本稿は2022年2月7発行の英語レポート「India: Reaping growth from change」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

帰省できなかった2年間を経てインドに帰り1ヵ月を過ごした私は、そこでの新常態に良い意味で驚かされた。コロナ禍は大きな苦難となってきたが、テクノロジーの普及などを中心にポジティブな変化も引き起こしている。

アヌージャ・ムンデ/シニア・ポートフォリオ・マネジャー

筆者は最近、インドで1ヵ月の休暇を過ごした。これほどマーケットから離れたのは過去17年間で初めてのことだった。ブルームバーグ端末から離れていたからか、何事に対してもあくせくしない国柄やインド人の気質か、心温まる家族や友人との触れ合いのおかげかはさて置き、長年の中で最も思い出に残る最高の旅だった。

今はシンガポールに戻っており、心は里帰りモードのままだが、頭は切り替わっている。物質主義かそれとも不平等か、目ざとさかそれとも純朴さか、効率性かそれとも無秩序か、社会への順応かそれとも市民意識の欠如か、柔軟性かそれとも歪んだ伝統か。どちらの方が良いのかといつも思い巡らしている。私の心はいつも(実際そうではなかった)過去に憧れ、決して実現しない未来を望むのだと思う。嗚呼、移住した者の心の葛藤である。

今回は仕事目的での旅行ではなかったが、現地にいる間に観察したいくつかの点を紹介していきたい。

インド国内では、新型コロナウイルスはもう存在していないように感じられた。マスクは出回っているが蝶ネクタイのように衣服の一部と化している。鼻より下の位置にあるのが普通で、首付近にあることも多い。私が話した誰もが感染死やロックダウン(都市封鎖)、入院、後遺症などの悲惨な話をしていたことを考えると、そうした状況は尚更驚きである。ウイルスの変異が続く場合、インドは人口が多く、人々の行動様式も多種多様であることから、さらに多くの変異株の発生源になる可能性がある。しかし、集団免疫やワクチンが有効であるなら、おそらくインドの免疫レベルはすでに非常に高い水準にあるだろう。

ワクチンについては、経済的階層が低い人々や農村部の住民による接種がより進んでいることは意外である。コロナ懸念が大幅に後退しているなか、都市部では2回目接種に消極的な風潮がある。18歳を超える人口のワクチン接種完了率が38%にとどまっているものの、ワクチン接種センターはがらがらである。とは言え、国中がオミクロン株不安に襲われたのちは事前予約不要のウォーク・イン接種者数が増加したと報じられた。

18歳未満は依然として概ねワクチン未接種である。当該年齢層はインド人口の大きな割合を占めていることから、より毒性の強い変異株が現れる場合にはそのことが影響してくるとみられる。

コロナ後遺症は大きな問題となっている。私が聞いたところでは、皮膚の発疹、抜け毛、脈拍や血圧の急変などがよくある症状である。

新たな感染の波が訪れるリスクは存在するものの、全国的なロックダウンは発動されないと思われる。特定地域での制限が導入される場合にも、遵守率は低い可能性が高い。

ロックダウンによる最大の損害は授業のオンライン化、一方で女性は在宅勤務の恩恵を享受

インドでは、飲食店、ショッピング、大規模な結婚式など、すべてがほぼ正常な状態に戻っているが、学校は例外であり、2年間のロックダウンを経て再開され始めたばかりである。オンライン授業は、一部のオンライン会議のように茶番と言えるかもしれない。インターネット接続の調子が悪く、家族全員で端末を共有している状況であれば尚更である。貧しい人々はちゃんとしたスマートフォンを持ってさえいない。きちんとしたインターネット接続や、教師を見ることや聞くことができるスクリーンも持っていないのは言うまでもない。社会のなかでも貧しい層は、オンライン授業による長期的な社会経済面の悪影響を痛感するとみられ、中途退学も普通になる可能性がある。近所の9歳の子は九九の5の段を言うことができず、友人の14歳の子はフォーミュラワンのビデオゲームに夢中で、プロのレースカードライバーになることを目指している。勉強熱心な16歳の女の子は成績がクラス1番でなくなり、医科大学へ入学できるかどうか(医師によるカウンセリングが必要なほど)大きな不安を抱いている。誰もが同じ成績なので正規分布曲線はフラット化した。教育現場の混乱が農村部の子どもたちに及ぼしている影響については言うまでもない。

