本稿は2022年2月22日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 1月の米国債市場は、米FRB(連邦準備制度理事会)が引き締めサイクルを積極化するとの見方が強まったことを主因に利回りが上昇し、月末の水準は2年物で前月末比0.445%上昇の1.18%、10年物で同0.267%上昇の1.78%となった。
  • アジア諸国の12月のインフレ状況はまちまちとなり、総合CPI(消費者物価指数)上昇率がインド、インドネシア、シンガポールで加速する一方、中国、マレーシア、タイ、フィリピンでは鈍化した。中国、シンガポール、フィリピンの2021年の実質GDP(国内総生産)成長率は回復を示した。
  • 域内金融当局の政策アクションは、国によって乖離を見せた。中国人民銀行が金融政策の緩和を一段と進める一方、韓国銀行は対照的に政策金利を0.25%引き上げてタカ派姿勢を維持した。MAS(シンガポール金融通貨庁)は、定期の政策決定会合を待たずに、インフレ加速に対処すべく再度「予防的調整」を行うと発表した。インドネシア中央銀行は政策金利を据え置いたが、銀行に課す預金準備率の変更を発表した。
  • アジアの現地通貨建て債券のなかで利回り水準の低い国、そして域内通貨全般に対し、慎重な姿勢を維持する。一方、FRBの引き締めサイクルに向けて、特に米国の実質金利が上昇していることから、米ドル高が続くと予想している。
  • アジアのクレジット市場は厳しい年明けを迎え、米国債利回りの大幅上昇を受けて月間リターンが-2.19%となった。格付別の市場リターンは、信用スプレッドが0.04%拡大した投資適格債が-1.88%、信用スプレッドの拡大幅が0.42%に及んだハイイールド債が-3.49%となった。国別では、香港のクレジット物がアウトパフォームする一方で、インドネシアのクレジット物がアンダーパフォームした。当月は発行市場の起債活動が活発化した。
  • アジアでは、マクロ環境と企業の堅調な信用ファンダメンタルズが信用スプレッドの追い風になり続けるとみているが、2つの主要な下方リスクが顕在化している。新型コロナウイルスのオミクロン株をめぐって不透明感が残っていることや、中国およびアジアのハイイールド債市場が持続的に好転するには不動産セクターにおけるより決定的な政策緩和が必要であることから、当面はリスク度合いの引き上げにあたって慎重かつ選別的な姿勢を維持する。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

1月の米国債市場は利回りが上昇
2022年の米国債市場はイールドカーブのベア・フラット化(短期金利が長期金利よりも上昇する形のフラット化)で始まり、利回りがイールドカーブ全体にわたって上昇した。主因となったのはFRBが引き締めサイクルを積極化するとの見方が強まったことで、これを引き起こしたのは経済指標が示した根強いインフレ圧力と、同中銀が2022年最初の利上げのすぐ後に(満期を迎えた債券の償還金の再投資停止による)バランスシートの縮小を開始する可能性を示唆した12月のFOMC(連邦公開市場委員会)議事録だった。月下旬に開催されたFOMCは、3月に利上げが行われるとの市場の予想を裏付けるものとなった。同決定に伴う声明にサプライズはなかったものの、会合後の記者会見でパウエルFRB議長がタカ派的な発言をしたことから、同中銀が前サイクルよりも早いペースで政策金利を引き上げるリスクが高まったと市場では概ね解釈された。最終的に、月末の米国債利回りは2年物で前月末比0.445%上昇の1.18%、10年物で同0.267%上昇の1.78%となった。

チャート1

12月のインフレ状況はまちまち
12月の総合CPI上昇率は、インド、インドネシア、シンガポールで加速したが、中国、マレーシア、タイ、フィリピンでは鈍化した。シンガポールの総合インフレ率は、前年同月比4.0%と2013年2月以来の高水準を付けた。インドでは、ベース効果も一因となってCPI上昇率が前年同月比5.6%へと加速した。一方、フィリピンの総合CPI上昇率は、食品価格と輸送費の上昇減速を受けて鈍化した。同様に、マレーシアの総合CPI上昇率も、前月の前年同月比3.3%から同3.2%へと減速した。

