本稿は2022年6月15日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
米国債利回りの最近の安定はアジアの金利にとって追い風、より長期スタンスの投資家にとってはアジアのクレジット市場に投資機会
サマリー
- 5月の米国債市場は、米国におけるCPI(消費者物価指数)インフレの鈍化、国内株式市場の下落、経済成長懸念の再燃を受けて利回りが低下した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.159%低下の2.559%、10年物で同0.091%低下の2.847%となった。
- インド、インドネシア、マレーシア、韓国およびフィリピンでは、エネルギーと食品の価格上昇を主因として4月にインフレ圧力が強まった。インフレが加速・長期化する恐れを受けて、これらの国々の中央銀行は当月、金融政策を引き締めた。
- 中国当局は当月、国内の不動産セクターに対する支援策を発表した。同国の中央銀行が初めての住宅購入者向けの住宅ローン下限金利と5年物LPR(「ローンプライムレート」、最優遇貸出金利)を引き下げたほか、一部の地方政府による不動産購入制限の緩和や不動産開発企業の妥当な資金需要へのサポートといった措置が講じられた。月末には、政府が経済の主要6分野向けに新たな景気刺激策を相次いで発表した。
- アジアの現地通貨建て債券では、インフレの抑制に相対的に成功するとみているマレーシアの債券を選好する。香港やシンガポール、タイなど利回りが低い国・地域に対しては、中立のデュレーション・スタンスを維持している。通貨については、中国人民元、タイバーツ、シンガポールドルを選好する一方、フィリピンペソとインドルピーに対して慎重な見方をしている。
- アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが拡大したことから月間トータルリターンが-0.29%となった。国別では、インドネシア、フィリピン、台湾を除く各国でスプレッドが拡大するとともに、スリランカとパキスタンが対外債務面で引き続き厳しい圧力に晒された。
- アジアのクレジット市場では、ファンダメンタルズの下方リスクが強まっているものの、現在のスプレッド水準にバッファーがあることや中国で景気への逆風に対抗する政策対応が見込まれることから、スプレッドの大幅拡大は避けられ得ると考える。オールイン利回り(債券発行時の国債利回り、スプレッド、発行価格のディスカウント、手数料等をすべて勘案した利回り)も歴史的に魅力のある水準まで上昇しており、中長期スタンスの投資家にとって買いの好機をもたらしていると引き続きみている。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
5月の米国債市場は利回りが低下
5月は米FRB(連邦準備制度理事会)が2000年5月以来で初となる0.5%の利上げを実施した。ジェローム・パウエルFRB議長は、向こう2回の会合でそれぞれ0.5%の利上げを行う可能性を示唆したものの、より大幅な利上げの予想については退けた。続いて発表された米国の4月のCPI上昇率は、前月の前年同月比8.5%から同8.3%へと鈍化した。リスク・センチメントが全般的に低迷していたところにインフレ減速のニュースが加わり、米国債利回りの低下につながった。その後、国内株式市場の下落と経済成長懸念の再燃を受けて、利回りは一段の低下が続いた。月末の利回り水準は2年物指標銘柄で前月末比0.159%低下の2.559%、10年物指標銘柄で同0.091%低下の2.847%となった。
4月のインフレ圧力は増大
インド、インドネシア、マレーシア、韓国およびフィリピンでは、エネルギーと食品の価格上昇を主因として4月の総合CPI上昇率が加速した。インドネシアの総合インフレ率は、2017年12月以来の高さとなる前年同月比3.47%へと上昇した。韓国では、CPIインフレ率が前年同月比4.8%と2008年9月以来の高水準になった。インドのCPIインフレ率は、食品や燃料、コア・アイテムにわたる幅広い価格上昇を反映し、前年同月比7.79%と8年ぶりの高さに達した。マレーシアでは総合CPIが前年同月比2.3%、フィリピンでは同類の総合インフレ指標が同4.9%の上昇を見せた。シンガポールの総合インフレ率は、住居費やコア・アイテム価格の上昇加速が民間道路輸送費の上昇鈍化で相殺されたため、前年同月比5.4%と前月と変わらない水準にとどまった。
大半の中央銀行が金融政策を引き締め
