本稿は2022年5月23日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
FRBがインフレを抑制するために「必要なことは何でもやる」可能性を織り込む市場
投資環境概観
米FRB(連邦準備制度理事会)がインフレを抑制するために「必要なことは何でもやる」可能性を市場が織り込むなか、先行きにはますます暗雲が立ち込めてきている。現在のインフレ圧力は供給サイドの制約とエネルギー価格の上昇が主因となっている様相であることを考えると、FRBはその使命を果たすために経済をリセッション(景気後退)に陥らせることも厭わない姿勢を余儀なくされるだろうということになる。とは言え、FRBの政策がまだそこまで実行されていないうちから金融環境はすでにかなりタイト化しており、市場はFRBによる大幅引き締めの可能性を過剰に織り込んでいる可能性がある。年間インフレ率もピークを過ぎたとみられ、今年定着してきたインフレ蔓延シナリオに疑問を投げかけることになるだろう。
中央銀行のタカ派姿勢がリスク資産に対する市場センチメント悪化の主要な要因となり得る一方、中国の「ゼロ・コロナ」への固執や長引くNATO(北大西洋条約機構)・ロシア間の代理戦争による消耗も、世界の経済成長にとって強力な潜在的逆風となる。これまでのところ、依然滞留中の繰り延べ需要による(コロナ後の)「リベンジ消費」にも支えられ、需要はそれなりに持ちこたえている。しかし、上述の逆風の影響がまだ十分には把握されていないことを考えると、今後数ヵ月は経済の状況を判断する上で重要となるだろう。
重要であるとともに前月とは異なるのは、市場が高インフレに直面した中央銀行がとると予想される政策に反応して大きく動いた点だ。過剰反応するのは市場の常であり、今後の経済指標やイベントが予想外に沈静化の結果を示せば、安堵によって最近の下落からある程度の反発が見られる日も近いかもしれない。
クロス・アセット*
当月は、世界の需要環境が悪化する可能性を懸念してグロース資産のスコアを中立からマイナスへと引き下げる一方、ディフェンシブ資産のスコアをマイナスに据え置いた。今のところ、政策当局はインフレ圧力を抑制するための方針を立てている最中で、FRBは物価上昇圧力を抑えようと引き締めを行い、中国は新型コロナウイルスを打ち負かすべく「ゼロ・コロナ」政策に固執しているが、そのような方針は需要を犠牲にすることになりかねない。米国の金融引き締め政策と中国の需要低迷は世界の需要に悪影響を及ぼす処方箋だが、当社では、前月の大幅な相場上昇に対して懐疑的だったのと同様に、市場を大きく押し下げている足元の不安も行き過ぎかもしれないと考えている。それでも、シナリオがより穏やかなものへとシフトするには時間のかかる可能性があるため、当社では慎重な姿勢を維持する。
グロース資産では、相対的にポジティブな見方をしていた新興国株式のスコアを、慎重なスタンスをとっている先進国株式と同水準へと引き下げ、その分、景気変動の影響をより受けにくいリートと上場インフラ投資のスコアをともにプラスへと引き上げた。ディフェンシブ資産では、リスク資産に対するベータ値が必然的に高めであるハイイールド債に加え、新興国債券と金のスコアを引き下げる一方、利回りの上昇によって魅力度が高まり始めた先進国ソブリン債と投資適格クレジットのスコアを(後者は前者に比べて小幅ながら)引き上げてプラスとした。デュレーションが長めの銘柄は、リセッション懸念の強まりを受けて、あるいは第2四半期にベース効果が反転し始めるのに伴い今後数ヵ月の年間インフレ率が減速し、FRBがタカ派色をやや弱める ことを受けて、利回りが最近つけたピーク水準から幾分低下する可能性がある。
*マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。
当社の見方
グロース資産
経済成長率が実際に鈍化している一方で政策当局が(FRBの金融政策や中国の「ゼロ・コロナ」政策など)かなりタカ派的な姿勢を維持しているなか、リセッション(あるいは「スタグフレーション」とすら言えるかもしれない)懸念は明らかに高まっているが、こうしたネガティブさを増しているシナリオは確実と言うには程遠く、懸念が少しでも緩和すればリスク資産に安堵とサポートをもたらすだろう。
