本稿は2021年1月8日発行の英語レポート「2021 Japan Equity Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

はじめに

2021年に目を向けると、当社が日本市場において企業にポジティブな影響を与えると予想しているポストコロナ時代の主要テーマを5つ特定することができる。堅調な中国経済、規制緩和、日本政府による脱炭素化の取り組み、コーポレートガバナンス改革、そしてコロナ前のテーマ(デジタル化、社会インフラの老朽化対策など)の再活性化と加速である。

中国経済の回復と日本

中国経済はCOVID-19のパンデミックによって打撃を受けた他国の一歩先を進んでおり、同感染症の悪影響から急速な回復を見せている。当社では、堅調な中国経済から恩恵を受けやすい業種について評価を行っている。

中国:日本にとって第2位の輸出相手国

中国は日本にとって第2位の輸出相手国であり、日本の輸出の約20%を占めている。日本の最大輸出相手国である米国への輸出はパンデミック下で不安定となっているが、経済がコロナ危機から急速に回復している中国への輸出はかなり堅調である(チャート1参照)。

日本の工作機械に対する需要は、好調な中国経済が果たしている役割の実例を示している。日本工作機械工業会(JMTBA)によると、2020年11月の業界全体の受注は前年同月比8%増と、前年同月比の伸び率が26ヵ月ぶりにプラスになった。11月の伸びを牽引したのは海外需要(前年同月比22.5%増)で、これが低迷している国内需要(同15.2%減)を相殺した(チャート2参照)。好調な海外需要は、インフラ・半導体関連セクターなど中国からの受注によって生じている。

また、2020年12月に公表された中国乗用車協会(CPCA)の予想によると、同協会は2021年の中国の新車販売台数が2020年の水準を上回るとみている。同協会の予想が実現すれば、2020年の予想販売台数比で4%増と4年ぶりの増加ということになる。CPCAでは、中国政府の政策において国内景気への支援が重視されることから、新車販売が増加すると予想している。

さらに、中国、韓国および日本は、他の貿易相手国に先駆けて当該3ヵ国間でのビジネス渡航制限を緩和しており、この措置が日中間のビジネスを後押しするものとみられる。また、トランプ政権下で大きく悪化した米中政府間の関係は、米国の大統領が代わっても緊張の続く可能性が高いことから、日本は中国の需要の伸びからより恩恵を受けやすい立場にある。

菅政権下での規制緩和

首相はポピュリスト(大衆迎合主義者)的政策に注力すると予想

2020年9月に就任した菅義偉首相は、長期政権への基盤を確立するために2021年に自身の地位固めを図るものと予想される。2021年の同首相は複数の課題に直面しているが、最大の課題であるCOVID-19のパンデミックは、少なくとも年前半は政権の最重要政策項目にとどまるとみられる。菅首相は2021年に取り組まなければならない政治日程も過密で、9月には与党自由民主党の総裁選挙、10月には4年の議員任期が満了となる衆議院の選挙が予定されている。

したがって、2021年の菅首相は、支持率を上げるためにポピュリスト的政策に注力すると予想される。そのような政策の一部には、医療保険の不妊治療への適用拡大や、携帯電話料金の引下げを促すための通信事業者への圧力、高齢者の医療費自己負担割合の引上げ要請が含まれるものとみられる。

デジタル技術は規制緩和の重要なターゲット

菅政権のもう1つの規制緩和ターゲットは、規制が進歩の妨げになってきたとみられるデジタル技術だ。日本の公的部門ではデジタル化への投資が遅れており、これが懸念を深めている。7月に国連が発表した2020年の電子政府ランキングでは、日本は14位と2018年の10位から後退した。通信インフラや人的資本では点数が高かったが、オンライン・サービスなどの分野では評価が低かった。

COVID-19のパンデミックは、日本の公的部門のデジタル化がいかに後れを取っているかを浮き彫りにした。2020年前半に政府が緊急経済対策として国民への給付金の支給を決定した際、大半の地方自治体は申請を書面でしか処理できず、受給者が給付金を受け取るのに1ヵ月を要したケースもあった。

政府はこの状況を深刻に受けとめ、公的部門のデジタル化を推し進めようとしている。菅首相は9月に就任した際、行政の「デジタル・トランスフォーメーション」(DX)を政策の主要な柱の1つとした。この取り組みでは、個人識別番号(「マイナンバー」)カードのデジタル化と政府および地方自治体の統合デジタル行政システムの立ち上げに注力するものとみられる。菅首相は2021年にデジタル庁を設置する予定で、同庁の創設によりDX面で行政手続きの効率化促進が見込まれる。菅首相はデジタル化を2025年までに完了することを目指しており、2021年には関連システムへの投資が本格的に始まる見通しだ。

