本稿は2022年5月19日発行の英語レポート「Harvesting Growth, Harnessing Change」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

インフレやFRBの金融政策に対する懸念がアジア株式の重石に


サマリー

  • 当月のアジア株式市場(日本を除く)は、インフレや米FRB(連邦準備制度理事会)の利上げ幅が従来の予想を上回る可能性をめぐり投資家のあいだで懸念が広がるなか、下落して米ドル・ベースの月間リターンが-5.2%となった。
  • 国別のパフォーマンスでは、台湾とフィリピンの下落幅が最も大きかった。台湾株式は、国内で新型コロナウイルスの感染者数が急増したことからアンダーパフォームした。フィリピン株式は、原油や食品の価格高騰によるインフレ加速を嫌気して下落した。
  • アジアで月間リターンが唯一プラスとなったのはインドネシアで、格付機関S&Pグローバル・レーティングがコロナ禍からの景気回復や交易条件の改善を理由に同国のソブリン債格付け見通しを「安定的」へと引き上げたことが好感された。
  • FRBの発言がタカ派色を増していることを受けて、債券利回りの上昇が続きリスクプレミアムが世界的に高まっている。インフレの高止まりも加わって、資産価格は変動しやすくなっておりボラティリティが高まるとみられる。当社では、ローカライゼーションやデジタル化など長期的な変化に引き続き注目しており、健康・ウェルビーイングや環境問題に関連する分野を選好している。

市場環境

当月のアジア株式は下落
当月のアジア株式市場(日本を除く)は、米国の3月のCPI(消費者物価指数)が前月比1.2%と2005年9月以降で最も高い月間上昇率を見せ、FRBが5月の会合で0.50%の利上げを行う用意があると示唆したことを受けて下落し、月間リターンが米ドル・ベースで-5.2%となった。ロシア・ウクライナ戦争による影響が世界経済に波及するなか、コモディティ価格はエネルギーを中心に高止まりが続いた。国別のパフォーマンス(MSCIインデックスの米ドル・ベースのリターンに基づく)では、インドネシアやインド、マレーシアが最もアウトパフォームする一方、台湾とフィリピンは劣後した。

インド株式は域内で相対的に持ち堪え
インド株式はインフレの加速を嫌気して小幅に下落し、月間リターン(米ドル・ベース)が-1.7%となった。インドの3月のインフレ率は、コストの上昇により、CPIで前年同月比7%近辺へ、卸売物価指数で同14.55%へと加速した。また、インド準備銀行は、経済成長の下支えや緩和的な政策スタンスよりもインフレへの対処を優先すると表明した。


アセアン諸国市場はまちまち
インドネシア市場は、月間リターン(米ドル・ベース)が+3.7%と、アジア地域で唯一プラスとなった。格付機関S&Pグローバル・レーティングがコロナ禍からの景気回復や交易条件の改善を理由に同国のソブリン債格付け見通しを「安定的」へと引き上げたことが好感された。アセアン内のその他の市場は軟調な展開を見せた。マレーシア市場は、3月のCPIが前年同月比2.2%へと加速したことを受けて月間リターン(米ドル・ベース)が-2.7%となった。タイ市場は、ロシア・ウクライナ戦争が世界の経済成長やインフレに与える影響を理由に財務省が2022年の経済成長予想を下方修正したため、下落して月間リターン(米ドル・ベース)が-4.7%となった。シンガポール市場は、同国の第1四半期の経済成長率が鈍化したにもかかわらずMAS(シンガポール金融通貨庁)が金融政策を再び引き締めたことから、月間リターン(米ドル・ベース)のマイナス幅が7.5%に至った。また、フィリピン市場は、原油や食品の価格高騰によって3月のインフレ率が4%へ加速したとの同国統計局の発表が嫌気され、米ドル・ベースの月間リターンで-8.0%と大幅に下落した。

北アジア市場は下落
中国市場は月間リターン(米ドル・ベース)が-4.1%となったが、北アジア内では最もアウトパフォームした。中国では、新型コロナウイルス対策の行動制限に伴う内需低迷によって消費、不動産、貿易が悪影響を受け、3月に景気が減速した。中国当局は、預金準備率を0.25%引き下げるなど、景気てこ入れへの取り組みを続けている。隣の香港は、現職の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官が2期目への出馬を見送るなか、月間市場リターン(米ドル・ベース)が-5.0%となった。韓国市場は、中央銀行がインフレ対策として主要政策金利を0.25%引き上げ2019年8月以来の高さとなる1.50%としたことから、米ドル・ベースの月間リターンで-6.3%と大幅に下落した。台湾は、旺盛なテクノロジー需要が続いていることを追い風に3月の輸出が21ヵ月連続の拡大となったものの、国内で新型コロナウイルスの感染者数急増に見舞われ、米ドル・ベースの月間市場リターンが-9.8%と北アジア内で最も劣後した。

