本稿は2022年8月18日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

市場ストーリーの変化が引き続き加速

投資環境概観

新型コロナウイルスの感染拡大が始まって以降、景気サイクルの変動が激しくなったのに合わせて、市場ストーリーの変化も引き続き加速している。各国中央銀行は通常、景気サイクルの変動を抑えることを目指すものだが、今回はむしろ景気サイクルの変動を高めているかもしれない。長期にわたり過度な緩和スタンスを維持してきた中央銀行は、今ではインフレ期待を確実に抑制しようとかなり積極的な方向転換を試みている。

米国の年前半のGDP成長率は市場予想を下回ったが、これはモノからサービスへといったような急速な需要パターンの変化に企業が適応した結果と考えられる。現在の逆風は過剰在庫が製造業の足枷となっていることなどで、労働市場が依然健全であるにもかかわらず、米国経済がリセッション(景気後退)の一途を辿っているとのストーリーを助長している。このシナリオが既成事実であるかのように、市場は米FRB(連邦準備制度理事会)が2023年序盤までには金融緩和に動くと織り込みつつあり、この期待が7月を通じて米国株式が力強く上昇した主因とみられている。

より単純な説明としては、6月の市場は売られ過ぎだったということで、さらに言えば、足元の決算シーズンは多くの人が予想したほど企業業績が悪化していない。今日のインフレは、水準的には1970年代の状況に非常に近いように見受けられるが、1970年代にはインフレが賃金の上昇や企業の利益率の圧縮につながった一方で、今回はそうなってはいないようだ。利益率は依然として健全な水準にあり、高インフレの一因となっている。インフレは今後数四半期で減速する可能性が高いが、問題はその程度で、FRBが金融引き締めというブレーキを緩めるのに十分かどうかが重要である。当社ではまだ判断しきれていないが、非常に弱気なままでそのようなポジションをとっている投資家が多いなか、より穏やかなシナリオを慎重に検討するのが妥当であろうと考える。

クロス・アセット

当月は、グロース資産とディフェンシブ資産の両方に対して慎重な見方を維持した。米国の6月のインフレ率はまたしても上振れし、実際、物価圧力が多分野に広がっていることを示唆しているように思われる。しかし、市場は、インフレはピークを打っており今後リセッションに陥っても比較的浅いものにとどまるだろうとの見方を強めているようだ。新型コロナウイルスの影響で経済指標の変動が激しくなったが、市場はサイクルを通じてならした見通し、つまりインフレが鈍化しFRBが「ソフトランディング」(リセッションを回避した緩やかな景気減速)を達成すべくハト派寄りの政策に転じるとの見方を織り込もうとする姿勢を強めている様子である。このようなストーリーは過度に楽観的に聞こえるかもしれないが、投資家がネガティブなセンチメントに屈しきってはいないことから、当該シナリオが主流となって新たな強気相場のベースが築かれる可能性がある。

今後についてより明確な見通しを得るには、次の決算シーズンが重要となる。FRBのタカ派姿勢の影で企業収益予想の下方修正が始まったばかりであることを考えると、市場の堅調さは奇妙に思われるが、市場センチメントがすでに非常にネガティブであり企業収益が予想外の底堅さを示し得ることを考えると、ハードルは低いのかもしれない。

グロース資産では、コモディティについて供給サイドの制約が続いているものの需要鈍化の兆しが表面化し始めたことから、コモディティ関連株のスコアを引き下げ、その分の大半をリートおよび上場インフラ投資のスコアの引き上げに充て、またよりディフェンシブなセクターの先進国株式のスコアを若干引き上げた。ディフェンシブ資産では、現地通貨建て新興国債券と金のスコアを引き下げ、その分の大半を先進国ソブリン債のスコアの引き上げに充てるとともに、ハイイールド債のスコアを小幅に引き上げた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながると考えます。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

市場は絶えず投資家を謙虚な気持ちにさせるが、6月と7月はおそらくその最たるものだったと言えるだろう。インフレ抑制のためにはリセッションに陥るとしても利上げを辞さないというFRBの劇的なタカ派転換は、株式と債券の両市場に打撃を与えたが、その後まもなく、同中銀が早ければ2022年終盤にも緩和を行うとの観測が浮上した。このような考えは、当社も含め多くの市場参加者にとって馬鹿げているように思われたが、とにかく市場は薄商いのなかでショート・スクイーズ(空売りポジションの買戻しが相次ぐこと)により上昇した。

