本稿は2021年1月8日発行の英語レポート「Core Markets Fixed Income Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
欧州委員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長は、英国・EU(欧州連合)間の自由貿易協定合意を発表した際、英国の詩人T.S.エリオットを引用して「私たちが始まりと呼ぶものは、終わりであることがよくあります。ですから、終わらせることは始めることでもあります。終わりはスタート地点なのです。」と述べた。2020年が終わった今、確かに我々には新年への期待があるが、何かが終わったというよりは、この不穏な局面の真っ只中にあるという感じだ。COVID-19(新型コロナウイルス感染症)の感染者数が増加しているとともに米国議会上院は今や民主党が過半数議席を獲得するとみられる(本稿執筆時点)足元の状況は、「合意なきブレグジット(英国のEU離脱)」、共和党優勢の米上院、新型コロナウイルスに関するより多くの発言に直面していたほんの1ヵ月前とは様変わりしている。新型コロナウイルスにより感染力の強い新たな変異株が発現したことで、状況は一段と悪化した。ワクチンという助け舟が来つつあるものの、ワクチン接種が大衆に十分に行き渡るのはまだかなり先の話である。イスラエルから迅速なワクチン接種の実施方法を学べば、事を加速させ得るのだろうか。欧米諸国では財政・金融政策による総額4.5兆米ドル相当の景気対策が準備されすぐにでも実施可能となっており、当社では、ワクチン接種のペースにおいて最も楽観的なシナリオが行き詰った場合は追加の景気対策が実施されるとみている。米国でポリオを根絶するのには30年近くを要した。もちろんCOVID-19の根絶はもっと早く済むと考えているが、夏中頃の集団免疫達成という現在の予測は甘いように思われる。
金利については、2021年はイールドカーブ、COVID-19およびカマラ・ハリス次期米副大統領(本稿執筆時点)に注目が集まるだろう。米国では今や民主党が上院を支配する可能性が高いことから、年前半は追加景気対策、時給15ドルへの最低賃金引上げ、州への財政支援を受けてリフレ・トレードが進むと予想する。民主党政権に関する当座の懸念は急進的政策に関するものだが、民主党がすでに内部分裂しており優勢な多数派がいないことを考えると、現実的にはジョー・バイデン次期大統領は超党派的アプローチで政権運営を行う可能性が高い。思い起こせば、ドナルド・トランプが大統領選に選ばれた時も市場はリフレ・トレードを見込んでいたが、それでも結局金利は史上最低水準を付けた。当社では、低成長の長期化という現実が明らかになってくれば、景気回復の重石とならないようイールドカーブのスティープ化を抑えるため、「中央銀行のジャスティス・リーグ(スーパーヒーローによるチーム)」による「債券自警団」が復活させられるものと考えている。
インフレはもちろん課題となるであろうが、2020年4月の数字対比でのベース効果が作用し始める(例えば、マイナスの原油価格からの上昇率はどのように計算するのか)ことから、総合インフレ率の数字は何らかとっぴなものになると予想している。しかし、イノベーション(革新)、競争、債務、赤字、そして今ではゾンビ企業(経営が破綻しているにもかかわらず、銀行や政府機関の支援によって存続している企業)に象徴される新たな時代において、インフレはまぼろしに過ぎないということになるだろう。また、米国財務省の現金残高は1.56兆米ドルと過去最高水準にあるが、これはマネー・マーケットにおける米国短期国債への需要とは相反しており、FRB(連邦準備制度理事会)は短期金利の決定権を市場に委ねたいとは考えていないと推察する。米国の地方債は追加景気対策の推進から恩恵をうけるとみられ、州や地方公共団体に対しより大規模な助成金パッケージの提供が見込まれるとともに、ビルド・アメリカ債(2009年に地方政府の財政難を支援するために発行された地方債)スタイルのプログラムが復活する可能性が非常に高い。クレジット物ではほぼすべてのセクターが割高に見えるなか、課税地方債は堅実な投資価値を持ったセクターとして引き続き際立っている。
COVID-19の流行は昨年同様、夏には小康状態になると予想しているが、1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的流行)がそうであったように、2021年の秋にかけて第3波に見舞われた場合の影響を軽視するわけにはいかず、新興国経済については特にそれが言える。経済成長は年を通じて抑制されるとみられ、高水準の景気対策が続くだろう。当社では、米ドル安が続くもののある程度で止まると予想している。最終的にどこまでが許容される水準となるのかを知るのはかなり難しいが、主要先進国が何もせず米ドルの相対価値の低下を許すと考えるのは無謀に思われる。コモディティ通貨は景気回復の過程で追い風が続くとみられ、オーストラリアドル、ニュージーランドドル、カナダドルおよびノルウェークローネは、米ドル安環境であることも手伝って、コモディティ価格の回復から恩恵を受けるだろう。
2016年にトランプ氏が大統領に就任してから、同氏は大統領職も、下院も、そしておそらくは上院も失った。当社では、民主党が目下の主要な問題であるCOVID-19のパンデミックに対して実利的なアプローチをとり、当面は景気対策に注力する可能性があると考える。バイデン次期大統領は増税を掲げたが、選挙が激戦であったことから、2022年に上院の形勢が逆転するリスクを考えるとこの問題には慎重にならざるを得ないだろう。したがって、バイデン増税についてはまだあまり確信を持っていない。年後半にはFRB議長の人選の議論に注目が集まるとみられるが、これについても同様に、2022年のリスクを今とる必要が果たしてあるだろうかと考えている。当社では、現行の景気対策が引き続き富の格差を増幅させ、中傷されやすい超富裕層の人数が特に増え、それによってFRBが政治色を帯びることになるだろうとみている。当社が主に懸念しているのは、基本的に実体経済への「ヘリコプター・マネー」である景気後退保険債のアイデアだ。ただし、これを立法化するのに必要となる安定多数を民主党は確保していない。
欧州については、2021年のあいだに1.5兆米ドル相当の量的緩和が実施されることから、各国国債間の利回り格差縮小の流れが続き、特にイタリア国債がその恩恵を最も享受するとみている。利回りを求める投資家の動きと中央銀行のプロテクティブ・プット的存在によって、ボラティリティが低く抑えられるとともにキャリー・トレードへの意欲が高く維持されるなか、イタリア国債の利回り格差(対ドイツ国債)は2021年のあいだにスペイン国債の水準に徐々に近づくと予想している。EU全体に目を向けると、投資資金は投資対象の質を犠牲にすることなく相対的に高い利回りを得られる選択肢にシフトし続けるとみられるため、高格付けでありながら対ドイツ国債との利回り格差が依然大きいスウェーデンとデンマークの債券が、引き続き魅力度の高い選択肢となっている。
歴史が示すように、あらゆるパンデミックがいずれは終わることはわかっているが、なかには長期の流行性疾患問題として長引くものもある。1918年のインフルエンザ・パンデミックを振り返ってみて、特にワクチン接種の世界的展開におけるロジスティクス面での難点を考えると、第3波だけでなく第4波も起こる可能性がある。しかし、パンデミックがどんなにしぶといとしても、中央銀行にはかなわない。過去の景気後退は常に長期にわたる資産価格の変化を伴ってきたが、続く「ニュー・ノーマル」が資産価格面の問題を解決してきたようだ。ただし、一般所得の問題は別だ。お決まりの文句ではあるが、当社では2021年について、引き続き慎重ながら楽観的な見方を維持する。少なくとも、ブレグジットの議論をせずに済むのは幸いだ。
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