本稿は2022年3月22日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

戦争が大きな不透明感を生み出し、コモディティ由来の物価圧力によって状況がさらに複雑化

投資環境概観

ロシアのウクライナ侵攻とそれに続く世界的な軍事大国を巻き込んだ戦争は、投資家に大きな不透明感をもたらしている。世界各国は協調して非難を示しており、それを裏打ちする懲罰的制裁措置は、ほぼ間違いなくロシア経済に打撃を与えるとともに、世界の需要の大きな重石となる一方でインフレ圧力を高める可能性がある。その震源地である欧州は、(ウクライナとロシアを除くと)最も大きな経済的苦痛を被る可能性が高い。世界の他の地域については、コモディティ価格の上昇は動かぬ事実だとしても、物価上昇と不透明感の強まりが最終需要にどの程度の影響をどのように与えるかは、あまり明確とは言えない。

各国中央銀行は戦争が勃発する前からすでに厳しいインフレ環境に直面していたが、今回のコモディティ主導の物価圧力によって問題がさらに複雑化することになりそうだ。しかし、政策担当者は世界の需要に及ぶであろう悪影響も考慮しなければならないことから、市場がいくらかの安堵感を見出しているのは、数週間前に予想されていたほど積極的な金融引き締めは行われないかもしれないとの考えだ。そのようなシナリオは十分に考えられるが、いずれにせよ地政学的リスクはグロース資産にとってポジティブな環境をもたらさない。

今後どうなるかを推測したいところだが、結論を出すには依然時期尚早であり、先行きがより見通しやすくなるまでは低リスクを維持した方が賢明かもしれない。一方、利回りを狙える投資機会がまだいくつかの分野で見られるが、デュレーション・リスクについては低く抑えた方がいいと考える。コモディティへの連動性が高いグロース資産は、インフレ・リスクに対するヘッジという観点から投資妙味がある。また金も、高インフレと並外れて高い地政学的リスクに対するプロテクションとなり得る。

クロス・アセット

当月は、グロース資産のスコアを再び引き下げて小幅のマイナスとする一方、ディフェンシブ資産に対しては慎重なスタンスを維持した。ロシア・ウクライナ戦争は、控えめに言ってもありがたくないサプライズであるのは間違いない。両国の経済規模は合わせても世界の他の国々に比べて小さいが、この出来事によってエネルギーなどコモディティ供給輸出の混乱を中心に多大な不透明感がもたらされた。加えて、ロシアの一部の銀行がSWIFT(国際銀行間通信協会の提供する決済ネットワーク)から排除されたことや中央銀行の外貨準備へのアクセスが制限されることがもたらし得る波及的影響も、予測するのが難しい。ロシアとウクライナが打撃をまともに食らうのは明らかだが、コモディティ価格の上昇が既存のインフレ圧力を悪化させる一方で需要を後退させ得ることから、欧州を中心に世界の他の国々も今回の危機の影響を受けるだろう。

足元の問題は、こうした新たな逆風が、コロナ禍の最悪期を過ぎ回復しつつある世界の需要に対し、どの程度の圧力を加えるかということだ。需要の成長への新たなリスクが生じているなかでインフレ圧力がさらに高まっていることにより、中央銀行の仕事が一層困難になるのは明らかである。したがって、当社ではグロース資産のスコアを中立よりも下に引き下げ、先進国市場に対し慎重なスタンスを強める一方、資金ローテーションの続く可能性がある新興国市場を選好する。

ディフェンシブ資産では、クレジット・インパルス(新規与信の対GDP比での伸び率)の加速により最近中国債券の利回りに上昇圧力がかかっていることを主な理由として、先進国のソブリン債のスコアを引き下げた。一方、多くの新興国では金融引き締めが進んでおり高利回りの投資機会が依然見られるため、現地通貨建て新興国債券に対してポジティブな見方をしている。また、コモディティの供給逼迫が追い風になることや、ポートフォリオの他のリスクに対するヘッジとして有効であることから、コモディティのスコアをオーバーウエイトへと引き上げた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

