本稿は2022年3月16日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

利回り水準が低い国の債券に対して依然慎重、中国人民元とマレーシアリンギットを選好する一方でインドルピーとフィリピンペソに対して相対的に弱気

サマリー

  • 2月の米国債市場は利回りが上昇し、月末の水準は2年物で前月末比0.255%上昇の1.43%、10年物で同0.048%上昇の1.83%となった。
  • アジア諸国の1月のインフレ状況はまちまちとなり、総合CPI(消費者物価指数)上昇率がインド、インドネシア、タイで加速する一方、中国、マレーシア、韓国、フィリピンでは鈍化した。シンガポールでは、総合CPI上昇率が前月と変わらず前年同月比4.0%となる一方、コアインフレ率は同2.4%へと加速した。
  • インドとシンガポールはともに、財政赤字が縮小する内容の来年度予算を発表した。インドのシタラマン財務相は景気重視型の2023年度(2022年4月~2023年3月)予算を発表し、シンガポールのウォン財務相は予算の重点として新たな歳入拡大策を示した。
  • 中国の政策当局は当月、不動産セクターへの追加支援策を発表した。一方、格付機関のフィッチ社はフィリピンのソブリン債格付けを「BBB」格に、ムーディーズ社はインドネシアのソブリン債格付けを「Baa2」格に据え置くことを確認した。
  • アジアの現地通貨建て債券については、自国債券の米国債動向への感応度が高い国に対して、全般的に中立からやや慎重な見方をしている。アジア通貨のなかでは、中国人民元とマレーシアリンギットを選好する一方、インドルピーとフィリピンペソに対して相対的に弱気なスタンスを取っている。
  • アジアのクレジット市場は、全体で0.303%に及んだスプレッドの拡大と米国債利回りの大幅上昇を受けて、月間リターンが-2.20%となった。格付別の市場リターンは、スプレッドの0.204%拡大した投資適格債が-1.70%、スプレッドの拡大幅が1.073%に及んだハイイールド債が-4.41%となった。国別でもすべての主要国市場でスプレッドが拡大したが、スプレッドの拡大幅が0.091%にとどまった韓国のクレジット物がアウトパフォームする一方、スプレッドの拡大幅が0.449%となった中国のクレジット物はアンダーパフォームした。
  • アジアでは、マクロ環境と企業の堅調な信用ファンダメンタルズが信用スプレッドの追い風になり続けるとみている。しかし、しばらくは下方リスクが支配的な状況が続くとみられ、ロシア・ウクライナ紛争の動向が市場を大きく左右する主材料となるなか、当面はリスクに対して慎重かつ選別的な姿勢を維持する。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

2月の米国債市場は利回りが上昇
2月の米国債市場はイールドカーブのベア・フラット化(短期金利が長期金利よりも上昇する形のフラット化)が続き、利回りがイールドカーブ全体にわたって0.023~0.255%上昇した。当初に利回り上昇の引き金となったのは、米国の非農業部門雇用者数が幅広い分野にわたって市場予想を大きく上回る増加を見せたことと、イングランド銀行およびECB(欧州中央銀行)がタカ派的姿勢を強めたことだった。また、米国の1月の総合CPI上昇率も1982年以来の高水準となる前年同月比7.5%へと加速し、これを受けて米国債利回りは10年物で2%を超えた。月末にかけてはロシア・ウクライナ間の緊張が話題の中心となり、最終的にロシアが2月24日にウクライナに侵攻すると、安全資産への資金逃避が起きて米国債利回りは低下した。しかし、市場の注目が米国のインフレへと戻るのに伴って、利回りはその日のうちに上昇に転じた。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.255%上昇の1.43%、10年物で同0.048%上昇の1.83%となった。

チャート1

1月のインフレ状況はまちまち
アジア諸国の1月のインフレ状況はまちまちとなり、総合CPI上昇率がインド、インドネシア、タイで加速する一方、中国、マレーシア、韓国、フィリピンでは鈍化した。タイでは、エネルギーと食肉の価格上昇が主因となって、CPI上昇率が前年同月比3.23%へと加速した。インドネシアでも同様に、食品価格や輸送費、家庭用機器の価格の上昇を一因として、CPI上昇率が2020年5月以来の高水準へと加速した。シンガポールでは、総合CPI上昇率が前月と変わらず前年同月比4.0%となったが、コアインフレ率は食品、電気、ガスの価格上昇を一因として同2.4%へと加速した。対照的に、フィリピンの総合インフレ率は、一部の食品価格と公共料金の上昇鈍化を受けて減速した。

