本稿は、2022年8月12日発行の英語レポート「Asia corporate high yield: Market review and outlook」の日本語訳です。内容については英語の原本が日本語版に優先します。
昨年はアジアのハイイールド債に対する投資家心理が低調だったが、マクロ面の逆風はより対処しやすいものとなり得る
過去1年の市場環境
2022年6月までの12ヶ月間、アジアのクレジット市場は、信用スプレッドの拡大と米国債利回りの大幅上昇を受けて、トータルリターンが-12.8%となった。同期間におけるアジアのハイイールド社債は、信用スプレッドの拡大が約2.91%に及んでトータルリターンのマイナス幅が30.4%に至った。この期間の初め頃、世界的な市場ボラティリティの高まりにアジア固有の状況が重なり、アジアのクレジット市場は軟調な推移を見せた。サプライチェーンの混乱やインフレの急加速に新型コロナウイルスのデルタ株の世界的な感染拡大が加わり、世界経済の回復力に対する懸念が生じてリスク・センチメントの重石となった。
地域固有の動向として、中国の不動産セクター(特にハイイールド債分野)が同国政府の進めていた不動産市場の引き締め政策から深刻な影響を受けた。さらに、一部の弱小企業が晒されていた根強いネガティブ・ニュースや流動性圧力が、セクター全般にも波及した。中国のハイイールド債は、アジアのハイイールド債のパフォーマンスが大幅に悪化した最大の要因となった。2021年8月には、中国の大手不動産コングロマリットの1つである中国恒大集団(China Evergrande Group)について、デフォルト(債務不履行)の可能性をめぐる懸念がクローズアップされた。2021年9月になるとネガティブな展開は激しさを増し、3大格付機関がこぞってEvergrandeの債務格付けを2段階以上引き下げるに至るとともに、同社は一部の米ドル建て債券の利払いを履行しなかった。流動性ストレスと格下げに関するネガティブ・ニュースは、中国の他の不動産会社にも広がった。2021年末にかけては、中国人民銀行が予想外となる預金準備率(RRR)の引き下げを実施し、政府の政策における優先事項が2022年の経済成長の安定確保へと転換したことが示された。とは言え、新型コロナウイルスのオミクロン株の急速な感染拡大を受けて、世界の人々の移動と景気回復に悪影響の及ぶ可能性が投資家心理の重石となり、全体的に低調なリスク・センチメントが続いた。
期間後半のアジア・クレジット市場は極端な高ボラティリティに見舞われた。2022年の序盤には、米国債利回りのボラティリティの高まりを嫌気してスプレッドが拡大した。アジアのハイイールド債は、中国の不動産セクターに対する投資家心理の悪化に伴って大きく下落した。中国経済の他分野に影響が波及する潜在リスクへの懸念が強まり、中国銘柄全体への重石となった。その後、中国人民銀行が金融緩和政策を強化するとともに、当局が不動産セクターに対する追加支援策を表明した。なかでも、第三者預託口座に保管されている新築不動産購入のための前払い代金に不動産開発会社がアクセスしやすくなるようなルールを中国政府が全国的に準備しているとのニュースが報じられると、中国のハイイールド債を中心に信用スプレッドが縮小した。
2022年2月半ばになると、ロシア・ウクライナ間の地政学的緊張の高まりを嫌気してリスク資産が売り込まれた。市場の不透明感が増すにつれ、リスク資産は一層下落して原油価格が急騰した。一方、中国政府は不動産セクターへの追加支援策を明言したが、低調な市場センチメントを受けて、投資家は特定の不動産企業発行体をはじめ銘柄固有のネガティブ・ニュースに注目するようになった。その後まもなく、インフレ圧力がますます高まるとの懸念が浮上し、スプレッドは一段と拡大した。中国の主要都市におけるロックダウン(都市封鎖)の増加、一部の中国企業が米国株式市場から上場廃止される可能性があるとの報道、中国不動産セクターの銘柄固有のニュースは、すでに脆弱であった投資家心理のさらなる重石となった。しかし、中国の劉鶴副首相が経済と資本市場を支援する政策の実施を公約し、同国当局が問題を抱えた金融機関のセーフティ・ネットとなる大規模な新安定化基金の設定を検討していると報じられると、センチメントは劇的に好転した。
