本稿は2022年4月28発行の英語レポート「Ground-level observations from China」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

革新的技術やデジタル化が急速に変貌中の都市社会へ及ぼしているインパクトを中国への里帰り旅行で実体験

フー・シー 株式アナリスト

海外移住者のなかには自らの出身国とのつながりをめぐるジレンマに直面する者もいるかもしれないが、シンガポール在住中国人の筆者は、母国とのつながりがなくなったと感じたことが一度もない。その一因は、進化しているインターネット技術によってタイムリーなニュースが配信されてくることや、中国最大のSNSである微博(ウェイボー)を使い続けていることにあるが、したがって、「中国の特色ある社会主義」は依然として筆者に影響を及ぼしており、筆者の存在意義の支えとなり続けている。その一方、筆者は16歳のときにシンガポールに移住してきたことから、自分の社会的アイデンティティからは、故郷の中国人たちが共有している一般的社会慣行の一部が欠けている。中国を離れて長い間が経っており、家族以外に自分とつながり続けているものはそれほどない感がある。したがって、里帰り旅行は幾分探検旅行のようなものとなっている。

2年間にわたりコロナ禍の生活を送ってきた筆者は、シンガポール式の流行抑制策、つまりサーキットブレーカー(部分的ロックダウン)、飲食店内での食事禁止(ワクチン未接種者は飲食店内での食事を禁止されている)、飲食店内の飲食1組5名ルール(会食人数を最大5人に制限)などには慣れている。それでも、中国の厳しいコロナ対策に直面したときには最初のカルチャーショックを経験した。指定されたホテルで21日間の隔離期間を過ごさなければならないことは、深セン市へ入境する際の決まりとしてよく知られているが、同市による効率性追求の姿勢には感心した。私が訪れたとき、深センは通常の状況に戻ってからしばらく経っており、まだ最近のオミクロン株感染拡大の波に見舞われていない時期だったが、大半の人々は「ウィズコロナ」という考えには賛成していないように見受けられた。多くの人々は、感染者数増加に対処する際に深セン市政府がみせた効率性を誇りに感じていた。

隔離期間中は他人と触れ合う機会があまりなかったので、有名なモバイルアプリを調査してみることにほとんどの時間を費やした。筆者が滞在した隔離ホテルでは出前が認められていなかったが、幸運にもフルーツや牛乳、しっかりと包装されたスナックは注文することができた。平均待ち時間は20分、また、興味深い点として、注文した品の到着が10分以上遅れた場合は保険による補償を受けられる。同サービスでは、食料雑貨から化粧品に至るまで実に様々な商品を提供していた。筆者はうっかり眼鏡を壊してしまったのでコンタクトレンズを1箱注文した。野菜、肉、魚介類といった生鮮食品も購入することができ、まるでスーパーマーケットが丸ごとオンラインに移動したかのように感じられた。このことを踏まえると、購入者がコミュニティを作り、より安い価格で大量注文するコミュニティ型共同購入が中国で急速に拡大していることは容易に理解できる。

実際、沢山のモバイルアプリが利用されている。有名で人気上位のアプリには食品宅配最大手の美団(Meituan)、何百万もの農家と消費者をつなぐサービスのピンドゥオドゥオ(Pingduoduo)、オンライン小売大手JD.comなどがあり、それらに比べると知名度は劣る新進気鋭のサービスには、オンライン小売サービスを展開するディンドン(Dingdong)、フーマ(Hema)、ヨンフイ(Yongfui)、Dmall、メイツァイ(Meicai)などがある。

それら各社のサービス展開拡大が人々の生活スタイルを形作った。違う言い方をすれば、消費者を教育して需要を生み出すことに成功したように見受けられるのだ。遡ること2008年、アリババ(Alibaba)傘下のオンライン小売プラットフォームであるタオバオ(Taobao)とTmallがほぼあらゆるもの(実物またはバーチャル)を数日以内に手に入れたいという人々のニーズに応えたとすると、美団は消費者の要望に数時間数分内に応えることができている。これは、安価な労働力、最先端のオペレーションズ・リサーチ・アルゴリズム、革新的なマネタイゼーション(収益化)戦略、支援機能を果たす資本市場が合わさった結果である。そうしたサービスがアジアの他の市場で容易に再現できるとは思わない。少なくとも、当初の顧客獲得段階を生き残れるだけの十分な利益率を確保した上で再現することは無理だろう。

配車サービスにおいては、今やアリババ傘下のAMapが新たな定番アプリとなっており、Didiは落ち目の様子だ。AMapなどのインターネット企業にとってユーザー獲得はかつてないほど簡単になっている感がある。中核ビジネスがナビゲーションであることから定着度の高いユーザー基盤を作り出すことができ、また、オンライン/モバイル決済プラットフォームのAlipayから誘導される莫大なトラフィック(アクセス数)の恩恵も受けることができる。すでに決済インフラがあることから、利用者にとってAMapの配車サービスはまさに「プラグ・アンド・プレイ」のような体験となっている。利用者は専用アプリをインストールする必要すらない。同サービスにはミニアプリ(大きなアプリ内に存在し、限られた機能を持つ小さなアプリ)経由でアクセスできるからだ。また、美団が多額の資金を投じて独自のウォレットサービスの構築を進めているのには、こうした理由もあると考えられる。決済はもうけをもたらさないものの、ビジネスモデルのイノベーションやマネタイゼーションを促進する役割を果たすのだ。