米国の6月のインフレは悪化し、7月中旬に当該指標が発表された時、金融環境のタイトさはピークに達していた。その後、金融環境は(おそらくタカ派姿勢のFRBの意には反して)徐々に緩み、リスク資産はより広範に上昇し始めた。決算シーズンが懸念されたほど悪い内容ではなかったため、また金融環境の緩和、およびエネルギー価格の急落に伴うインフレ減速の可能性に配慮して、当社ではリスク・エクスポージャーに対する見方を引き上げ始めた。もちろん、米国の7月のインフレ率が市場予想を下回る結果となった後も、依然弱気な逆張りポジションをとっていた投資家が多かった模様で、上昇相場が続いている。

では、これからどうなるのか。今後発表される経済指標次第ではあるが、FRBに引き締めペースを落とす余地があるのは明らかで、政策ミスを回避するために、おそらく年内には引き締めを一旦停止してそれまでの引き締め政策の効果を見極めようとするだろう。景気は、不可解なほど好調な雇用市場を除けば、冷え込みつつあるように見受けられる。インフレ圧力の一部が一過性のものであることは間違いなく、リセッションを招いてまで引き締めを急ぐ必要はない。年間インフレ率が6月の9.1%から7月に8.5%へとやや鈍化したくらいでは、インフレとの闘いの終わりを示す十分な理由にはならないが、とは言え、安堵感は当面続く可能性があるとみている。

インフレ・ヘッジは依然妥当

市場参加者はハイテク・セクターやグロース・セクターといった過去の勝者を大きく選好する傾向を見せたが、これは長期金利が6月にピークを打って低下したことを考えれば理に適っている。企業収益は売上高と利益率が引き続き好調なのに伴って上振れし、企業はガイダンスでまずまずの見通しを示した。当社ではインフレの影響もあって減益を予想していたが、今のところ、1970年代のように賃金圧力が利益を大きく押し下げている兆候はほとんど見られていない。リセッションに陥る前にFRBが金融引き締めを止め、それによって金利が安定すれば、おそらくハイテク・セクターやグロース・セクターといった市場分野は(バリュエーションが依然割高だと言えるものの)まだ買い支えられる可能性がある。しかし、リセッションが起きないとすれば、インフレ・ヘッジも妥当だと当社では考えている。

これまでのところ、インフレ減速の主因となっているのはエネルギー価格の下落である。この傾向はインフレ減速にとって明らかに追い風だが、供給サイドの混乱が続いていることから、供給が限定的ななかで価格を下落させる有効手段は大幅な需要崩壊(つまりリセッション)しかない、というのが当社を含め大方の見方であった。

では、需要崩壊は起きたのか。実際は部分的にと言うのがせいぜいで、市場が需要崩壊シナリオを織り込みにいったにすぎない。消費習慣の変化によって需要が減少しているのは明らかだが、リセッション時に見られる水準ほどではなく、足元の価格下落を受けて需要は回復するとみられる。供給サイドでは、戦略石油備蓄の放出が効果を上げているが、この措置は11月に期限切れとなるため一時的な解決策でしかない。

インフレの多くの側面は一過性のものであろうと考えてきたが、エネルギーを含め、脱グローバル化の流れや供給サイドの混乱は今後も続くと考えられる。したがって、インフレ率はFRBの目標である2%まで低下しない可能性がある。これは当面は市場の焦点とならないかもしれないが、現在多くの人々が予想しているよりもインフレが長引くことになった場合に備えておくのは賢明だろうと考える。

6月にFRBが超タカ派的転換を見せたことを受けて大きく下落したエネルギー株は、8月上旬現在まで続いているエネルギー価格安を受けて続落している。エネルギー企業の収益は通常、原油安局面に価格下落と需要後退が重なって減少することが多く、2008年の世界金融危機や2015年の需要ショックのような世界規模のリセッションにおいて最も深刻化する傾向がある。しかし、現在は収益の大幅拡大が続いており、一方で原油価格は1バレル当たり93米ドルと上述のような需要ショックを示してはいない。