インドとシンガポールは財政赤字が縮小する内容の来年度予算を発表
インドのシタラマン財務相は成長重視型の2023年度(2022年4月~2023年3月)予算を発表し、財政赤字を2022年度の対GDP比6.9%から同6.4%へと縮小する目標を明らかにした。2023年度予算では、資本支出が25%近く拡大するとともに、純借入額が11.2兆ルピーに増加する見通しとなっている。シンガポールでは、ウォン財務相が2022年度(2022年4月~2023年3月)予算を発表したが、財政赤字は2021年度の50億シンガポールドル(対GDP比0.9%)から30億シンガポールドル(同0.5%)への縮小が見込まれている。高齢化社会による必要な支出の拡大を考慮し、2022年度予算では新たな歳入拡大策に重点が置かれ、とりわけ、固定資産税と炭素税が増税となり、また個人所得税(累進課税)の最高税率が引き上げられる。GST(物品・サービス税)の増税については、インフレ懸念への配慮から、先送りされ2段階に分けて実施される。

中国は不動産セクターへのさらなる支援策を公表
中国の政策当局は当月、不動産セクターへの追加支援策を発表した。なかでも、第三者預託口座に保管されているキャッシュ(新築不動産購入のための前払い代金)へのデベロッパーのアクセスに関する規制の実施要項が公表されたが、この動きによってデベロッパーの財務負担が幾分軽減されると予想されている。加えて、報道によると、中国人民銀行は商業銀行に対し特定の都市で不動産ローンを加速させるよう要請しており、また、複数の国内銀行が一部の住宅購入者向けに住宅ローン金利を引き下げているとされている。

フィッチ社はフィリピンのソブリン債格付けを「BBB」格に、ムーディーズ社はインドネシアのソブリン債格付けを「Baa2」格に据え置き
フィッチ社はフィリピンについて、ソブリン債格付けを「BBB」格に、格付け見通しを「ネガティブ」に据え置くことを確認した。同格付機関によると、ネガティブな見通しは、「中期的な成長見込みをめぐる不透明感に加え、公衆衛生危機への政策対応を巻き戻して政府債務を堅実な削減軌道に乗せるにあたり考えられる困難を反映」している。一方、ムーディーズ社はインドネシアについて、ソブリン債格付けを「Baa2」格に、格付け見通しを「安定的」に据え置いた。同格付機関はこの理由として、同国経済が引き続き堅調さを示しているのに加え、「金融・マクロ経済政策の有効性が維持され世界的な金利上昇に伴うリスクが食い止められる」と予想していることを挙げている。

今後の見通し

利回り水準が低い国の現地通貨建て債券に対して依然慎重、中国人民元とマレーシアリンギットを選好する一方でインドルピーとフィリピンペソに対して相対的に弱気
米FRB(連邦準備制度理事会)による利上げおよび金融政策正常化局面の開始に向けて、米国債利回りの上昇が続くとみていることから、自国債券の米国債動向への感応度が相対的に高い国に対して、全般的に中立からやや慎重な見方をしている。アジア債券市場における外国人投資家のポジションは比較的軽いとみられるため、資金流出リスクは比較的低いと考える。また、FRBの利上げサイクルの初期段階が過ぎれば、世界の金利は安定化すると予想している。

ロシア・ウクライナ紛争がアジアに及ぼす貿易・経済面の直接的な影響は限定的なものにとどまり得るが、戦争が長引けばコモディティ価格の高止まりが長期化する可能性があり、その結果、インフレ圧力が高まって家計の購買力が低下すると予想される。アジア諸国の対外収支が改善するか悪化するかは、その国がエネルギーの純輸出国か純輸入国かによる。

アジアの大半の国はエネルギーおよびコモディティの大規模な純輸入国である(マレーシアとインドネシアはその度合いがより小さいが)ことから、原油価格の高止まりが長期化すればアジアの対外収支は悪化すると予想する。アジア通貨のなかでは、中国人民元とマレーシアリンギットを選好する一方、インドルピーとフィリピンペソに対して相対的に弱気なスタンスを取っている。


アジアのクレジット市場

市場環境

2月のアジアのクレジット市場は下落
アジアのクレジット市場は、全体で0.303%に及んだスプレッドの拡大と米国債利回りの大幅上昇を受けて、月間リターンが-2.20%となった。格付別では、スプレッドの0.204%拡大した投資適格債の市場リターンが-1.70%となる一方、一部の中国の不動産企業発行体における固有リスクが引き続き市場センチメントに悪影響を及ぼしたハイイールド債は、スプレッドの拡大幅が1.073%に及んで市場リターンが-4.41%となった。