ロックダウンは、他のどの場所にも当てはまるとみえるが、金持ちをより金持ちに、貧しい者をより貧しくしているように見受けられる。

一方、1つの明るい点として、在宅勤務はより多くの女性の就労開始や就労継続を後押ししている。雇用者はこれまで前例のない柔軟な勤務体系を提供している。ロックダウンが実施される以前、インドでは女性の労働参加率が低下傾向を辿っていたことから、これは構造的に大きなプラス要因となっている。女性は今では三輪タクシーや自動車タクシー、観光バスを運転しており、ガソリンスタンドで働いている者もいる。このことは、生産性や経済の乗数効果の両方にとって良い兆しである。

再び猛威を振るうインフレ

ヒンドゥー語で物価上昇を意味する「Mehengai」は、過去数年間忘れられていた言葉だったが再び現れており、衣服、野菜以外の食品、交通、サービスなどの様々な品目においてインフレが見られる。降雨量が多く、保存技術が向上したことで食品価格が引き続き抑制されていることは、せめてもの救いである。インフレの加速に加え、格差が拡大していることは、インドの政治や政策の行方に長期的な影響を及ぼすとみられている。

何の進展もみられない実店舗型銀行支店

今回の旅行ではかつてないほど何度も銀行支店を訪れた。もう二度と同じ経験はしなくていいことを願っている。公営銀行には、オンラインで簡単に済ませられることをするために多数の人が訪れている。銀行支店を訪れるのは時間つぶしに来る高齢者だけだろうといつも思っていたが、全く間違っていた。銀行支店はもっと若い人々で一杯になっている。このバンキング新時代において信用がどうなろうとも、預金の公営銀行離れは当分起こりそうにない。

銀行支店の実店舗の存在は依然として非常に重要となっており、インドはデジタル化が進行中で、完全にオンラインへ移行するだろうと言っている新世代の銀行家は現場で何が起こっているかを知らない。筆者はICIC Bankの支店を午後7時半に訪れた(同支店は2交代勤務シフトで営業している)。その時刻でもクリケット競技場の如く賑わっていた。人々は未だに銀行支店へ出向いて銀行口座を新規開設したり、投資アイデアを求めたり、金または持ち家を担保としてどのような種類のローンが利用可能かを把握したり、当座預金口座の開設に必要な書類を確認したりしている。

筆者は銀行で列に並んで待っているときに興味深い会話を沢山した。その主な内容をいくつか紹介しよう。

何世紀も前から伝統的に漁業を行ってきた民族集団である「コリ人」コミュニティーで魚屋を営む女性は、孫娘のために銀行口座を開設していた。インドで2番目に人口が多いマハラシュトラ州のコリ人コミュニティーの人々は、現金を信用しないことで知られており、貯蓄のすべてを実物資産、特に金で保有するのが通例である。彼女はそれが変わりつつあること、孫娘の将来が自分のときよりも良いものになって欲しいと考えていることを話してくれた。

ロックダウン期間中に飲食ビジネスを始めた女性は今や、金担保ローンを組んでビジネスの規模を拡大し始めていた。配偶者からの援助なしに自力でやっていることを自慢げに話していた。

プライベート運転手として働く若い男性は、低所得者向け住宅普及支援制度のもとで住宅ローンを組んでおり、その一部を返済するための十分な金額を貯めていた。自分の車を買って自分で会社を始めることを検討するかどうか聞いてみたところ、そのためのローンは組みたくなく、また、両親にローンの残っていない家を持つ喜びを感じて欲しいと言っていた。

テクノロジーの普及率が高い

旅行中であれ、レストランの予約をしようとしているとき、または小銭の支払いをしようとしているときであれ、誰もが「Google kar」(単純に翻訳すると「Google it(ググって)」)と言ってくる。このブランドに対してインド人が持つ信頼は驚くべきものであり、インドはここ数年間において瞬く間にGoogleの主要商品にとっての一大市場となった。