金融政策アクションは国によって乖離
中国人民銀行は金融政策の緩和を一段と進め、1年物MLF(中期貸出ファシリティ)金利と7日物レポ金利に加え、1年物および5年物LPR(「ローンプライムレート」、最優遇貸出金利)を引き下げた。対照的に、韓国銀行は政策金利を0.25%引き上げるとともにタカ派姿勢を維持し、当面は金利を据え置くものの、インフレが同中銀の目標水準を上回り続けていることから複数回の追加利上げを行う可能性があると示唆した。MASは、定期の政策決定会合を待たずに、インフレ加速に対処すべく再度「予防的調整」を行うと発表し、シンガポールドルの名目実効為替レートの政策バンドについて、その傾き(上昇ペース)を若干引き上げた。その他では、インドネシア中央銀行が、政策金利を据え置きながらも、銀行に課す預金準備率を年内に段階的に計3.00%引き上げることを発表した。

中国、シンガポール、フィリピンでは2021年の実質GDP成長率が回復
中国の実質GDP成長率は、第3四半期の前年同期比4.9%から第4四半期に同4.0%へと鈍化したものの、2021年通年では2020年の2.2%から8.1%へと大きく加速した。シンガポールの2021年通年のGDP成長率は7.2%と、前年の-5.4%から回復した。フィリピンでは、第4四半期のGDPが上振れし、民間消費の拡大を牽引役に前期比3.1%の伸びを見せ、2021年通年の成長率が前年の-9.6%に対して5.6%となった。

今後の見通し

低金利国の現地通貨建て債券と域内の通貨に対して慎重な姿勢を維持
FRBの政策正常化への道筋は依然かなり不透明感が強く、さらなる政策シグナルを求めて同中銀の発言やメッセージ等には注目が集まるだろう。最初の利上げと正常化プロセスの初期段階にかけて、米国債利回りは上昇を続けると予想するが、年後半はFRBの引き締めの道程がより明確になるとともにインフレが緩和されることによって、利回りはピークを打つとみている。当面のところは、利回り水準の低い国に対して慎重な見方、「キャリーのクッション」がある利回り水準高めの国に対してより中立的な見通しを維持することが賢明であると考える。

目先のアジアの現地通貨建て債券については比較的慎重な姿勢だが、同市場における外国人投資家のポジションが割合軽く資金流出リスクが低めであることには留意したい。FRBがバランスシート縮小計画の詳細を公表すれば、市場は安定化すると予想している。その後年内は、アジア各国のインフレや成長率における差異が、それぞれの市場のパフォーマンスを左右するだろう。同様に、年後半にはインフレ圧力が和らぐとみており、そうなれば利回り上昇圧力が緩和する可能性がある。

一方、FRBの引き締めサイクルに向けて、特に米国の実質金利が上昇していることから、米ドル高が続くと予想している。アジア通貨のなかでは、エネルギー価格の高止まりを受けて、インドやフィリピンなど原油の純輸入量が多い国の通貨に対し慎重な見方をしている。また、アジア諸国の経済が回復するにつれて、インドやインドネシア、フィリピンといった国々は輸入の増加により経常収支が2021年の水準からやや悪化するとみられ、これらの国々の通貨に対しては慎重なスタンスが妥当と考える。


アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場は米国債利回りの大幅上昇を受けて下落
1月のアジアのクレジット市場は、月間トータルリターンが-2.19%となった。主因となったのは米国債利回りの大幅上昇だが、スプレッドも市場全体で0.06%拡大した。格付別では、信用スプレッドが0.04%拡大した投資適格債の市場リターンが-1.88%となった。ハイイールド債は、中国の不動産セクターからネガティブなニュースが続いたことを引き金にボラティリティが著しく高まり、信用スプレッドの拡大幅が一時1.46%にも達したが、結局0.42%の拡大で月を終え、月間リターンが-3.49%となった。

