本稿は2022年9月16日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
アジア域内はインフレが高止まり、各国中央銀行は利上げを継続
サマリー
- 8月の米国債市場は、利回りが上昇するとともに短・中期債がアンダーパフォームした。利回り上昇の要因には、失業率が小幅に低下するなど米国の雇用統計が良好な内容となったことや、ドイツ国債の利回りが上昇したことが挙げられる。米FRB(連邦準備制度理事会)のジェローム・パウエル議長からは、インフレ抑制に向けて「金融政策手段を強力に行使する」との公言を含め、タカ派的な発言がみられた。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.608%上昇の3.495%、10年物で同0.543%上昇の3.195%となった。
- アジア諸国のインフレ圧力は7月も高止まりしたが、総合CPI(消費者物価指数)上昇率は韓国、シンガポール、インドネシア、フィリピンで加速する一方、タイとインドでは鈍化した。当月はタイ、インドネシア、フィリピン、韓国およびインドの中央銀行が主要政策金利を引き上げた。
- アジア諸国の2022年第2四半期のGDP(国内総生産)成長率は、個人消費の拡大と堅調な海外貿易が主な牽引役となったマレーシアで前年同期比8.9%となり、インドネシアでは同5.44%へ、タイでは同2.50%へと加速した。インドのGDP成長率は内需が主な原動力となって前年同期比13.5%に上った。
- 中国では、中国人民銀行による主要政策金利の引き下げなど、当局がさらなる景気支援策を打ち出した。中国政府は1兆元規模の追加刺激策を明らかにし、また、不動産セクターの支援策も発表された。
- アジアの現地通貨建て債券では、インド、インドネシア、マレーシアの国債を選好する。通貨については、米ドルのボラティリティが高まっていることを踏まえ、最近他のアジア諸国通貨と比較して底堅く推移しているインドルピー、インドネシアルピア、フィリピンペソといった高金利国通貨を選好する。
- アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.33%縮小したものの米国債利回りが大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが-0.25%となった。投資適格債は、信用スプレッドが0.35%縮小したものの米国債利回り上昇の影響を相殺するには至らず、月間市場リターンがマイナスとなった。一方、ハイイールド債は、中国不動産セクターの大幅上昇を受けてスプレッドが約0.56%縮小し、月間市場リターンがプラスとなった。
- 今後については、景気や企業の信用ファンダメンタルズが軟化しながらも十分な堅調さを維持し、信用スプレッドの大幅な拡大は回避されると予想している。ただし、特に8月にスプレッドが大幅に縮小していることから、世界的な景気減速懸念が少しでも強まれば一段の縮小余地は限定的となる可能性がある。リスク資産への資金フローは流出額が概して減少しているが、当面は不安定な状況が続くとみられる。
アジア諸国の金利と通貨
市場環境
8月の米国債市場は利回りが上昇
8月の米国債市場は、イールドカーブ全体で利回りが上昇するとともに短・中債がアンダーパフォームした。月初は、米国のナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問を受けて地政学的な緊張が高まり、質への逃避がやや進んだ。その後発表された米国の7月の雇用統計では、非農業部門の就業者数が前月比52.8万人増と市場予想の2倍超の増加となり、また失業率は3.5%へと小幅に改善した。雇用の回復傾向を受けて景気後退懸念が和らぐ一方、9月に米FRBが大幅な追加利上げを実施するとの見方が強まったため、米国の金利は上昇した。月の半ばには、米国の7月のインフレ指標が市場予想を下回ったことを受けて、リスク資産が上昇した。しかし、FRB高官のタカ派的な発言を受けて、ポジティブだった市場センチメントは急速に後退した。加えて、ドイツの生産者物価指数が過去最大の伸びをみせたことを受けてドイツ国債の利回りが上昇すると、インフレ懸念が再び強まり米国債利回りは一段と上昇した。月末にかけては、パウエルFRB議長がインフレ抑制に向けて「金融政策手段を強力に行使する」と公言し、過去の政策ミスを教訓に、金利を引き締め領域へとさらに引き上げその水準により長期にわたって維持する可能性があるとの考えを示した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.608%上昇の3.495%、10年物で同0.543%上昇の3.195%となった。
7月の総合CPI上昇率は高止まり