CPI(消費者物価指数)が世界的なインフレ圧力の加速を示し、米FRB(連邦準備制度理事会)議長の発言がタカ派色を増すなど、一連のネガティブなマクロ経済ニュースを受けて市場センチメントは再び低迷した。中国では、過去2年で最悪となった新型コロナウイルスの感染拡大の封じ込めに当局が苦戦し続けた。国務院の要請に応じ、中国人民銀行は一部の銀行のRRRを0.25%引き下げると発表した。その後、主要中央銀行がほぼ同時に積極的な金融引き締めに乗り出したのに伴って、世界の金融環境が急速にタイト化するとの懸念が広がり、信用スプレッドは一段と拡大した。
中国では、2022年4月の経済活動指標がすでに低かった市場予想を下回ったことから、景気減速不安が強まった。同国の政策当局は不動産セクターの支援に動き、中国人民銀行は5年物LPR(「ローンプライムレート」、最優遇貸出金利)と初めて住宅を購入する人向けの住宅ローン下限金利を引き下げた。期間の終盤にかけて、アジアの信用スプレッドは、銘柄固有の材料や新興国債券からの資金流出加速を背景に、主に中国のハイイールド債が足枷となって拡大を続けた。また、投資家が金利上昇やリセッション(景気後退)のリスクを見越してポジションを見直すなか、格付機関Moody’sが復星国際(Fosun International)の格付けを引き下げ方向で見直しの対象としたことも、工業・消費関連銘柄に圧力をもたらした。
アジアのハイイールド債のデフォルト率は2021年に(最大のデフォルト・ケースとなったEvergrandeを主因として)最高水準に達し、2022年も高止まりが予想されている。JP Morganのデータによると、2021年にデフォルトとなった債券の発行残高は約490億米ドル(デフォルト率で13.2%)であったが、2022年前半のデフォルト額は約350億米ドル(デフォルト率で10%)となっている。
当期間には米国債利回りもイールドカーブ全体で上昇した。アジアのハイイールド債市場はデュレーションが相対的に短いが、米国債利回りがイールドカーブ全体にわたって上昇したため、当期間のリターンがマイナスとなる一因になった。インフレと中央銀行の引き締めに対する懸念から米国債利回りが全体的に上昇するなか、イールドカーブは過去1年でベア・フラット化(短期金利が長期金利よりも上昇する形のフラット化)した。最終的に、当期間末の米国債利回りは2年物で2021年6月末比2.71%上昇の2.96%、10年物で同1.55%上昇の3.02%となった。大幅な利回り上昇の主因となったのは、インフレが当初考えられていたよりも根強く続くとの懸念から、FRBが引き締めペースを積極化するとの見方が広がったことだった。経済指標がインフレ圧力の継続を示し、米FOMC(連邦公開市場委員会)が声明で2022年に(今サイクル初の利上げにすぐ続いて)バランスシートの縮小を開始する可能性を示唆すると、米国債利回りは大幅に上昇した。
2022年2月には、ロシアとウクライナの国境における動向に市場の注目が集まった。ロシアがウクライナに侵攻したことにより、投資資金の安全資産への逃避が起こった。しかし、米国債利回り低下の動きは短期間に終わり、市場が米国のインフレに再び注目するようになると利回りは反発した。FRBは3月にガイダンス通り0.25%の利上げを実施し、5月にはより積極的な0.50%の利上げを行った。その後、6月半ばには、高インフレが続いていることを受けて、1994年以来最大の引き締めとなる0.75%の利上げを実施した。
アジアのハイイールド社債市場:過去1年における変化