チャート1

エネルギー株は6月に始まった大幅下落において激しいボラティリティを見せた。しかし、この一因は、当該資産クラスに投資家のポジションが偏り、他のほぼすべての資産クラスでモメンタムがマイナスとなっていたなかでプラスのモメンタムを生み出していたことにあると当社は考えている。6月に下落が始まってポジション解消が進んだ際、深刻なリセッションが懸念されていたが、そうした懸念はまだ現実化していない。原油価格は下落を続ける可能性があるが、それを促す材料については、FRBが再びタカ派化するようなことがない限り不透明だ。

エネルギー株については、ボラティリティが高水準にあることから慎重なスタンスを維持するが、金融環境が緩和的な状態にとどまれば、インフレ圧力が依然として高いなか、当該資産クラスが他のコモディティ関連株とともに有利に映るようになると考えている。>エネルギー株については、ボラティリティが高水準にあることから慎重なスタンスを維持するが、金融環境が緩和的な状態にとどまれば、インフレ圧力が依然として高いなか、当該資産クラスが他のコモディティ関連株とともに有利に映るようになると考えている。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 中国に対して中立:先月の当レポートでは、インフレ率が相対的に低く政策スタンスを緩和させている中国を他国の株式市場に対して選好すると述べ、リスク要因としてロックダウン(都市封鎖)や不動産関連懸念の再燃を挙げた。これらの逆風についてはいずれ弱まると依然みているが、不動産セクターのストレスは当社が予想した以上に強く、相殺する支援策がなければ長引く様相である。
  • グロース株については当面ポジティブ:インフレ懸念が過去3年にわたって高まりFRBがタカ派色を強めていることを考えれば、インフレがピークを過ぎた模様であることが安堵感をもたらすのは当然と言えるだろう。インフレと金利が安定化しており、今後数ヶ月はFRBが引き締めを一旦停止する可能性があるため、市場にはさらなる下支え余地があるとみる。しかし、インフレが過去の標準水準には戻らないという別のリスクも迫りつつあると考える。

ディフェンシブ資産

ソブリン債に対しては慎重さを維持しつつも、見通しが徐々に改善しつつあるとみている。金融引き締めが世界の経済成長の足枷となる可能性を市場が懸念し始めているなかにあっても、各国中央銀行はインフレとの闘いを続け大幅な利上げを実施している。その結果、米国のイールドカーブはすでに長短逆転し、今後の景気鈍化を示唆している。中銀がフォワード・ガイダンスを控えて経済指標重視へとシフトしているため、世界の債券市場は経済指標の発表に過敏になっている。企業・消費者心理指標の悪化と原油価格の下落は、年前半厳しい相場展開に見舞われたソブリン債に一定のサポートをもたらしている。

一方、現地通貨建て新興国債券については慎重な見方に転じた。持続的なドル高や世界需要の減少、コモディティ価格の下落が新興国資産の脆弱性を露呈させるにつれ、見通しが悪化している。中国の需要が回復すれば多少なりとも追い風になるが、中国需要回復のストーリーは今のところまだ支持を集めておらず、好悪材料のバランスはマイナスに傾いている。

クレジット市場は先月、投資適格債とハイイールド債の両方でスプレッドのパフォーマンスが改善したが、当社では国債対比でネガティブな見方を維持している。ECB(欧州中央銀行)は予想外にも0.5%の利上げを実施して引き締めを開始しており、他の中銀も今後数週間のうちに追加利上げを行うとみられている。金融引き締めを受けて需要は世界的に鈍化し、信用の質を悪化させ始めるだろう。

金については、慎重ながらポジティブな見方を維持している。実質金利の上昇と米ドル高が金に下方圧力を加えているものの、市場がインフレ・リスクの根強さやリセッション・リスクの高まりを過小評価している可能性があるなか、金は両リスクに対する有効なヘッジ手段になり得るとともに、バリュエーションが年初よりも魅力的な水準にある。