インフレは新型コロナウイルスの影響によるサプライチェーンの混乱をはるかに超えて広がっており、FRBがタカ派姿勢をとっているのは妥当と言える。FRBの政策は、表面的には金利水準の設定やバランスシートの規模の変更による量的緩和/引き締めの度合いの設定を通じて推進されるが、その波及メカニズムを最終的に左右するのは金融環境の変化だ。その金融環境は現在、非常にタイトな状況にあり、需要の鈍化をもたらすとみられる。実際のところ、FRB はまだ金利をほとんど引き上げておらずバランスシートの縮小も始めていないが、実質的にはかなり大幅な引き締め政策を行ったのも同然の状況となっている。
一方で、「ソフト・ランディング」(リセッションの回避)がFRBの達成したいシナリオから外れたわけではないが、これを確実に成し遂げるのは、総合インフレ率が現在のような高水準にとどまっているあいだは困難である。FRBは、ベース効果によって総合インフレの圧力がいくらか緩和される見込みであることを十分認識しており、また、こうした総合インフレ率の数字が実質的なインフレ圧力を説明する上であまり意味がないこともわかっている。
しかし、そのような数字が市場センチメントを動かすのも事実で、もし総合インフレ率が当社の考える通り鈍化すれば、FRBはタカ派姿勢を維持しながらも(経済を必然的にリセッションへと陥らせる)「さらに引き締めなければ」という切迫感を強める必要がなくなる。言い換えれば、ほぼあまねく非常にネガティブとなっている市場センチメントに、多少なりとも何らかの安堵がもたらされる可能性がある。
「ゼロ・コロナ」という一見疑わしい政策を堅持している中国についても、同様の状況が考えられる。当該政策は、長期的な持続性はともかく、現在のような短期の実施であれば効果が期待でき、上海ほか該当都市では規制の緩和が可能となりつつある。しかし、新型コロナウイルスは中国の他の地域にも広がり続けており、さらなるロックダウン(都市封鎖)が実施されている。一方で、政策当局は、ウイルスの封じ込めに成功した証を示し、不動産市場の流動性逼迫や輸出の伸びの鈍化、そしてもちろんロックダウンによる深刻な景気減速から打撃を受けている経済成長を支えたいとも切望している。つまり、センチメントがかなりネガティブであることにはそれなりの理由があるが、経済活動が回復するとの安堵感が少しでも広がれば、リスク資産にとって一定のサポート材料となるだろう。
株価はフェアバリューに近付きつつあるのか
S&P500種指数が高値から約15%下落している今、過度の恐怖に駆られて「投げ売り」に見舞われた可能性のある株式市場全体について、エクスポージャーの再構築を検討すべきフェアバリュー(適正価格)に近づいているかどうかを考えるのは、適切かつ必要なことだと言える。
株価を動かすのは最終的に企業収益とバリュエーションだが、バリュエーションは年の序盤から大きく調整しており、12ヶ月先の予想利益に基づく株価収益率(予想ベースPER)は27倍から低下して現在は18倍と、1990年の平均である17.3倍に近くコロナ前のバリュエーションと同様の水準にある。
現在の水準で米国株の魅力度がはるかに増していることは間違いないが、目下の株式市場の 足枷となっているネガティブなセンチメントは、今後の企業収益に対する疑問である。S&P500種指数の予想EPS(1株当たり利益)は227米ドルで、コロナ禍の最悪期から80%増と著しい伸びを示しており、コロナ前との比較でも30%とかなりの増益となる。長期的には、企業収益は当然ながら経済とともに成長し、景気サイクルにおける位置に基づいて平均回帰する性質がある。
ただ、コロナ禍以降の最近の収益成長は見た目に並外れており、この過度の収益成長が部分的に(現在引き揚げ過程にある)大規模な景気刺激策やコロナ禍で起きたサービスからモノへの需要ローテーション(今ではコロナ前の通常パターンへと正常化しつつある)に起因しているのではないか、との懸念を当社では抱いている。
1990年から2019年末までの利益成長率は年率6.12%と健全な水準である。これを「通常」の利益成長率と仮定して当該成長率を2021年末まで当てはめると、EPSは約188米ドルとなり、227米ドルという現在の水準を約17%下回る。もし現在の株価のままでEPSが実際に188米ドルまで平均回帰すれば、PERは21.7倍へと跳ね上がることになり、バリュエーションは再び過去の水準に比べて割高に見え始める。