昨年、中国の不動産企業発行体がオフショア市場にアクセスしにくくなりハイイールド債市場がストレスに見舞われたことから、アジアのハイイールド債市場の特性は変化した。市場規模(JPMorgan Asia Corporate High Yieldインデックスの債券発行残高に基づく)は、時価総額で2021年6月末の2,620億米ドルから2022年6月末には1,450億米ドルへと大幅に減少した。額面ベースでも、同期間に2,640億米ドルから1,870億米ドルへと29%の減少を見せた。これは、新規発行が少なかったのに加え、デフォルトに陥った複数の発行体がインデックスから除外されたからだが、これらのデフォルト発行体の除外により、市場の平均信用格付けは「B+」から「BB-」へと変わった。
表1:JP Morgan Asia Creditインデックス(JACI) - アジアのハイイールド社債市場の特性
国別構成では、2022年6月末時点における中国のハイイールド債の比率が1年前の53%から30%に低下している。41%と市場最大のセクターであった中国不動産企業のハイイールド債は、わずか15%にまで減少した。中国の構成比率が低下したことに伴って他国の比率が高まり、特にインドは14%から20%へと増加した。同様に、不動産セクターの構成比率も、48%から金融セクターの比率(22%)をわずかに上回る25%へと低下した。ある意味、この1年の動向によって、アジアのハイイールド債市場全体の集中リスクは軽減されたと言えるだろう。
今後の見通し
2022年のアジアのハイイールド社債市場は厳しいスタートとなり、特に第2四半期には激しい売り圧力に晒された。同市場に対する投資家心理は、地政学的な緊張、(世界各国の中央銀行がインフレ抑制のために積極的かつ協調的な金融引き締めを行ったことによる)金融環境のタイト化、主要先進国におけるリセッション・リスクの高まりのほか、中国の不動産セクターで続くストレスによって大きく悪化してきた。今後は市場の調整ペースが緩やかになると当社ではみている。
これまでのところ、アジアのハイイールド社債市場のデフォルトは中国の不動産セクターにとどまっており、同セクター以外でのクレジット・イベントは比較的落ち着いた状況が続いている(中国の不動産セクターの詳細な見通しについては、プレゼンテーションの録画をご参照下さい)。米ドル建てクレジット市場はボラティリティの高まりを受けて閉鎖してしまったように見えるが、アジアの企業はオンショア債券市場や銀行ローンを通じて資金を調達することができている。
加えて、今年のスプレッド拡大の要因であったマクロ面の逆風は、以下の要因を中心に、より対処しやすくなっている。
- 米国債利回りの上昇と米ドル高:年初来の新興国リスク資産のパフォーマンス低迷は、リスクフリー利回りの上昇と米ドル高が主因であった。現在では、米国債利回りが頭打ちとなるとともに米ドル高の勢いも鈍化しており、新興国市場は久々に一息ついている。マクロ・ファンダメンタルズが相対的に良好で金融政策も適時に実行されているアジアは、世界の他の新興国を概してアウトパフォームしやすいことから、現在のような環境は同地域にとって良い兆候だと言える。
- 資金流出:米国債利回りの低下に伴い、ハイイールド債からの資金流出もピークを打った可能性がある。これに加えて、新規発行も限定的であることから、中国以外のハイイールド債についてはポジティブな需給環境がもたらされている。
いずれにせよ、一定の下方リスクが依然残っていることは認識している。先進国の景気減速に加え、中国の「ゼロコロナ」戦略が今後注視していくべき重要なリスクとなるだろう。中国では最近ロックダウンや移動規制が緩和され、経済活動がある程度活発化しているが、同国がゼロコロナ戦略に固執しているため、再び感染拡大が起これば景気回復の勢いが悪影響を受けやすい状況は変わらない。
個別銘柄への言及は例示のみを目的としており、いかなる有価証券の売買・保有を推奨するものではなく、投資助言として依拠すべきものでもありません。
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