決済サービスと言えば、Alipayと微信支付(ウィーチャットペイ)間のライバル関係が続いている。深センのストリートでは、微信支付の緑色のQRコードがどこでも利用可能だった。よりきちんとした標準的な店は両方のウォレットが利用可能で、また、美団製のPOS(販売時点情報管理)端末も見受けられたことは興味深かった。両社のサービスはバリューチェーンの隅々まで浸透していた。現金は消えてしまったかのようで、筆者は深セン滞在中に現金を使わなければならない場面が一度もなかった。微信支付は、ショッピングモールでの購入やエンターテイメント、タクシーの少額決済において圧倒的なシェアを占めていた。クレジットカードの普及率は先進諸国と比較にならないほどの水準にとどまっている。その大きな理由は、利用者がクレジットカードを持っていなくても分割払い可能な支付宝のホワベイ(Huabei)(や他の類似サービス)が定番の決済方法となっていることで、続いてEウォレット残高、クレジットカード、銀行預金残高などの決済方法が使われている。筆者の友人の多くはクレジットカードを所有しておらず、おそらくしばらくは持ちそうにもない。

滞在中に得られたその他の考察をいくつか紹介しよう。

  • 深センのタクシーの大半は緑色のナンバープレート(EVに発行される)で、自動車メーカーBYDの供給する車両が主流だった。このことも、深センが新興テクノロジーおよびビジネスモデルの試験導入の場となっていることを示す例である。タクシー運転手たちは、都市部ではEVの方が低コストだが、もっと持ちの良いバッテリーが必要だと指摘していた。EVは充電1回あたり400キロメートル走行するように設計されているものの、実際は走行300~350キロメートル毎の再充電が必要となっている。充電ステーションは同市全体にわたって広範に普及しており、最先端の急速充電技術によって30分でバッテリーを80%まで充電可能である。
  • チャート1

  • 飲食店のなかには、産業革命を経験しているかのように見受けられるものもあった。下処理済みでパック詰めされた食材を使用しており、それらを混ぜ合わせてオーブンで加熱し、客へ提供している。概して、マージンや労働コストがより低く、回転率がより高いビジネスモデルである。良い例は、タピオカティー(お茶ベースの飲み物で、タピオカや他のトッピングが入っているのが一般的)チェーンのMXBCだ。MXBCは飲料フランチャイズと認識されているが、実際には原料サプライヤーとみなすことができる。
  • 筆者の世代の人々は(そして、おそらくより若い世代の人々も)Eゲームに対してお金を支払うことを驚くほどいとわない。筆者は2021年に有名MOBA(マルチプレーヤーオンラインバトルアリーナ)ゲーム「Honour of Kings(王者栄耀)」をプレーし始め、これまでに同ゲームに約1,000シンガポールドルを費やしてきた。しかし、筆者の弟たちや甥たちがバーチャル装備や景品くじなどのためにEゲームで優に年間1,000シンガポールドルを費やしていることを知り、ショックを受けた。デジタル決済方法がゲーム内にうまく組み込まれており、取引を大いに促進している。マネタイゼーションの設計において柱となっているのは、バーチャル装備の収集の促進、限定品の提供、称号のランキング、自分の成績を仲間に自慢できる機会、景品くじなどである。例えば、日本のファンタジーゲームの影響を受けて上海の企業Mihoyoが開発したオープンワールドRPG「源神(Genshin Impact)」は、著しい成功を収めている。
  • チャート1

  • Tiktok(中国名:抖音)や、快手(Kuaishou)などの他の動画共有アプリは、中毒性が高いことで知られており、中国人口の広い範囲に浸透している。読み書きのできない78歳の祖母が「抖音」の動画をスワイプでみられるようにスマートフォンが欲しいと頼んでいることは、筆者にとって未だに驚きである。短編動画プラットフォームでの流通取引総額(GMV)は度肝を抜かれるほどの額に上っており、ブランドが特定分野のエキスパートとみなされている人々を起用して行うキーオピニオンリーダー(KOL)マーケティングによって、人々の消費欲求が刺激されているようだ。

総じて、深センでの短期滞在は筆者にとって目から鱗が落ちる体験となった。厳格ながら効率的なコロナ対策、インフラとしてのEV展開の速さ、そして特にデジタルの浸透は驚きであった。深センの若い世代はインターネットが普及した環境で育ってきたインターネット・ネイティブで、そうした世代の消費行動によってデジタル経済、そして次のビジネスモデルが形作られつつある。深センでは多数の革新的なマネタイゼーション戦略が生み出されており、それらが全国、さらには世界中で展開されてきた。筆者は投資家として、5G、EV、自動運転、メタバース、その他に台頭中の多数の分野において中国がどこへ向かっているかという手がかりを得るべく、深センの動向を引き続き注視していくつもりである。

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