月初のアジアの信用スプレッドは、アジアの投資家の多くが春節(旧正月)の休暇に入ったのに伴い、概ね横ばいで推移した。その後、月半ばからは、ロシア・ウクライナ間の緊張の高まりを受けてリスク資産が下落したため、スプレッドが大幅に拡大した。ウクライナとの国境沿いで数ヵ月にわたり軍備を増強してきたロシア軍が、2月24日にウクライナへの攻撃を開始すると、市場の不透明感が強まるなかでリスク資産はさらに売り込まれ、ブレント原油が5%超急騰し2014年以来初めて1バレル当たり100米ドルを突破した。中国では政府が不動産セクターへの支援策を発表したが、市場センチメントは低調で、投資家の目は一部の中国の不動産企業など発行体固有のネガティブなニュースに注がれた。

国別でも、すべての主要国市場でスプレッドが拡大した。スプレッドの拡大幅が0.091%にとどまった韓国のクレジット物がアウトパフォームする一方、銘柄固有のニュースが引き続きハイイールド・セクターの重石となった中国のクレジット物は、スプレッドが0.449%拡大しアンダーパフォームした。フィリピンとインドネシアのソブリン債および準ソブリン債は、格付けが据え置かれたものの、テクニカル要因がファンダメンタルズ要因に影を落とし続け、ハードカレンシー建て新興国債券からの資金流出と金利のボラティリティに対し依然として非常に高い感応度を示した。インドのクレジット物も、ロシア・ウクライナ紛争の引き起こしたリスクオフ・センチメントを受け、スプレッドが0.234%拡大して債券価格が下落した。

2月の発行市場は春節の休暇シーズンで起債活動が鈍化
2月のアジアの発行市場は、春節(旧正月)の休暇シーズンで起債活動が鈍化した。リスク・センチメントの低迷も発行体の動きを鈍らせた。投資適格債分野では、韓国産業銀行(Korea Development Bank)のディール(2トランシェで総額15億米ドル)や中国中信(CITIC)および中國銀行(Bank of China)のディール(それぞれ2トランシェで総額10億米ドル)を含め、計24件(総額117.2億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計9件(総額約17.1億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

ファンダメンタルズはアジアの信用スプレッドにとって追い風、ただし足元では下方リスクが優勢
アジアでは、マクロ環境と企業の堅調な信用ファンダメンタルズが信用スプレッドの追い風になり続けるとみている。しかし、当面は下方リスクの優勢な状況が続くだろう。

ロシア・ウクライナ紛争の悲劇的かつ急速な激化、米国・EU(欧州連合)およびその同盟国によるロシアへの厳しい制裁措置、そしてロシアによる報復措置の可能性が、世界のリスク・センチメントに打撃を与えている。中国を除けば貿易・金融面におけるアジアのロシアおよびウクライナとの直接的なつながりは比較的小さいものの、エネルギー価格の上昇や世界の金融環境がタイト化する可能性、当面の景気見通しが悪化する可能性による間接的な影響は、ある程度響くことになるだろう。同様に、アジアの企業や銀行の大半は、ロシアおよびウクライナへのエクスポージャーが管理可能な水準にあるとみられるものの、今回の事象から生じる売上げ・資産の減損リスクは避けられない。地政学的緊張が高まるなか、予想されているFRB他の主要中央銀行による積極的な金融政策正常化など、他のグローバルなリスク要因は今のところ二の次にされているが、それでもそれらが潜んでいることに変わりはない。

一方、中国の不動産セクターは、当局が需要サイドを対象としたものを含め追加の緩和策を発表しているにもかかわらず、ストレスが強まり続けている。非常に厳しい内容が予想される決算発表シーズンを控えて、また個別企業の信用不安が続くなか、リスク・センチメントは極めて低調な状況が続くとみられる。中国ではマクロ政策の緩和が進行中だが、不動産セクターを対象とする支援策がさらに必要であることは明らかだと当社では考える。加えて、香港では新型コロナウイルスの感染拡大状況が依然深刻であり、そのため香港のクレジット物は不動産や消費といったセクターを中心に圧力に晒され続ける可能性がある。

このような状況から、アジアのクレジット市場は、バリュエーションがより魅力的な水準となっているものの、スプレッドの縮小が期待しづらい。むしろ、ロシア・ウクライナ紛争の展開を主要な要因として、当面は一段の小幅拡大が予想される。したがって、当面はリスク度合いの引き上げにあたって慎重かつ選別的な姿勢を維持する。


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