中立金利の水準は見方による

市場アナリストがフェデラル・ファンド金利の行方と今サイクルのターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)について議論を続けている一方、長らく続いているもう一つの議論もヒートアップしつつある。ジェローム・パウエルFRB議長は、7月の政策会合後の記者会見で、現在のフェデラル・ファンド金利の誘導目標レンジである2.25~2.50%について、「我々が中立と考える範囲にある」と述べた。同議長が言及した中立金利とは本来、緩和的でも引き締め的でもなく、完全雇用と物価安定を促すのにちょうど良いフェデラル・ファンド金利のことである。具体的に観測することはできないので、どちらかというと理論的な概念だが、現在の環境では重要となる。FOMC(連邦公開市場委員会)の考える中立金利の水準を推測することで、金融政策の潜在的展開の判断基準となり得るからだ。

チャート2はFOMCメンバーによるフェデラル・ファンド金利の長期予想で、6月に発表された経済見通し(Summary of Economic Projections)に含まれている「ドット・プロット」(FOMCメンバーによる将来の金利予想の分布をチャート化したもの)の構成要素である。これらの予想が特に中立金利と呼ばれているわけではないが、公表されているなかではおそらくそれに最も近いものと推測され、上述したパウエル議長の発言の根拠になっていると思われる。当該予想は基本的に2.25~2.50%の範囲内にあり、2.50%と予想するメンバーが最も多い。ここで導き出される推論は、FRBは現在の2.50%を超える追加利上げについて、引き締め段階に入るとみている可能性が高いということだ。


チャート2

中立金利に関するFRBの見解が明らかになったことを受けて、著名なコメンテーターや元FRB高官から一定の異論が出てくるのは必至であったが、その一つがラリー・サマーズ元米財務長官からであったのは意外ではない。サマーズ氏は、インフレが極めて高い水準にある足元の状況下で、現在のフェデラル・ファンド金利誘導目標2.50%を中立の範囲内とするパウエル議長の考えは「擁護しようがない」との見方を示した。強い批判だが、当社では少しばかり公正さに欠ける見解だと考える。

チャート3

チャート3は、やはり高インフレ期であった1970年代以降の実質フェデラル・ファンド金利の当社推定値(月末のフェデラル・ファンド金利誘導目標から食品・エネルギーを除いたコアCPIの年間上昇率を差し引いたもの)を示している。目を引く点として、現在のように実質金利が大幅なマイナスとなったのは1970年代半ば以来である。過去数年間、その原因はインフレ率の上昇と超低金利であった。しかし、中立金利の議論に戻ると、これは主にインフレが中期的に落ち着く水準についての見解の相違に帰すると当社では考える。実質金利がマイナスなら景気刺激策、大幅なプラスなら景気抑制策と考えられていることから、中立金利はおそらく実質フェデラル・ファンド金利が若干のプラスとなる水準だろうとみている。FRBは、インフレ率が目標の2%まで低下するとともに今サイクルで数回の追加利上げを行うことで、実質フェデラル・ファンド金利が上昇してプラスに転じると考えているようだ。ラリー・サマーズ氏のような他のコメンテーターは、インフレ率が根強く高止まりし、そのため実質金利をプラスに戻すにはもっと高いフェデラル・ファンド金利が必要になるとの見方をしている模様である。

もちろん、FRBとその批評家のいずれかのインフレ観が正しいということもあり得るが、当社では、よくあるように、答えは両者の中間辺りになるだろうと考えている。当社では今後1年でインフレが鈍化すると予想しており、その点でFRBの考えに同意するが、インフレの抑制はそう簡単にはいかずFRBの目標をそれなりに上回る水準にとどまるとも予想しており、その点ではFRBの批評家に同意する。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • デュレーションに対してよりポジティブな見方:米国の経済成長には鈍化の兆しが表れ始めており、エネルギー価格の下落を受けてインフレもピークを打った模様である。FRBは経済指標次第の姿勢を強めており、今後の政策変更についてもはや明確なガイダンスを示していない。
  • 中国債券を再び選好:中国の国債は相対的に高い利回りを提供しており、世界の債券利回りの動きに対して引き続き低い相関性を示している。しかし、人民元については当面下落リスクがあるためヘッジすべきだろう。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。