韓国の総合CPI上昇率は、電気料金や農産物価格の上昇を主因に前年同月比6.3%へと加速した。タイでは、7月の総合CPI上昇率が前年同月比7.61%と比較的高水準にとどまったものの、前月からは鈍化した。同様に、インドの7月の総合CPI上昇率も、食品インフレの減速を受けて市場予想を小幅に下回る前年同月比6.71%へと鈍化した。一方、フィリピンでは、食品価格の上昇を主因として、7月の総合インフレ率が前月の前年同月比6.1%から同6.4%へと加速した。シンガポールでは総合CPI上昇率が前年同月比7.0%へとペースを速めた。その他では、インドネシアの7月の総合インフレ率が、食品価格や補助金対象外のエネルギー価格の上昇などを受けて前年同月比4.94%へと加速した。
アジア域内の中央銀行は金融政策の引き締めを継続
インドネシアとタイの金融当局は、それぞれ政策金利を0.25%引き上げて利上げサイクルを開始した。タイの中央銀行は0.25%の利上げを賛成6・反対1の賛成多数で決定したが、反対票を投じた1名は0.50%の利上げを支持していた。インドネシアの中央銀行は、利上げのほかに、短期債の売却と長期債の購入を開始することも発表した。同中銀は、こうした動きにより、海外からの資金流入が拡大して通貨ルピアの下支えに寄与することを期待している。フィリピンの中央銀行は、政策金利を0.50%引き上げて3.75%としながら、足元では2022年の平均インフレ率が従来予想の5%および目標レンジである2~4%を上回り5.4%に達すると予想していると述べた。一方、韓国の中央銀行は、0.25%の利上げを実施するとともに、2022年と2023年についてGDP成長率見通しを下方修正しインフレ率見通しを大幅に引き上げた。その他では、インド準備銀行(RBI)はレポ金利を0.50%引き上げて「金融緩和解除」のスタンスを維持した。
中国人民銀行は主要政策金利を引き下げ、政府はさらなる景気対策と不動産セクター支援策を打ち出す
中国では、7月の経済活動や信用の指標が概して市場予想を下回った。新型コロナウイルス感染者数の再拡大やそれに伴うロックダウン(都市封鎖)、さらに不動産セクターの低迷継続が、内需への大きな逆風となった。経済指標の芳しくない内容を受けて、中国当局はさらなる景気支援策を打ち出した。1年物MLF(中期貸出ファシリティ)金利、7日物リバースレポ金利、1年物・5年物LPR(「ローンプライムレート」、最優遇貸出金利)など主要政策金利の引き下げが実施されたほか、中国政府は総額1兆元に上る追加刺激策を発表した。また、一部のデベロッパーを対象として国有企業が保証と引受けを行う債券の発行を認めるなど、不動産セクターへの支援も打ち出された。さらに、住宅省、財務省および中国人民銀行は、一部の不動産プロジェクトにおいて住宅が購入者に確実に引き渡されるようにするため、特別融資を提供する共同プログラムを開始した。
2022年第2四半期のGDP成長率は加速
アジア諸国の2022年第2四半期のGDP成長率は、個人消費の拡大と堅調な海外貿易が主な牽引役となったマレーシアで前年同期比8.9%と前四半期の同5.0%から加速し、インドネシアでも個人消費や輸出を牽引役として同5.44%へ、タイでは上方修正された前四半期の同2.30%から同2.50%へと加速した。インドのGDP成長率は内需が主な原動力となって前年同期比13.5%に上った。
今後の見通し
現地通貨建て債券ではインド、インドネシア、マレーシアを、通貨ではインドルピー、インドネシアルピア、フィリピンペソを選好
エネルギーやその他多くのコモディティ価格の下落を主な要因として、一部の国では総合インフレ率が減速しているものの、コアインフレ率は概ね高止まりしているか依然加速を続けている。これに加え、月次の経済指標が景気の失速を示唆していることを受けて、アジア域内の大半の市場では金融政策の引き締めペースをめぐる予想が後退しており、足元ではピーク金利の予想が下方修正されている。
こうしたなか、当社ではインド、インドネシア、マレーシアの国債を選好する。インドでは、国内インフレの漸進的鈍化が続いており、RBIのタカ派スタンスによってインフレ期待も抑えられているとみていることから、債券に対してポジティブな見方をしている。インドネシアは、同国債券の提供する実質利回りが魅力的な水準にあると考えており、さらに、同国中銀が引き続き為替の安定維持に注力している。マレーシアは、国営エネルギー会社Petronasが政府への配当支払いを倍増することで、同国の財政状況への追い風になるとみられ、加えて相対的に安定性が高いことからも、通貨リンギットと債券の両方を選好している。通貨については、米ドルのボラティリティが高まっていることを踏まえ、最近他のアジア諸国通貨と比較して底堅く推移しているインドルピー、インドネシアルピア、フィリピンペソといった高金利国通貨を選好する。
アジアのクレジット市場
市場環境
8月のアジアのクレジット市場は米国債利回りの上昇に伴い下落
