本稿は2022年4月20日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
債券市場は利回り急上昇を経て安定的に推移、アジア通貨は追い風が強まる見通し
サマリー
- 3月の米国債市場は、米FRB(連邦準備制度理事会)がインフレ抑制への決意を示したことを受け、イールドカーブ全体にわたって利回りが上昇するとともに短期債が長期債をアンダーパフォームした。月末の米国債利回りは、10年物が前月末比0.514%上昇の2.341%となったのに対し、2年物が同0.902%上昇の2.337%となった。
- 中央銀行の間では政策金利を据え置く動きが見られた。タイとフィリピンの中央銀行はインフレ見通しを上方修正した。アジア諸国の2月のインフレ状況はまちまちとなった。
- 中国の李克強首相は当月、2022年のGDP(国内総生産)成長率目標を「5.5%前後」に設定する方針とともに、CPI(消費者物価指数)上昇率は3.0%以内に収まるとの見通しを示した。その他、劉鶴副首相は金融市場の安定化を後押しする当局の方針を発表した。
- 3月のアジアのクレジット市場は、信用スプレッド縮小によるプラス効果が米国債利回りの上昇によって相殺され、月間リターンが-2.03%となった。格付別の市場リターンは、スプレッドの0.071%縮小した投資適格債が-1.91%、スプレッドの0.258%縮小したハイイールド債が-2.60%となった。
- 世界的に金利は足元の水準からもみ合いで推移すると予想しており、デュレーションに対する見方の慎重度を和らげた。通貨については、マレーシアリンギット、インドネシアルピア、シンガポールドルに対してポジティブな見方をしている。
- 世界および地域での最近の動向を受けて、アジアのマクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズに対する下方リスクが強まっており、その結果として国・セクター間のパフォーマンス格差が拡大する可能性があるとみている。しかし、アジアの信用スプレッドには現在の水準にバッファーがあることから、大幅な拡大にはつながらないかもしれない。こうしたなか、当面はリスクに対して慎重かつ選別的な姿勢を維持する。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
3月の米国債市場は利回りが上昇
3月の米国債市場は価格の下落基調が強まり、利回りの上昇幅がイールドカーブ全体で0.286%~0.902%に上った。米FRBがインフレ抑制への決意を示したことを受けて、短期債が長期債をアンダーパフォームした。月初は、ウクライナ危機の展開に伴ってセンチメントが低迷するなか、米国債利回りは低下した。その後、米国のCPIがインフレ率のさらなる上昇を示すと、FRBが金融政策の引き締めを加速させるのではとの見方が強まり、金利は急上昇した。また、ECB(欧州中央銀行)が金融緩和の巻き戻しを予想外に加速させたことも、利回りの上昇継続をさらに助長した。月の半ばには、FRBが事前に十分周知していたとおり0.25%の利上げを実施し、ジェローム・パウエルFRB議長はバランスシートの縮小を早ければ5月にも開始する可能性を示唆した。その後は、リスク資産が強含んだことや、FRB議長を含め複数のFRB高官が必要に応じて利上げをより積極化する用意があるとしたことから、債券利回りは再び急上昇した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.902%上昇の2.337%、10年物で同0.514%上昇の2.341%となった。
2月のインフレ状況はまちまち
総合CPI上昇率は、韓国、インド、タイ、シンガポールで加速する一方、マレーシア、インドネシアでは鈍化し、中国、フィリピンでは横ばいとなった。タイの2月のCPI上昇率は、生鮮食品やエネルギーの価格が上昇するなか前年同月比5.28%と2008年9月以来の高水準に達し、タイ中央銀行の目標レンジを大きく上回る加速を見せた。また、シンガポールでは、民間輸送費の上昇加速を受けて総合CPI上昇率が加速した。マレーシアの2月のCPI上昇率は、食品以外の物価上昇ペースが鈍化したこともあり、3ヵ月連続での減速となった。その他、インドネシアではインフレ圧力が比較的低水準にとどまり、2月の総合CPI上昇率が前月の前年同月比2.18%から同2.06%へと減速する一方、コアCPI上昇率は前月の同1.84%から同2.03%へと加速した。