WhatsAppはもう1つの大手プレイヤーで、結婚式用の自己紹介データの送付や認証情報の確認、便利屋探し、その他多くの用途に用いられている。もしWhatsAppが決済サービスを導入すれば、インドの決済分野におけるゲームチェンジャーになるとみられる。ショッピングモールはもはや紙のレシートを発行してくれず、WhatsAppやSMSで送付している(また、ビニール製のレジ袋ももらえない)。SaaS(ソフトウェア・サービス)は巨大テーマとなっている。

eコマースも活況を呈している。様々なeコマースチャネルにおいて配達と返品はあまりも一般的となっており、利益を出せている者はいるのだろうかと思ってしまう。今や寺院に行くのにもアプリでの予約が必要だ。シッディビナヤック寺院1への訪問は、昔は半日かかっていたが、時間枠指定の予約制のおかげで30分ちょうどで終わった。

日興アセットのアジア株式チームでは、ICIC Bank、HDFC Bank、Kotak Mahindra Bank、Indusland Bankなどのインドの民間銀行は金融セクターにおけるテクノロジー普及加速の恩恵を受けると予想している。その他、精油・石油化学大手のReliance Industriesは方向転換を順調に進めており、テクノロジーを原動力とした新世代の企業となりつつある。

当社アジア株式チームが投資したテクノロジー分野のZomato、Nykaaなどの新規公開株式は株価が非常に好調な滑り出しをみせた。また、より多くの新規上場が実施されていき、こうしたダイナミックで急成長を遂げるセクターに参加する機会を長期投資家にもたらすとみられる。

政治への注目が低下、高級品への支出が増加、初期の不動産ブーム

筆者が会話したなかで政治が議論されることはほとんどなかったが、これはインドにおいては極めて稀なことである。モディ首相に対する疲労感か失望か、新型コロナ危機への首相の対応の仕方からきているものなのかは分からない。しかし、人気と選挙は別問題であり、少なくとも今のところ政治に不安定さはみられない。

YOLO(you only live onceの略で、人生一度きりという意味)効果はインドでも起きている。若かろうと年配だろうと、大多数の人は極めて近いところで死を目の当たりにしてきた。こうした現象によるものか、貯蓄率の上昇という純粋に経済的側面によるものかはさて置き、人々は生活を快適にしてくれるものや高級品への支出を増やしている。より大きな家、より大きな車、より贅沢な休暇など、誰もが自分の手の届く一番良いものを買いたい様子だ。一方、入店するためにはワクチン接種を完了している必要があることから、ショッピングモールが大勢の人で賑わっているわけではない。

少なくともムンバイは不動産ブームの段階に入っている。街の至る所で巨大高層ビルの建設が進められている。中間所得層の消費者は、設備や家具などが揃っており即入居可能な新築マンションへ殺到している。今のところ価格は安定しているが、将来的には大幅に上昇するというのが大方の見方である。インフレ期待はこれに大きな役割を果たしており、住宅市場は上昇サイクルへの転換点にあると筆者は考えている。インド全国に展開するトップクラスのデベロッパーであるGodrej Propertiesは、当社アジア株式チームが運用するポートフォリオの組入銘柄の1つであり、こうした不動産セクターの上昇の動きの恩恵を受けると期待される。

新型コロナウイルス流行が良好な変化を引き起こしており、インド経済は持続可能かつ長期的な成長性を提供

以上を総合すると、本稿執筆時点においてインドはコロナ禍およびそれに伴うロックダウンから非常によく立ち直っている。コロナ禍は大きな苦難となってきたが、勇気や立ち直る力、挑戦に立ち向かうために立ち上がる人間性の素晴らしさも目の当たりにしてきた。

インドのGDP成長率は、建設活動、自動車セクターの持ち直し、より広範な経済活動の再開、サービス需要の高まりを原動力に、市場予想を上回る可能性があると筆者はみている。一見ばかげたバリュエーション水準での未公開企業や新規上場企業の株式発行が続いているが、これらの企業は雇用創出や投資という点において乗数効果を発揮することも確かである。

当面はオミクロン株の深刻な流行がリスクとなり続けているものの、当社アジア株式チームでは、有利な人口動態やインフラの改善、深く根差した構造改革を根拠に、インドの長期的な見通しについて楽観している。コロナ禍は変化を加速させてきた。それは、テクノロジーの普及という面を中心に、成長に活かすことができる変化であり、効率性や生産性の著しい向上をもたらしている。アジア域内のなかでもインドに対して強気な見方をしており、大きな成長ポテンシャル、急速な変化へ適応できる経営陣、質の高いガバナンス慣行を備える企業を求めて目を光らせている。

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