアップの機会を失ったりすることもあった。彼女の研究は、世界中で6000万人以上の感染者を出している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を収束させるために、ファイザー社とバイオンテック社が共同開発したワクチンと、モデナ社が開発したワクチンの基礎となっている。

誰もが新型コロナウイルス感染症に感染した知人がいたり、個人的には知らなくても感染者について耳にしたりしている。その中には悲しいことに死亡した人もある。新型コロナウイルス感染症が生活のあらゆる面に影響を与えたというのは、もはや当たり前すぎる表現だ。したがって、ここではウイルスそのものよりも長く続く可能性のある影響を取りあげたい。例えば、「オフィス」、「家庭」、「第三空間」が持つ意味。また、群衆という社会力学の持つ意味合い。そして、健康への関心の高まりなどだ。パンデミック(世界的大流行)がもたらした喜ばしくない長期的な影響として、集団的な信頼の欠如が挙げられる。インターネットで拡散している、いわゆる「カレン(Karen)」のミーム(インターネットユーザーによって拡散されるネタ)はその一例だ。また、隔離生活を揶揄して、ネットでは「隔離が終わっても、一部の人には教えないようにしよう」という匿名の書き込みも多々引用されている。確かに、信頼の回復には長い時間がかかるだろう。また、死や死の恐怖ほど、人生のはかなさを強く思い起こさせるものはない。その結果、人々は一人ひとりが後世に託すレガシーや意志について、託す者と託される者の両方の立場から考えるようになった。おそらく、世界が突如として環境と持続可能性に焦点を当てるようになったのも偶然ではないだろう。

投資家としては、中国の金融政策が半年後にどのように変化しているのかを考えるのと同じくらいの時間を、忍耐力、勤勉さ、粘り強さ、そして投資の在り方をめぐる長期的展望について考え、実践することに費やすべきだ。

「2020年アジア株式市場見通し」では、米FRB(連邦準備制度理事会)、トランプ米大統領と米国の選挙、米中貿易戦争、原油価格に影響を与える地政学的要因について言及した。当然ながら、新型コロナウイルス感染症については指摘しなかった。なお、世界経済は依然としてパンデミックの余波に対処しているが、2020年を通して市場は総じて新型コロナウイルス感染症の影響を振り切り、本レポート執筆時点でMSCI AC Asiaインデックス(除く日本)の2020年の年初来騰落率は約+21%と、2019年通年の+18%を上回っている。新型コロナウイルス感染症は、2020年はもとより、おそらく今後10年間において最大の出来事と考えられる。だが、これを予測できなかったという事実は、ゼネラル・エレクトリック社の元会長イアン・E・ウィルソンの次の名言に最もよく集約されている。「どんなに素晴らしくとも、すべての知識は過去に関するものであり、すべての決断は未来に関するものであるという事実をくつがえすことはできない。」同様の視点から、米国の投資家で作家のハワード・マークスが2020年5月に執筆した「Uncertainty」と「Uncertainty II」と題する研究論文を一読されることをお勧めする。

以上、注意すべき主要な論点を列挙した。次に、我々の見解を簡単に紹介する。概して、アジア諸国は欧米諸国よりも新型コロナウイルス感染症パンデミックにうまく対処しており、現在では最悪期を脱しつつある。アジア諸国の大半は財政・金融刺激策の余地が十分にある上、投資家はこれらの国々の優れた成長とより健全な国家財政がもたらす恩恵を、先進国市場よりもはるかに割安で享受することができる。しかも、米ドルの低迷が、こうした「リスク資産」の現地通貨建てリターンを一段と押し上げるとみられる。

「グリーン・デスティニー(Crouching Tiger, Hidden Dragon)」

中国の技術進歩を抑えこむ政策を米国の超党派が支持している現状を中国が理解していることは、誰もが知ることだ。そうした米国の政策が及ぼす影響に対し、中国が必要な措置を講じていることもまた、周知の事実である。これまで中国が自らにとって重要だと判断した施策を成し遂げてきた実績を踏まえれば、それに数年間の時間と数千億人民元の資金を要するにせよ、中国の行動力に異論を唱える者はいないだろう。したがって、世界第2位の経済大国である中国は、今後も自らの力で成長を続けていくはずだ。

中国の第14次5カ年計画(2021~2025年)では、今世紀になってからの5カ年計画として初めて明確な経済成長率目標が明示されなかった。このことは、中国の習近平国家主席の権力地盤が強固になっていることと、経済の「量から質」への方針転換を反映している。前者は、習主席が中国の成長率は構造的に鈍化する見込みだと躊躇せず認めていることから明らかだ。後者は、問題を解決すべく、固定資産投資に依存するという旧来の「成長」モデルがもはや通用しないという認識が、権力者の間で浸透していることからわかる。中国は「双循環」戦略の時代に突入した。つまり、中国は世界に開かれた状態を維持しつつ(国際循環)、インフラ主導の成長からイノベーションと消費主導の成長(国内循環)への転換を図ることを目指している。