金融当局はインフレ見通しを上方修正するも政策金利を据え置く
インドネシア、マレーシア、タイ、フィリピンの各中央銀行は、コモディティ価格の上昇がもたらすリスクを認識しながらも、政策金利を据え置いて景気回復を下支えする姿勢を表明した。タイの中央銀行は、供給面の要因を理由として、2022年のCPI上昇率予想を従来の前年比1.7%から(同中銀の目標レンジ同1~3%を上回る)同4.9%へと引き上げた。一方、2022年のGDP成長率予想については、原油およびコモディティ価格の上昇や外需の鈍化を踏まえて、従来の3.4%から3.2%へと下方修正した。フィリピンでも同様に、中央銀行が原油価格の上昇を受けて2022年のCPI上昇率予想を従来の前年比3.7%から引き上げ、同中銀の目標レンジ2~4%を上回る4.3%とした。
中国は2022年の成長目標を「5.5%前後」に設定、政策当局は金融市場の安定化を断固として後押し
中国の李克強首相は、2022年のGDP成長率目標をかなり強気な「5.5%前後」とすることを発表するとともに、CPI上昇率については3.0%以内に収まるとの見通しを示した。政府は2022年の財政赤字対GDP比率目標を2.8%程度とした。これは2021年目標の3.2%からの削減だが、前年度の剰余金や国有企業の利益上納金などの要因も含まれる。また、政府は金融政策の「実施加速」、住宅市場の安定化、年間エネルギー消費量目標の柔軟化をめざすとしている。その他、政策当局は金融市場の安定化を断固として後押しする姿勢を示し、劉鶴副首相が開いた金融安定発展委員会の会合で、不動産セクターをめぐるリスクの軽減、インターネット関連企業に関する「是正措置」の可及的速やかな完了、米国市場での中国企業の上場をめぐる問題解決への取り組みを確約した。また、不動産税案の試験導入について、財政部が対象都市拡大の延期を決定した。
今後の見通し
デュレーションに対する見方の慎重度を緩和、マレーシアリンギット、インドネシアルピア、シンガポールドルを選好
3月は世界の金利が急上昇したが、その主因となったのは、インフレの上振れリスクを受けて世界中で資金流動性を引き揚げる動きが加速するとの懸念である。足元の市場は、年内にFF(フェデラル・ファンド)金利がさらに計2.00%引き上げられるとの見方を織り込み済みだ。当社では、世界的に金利は足元の水準からもみ合いで推移すると予想しており、デュレーションに対する見方の慎重度を和らげた。アジア通貨については、世界の金利市場の安定化に伴い、この先は追い風が相対的に強まるとみている。域内通貨のなかでもマレーシアリンギットとインドネシアルピアは、ともにコモディティ高の恩恵が続くと期待されるため、引き続き選好している。シンガポールドルについても、MAS(シンガポール金融通貨庁)が4月に為替管理政策をさらに引き締めるとみており、そうなれば通貨バスケットに対するシンガポールドルのNEER(名目実効為替レート)が一段と上昇する可能性があることから、域内の他の通貨と比べて需要が高まると予想している。
アジアのクレジット市場
市場環境
アジアのクレジット市場はボラティリティが高まる
アジアのクレジット市場は、全体で信用スプレッドが0.112%縮小したものの、それ以上に米国債利回りが大幅上昇したことから、月間トータルリターンが-2.03%となった。格付別で見ると、投資適格債はスプレッドが0.071%縮小しながら市場リターンが-1.91%となり、スプレッドが0.258%縮小したものの市場リターンが-2.60%となったハイイールド債を上回った。