当月は、インフレが加速・長期化する恐れを受けて、インド、韓国、マレーシア、インドネシア、フィリピンの中央銀行が金融政策を引き締めた。インド準備銀行は臨時会合を開き、政策金利を0.40%引き上げるとともに現金準備率も0.50%引き上げた。同中銀によると、国内で成長が経済全般に広がり民間消費が回復しつつある一方、コアインフレ率は今後数ヵ月も高止まりするとみられる。マレーシアの中央銀行は、国内景気が今や「より堅調な地合い」にあると断言する一方、コスト圧力が根強く続くなかでの景気回復はインフレ基調の加速をもたらすだろうとも付け加え、政策金利を0.25%引き上げた。フィリピンの中央銀行も同様に主要政策金利を0.25%引き上げた。同中銀の総裁は、この動きによって「一段の二次的波及効果を阻止しインフレ期待の高まりを抑えることができる」と予想している。韓国銀行は0.25%の利上げを実施し、エネルギーおよび食品の価格上昇を反映して2022年・2023年のインフレ見通しを引き上げた。インドネシアの中央銀行は、コアインフレが依然十分に抑制されているとして政策金利を据え置いたが、預金準備率の引き上げ計画についてはペースを加速させると発表した。
中国の中央銀行は一部の住宅ローン金利と5年物LPRを引き下げ
中国の政策当局は不動産セクターへの支援策を発表した。中国人民銀行は、初めての住宅購入者向けの住宅ローン下限金利を0.2%引き下げ、続いて5年物LPRも4.45%へと0.15%引き下げた(1年物LPRについては据え置き)。加えて、一部の地方政府が不動産購入制限の緩和措置を発表したほか、中国証券監督管理委員会(CSRC)が不動産開発企業の妥当な資金需要をサポートすると発表し、注目すべき点として、大手民間不動産開発企業数社が月中に信用プロテクション付きのオンショア債券を発行した。
月末にかけては、同国の李克強首相が、一部の分野で「2020年のコロナ禍の最悪期を超える」景気低迷が見られると警告し、第2四半期にプラス成長を確保する必要性を政府高官に伝えた。これを受けて、政府は経済の主要6分野を支援する33政策のパッケージを発表した。これには、インフラ・プロジェクトの迅速な推進、ロックダウン(都市封鎖)の影響を受けた企業や個人に対する一部債務元利金の支払い猶予、中小企業を支援するための銀行の融資枠倍増などが含まれる。
今後の見通し
現地通貨建て債券ではマレーシアを選好、通貨では中国人民元、タイバーツ、シンガポールドルを選好する一方でフィリピンペソとインドルピーに対し慎重な見方
米国債利回りは、数ヵ月にわたる大幅上昇を経てここ数週間は比較的安定しており、アジアの現地通貨建て債券にとって追い風となっている。当該分野では、域内の他国に比べてインフレの抑制に相対的に成功するとみているマレーシアの債券を選好する。一方、香港やシンガポール、タイなど利回りが低い国・地域に対しては、中立のデュレーション・スタンスを維持している。
米ドルも、米国の景気モメンタムをめぐる懸念を背景に、現在の水準で値固めの兆しを示している。アジア通貨内では、中国人民元、タイバーツ、シンガポールドルを選好する一方、フィリピンペソとインドルピーに対して慎重な見方をしている。シンガポールドルは、国内でコアインフレ率の高止まりが続くなか、MAS(シンガポール金融通貨庁)が為替政策をさらに引き締めるとの予想をサポート材料として、アウトパフォームすると見込まれる。タイバーツについては、世界的な海外渡航制限の緩和に伴うタイ観光業の回復が追い風になるとみている。
アジアのクレジット市場
市場環境
アジアのクレジット市場は信用スプレッドの拡大を受けて下落
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.086%拡大したことから月間トータルリターンが-0.29%となった。格付け別では、投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームした。投資適格債は、0.075%のスプレッド拡大を米国債利回りの低下が相殺し、月間市場リターンが0.23%とプラス圏にとどまった。スプレッドの拡大幅が0.408%に及んだハイイールド債は、月間市場リターンが-2.78%と低迷した。
アジアのクレジット市場は概ね月を通じて下方圧力に晒され続けた。主要国の中央銀行がほぼ同時期に積極的な金融政策の引き締めに乗り出すなか、投資家心理は世界の金融環境の急速なタイト化に対する懸念から影響を受け続けた。中国当局が新型コロナウイルスの直近の感染拡大に引き続き主要都市にわたるロックダウンと厳しい移動制限で対抗していることから、同国経済の成長鈍化懸念も市場センチメントの重石となった。この懸念をさらに強める材料として、同国の4月の経済活動指標はすでに低水準にあった市場予想を下回った。中国のマクロ・ファンダメンタルズをめぐる不透明感は、フィリピンやマレーシアなどアジア内の複数の他国で比較的好調なGDP成長が見られたという好材料を上回った。