本稿は2022年8月23日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

デュレーション全体に対してよりポジティブな見方に

サマリー

  • 7月の米国債市場はイールドカーブがフラット化して長短金利が逆転した。米FRB(連邦準備制度理事会)は0.75%の利上げを行い、ECB(欧州中央銀行)も月半ばに市場予想を上回る0.5%の利上げを実施した。その後、ジェローム・パウエルFRB議長の発言と米国経済のマイナス成長を示したGDP(国内総生産)を受けて、米国債利回りは低下した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.07%低下の2.887%、10年物で同0.364%低下の2.651%となった。
  • アジア諸国の6月のインフレ圧力は、食品・エネルギー価格の上昇を主因として一段と強まった。MAS(シンガポール金融通貨庁)とフィリピン中央銀行は臨時会合で金融政策の引き締めを行った。また、MASはコアインフレ率の予想レンジを上方修正した。
  • マレーシア中央銀行は2会合連続で0.25%の利上げを実施した。韓国銀行は政策金利を0.50%引き上げて2.25%とした。インドネシア中央銀行は金融政策正常化への追加措置として、一部期間のマネー・マーケット金利の引き上げ、輸入インフレを抑制するための為替介入の強化、国債の売却を発表した。
  • 中国の政策当局は月末に「ゼロコロナ」戦略スタンスを発表し、新型コロナウイルス対策と経済成長を両立させる意向を明確に示した。市場はこのスタンスについて、中国が2022年の公式成長目標である5.5%に固執するわけではないことを示唆するものと解釈した。また、中国の党指導部は、不動産市場を安定化させ予約販売済み住宅が確実に完成・引き渡しされるようにする取り組みを求めた。
  • FRBのタカ派政策への予想は概ね市場に織り込まれたと考えており、アジアの現地通貨建て債券のデュレーション全体に対してよりポジティブな見方をしている。低利回り国のなかではシンガポールと香港、中・高利回り国のなかではマレーシアとインドを選好する。通貨については引き続きシンガポールドルを選好する。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.35%拡大したものの米国債利回りの低下によって相殺されたことから、月間トータルリターンが0.25%となった。アジアの信用スプレッド拡大の原因となったのは、インフレ・景気への懸念と中国の不動産セクターをめぐる不安であった。
  • 中国市場の不透明感と相まって、アジア諸国の景気と企業の信用ファンダメンタルズは年後半に鈍化するとみられるが、依然十分な底堅さを保っているため信用スプレッドの大幅拡大は回避されるだろう。一方で、世界的な景気減速懸念が高まっていることから、クレジット市場の上値は限定的とみられる。リスク資産全般への資金流入の回復が、スプレッドの方向性を決定付けるカギとなるかもしれない。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

7月の米国債市場はイールドカーブがフラット化
7月の米国債市場は、月末にかけて長期債の価格が急上昇したのに伴い、イールドカーブがフラット化して長短金利が逆転した。6月の米FOMC(連邦公開市場委員会)とECBの議事録がいずれも予想以上にタカ派的な内容であったことから、米国債利回りは当初上昇した。FRB高官は景気が減速することになっても物価の安定を回復する必要があると強調し、ECBは7月の会合で0.25%超の利上げを行う可能性を示唆した。インフレが続くなかで米国の労働市場が依然好調であることが経済指標で示されると、市場はFRBによる利上げの積極化を織り込み直し、短期債の利回りに上昇圧力がかかった。同時に、長引く高インフレを抑制しようとする中央銀行の取り組みが積極化することによって米国経済がリセッション(景気後退)に陥るとの懸念が強まり、長期債の利回り上昇を抑えた。

ECBは月半ばに市場予想を上回る0.5%の利上げを実施した。同中銀は引き締めスタンスを示したものの、米国で低調な経済指標の発表が続いたことから、市場はすぐに世界最大の経済大国のリセッション・リスクを再認識し、米国債利回りは低下に転じた。FRBは市場予想通り2ヵ月連続でフェデラル・ファンド金利を0.75%引き上げ、インフレ抑制に対する決意を示した。大幅な利上げであったにもかかわらず、市場はその後のジェローム・パウエルFRB議長の発言を金融引き締めペースの減速を示唆するものと解釈し、リスク資産と債券はともに上昇した。米国のGDP統計が2四半期連続でのマイナス成長を示すと、米国債利回りはさらに低下した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.07%低下の2.887%、10年物で同0.364%低下の2.651%となった。