もちろん、米国がリセッションに陥れば、企業収益はその調整において下振れする可能性があり、だからこそ景気サイクルの状況は非常に重要となる。景気回復を基本シナリオとする当社のスタンスに変わりはないが、FRBが断固としてインフレを抑えようとしている一方で中国も同様に「ゼロ・コロナ」政策を堅持するとみられる(ともに世界の景気見通しにとってマイナス材料)なか、景気回復シナリオには多くのリスクがある。
市場に織り込まれたセンチメントのネガティブさは、少なくとも部分的にはリセッションが迫っているとの不安に起因している。したがって、インフレの数字が少しでも鈍化し政策担当者がこれまでの極めて厳しい発言を撤回すれば、それだけでネガティブな市場センチメントを和らげ、リセッションをもたらすのは間違いない過度な引き締め政策を回避することができるだろう。当社では、インフレ率は徐々に鈍化を始め、それが単純に時の経過に伴うベース効果の変化によるものでも、インフレを抑制するにはリセッションもやむなしとの切迫感を回避するに足るとみている。
とは言え、政策がすぐに緩和的なスタンスに戻るとは考えにくく、モノからサービスへの需要シフトが継続するなか、収益成長は平均回帰を続ける可能性があると依然懸念している。当社運用のポートフォリオで組み入れている「ピュア・バリュー」(S&P500種指数のうちバリュー特性の強い銘柄群)銘柄は、現在のバリュエーションがPERで11.5倍とS&P500種指数全体に比べて約35%のディスカウント水準にある一方、通常ペースの利益成長を見せており平均回帰の影響を受けにくい。当社では、グロース株からバリュー株へのローテーションが続くと予想している。
グロース資産に対する確信度の強い見解
- 当面は安堵感:インフレは、近々起こるベース効果の変化によって総合指数の上昇率が鈍化するとみられるため、ペースダウンする可能性がある。これを受けて、リセッションやスタグフレーションといった最悪シナリオへの不安が緩和され、金利やリスク・センチメントがある程度安定するだろう。中国についても、「ゼロ・コロナ」政策が理想的とは言えないものの一定の成功を収めており、ロックダウン措置が緩和できるようになってきている一方、政策当局が景気刺激策に引き続きコミットしていることから、景気減速懸念が多少なりとも和らぐかもしれない。
- コモディティ関連株を依然選好:コモディティとそれに連動しやすい資産(株式および通貨)は、中国の「ゼロ・コロナ」政策による景気減速懸念を主因として、このところ価格に下方圧力がかかっているが、ロックダウン措置が緩和されればある程度追い風となり得る。バリュエーションは魅力的で、企業収益は好調であり、供給サイドの逼迫は依然変わっていない。
- 長期の構造的逆風:誤解のないよう明確にしておきたいが、当社では依然、世界経済はコモディティ価格の圧力と脱グローバル化の進行がもたらす構造的なインフレ加速に適応していく必要があると考えている。この適応には時間がかかるとみられ、それが続くあいだしばらくはボラティリティが高止まりすると予想する。
ディフェンシブ資産
ソブリン債に対しては長らく慎重な見方を続けてきたが、当月はスコアをプラスへと引き上げた。中央銀行の金融引き締めへの予想は、今年に入ってから大きく変化している。インフレが多くの国で大幅加速したのは確かだが、当社では今やピークに近づきつつあるとみており、より長期のインフレ期待は落ち着いている。雇用は力強い回復を見せているが、労働参加率と生産性にはまだ改善の余地があるため、賃金上昇圧力は抑制されている。市場は中央銀行の引き締めの織り込みに前のめりになりすぎており、ソブリン債には今後数ヵ月にかけてタクティカルな投資機会が生まれると考える。
また、投資適格クレジットのスコアもプラスへと引き上げた。スプレッドは今年、拡大基調を辿っているが、クレジットのファンダメンタルズは引き続きかなり良好であるため、スプレッド拡大は概ね市場センチメントによるものと言える。投資適格クレジットのリターンにより大きな打撃をもたらしたのは世界的な金利上昇だが、この点では、市場が中央銀行による大幅な引き締めをすでに織り込んでいるため、投資家の金利先高観は近いうちにピークを打つ可能性があると予想している。このように金利環境が好転すれば、当該資産クラスのデュレーション・リスクは大幅に低減するだろう。一方、ハイイールド債については、より慎重なリスク・センチメントが続くと予想されるため、スコアをマイナスへと引き下げた。現地通貨建て新興国債券も、同様にスコアを引き下げて中立とした。新興国の中央銀行はインフレの先を行くべくより積極的に利上げを進めているが、当面はFRBのタカ派姿勢とドル高が逆風となり続ける。