今後の見通し

長期的変化に引き続き注目
FRB高官の発言がタカ派色を増していることを受けて、債券利回りの上昇が続き、それに伴ってリスクプレミアムが世界的に高まっている。皮肉なことに、「低下基調の長期化」という表現は、今や金利ではなく経済成長に対してより多く使われている。懸念されるのは、長引く高インフレが消費や投資を冷え込ませ、大半の国々で経済成長に悪影響をもたらすことだ。あいにくこれは、ロシア・ウクライナ紛争がウクライナだけでなく、エネルギーや農産物を中心とするサプライチェーンへの大きな打撃を通じて自国経済へも及ぼす悪影響を、各国がまだ検証している最中に起きている。原油先物におけるバックワーデーション(期先物の価格が期近物よりも低くなっていること)は、現在の問題が今後数ヵ月で何らかの解決をみるとの(人間の不滅の心理である)期待を反映しているのかもしれない。反面、この点において失望的な展開となれば、経済成長、延いては資産価格にとってさらなる重石となる可能性が高い。市場心理が期待と落胆とのあいだで揺れ動き、それに伴ってリスクプレミアムが変動するなか、資産価格は買われすぎと売られすぎのあいだを行き来して金融市場のボラティリティが高まるだろう。このような環境下、当社ではローカライゼーションやデジタル化など長期的な変化に引き続き注目していく考えであり、健康・ウェルビーイングや環境問題に関連する分野を選好している。

中国では政策優先分野の選好を継続
中国が「ゼロ・コロナ」スタンスの断念に後ろ向きであることは経済成長の打撃になるとみられ、政府はこれを認識して政策緩和を進めている模様である。インフラ投資を通じた景気刺激策は、一見古い戦略への回帰のように映るかもしれないが、今回の取り組みは産業オートメーションや環境、半導体といった新たな分野に重点が置かれている。したがって、当社では引き続きこれらの新たな分野を選好しており、とりわけ、ファンダメンタルズが強固な一方で市場全体の下落により株価が割安となっている企業に注目している。

インドと北アジアでは投資機会を選別的に探る
インド市場は、国内投資家からの着実な資金流入が海外投資家の資金の流出を相殺し続けており、依然バリュエーションが概して割高な水準にある。より長期的な観点から魅力的な成長機会があるものの、エネルギー価格の上昇が逆風となっている。こうしたなか、当社ではリスク・リターンのトレードオフのバランスが比較的良好で金利の上昇が追い風になる分野、具体的には金融や不動産に注目している。

家庭用デバイスの遠隔操作やウェアラブルデバイス、数年内に想定されるメタバース(インターネット上で提供されている仮想空間や仮想現実の世界)など、生活のあらゆる面においてデジタル化がかつてないほど進むなか、これまで以上に高度な半導体チップが必要となることが見込まれており、台湾や韓国は当該分野で世界的なリーダーとしての地位を維持している。一方で、先端技術を中心にサプライチェーンの重要部分をローカライズ(国内化)する重要性がますます高まっている。当社では、これら2つのトレンドのせめぎ合いがもたらす影響は企業によって異なり、勝者を特定するにはファンダメンタルズに基づいたボトムアップ・アプローチが必要になると考えているため、台湾・韓国両市場に対して選別的なスタンスをとっている。

アセアンについては注視を継続
アセアン諸国はコモディティや農産物の純輸出国であり、それらの価格上昇が大きな追い風となるものの、政治面での不透明感や中途半端な政策決定から、アセアン内の大半の市場について様子見としている。輸送の電動化やエネルギー貯蔵にとって重要なコモディティを輸出しているインドネシアの鉱業会社に対しては、ポジティブな見方を維持している。同じテーマで、再生可能エネルギーやデジタル化・金融包摂に特化している、あるいはそれらから恩恵を受けるフィリピンの投資機会を選好している。


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