民間セクターでは、投資意欲を高める土台作りの取り組みとして、政府が2020年12月にDX関連税の改革案を発表した。この改革案では、部署・企業間のデータ転送を行うクラウド・ベースのシステムに投資する企業に対し、設備投資額の5%を税額控除できるようにするとしている。そのような税制案は、成立すれば非常に多くのITサービス関連企業に恩恵をもたらすと当社は考えている。

二酸化炭素排出量の削減

日本は二酸化炭素排出量の好ましくない実績を是正することを目指しており、2050年までにカーボンニュートラル(二酸化炭素などの温室効果ガスの純排出量が全体としてゼロである状況)となるよう対策を進めるなか、2021年は重要な年となる可能性がある。そのような目標達成のためにとるとみられるステップの1つが、水素の利用・生産の拡大だ。2021年度の税制改正大綱によると、政府は脱炭素化関連の取り組みへの投資を奨励する手段として優遇税制措置を検討している。次世代リチウムイオン電池など、脱炭素化につながる製品の製造への設備投資について、政府は最大10%の税額控除を認める方針である。

そのような背景の下、当社では水素が変化をもたらす重要な立役者になると予想している。水素の利用は脱炭素化への有効な手段を提供する。日本政府は、2030年の水素利用量目標を当初目標の30万トンから1,000万トンへと大幅に引き上げた。この野心的な目標には、水素生産における技術的躍進を促すとともに需要サイドの変化を引き起こすことによって、水素社会を実現しようとする政府の願いが反映されている。このような動きは、水素の生産に必要な電力を生み出す再生可能エネルギー・セクターや水素の生産・流通に関係するインフラ・セクター、水素燃料電池の製造企業など、幅広い産業に恩恵をもたらすと考える。

日本には様々な水素関連技術に強みを持つ世界的に競争力のある企業が数多く存在することから、政府がどのように脱炭素化を推進するか、そして水素の採用がどのように展開するかは注視に値する。例えば、トヨタは最近、水素燃料電池自動車「MIRAI」(ミライ)の次期モデルを公開した。MIRAIの次期モデルは、新設計の水素タンクにより航続距離が大幅に向上している。またトヨタは、水素モビリティ(水素を燃料とする移動)へのコミットメントとして、新型MIRAIの生産能力を大幅に拡大させた。同社はモビリティ分野において優れた燃料電池技術を有する多くの日本企業の一例に過ぎず、当社では、日本の脱炭素化が進むにつれそれらの企業が大きな役割を果たすものとみている。

日本が中国と地理的に近いことも、脱炭素化および水素採用の取り組みにおいて重要な役割を果たし得る。中国は2060年までにカーボンニュートラルとなることを宣言しており、再生可能エネルギーと水素の採用はこのアジアの大国が脱炭素化の手段として選ぶ選択肢となる可能性がある。

日本のガバナンス改革

2020年はCOVID-19のパンデミックによって改革が後回しとなった日本にとって、2021年は「ガバナンス2.0」の年となるかもしれない。2021年においてはガバナンス関連のトピックが2つあると考える。コーポレートガバナンス・コードの次回改訂と株式市場の区分再編だ。

日本のコーポレートガバナンス・コードは再び改訂に

2015年に初めて導入されたコーポレートガバナンス・コードは、2021年の春に2回目の改訂を迎える予定であり、2020年12月時点で、改訂されたガイドラインの枠組みが徐々に明らかになってきている。改訂内容についてメディアが注目しているのは、経営陣の多様化や独立社外取締役数の拡大といった分野だ。これらは重要な検討分野であるが、当社で依然注目しているのは、「形式」の段階から「実質」の段階へとシフトするコーポレートガバナンス改革に向けた基盤が築かれつつあるという事実である。これによって、コーポレートガバナンス・コードの改訂が日本企業の収益性の改善という本来の目的に近づき、株主価値の向上へとつながる。

そのような形式から実質へのシフトの下、日本の経済産業省がコーポレートガバナンス・コードの強化を意図して公表した「実務指針」は特に注目に値する。このガイドラインには実効的なグループガバナンス(2019年6月)と事業ポートフォリオ運営のベストプラクティス指針(2020年7月)の骨子が含まれており、当社では、当該ガイドラインが投資家・企業間の活発な議論を促進して、企業に自社に求められる役割を再評価する機会を提供すると期待している。