チャート1

6月のインフレ圧力は一段と増大
アジア諸国の6月のインフレ圧力は、食品・エネルギー価格の上昇を主因として一段と強まった。フィリピンの総合CPI(消費者物価指数)上昇率は、食品価格と輸送費の上昇を受けて、前月の前年同月比5.4%から加速して同6.1%と3年超ぶりの高水準を付けた。シンガポールの総合インフレ率は、コアインフレ率の大幅上昇と民間道路輸送費の急上昇を主因として、前月の前年同月比5.6%から同6.7%へと拍車がかかった。タイの総合CPI上昇率は、主にエネルギー価格上昇の影響で前月の前年同月比7.1%から同7.66%へ、マレーシアの同上昇率は食品価格の上昇を一因として同3,4%へと加速した。韓国では、原油価格や農産物・水産物価格、外食コストの上昇を背景に、総合インフレ率が前月の前年同月比5.4%から加速して同6.0%と24年ぶりの高水準に達した。

MASとフィリピン中銀は臨時会合で政策引き締めを実施
MASは、定例会合外の動きとして、シンガポールドルのNEER(名目実効為替レート)の政策バンド中央値を実勢水準にシフトさせる(実質的な金融引き締め)ことを発表したのに加え、コアインフレ率の予想レンジを2.5~3.5%から3.0~4.0%へと上方修正した。同金融当局は、コアインフレ率は加速して「当面4%を若干上回り、その後年末にかけて減速する」であろうとの見通しを示している。同様にフィリピン中央銀行も、定例会合外の動きとして、予想外の0.75%の大幅利上げを実施した。同中銀のフェリペ・メダラ総裁はタカ派姿勢を維持し、「8月の追加利上げを排除するつもりはない」と述べたが、「8月に0.50(%の利上げ)を行う必要性は今でははるかに低化している」とも付け加えた。

マレーシア中銀と韓国銀行は利上げを実施、インドネシア中銀は金融政策正常化への追加措置を発表
マレーシア中央銀行は2会合連続で0.25%の利上げを実施したが、金融政策が緩和的で景気重視スタンスであることに変わりはなく、今後の政策金利調整は「慎重で漸進的」なものになるだろうと述べた。韓国銀行は政策金利を0.50%引き上げて2.25%とした。同中銀の李昌鏞総裁は、政策会合後の記者会見で、「インフレや景気の傾向が大きく変わらなければ」、同中銀が年内残り3回の各会合でペースを落としながらも追加利上げを行う可能性があると示唆した。そのほかでは、インドネシア中央銀行が、7日物リバースレポ金利を3.50%に据え置く一方で、金融政策正常化を加速させる措置を発表した。これには、一部期間のマネー・マーケット金利の引き上げ、輸入インフレを抑制するための為替介入の強化、国債の売却などが含まれる。

中国の共産党中央政治局はゼロコロナ戦略を堅持、「最良の結果を達成できるよう最大限努力する」方針
月末、中国の共産党中央政治局は「ゼロコロナ」戦略の堅持を明言し、新型コロナウイルス対策と経済成長を両立させる意向を明確に示した。政策当局は大規模な景気刺激策の発表はせず、経済成長を「合理的な範囲」内に維持すると述べたが、市場はこのスタンスについて、中国が2022年の公式成長目標である5.5%に固執するわけではないことを示唆するものと解釈した。一方、党指導部は、不動産市場を安定化させ予約販売済み住宅が確実に完成・引き渡しされるようにする取り組みを求めた。

今後の見通し

デュレーション全体に対してよりポジティブな見方に
FRBのタカ派政策への予想は概ね市場に織り込まれたと考えており、加えて世界の経済成長に対する懸念が強まっているとともに経済指標がインフレのピークが近い可能性を示していること受けて、当社ではアジアの現地通貨建て債券のデュレーション全体に対してよりポジティブな見方をしている。低利回り国のなかではシンガポールと香港、中・高利回り国のなかではマレーシアとインドを選好する。マレーシアは他国に比べてインフレが抑制されると引き続きみており、インドは国内インフレ鈍化の初期兆候を示している。

通貨については引き続きシンガポールドルを選好する。コアインフレの高止まりが続いているシンガポールではMASが為替政策をさらに引き締めると予想されており、これがサポート材料となって同通貨がアウトパフォームするとみている。


アジアのクレジット市場

市場環境

アジアの信用スプレッドはインフレ・景気への懸念と中国の不動産セクターをめぐる不安から拡大
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが0.35%拡大したものの米国債利回りの低下によって相殺されたことから、月間トータルリターンが0.25%となった。格付け別では、スプレッドの拡大が0.27%にとどまった投資適格債の月間市場リターンが0.76%となる一方、ハイイールド債は、中国不動産セクターの継続的な低迷を受けてスプレッドの拡大幅が1.03%に及んだため、月間市場リターンが-2.44%とアンダーパフォームした。