景気見通しの不透明感が増すなか、ポートフォリオ運用ではポジショニングが極めて重要になると考える。株式に対しては慎重なスタンスを取るのが賢明とみており、そうすることによってより、長期ベースでのプロテクションを加えることもできる。戦争と制裁措置の影響はまだシステムに波及しきっておらず、その先行きがより明確になるまではリスクは下方に偏重し続ける可能性があるからだ。

適切なポジショニングを考えるにあたり、答えの一端は、戦争と制裁によって悪化する可能性のある現在のストレスポイントを把握することにあると考える。注目すべき点として、インフレは戦争以前からすでに根強いストレスポイントであり、サプライチェーンの混乱がその一因となっていた。しかし、インフレの原因は、投資が長年にわたって低調にとどまってきたことにより、コモディティ生産者の供給能力が限定的となっていることにもある。現時点では、戦争とそれに続く制裁措置を受けて、供給の混乱がさらに深刻化の一途を辿り世界中でインフレ圧力に拍車をかける可能性がある。

もちろん、考慮すべき要素は他にもある。先進国の中央銀行は、期待を裏切って根強く続いているインフレを食い止めるべくすでに政策の引き締めに備えていたが、今では戦争がその問題をさらに悪化させている。中央銀行は、供給由来の物価上昇圧力をコントロールすることは無理だが、需要を抑制するために金利を引き上げる必要が生じるかもしれない。そのようなやり方で物価上昇を抑制することは、最終的に景気見通しにとってよりマイナスとなる可能性がある。

見方を大きく変えたとはいえ、当社では依然としてグロース資産を有望視している。グロース株対バリュー株の観点からは、景気刺激策の後退が企業収益の伸びを鈍らせ、株価バリュエーションが金利上昇環境下でより合理的な水準へと落ち着くのに伴い、長期的グロース株のカテゴリーにわたって一段の調整が進むと依然みている。しかし、物価上昇と金利上昇の組み合わせが最終的に需要全体を阻害することになれば、景気敏感株もまた悪影響を受け得る。

現段階では、コモディティへの連動性が高い株式のエクスポージャーでリターンを狙うようなポートフォリオ・ポジショニングを選好している。そのような株式セクターはすでに大きな値動きを見せていることから、今月はこの種のエクスポージャーを掘り下げてみることにする。

コモディティ関連株:紛争が価値を生み出す時

中国がインフラへの大規模な過剰投資から撤退したことに始まり、OPEC(石油輸出国機構)の協調決裂と米国におけるシェールオイル生産への大幅な過剰投資が判明したことを受けて2015年にエネルギー・セクターが総崩れとなったことに至るまで、コモディティへの連動性が高い株式は10年超にわたり基本的に不人気が続いてきた。生産設備への投資はコモディティ分野全般で実質的に停止され、ネットゼロ・エミッション(温室効果ガスの人為的排出量を吸収・除去量で相殺し実質排出量をゼロとすること)に向けた最近の政策推進が、生産設備への新規投資をさらに思いとどまらせることとなった。

新規投資不足から、コモディティ価格はすでに上昇傾向を辿っていた。特にエネルギーは価格上昇が顕著であったが、この一因は政策にもあり、化石燃料の価格上昇がより環境に優しい代替技術への投資を促した。当社では、ロシア・ウクライナ戦争とそれに伴うロシア政府への制裁措置により、エネルギーから金属に至るまで世界の生産能力が一段と低下し、すでに逼迫している供給圧力に拍車をかけると予想している。コモディティ価格の上昇はコモディティ生産企業の利益成長を支える傾向にあることから、今後の投資機会として当該資産クラスを検討してみる。