実際、「親子上場」体制を解消する企業の数は増えており、最近注目を集めた例としては、NTTによる携帯電話通信部門NTTドコモの完全子会社化やソニーによる上場子会社ソニーフィナンシャルホールディングスの株式公開買い付け、三菱ケミカルホールディングスによる田辺三菱製薬の完全子会社化などが挙げられる。親子上場は日本独特の制度で、コーポレートガバナンス改革が続くなか、少数株主の利益を損なう仕組みとみなされ強まる批判に晒されていた。また、親子上場は、コーポレートガバナンス改革が上述の実効的なグループガバナンスと事業ポートフォリオ運営を通じて対処しようとしている課題の一部でもある。

当社では、コーポレートガバナンス・コードの改訂が、企業による議論を社内および投資家とのあいだの両方で助長し、株主価値を向上させるアクションにつながるものと期待している。

株式市場の区分再編

コーポレートガバナンス・コードの改訂とともに、予定されている日本の株式市場の再編ももう1つの考慮すべき重要なガバナンス関連トピックだ。

金融庁が2019年12月に市場区分再編の取り組みの概要を公表してから、東京証券取引所が中心となって市場区分およびTOPIXを見直す計画を進めており、2022年4月に変更が実施される予定となっている。

市場区分再編の計画は具体化してきており、2020年2月に枠組みが公表され、今後新しい市場構造の体系的概要が発表されることになっている。再編案では、現行の5市場区分(第一部、第二部、マザーズ、JASDAQグロース、JASDAQスタンダード)が「プライム」、「スタンダード」、「グロース」に再編される予定だ。現在の第一部に取って代わるプライム市場の企業は、流通株式の時価総額が100億円以上であることが求められる。

「流通株」の明確な定義はまだ発表されておらず、さらに、時価総額要件を満たさない企業に対しては一定の猶予期間が与えられるものとみられている。したがって、市場区分の再編が及ぼし得る影響を評価するのは難しい。それでも、企業、特に中小企業は、株式時価総額(つまり株主価値)を拡大し浮動株を増やすようなビジネス判断をするようになる可能性がある。

現行のTOPIXは一部上場の企業で構成されている。しかし、市場区分再編後はもはやそうではなくなる。2020年2月に発表されたガイドラインによると、TOPIXに採用される企業については数に上限が設けられるとともに定期的に見直しが行われる予定である。その後、TOPIXの変更に関する情報開示は限定的である。当社では、新しい情報を待つ一方、新TOPIXが投資対象としてもベンチマークとしても質において向上すること、そして今回の変更が企業にとって企業価値向上への健全なインセンティブとなることを期待している。

まとめ:原点回帰

高齢化と人口減少が長らく続いている日本にとって、2021年は基本に立ち返って生産性を向上させる年となるかもしれない。COVID-19のパンデミックがいずれ終息すれば、市場ではポストコロナの投資機会に焦点が移るばかりでなく、日本がパンデミック前から直面している課題に注目が向けられるようにもなるだろう。

COVID-19のパンデミックが日本の長年の課題から注意をそらす場合もあったが、日本が取り組まなければならない多くの課題を抱えているという事実は変わらない。実際、コロナ危機は日本が直面している課題への焦点をむしろよりはっきりさせたかもしれず、経済が正常化し国民がウィズコロナの生活に慣れるにつれ、そのような課題への取り組みを求める声が再び強まるものとみられる。

日本にとって最も差し迫った問題は、ITインフラの強化であるとみている。2018年9月に公表された「DXレポート」で、経済産業省は、老朽化している日本のITシステムが「2025年の崖」を転げ落ちることになるかもしれないと警告した。日本のITシステム近代化の取り組みは、2020年にCOVID-19のパンデミックによって失速したが、2021年には再び加速するとみられている。今回のパンデミックによってクラウドへのシフトとDX投資に対する注目が増しており、このトレンドはITシステムを最新のものにするインセンティブをもたらす可能性が高い。

デジタル化に加え、日本が直面している問題は他にもいくつかある。社会インフラの老朽化や、労働力不足に対応するためのオートメーション化の必要性、情報・通信技術の教育への取り入れなどだ。COVID-19のパンデミックは、これらの課題から一時的に注意をそらしたかもしれない。しかし、これらはパンデミックのあいだに問題が深まったにすぎず、2021年には最優先に取り組むべき課題として返り咲くだろう。

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