月の後半になると、米国の企業・消費者心理指標が一部軟化したことを受けて、投資家の注目が米国のインフレに対する不安から景気見通しへとややシフトし、米国債利回りが安定化するとともに絶え間なく続いていた米ドル高が一服したため、リスク・センチメントが世界的に幾分改善した。一方、中国の政策当局は不動産セクターの支援に動いた。中国人民銀行は5年物LPRと初めての住宅購入者向けの住宅ローン下限金利を引き下げ、加えて不動産購入制限の緩和措置を発表する地方政府が増えた。月末にかけては、経済を支えるべく財政出動による追加の景気刺激策が提供されることが明言された。アジアのクレジット市場では、このような展開が好感され投資適格債のスプレッドが月下旬にかけて回復縮小したが、ハイイールド債は、中国の不動産セクターでクレジット・イベントが発生したことやこれまで発表された規制緩和策をもってしても不動産販売が回復していないことから、スプレッドが圧力に晒され続けた。
国別では、インドネシア、フィリピン、台湾を除く各国でスプレッドが拡大した。インドネシアとフィリピンのソブリン債のスプレッドは、月上旬に拡大したものの、月後半には世界的なリスク・センチメントの好転を受けて先立っての拡大分を上回る縮小を見せた。インドのクレジット物は、エネルギー価格の高騰とインフレ加速が同国のマクロ経済および財政に圧力をもたらしていることもあり、需給バランスが相対的に低迷した。月中、格付機関S&Pは、ベトナムの長期外貨建て債務の格付けを投資適格の1つ下である「BB+」へと引き上げ、国内の移動制限および海外からの入国制限の解除とゼロコロナ政策からの転換によって同国経済が「着実な回復軌道」を辿ると言明した。しかし、アジアの他のフロンティア市場、特にスリランカとパキスタンは、対外債務面で引き続き厳しい圧力に晒された。
米FRBは、2000年5月以来で初となる0.5%の利上げを実施した。パウエルFRB議長は、向こう2回の会合でそれぞれ0.5%の利上げを行う可能性を示唆したものの、より大幅な利上げの予想については退けた。続いて発表された米国の4月のCPI上昇率は、前月の前年同月比8.5%から同8.3%へと鈍化した。リスク・センチメントが全般的に低迷していたところにインフレ減速のニュースが加わり、米国債利回りの低下につながった。その後、国内株式市場の下落と経済成長懸念の再燃を受けて、利回りは一段の低下が続いた。月末の利回り水準は、10年物指標銘柄で前月末比0.091%低下の2.847%となった。
5月の発行市場は起債活動が一段と鈍化
5月の発行市場は、慎重な投資家心理を反映して起債活動が一段と鈍化した。投資適格債分野では、インドネシアのソブリン債Perusahaan Penerbit SBSNのディール(2トランシェで総額32.5億米ドル)や中国工商銀行のディール(2トランシェで総額18億米ドル)、中国建設銀行のディール(10億米ドル)を含め、計17件(総額101.9億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計11件(総額約20.4億米ドル)となった。
今後の見通し
ファンダメンタルズの下方リスクが強まるものの、既存のバッファーによって大幅なスプレッド拡大は回避へ
ロシア・ウクライナ戦争が続くなかで地政学的緊張が高まっているところに、世界中の中央銀行がインフレを抑制すべく積極的かつ同時期に金融政策の引き締めに踏み切り金融環境がタイト化していることが重なって、当面は全般的にリスク・センチメントの低迷が続くとみられる。中国では、新型コロナウイルスの新規感染者数が最近減少してきておりロックダウンや移動制限が徐々に緩和されつつあるものの、政策緩和措置が発表されたにもかかわらず景気回復のモメンタムは依然脆弱である。民間セクターの心理は低調で、同国がゼロコロナ戦略をとっていることを考えると今後さらにロックダウンが実施されるリスクが残る。こうした世界・地域動向により、アジアのマクロ環境や企業の信用ファンダメンタルズに対する下方リスクは強まるとみられ、国・セクター間のパフォーマンス格差は拡大する可能性が高い。しかし、アジアのクレジット市場では現在のスプレッド水準にバッファーがあることや、中国で景気への逆風に対抗すべくさらなる政策対応が見込まれることから、当面はスプレッドの拡大が抑えられるだろう。加えて、米国の利上げの積極化はすでに概ね市場に織り込まれた可能性があり、米国債利回りの現行水準からの上昇リスクは限定的と言っていいかもしれない。オールイン利回りも歴史的に魅力のある水準まで上昇しており、中長期スタンスの投資家にとって買いの好機をもたらしている。
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