まず、これまでの相場上昇を考えると、上がり過ぎではとの疑問が生じるのは妥当と言える。グローバル株式のエネルギー・セクターは、2020年10月の安値から140%もの驚異的な上昇を見せている。しかし、重要な点として、企業利益予想は400%強上昇しており、予想ベースのPER(株価収益率)は8.5倍とグローバル株式の15.6倍(MSCI All-Country Worldインデックスに基づく)に比べてまだかなり割安な水準にある。

チャート1

金属・鉱業株も同様で、株価が2020年2月の安値から120%超上昇する一方で企業利益予想が144%上昇している当該セクターは、予想ベースのPERは8.1倍となっている。企業利益が低下するリスクはあるのだろうか。これまでのコモディティ価格の上昇がまだ企業利益予想に反映されきっていないことから、その可能性は低いと当社ではみている。確かに、戦争はいずれ終結して制裁措置もおそらく解除されるであろうし、そうなればコモディティ価格は当然ながら元に戻るだろう。しかし、現在の企業予想に主に反映されているのは、戦争およびそれに伴う制裁措置以前の需給関係であり、これらの要因は欧州での紛争にかかわらず変わらない。

チャート2

コモディティへの連動性が高い株式は、その利益成長見通しと割安なバリュエーションから、マルチアセットの観点で有利な投資対象であるように見受けられる。加えて、そのような株式は、債券利回り、そしてインフレ環境の恩恵を通常受けにくい他セクターの企業利益および株価バリュエーションの重石となりがちなインフレ圧力に対し、ヘッジとしての役割も果たす。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 景気敏感株に対して慎重に:コロナ禍の逆風が弱まるにつれ需要が正常化するとの想定から景気循環株を選好してきたが、足元ではエネルギー価格の上昇が世界の需要を阻害する可能性を注視している。
  • 金融セクターに対しても慎重に:金融セクターについても、以前は金利上昇に伴う収益改善見込みから選好していたが、現在では、主に同セクターの重石となり得るロシア制裁関連のストレスという形で、逆風に見舞われる可能性があるとみている。
  • コモディティを依然選好:景気敏感株や金融セクターに対してより慎重な見方に転じる一方、コモディティについては、その重要なディフェンシブ特性がポートフォリオの他の部分における株式リスクやデュレーション・リスクを相殺しやすいため、ポジティブな見方を強めている。

ディフェンシブ資産

当月は、すでにマイナス圏にあったソブリン債のスコアをさらに引き下げた。ロシア・ウクライナ戦争の勃発時や、ロシアへの制裁措置の影響を市場が推し測ろうとした際には、グローバル・ソブリン債は安全資産としてある程度下支えされた。そのような地政学的状況が世界の景気に悪影響を及ぼすとみられる一方、エネルギー価格の根強い高止まりやサプライチェーンを見舞っている新たな混乱は、その爪痕が想定以上に長く残る可能性がある。この歓迎せざる「新たな」インフレの脅威を受けて、中央銀行は引き締め路線を維持し債券利回りを上昇させ続けるかもしれない。

グローバル・クレジットについては、投資適格債とハイイールド債の両方でスプレッドの拡大が続いていることから、ネガティブな見方を維持している。クレジット市場では、コロナ後の世界的な経済活動の再開に期待する慎重気味の楽観ムードが、地政学的な懸念に取って代わられている。世界的な対ロシア制裁措置の影響は予測が困難であり、意図せざる結果を招く可能性もある。信用の質は依然良好だが、ウクライナ紛争をめぐる状況がより明確になるまで、当社では慎重な姿勢を維持する。