3月のアジアのクレジット市場は極めてボラティリティの高い展開となった。月初は、市場の注目が引き続きウクライナ危機に集まるなか、全般的にリスク・センチメントが低迷した。コモディティ価格の上昇を受けてインフレ圧力が一段と高まるとの懸念が強まり、当初はスプレッドが拡大した。その後、中国の主要都市におけるロックダウン(都市封鎖)措置の拡大、米国株式市場で中国企業の一部が上場廃止になる可能性があるとの報道、中国の不動産セクターの個別企業に関するニュースなどが、すでに脆弱な市場センチメントのさらなる重石となった。月の中頃にセンチメントを劇的に好転させたのは、中国の劉鶴副首相が経済と資本市場を支援する政策展開を明言したことだった。特に、インターネット関連企業への規制強化が終了間近であると再確認したことや、不動産デベロッパーを取り巻くリスクを軽減するために「強力かつ効果的な措置」を実施すると宣言したことが好感され、中国のクレジット物はそれまでの大幅な下落分をほぼ帳消しにする力強い反発をみせた。その後も、中国の中央銀行が金融政策による支援を強化すると表明したことや、中国当局が経営難に陥った金融機関を支援するために新たに大規模な安定化基金を設立する案を検討していると報道されたことを受けて、投資家心理は一段と改善した。
国別で見ると、3月はタイ、シンガポール、香港を除くアジア域内のすべての主要市場でスプレッドが縮小した。インドネシアのクレジット物は、国内のマクロ環境に関する良好なニュースに加え、月後半における新興国債券の資金フローの安定化や世界的なリスク・センチメントの落ち着きを受けて、他国市場をアウトパフォームした。フロンティア市場では、国内の経済危機が深刻化したスリランカのソブリン債が過去最安値近辺まで下落した。IMF(国際通貨基金)は月中、同国の公的債務が「持続不可能な水準」まで増加しているとともに、外貨準備も不足しており当面の債務返済を履行できる水準にないと言明した。
3月の発行市場は月後半に起債活動が加速
3月のアジアの発行市場では起債活動が活発化し、ボラティリティの低下した月後半に発行が集中した。投資適格債分野では、United Overseas Bankのディール(3トランシェで総額21億米ドル)やフィリピンのソブリン債ディール(3トランシェで総額22.5億米ドル)、インドネシアのソブリン債ディール(2トランシェで総額17.5億米ドル)、DBS Bankのディール(15億米ドル)を含め、計28件(総額152億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計34件(総額約47億米ドル)となった。
今後の見通し
ファンダメンタルズの下方リスクが強まるものの、既存のバッファーによって大幅なスプレッド拡大は回避へ
3月初めにアジアのクレジット市場に悪影響を及ぼしたリスク要因の多くは、依然存在している。しかし、これらの要因の一部には若干の改善が見られており、経済成長やインフレといったファンダメンタルズへの中期的な影響は依然不透明ながらも、リスク・センチメントへの打撃はピークを過ぎた可能性が高い。ロシア・ウクライナ戦争は長引いているが、本稿執筆時点において、少なくとも代表団による停戦協議が行われている。各国政府は、原油をはじめとするコモディティ価格の急上昇を受けて、インフレや家計への圧力を和らげるべく財政措置やその他の的を絞った対策を発表しており、例えば米国政府は向こう6ヵ月間に戦略的備蓄から相当量の原油を放出することを決定した。米FRBによる積極的な引き締めサイクルが差し迫っている模様だが、米国債市場はこれをすでに十分に織り込んで調整しているため、ここから米国債利回りが上昇するリスクは限定的とみられる。一方、中国の政策当局幹部は、不動産セクターの健全性や中国企業の米国証券取引所における上場状況など主な懸念事項への対処を再び約束している。しかし、これまで発表された政策措置は小粒かつ幾分断片的なものにとどまっており、また、主要地域における新型コロナウイルスの感染再拡大は、経済成長にさらなる下押し圧力をもたらす可能性がある。
こうした世界・地域での動向を受けて、アジアのマクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズに対する下方リスクが強まっており、国・セクター間のパフォーマンス格差は拡大するとみられる。しかし、アジアの信用スプレッドについては、3月後半の戻りを経てさらなる縮小余地は当面限定的だとしても、現在の水準にバッファーがあることから、ファンダメンタルズ全般の下方リスクがスプレッドの大幅な拡大につながるとは予想していない。こうしたなか、当面はリスクに対して慎重かつ選別的な姿勢を維持する。
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