アジアのクレジット市場は厳しい年明けを迎えた。投資適格債については、米国の経済指標が示した根強いインフレ圧力と12月のFOMC議事録のタカ派的な内容を受けて米国金利のボラティリティが高まり、信用スプレッドの拡大を促した。一方、ハイイールド債は、中国の不動産セクターに対する投資家心理の悪化に伴い大きく下落した。中国経済の他セクターへの潜在的波及リスクに対する懸念が強まり、中国のクレジット物全体にとって重石となった。月半ばになると、第三者預託口座に保管されている新築不動産購入のための前払い代金にデベロッパーがアクセスしやすくなるようなルールを、中国政府が全国的に準備しているとのニュースが出た。加えて、中国人民銀行は金融政策による景気浮揚策を強化しており、3回に分けて7日物リバースレポ金利、SLF(常設貸出ファシリティ)、1年物MLF、1年物および5年物LPRを引き下げた。市場は中国の規制当局からの政策支援を歓迎し、中国のハイイールド債を中心に信用スプレッドが縮小に転じた。

国別では、香港のクレジット物がアウトパフォームする一方で、インドネシアのクレジット物がアンダーパフォームした。インドネシアのソブリン物および準ソブリン物は、米国債利回りの上昇への感応度が相対的に高いことからクレジットカーブがスティープ化し、またインドネシア政府が石炭の輸出を禁止したことを受けて、同国の一部のハイイールド銘柄に下方圧力がかかった。

1月は発行市場の起債活動が活発化
1月のアジアでは、翌月に春節(旧正月)の休暇シーズンを控えてクレジット物の新規発行が活発化し、計68件(総額309億米ドル)の新発債が発行された。投資適格債分野では、香港空港管理局(Airport Authority of Hong Kong)の大型ディール(4トランシェで総額40億米ドル)や韓国輸出入銀行(Export-Import Bank of Korea)のディール(3トランシェで総額30億米ドル)、Reliance Industriesのディール(3トランシェで総額40億米ドル)、中国建設銀行(China Construction Bank)のTier2劣後債ディール(20億米ドル)を含め、計42件(総額約273億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計26件(総額約36億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

ファンダメンタルズはアジアの信用スプレッドにとって追い風、ただし下方リスクも高まっている
アジアでは、マクロ環境と企業の堅調な信用ファンダメンタルズが信用スプレッドの追い風になり続けるとみている。しかし、2つの主要な下方リスクが顕在化している。第一に、米国における利上げペースの加速やバランスシートの縮小といった金融引き締めの積極化が、新興国債券などリスク資産からの資金流出を誘発し、アジアを含む新興国のクレジット物の需給バランスを悪化させる可能性がある。第二に、中国では、当局が政策の重点を経済成長の安定化にシフトさせたと示唆しているものの、深刻な不動産不況に見舞われている。中国のマクロは改善が予想されるが、投資適格の発行体を含む中国の不動産銘柄の低迷は、市場全体のセンチメントにより重大な影響を及ぼし始めている。

新型コロナウイルスのオミクロン株をめぐる動きについては注視を続けていくが、経済への影響はデルタ株の感染拡大局面よりも小さくとどまり、アジアの大半の国において2022年の経済活動再開と景気回復を頓挫させることはないであろう、と考えている。ただし、中国、香港、マカオでは、「ゼロ・コロナ」戦略によって依然断続的・局所的なロックダウン(都市封鎖)が実施される可能性があり、国内のサービス業セクターの回復が低調にとどまるかもしれない。

上述のような状況から、すでに過去のレンジの下限近辺にあるアジアの投資適格クレジットのスプレッドが現在の水準から縮小することは難しく、実際、短期的には若干の拡 大が見込まれる。加えて、中国およびアジアのハイイールド債市場が持続的に好転するには、不動産セクターにおけるより決定的な政策緩和が必要だと考える。したがって、当面はリスク度合いの引き上げにあたって慎重かつ選別的な姿勢を維持する。


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