ディフェンシブ資産のなかでは引き続き金を選好しているが、その理由は主に2つある。1つ目はインフレ・リスクの高まりで、コモディティ価格の高騰が消費者物価上昇の減速を遅らせ中央銀行の政策を困難にする可能性が高いからだ。2つ目の理由は、ロシアのウクライナ侵攻とプーチン露大統領・欧米首脳間の緊張激化に触発された地政学的リスクの高まりである。世界の金融システムの様々な面でロシアを締め出すなど多種多様な金融制裁が課されたことを受けて、ロシアの通貨は暴落しており、他の中央銀行による外貨準備の構成見直しにつながる可能性がある。このような観点から、金は外貨準備の保有資産における将来的な変化から恩恵を受けることが考えられる。


信用スプレッドと金融政策

世界的な金融政策の引き締め開始を控えている現在、投資適格クレジットのスプレッドへの潜在的影響を検討するのは時宜に適っていると言える。歴史を手掛かりとして、過去2回の米国の引き締めサイクル(2004~2006年および2016~2018年)における信用スプレッドの動きを振り返ってみたのが、チャート3である。最初のサイクルでは着実な利上げが行われ、フェデラル・ファンド金利誘導目標を2年間で1%から5.25%まで引き上げるというアグレッシブなアクションがとられたが、意外にも信用スプレッドへの影響はほとんどなく、この期間のスプレッドは低位にとどまり比較的安定した推移を見せた。しかし、これが結果的に、信用スプレッドがディストレスト(経営難)水準まで大幅拡大した世界金融危機という嵐の前の静けさとなったことも事実だ。

次の引き締めサイクルは、2015年に始まるかに見えたものの本格化せず、1年後の2016年にやっと再開されたが、利上げは0.5%から2.5%までにとどまり比較的穏やかなものとなった。この期間は信用スプレッドも落ち着いた推移を見せ、前半に縮小してから後半に拡大に転じ、最終的にサイクル終盤で再び縮小した。これらの引き締めサイクルのいずれにおいても、中央銀行が金融引き締めプロセスの開始に備える段階で、信用スプレッドは拡大圧力に晒されている様相を呈さなかった。このように、引き締めサイクルの迫っていることが信用スプレッド拡大の信頼に足る前兆とならないなら、さらに視野を広げてスプレッドとリスク資産のパフォーマンスとの関連性を検討する必要がある。

チャート3

チャート4は、両サイクルを含む期間における信用スプレッドと米国株式の関係を示している。2008年と2020年を筆頭に、株式市場のパフォーマンス低迷に伴って信用スプレッドが拡大している時期が複数回あるのがわかる。株式市場の下落と信用スプレッドの拡大の因果関係を解明するのは難しいかもしれないが、市場ストレスの局面で両者の相関性が高いことは明らかなようだ。企業の収益性が信用力および株価パフォーマンスと密接に関連していることを考えれば、これは驚くことではないだろう。企業がストレス下に置かれた場合、収益性の低下は信用の質の劣化と株価の低迷の両方につながる可能性がある。

チャート4

現在の状況はと言うと、信用スプレッドは2022年が明けてから拡大圧力に晒されている。この背景にあるのは、株安と差し迫る米FRB(連邦準備制度理事会)の引き締めサイクルとの両方に直面していることだが、これら2つの要因のうち、中央銀行が管理する全体的な流動性環境はあらゆる資産クラスにとって重要だが、信用スプレッドのパフォーマンスの指標としては、株式市場の動向をモニターするのがより重要と考える。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 中国債券を依然選好:中国の国債は、相対的に高い利回りを提供するとともに、引き続き世界的な金利動向との低相関を示している。中国人民元も上昇しており、中国人民銀行の安定した政策運営の下、「安全な避難先」を求めている投資資金を惹きつけている。
  • 欧州のクレジット物に対して慎重な姿勢:ウクライナ紛争を受けて金融取引やコモディティ取引に対し課されている強力な制裁は、欧州の経済や企業に最も直接的な影響を及ぼすと予想している。
  • 金を「安全な避難先」資産として選好:強いインフレ圧力と地政学的リスクの高まりとの組み合わせは、金利上昇環境下で引き続き金の追い風になると想定される。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

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