金は今年、大幅な上昇を見せたが、実質金利の上昇と米ドル指数の強さに照らすと、非常に割高になりつつある。中央銀行のタカ派姿勢や実質賃金の低下を受けて世界経済の成長懸念が増大しており、その懸念がいずれは自己実現的に現実化する可能性があるため、金よりもソブリン債の魅力度が高まったと考え、金のスコアを引き下げて若干のマイナスとした。
債券での「リベンジ」の好機
2022年に入ってからこれまでの債券市場は、控えめに言っても投資家にとって失望的な展開となり、インカム型投資にふさわしいプラスのリターンを提供できず、株式市場の下落を相殺することもできなかった。バランス型ポートフォリオの運用担当者にとって、米国債は過去30年にわたって良好で安定したリターンを変わらず提供してくれた資産クラスであり、そのあいだにリターンがマイナスとなったのはわずか5年で、2年連続でマイナスとなったことはなかった。昨年は当該5年のうちの1年だが、2021年と2022年が連続でマイナス・リターンとなり、これまでの流れが断ち切られる可能性が高い状況だ。
米国債10年物の利回りが2%超えの水準を維持できるかどうかに投資家が考えを巡らせ、プラスの実質利回りが非現実的な考えのように思われたのは、ほんの数ヵ月前のことだ。しかし、チャート3が示すように、変化は早かった。今日の疑問は、10年債利回りが3%近辺にとどまれるか、そして実質利回りがプラスを維持できるかである。コロナ前の水準と比較すると、名目利回りは現在の方が高く、実質利回りは「行って来い」を経てプラスに戻っている。
市場全体では金利水準に注目が集まりがちだが、米国のイールドカーブも大きな動きを見せてきた。チャート4は、コロナ禍期間における米国債の10年物と2年物の利回り格差を示している。イールドカーブは、FRB が政策金利をゼロ近辺まで低下させる金融政策を実施したことを受けて急激にスティープ化したが、その後、ごく短期間の逆イールドカーブ化を経て、コロナ前の水準に戻っている。つまり今や、名目利回り、実質利回り、イールドカーブがすべて、新型コロナウイルスの影響による動きを巻き戻したことになる。
しかし、これらの「戻し」にまだ追随していない米国債券市場の指標がある。チャート5に示したのは、債券市場のボラティリティの指標であるMOVEインデックスで、株式市場で用いられるVIX指数と類似している。米国債のボラティリティは過去の水準に比べて確かに高く、低下し始めたのはごく最近になってからだ。インフレ圧力がピークアウトし始め、市場に織り込まれた利上げシナリオが過度にアグレッシブに見えるようになるなか、足元の米国債市場は「リベンジ」の好機を提供していると当社では考えるが、他の投資家はボラティリティがさらに低下するまで債券への投資配分拡大を待つのかもしれない。
ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解
- ドル圏と英国の債券でデュレーションを伸長:CPI(消費者物価指数)上昇率は大きく加速しているが、ベース効果で誇張されている部分もあり、このベース効果は今後の数四半期で巻き戻される。現在の市場に織り込まれている利上げ予想は過度にアグレッシブであり、デュレーション・リスク積み増しの好機を提供していると考える。
- 中国人民元をヘッジ:中国は、輸出需要の減少や株式市場の低迷による資金流出など、景気への逆風が強まっている。また、中国の国債は米国債に対する利回り優位性を失っている。人民元は貿易相手国の通貨と比べて割高であり、中国の政策当局は需要の鈍化を食い止めようと自国通貨安を容認する可能性がある。
プロセス
リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:
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