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.33%縮小したものの米国債利回りが大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが-0.25%となった。格付け別では、投資適格債がハイイールド債をアンダーパフォームした。投資適格債は、信用スプレッドが0.35%縮小したものの米国債利回り上昇の影響を相殺するには至らず、月間市場リターンが-0.80%となった。一方、ハイイールド債は、中国不動産セクターの大幅上昇を受けてスプレッドが約0.56%縮小し、月間市場リターンが2.85%となった。
月初、米国のナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問を受けて地政学的な緊張が高まるなか、アジアの信用スプレッドは拡大した。しかし、米国の雇用者数が堅調な伸びを示し景気後退懸念が和らいだことを受けて、リスク・センチメントは急速に回復した。その後、米国のインフレ率が減速すると、リスク・センチメントは一段と良好になり、新興国債券への資金流入を受けてフィリピンとインドネシアのソブリン債や準ソブリン債が堅調に推移した。
中国では、7月の経済活動や信用の指標が概して市場予想を下回った。新型コロナウイルス感染者数の再拡大やそれに伴うロックダウン、さらに不動産セクターの低迷継続が、内需への大きな逆風となった。経済指標の芳しくない内容を受けて、中国当局はさらなる景気支援策を打ち出した。1年物MLF金利、7日物リバースレポ金利、1年物・5年物LPRなど主要政策金利の引き下げが実施されたほか、中国政府は総額1兆元に上る追加刺激策を発表した。また、一部のデベロッパーを対象として国有企業が保証と引受けを行う債券の発行を認めるなど、不動産セクターへの支援も用意された。さらに、住宅省、財務省および中国人民銀行は、一部の不動産プロジェクトにおいて住宅が購入者に確実に引き渡されるようにするため、特別融資を提供する共同プログラムを開始した。注目すべき点として、中国不動産セクターのスプレッドは、中央政府による流動性支援策の発表を受けて大幅に縮小した。さらなる好材料として、米国で上場している中国企業の監査書類について米国当局による閲覧を可能とすることで米中が暫定合意に達したと報道された。
月末にかけては、ジャクソンホール会議におけるパウエルFRB議長のタカ派発言を受けてリスク・センチメントが悪化し、スプレッドはそれまでの縮小分の一部を吐き出した。最終的に、当月の信用スプレッドは大部分のアジア主要国にわたって縮小し、なかでも中国は不動産セクターの好調を主因にアウトパフォームした。
8月の発行市場は閑散状態
8月の発行市場は、夏季休暇に伴う閑散期に入ったことを受けて、投資適格債分野を中心として起債活動が概ね低調となり、新規発行が合計22件にとどまった。投資適格分野では計7件(総額27億米ドル)の新規発行があった一方、ハイイールド債分野の新規発行は計15件(総額18.1億米ドル)となった。
今後の見通し
ファンダメンタルズは軟化するも、十分なバッファーの存在によって大幅なスプレッド拡大は回避されると予想
アジアのクレジット市場は引き続き、ファンダメンタルズ、バリュエーション、需給関係といった材料がセグメントによってまちまちである。米雇用統計の好調や当面のインフレ高止まり、ジャクソンホール会議でのパウエルFRB議長講演などを受けて、今後数回のFOMC(連邦公開市場委員会)会合にわたりFRBの対応がタカ派色を強めるリスクが高まったものの、米国の金利市場ではすでに相当織り込み済みとみられ、米国債利回りの上方リスクは限定的とみている。中国においては、不動産セクターをめぐる懸念が根強いほか、新型コロナウイルス感染者数の継続的な増加を受けて移動制限が実施されているなど、経済成長をめぐるリスクが残っている。とは言え、1兆元規模の景気対策を実施するとともに未完成の住宅プロジェクトの完了・引き渡しを目的として2000億元の融資を表明するなど、中国政府は景気刺激策を拡大している。政策支援の波及によってある程度の安堵感が広がったが、現物市場の回復は依然として緩慢で時間がかかるとみられることから、さらなる政策面の材料がまだ必要とされている。その他アジア諸国では、年後半に景気や企業の信用ファンダメンタルズが軟化しながらも十分な堅調さを維持し、信用スプレッドの大幅な拡大は回避されるとみられる。ただし、特に8月にスプレッドが大幅に縮小していることから、世界的な景気減速懸念が少しでも強まれば一段の縮小余地は限定的となる可能性がある。リスク資産への資金フローは新興国債券を中心に改善し流出額が概して減少しているものの、当面は不安定な状況が続くとみられる。
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