財政の持続可能性、サプライチェーンの安定化(特に半導体関連)、国内排出量取引制度を通じた気候変動への対応をめぐる発表や目標は、「有言実行」のコミットメントを示すものとなるだろう。また、中国政府は腐敗や権力の濫用に対し、たとえ相手が中国のデジタル経済を牛耳る大企業であろうと、厳格な措置を講じることを意に介さない。そうした姿勢はイノベーションの拡大と深化につながるはずだ。

一方、香港に関しては、「一国二制度」が成立するのは、「一国」が「二制度」に脅威を感じない場合のみだという現実と折り合いをつけようとしている。中国政府が愛国心の育成のために民主活動家を逮捕していることは、欧米のマスコミの反発を招くかもしれないが、それで現地の状況が変わることはない。こうした見解に基づき、我々は中国の内需拡大、現地化、戦略的産業開発といった分野への投資を選好する。

「イングリッシュ、オーガスト(English, August)」は過去の構図?

インド映画「イングリッシュ、オーガスト(English, August)」(および原作小説)は、教養があり進歩している都会のインドと、教養がなく非効率の農村部のインドという、2つの異なるインドを描いた作品で、肥大化した政府官僚制度の中での2つのインドの緊張関係を浮き彫りにしている。しかし、近い将来にはこの構図は過去のものになるかもしれない。ナレンドラ・モディ首相が率いる政府は、うまく実行されれば変革をもたらす可能性のある労働・農業改革を推し進めてきた。労働改革はレイオフ、有期雇用、労働組合をめぐる煩わしい規制を緩和し、効率性を高めている。法改正はコンプライアンスの負担を大幅に軽減するものだ。これまで農業のように生産性向上を最重要課題とする労働集約的部門への投資において、コンプライアンスの負担が大きな妨げとなっていた。インドの4億5,000万人にのぼる労働力のうち農業従事者が占める割合は約44%に及ぶが、農業が国内総生産(GDP)に寄与する割合は約15%に過ぎない。農業部門もまた、2020年5月に発表された改革案の成立による恩恵を受けるだろう。この改革によって、切望されていたサプライチェーンへの投資が実現し、農業の生産効率が向上するはずだ。我々は、市場再編や法的な有効化といった動向から恩恵を受けるサブセクターや、業務面の摩擦が軽減される銘柄、すなわち民間銀行、デジタルサービス、物流などに引き続き注目していく。

「美女と野獣(Beauty and the Beast)」

永続的な変化の中で、新型コロナウイルス感染症により加速しているものとして、業務、ソーシャルメディア、商取引のさらなるデジタル化が挙げられる。あらゆるデジタル化は、半導体産業と技術のサプライチェーンに大きく依存する。この点で、米中間の緊張が高まっているにもかかわらず、韓国と台湾は有利なポジションを維持できている。だが、地政学的要素はボラティリティの要因となるだろう。トランプ米大統領が推進してきた「米国第一主義」は、米国の同盟国に対して中国との関係を見直すことを余儀なくさせた。だが、中国は世界の大半の国々よりも急速な成長を遂げているアジア最大の経済大国である。中国の国営メディアは先月、中国軍機が台湾領空を繰り返し侵犯したことを大々的に新聞で報じた。こうした動きは、中国が台湾と米国の双方に対し、「一つの中国」政策を現状のまま維持すると警告したに等しい。一方、習主席の訪韓合意は両国の関係改善を反映しているが、どのように、どのくらい早いスピードで改善が進むかは予測できない。したがって、当社はクリーンテクノロジーやコンテンツ、産業オートメーションなどの非伝統的なセクターを選好する。

「ミラクル・ワールド・ブッシュマン(The Gods Must Be Crazy)」

ASEAN諸国は退屈させない。マレーシアでは政治体制が椅子取りゲームのように頻繁に入れ替わり、タイでも政権交代(またはその脅威)が続いている。また、インドネシアルピアやタイバーツは乱高下を繰り返している。一方で、インドネシアのジョコ・ウィドド大統領は、論争の的となっていたオムニバス法案を成立させ、外国からの多額の直接投資につながる道を開いた。また、インドネシアでも、新型コロナウイルス感染症がデジタル化に大きく拍車をかけている。特にインドネシアとベトナムは、現在中国に大きく依存しているサプライチェーンを世界の企業が再設計していることの恩恵を受けている。マレーシアは、ニッチな分野を除き、投資妙味がない。タイの経済低迷は大規模な財政出動を必要としているが、現在の政治情勢を踏まえると、政府が出動に踏み切る可能性は低い。シンガポールの株式市場がASEAN各国の市場を反映する市場であることに変わりはない。ただ他国に比べてガバナンスの枠組み水準は高い。香港からの資本流入が続いていることを除けば、シンガポールのファンダメンタルズ面で特筆すべきことはほとんどない。フィリピンは循環的な回復の兆しを示しており、現時点では動向を見守る方針だ。

2020年は特に前半に愉快でないことが続き、忘れられない1年となった。ギリシャの哲学者ソクラテスは、「変化の秘訣は、古いものと戦うことではなく、新しいものを造ることに全エネルギーを集中させることだ」という名言を残した。2021年は、この言葉に注目してみる価値があるだろう。

2021年が素晴らしい年になるよう、そして投資が成功するよう、幸運をお祈りする!

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