アジアの信用スプレッドは月を通じて拡大の一途を辿った。当初は、インフレが加速しているとともに米国労働市場が好調さを維持しているなか、FRBがより多くの利上げを行うと市場が織り込み直したことから、リスク・センチメントが悪化し始めた。続いて、米国で低調な経済指標が相次いで発表されると、市場は世界最大の経済大国のリセッション・リスクを再認識するようになった。中国では、2022年第2四半期のGDP成長率が市場予想を大きく下回る前年同期比0.4%へと大幅に減速したのに加え、新型コロナウイルスの新規感染者数がじりじりと増加しているのに伴って行動制限等の措置に逆戻りするのではとの不安が高まり、市場センチメントのさらなる重石となった。同国で予約販売済みの物件の完成・引き渡しが遅れていることを受けて全国の住宅購入者が住宅ローンの支払いを停止していることが報道されると、アジアの信用スプレッドは中国銘柄を中心に一段と拡大した。以降月内いっぱいは住宅ローンの支払い停止に投資家の注目が集まり続け、特に不動産開発会社へのサプライヤーの一部が売掛金の未払いを理由に銀行ローンの支払いを延期したと報じられると、それが顕著となった。その後、中国の政策当局が投資家の信頼を回復するために 3,000億人民元の不動産基金の設立を検討していることが報じられた。月末には、同国の共産党中央政治局が「ゼロコロナ」戦略の堅持を明言し、新型コロナウイルス対策と経済成長を両立させる意向を明確に示した。また、党指導部は、不動産市場を安定化させ予約販売済み住宅が確実に完成・引き渡しされるようにする取り組みを求めた。こういった動きにもかかわらず、具体的な内容、特に中央政府による支援策が示されなかったため、市場の焦点が不動産セクターの持続的ストレスが経済全体に及ぼす悪影響から逸れることはなかった。

中国銘柄以外では、アジアの信用スプレッドは月前半、リスク市場全体に連動して全般的に拡大した。しかし、7月のFOMCをきっかけに米国債利回りの低下が進み世界の金融環境が緩和されると、スプレッドは縮小に転じて拡大部分の大半を取り戻した。国別では、インドネシアの銘柄がアウトパフォームした。月後半にソブリン債および準ソブリン債のスプレッドが大幅に縮小したことを追い風に、月間でスプレッドが縮小した。しかし、インドネシア以外では、域内のスプレッドは前月末比拡大で終わった。フロンティア市場では、格付機関S&Pグローバル・レーティングスがパキスタンの長期ソブリン債格付けの見通しを「安定的」から「ネガティブ」 に変更し、その理由として、「コモディティ価格の上昇、通貨ルピーの下落、世界的な金融環境のタイト化により国際収支が悪化しつつある」のに伴い、「政府の流動性リスクが増大している」ことを挙げた。そのほかでは、月下旬にスリランカでラニル・ウィクラマシンハ氏が新大統領に選出された。しかし、同国の国内政治は不透明感が依然強く、IMF(国際通貨基金)との救済協議が危うくなる可能性がある。

7月の発行市場は起債活動が依然低調
7月の発行市場は、月前半には大半の発行体が様子見を続けたが、月後半になると起債活動が増え始めた。投資適格債分野では、聯想集団有限公司(Lenovo Group Ltd)のディール(2トランシェで総額12.5億米ドル)やTSMC Globalのディール(2トランシェで総額10億米ドル)、POSCOのディール(2トランシェで総額10億米ドル)を含め、計22件(総額約80億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計6件(総額5.13億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

アジアのクレジット市場はファンダメンタルズ、バリュエーション、需給関係といった材料がセグメントによってまちまち
アジアのクレジット市場はファンダメンタルズ、バリュエーション、需給関係といった材料がセグメントによってまちまちであり、さらに、7月のFOMC後に世界的に広がったポジティブなリスク・センチメントが持続するかどうかはまだわからない。中国の景気回復は、7月の政府発表のPMI(購買担当者景気指数)が市場予想を下回ったことからも明らかなように、依然として不安定な状態にあり、民間セクターの企業・消費者心理は、不動産セクターを中心に、新型コロナウイルス感染者数の高止まりとそれを受けた移動制限によって圧力に晒され続けている。一方、党中央政治局会議後の同国の政策スタンスは、依然かなり緩和的で年後半の景気を下支えするとみられるものの、市場の期待からは下振れしている。このような展開から、中国の不動産セクターや格付けの低い民間企業銘柄のスプレッドには引き続き拡大圧力がかかるだろう。スプレッドがすでに大幅に拡大していることを考えると、今後の相場下落リスクは限定的と思われるが、一方でスプレッドが大きく縮小するにはまだ政策面での材料が必要である。

アジアの他の国々では、景気と企業の信用ファンダメンタルズが年後半に鈍化するとみられるが、依然十分な底堅さを保っているため信用スプレッドの大幅拡大は回避されるだろう。しかし、世界的な景気減速懸念が高まっているなか、特に当月後半に金融引き締めが実施されたことから考えて、クレジット市場の上値は限定的とみられる。新興国債券を含め、リスク資産全般への資金流入の回復が、スプレッドの方向性を決定付ける重要なカギとなるかもしれない。


当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。