本稿は2022年10月18日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

債券のリスク・リターンが向上

サマリー

  • 9月の米国債市場は利回りが上昇した。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.786%上昇の4.281%、10年物で同0.637%上昇の3.832%となった。
  • アジア諸国のインフレ圧力は8月も総じて高止まりした。当月は、マレーシア、タイ、インド、インドネシア、フィリピンの中央銀行が主要政策金利を引き上げた。また、フィリピンやインドネシア、タイの金融当局はインフレ予想を引き上げた。
  • 中国人民銀行は、人民元のさらなる下落に対処するための措置を発表するとともに、人民元の投機に対して警告を発した。中国の銀行は預金金利を引き下げ、また当局は不動産セクターの追加支援措置を発表した。
  • アジアの現地通貨建て債券では、インドネシアの国債を選好する。インドネシア国債は、国内の潤沢な流動性や相対的に魅力的な実質利回りを背景に、他のアジア諸国の国債と比べて下支えされる可能性がある。
  • アジアのクレジット市場は、米国債利回りが大幅に上昇するなか、信用スプレッドが約0.25%拡大したことから、月間トータルリターンが-3.51%となった。投資適格債は月間市場リターンが-2.98%となり、月間市場リターンが-6.35%となったハイイールド債をアウトパフォームした。
  • 今後については、世界の経済成長が鈍化するなかで景気や企業の信用ファンダメンタルズのやや軟化が見込まれるものの、当社ではこれらは十分な堅調さを維持し、信用スプレッドの大幅な拡大は回避されると予想している。ただし、指標銘柄のスプレッドが予想される中期レンジの下限寄りにあり、また世界的に多くの市場リスクがあることを考慮すると、スプレッドは当面小幅に拡大する可能性がある。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

9月の米国債市場は利回りが上昇
9月の米国債市場は利回りが再び上昇し、短中期債がアンダーパフォームするなかイールドカーブの逆転が一段と進んだ。月初は、ジャクソンホール会議を経て、市場では米FRB(連邦準備制度理事会)の早期方針転換への期待が後退した。その後は、8月の米国の雇用統計やCPI(消費者物価指数)が市場予想を上回ったことを受けて、9月にFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標が再び大幅に引き上げられるとの見方が強まり、ターミナルレート(利上げの最終到達点)予想が上昇するなか、米国債は一段と下落した。短期債の利回りは、米FOMC(連邦公開市場委員会)会合を受けて大幅に上昇した。0.75%の利上げ決定は概ね市場予想通りであったが、政策金利や失業率の予想が引き上げられたのに加えて経済成長予想が下方修正されたことから、FRBはインフレの上昇に対処するためにより長期的に積極的な金融政策の引き締めサイクルを実施する可能性が高いことが示唆された。さらに、ジェローム・パウエルFRB議長が、インフレを抑制するにはある程度の経済的打撃はやむを得ないだろうとの認識を示すと、市場に動揺が広がった。月末にかけては、イギリスで起きている出来事に市場の注目が集まるなか、リスク・センチメントは明らかに弱気なものとなった。イギリスの新政権が大幅減税を含む成長計画を発表すると、同国政府の中期的な財政の持続可能性に対する懸念から英国債利回りが急騰し、英ポンドは対米ドルで史上最安値をつけた。その後の市場の混乱を受けてイングランド銀行が市場介入を実施したため、世界の利回りはそれまでの上昇の一部を戻す動きとなった。月末の利回り水準は2年物で前月末比0.786%上昇の4.281%、10年物で同0.637%上昇の3.832%となった。

チャート1

8月のコアCPI上昇率は加速
アジア域内の8月のコアCPIは加速した。MAS(シンガポール金融通貨庁)が重視するコアインフレ率(民間道路交通費・住居費を除く)は、食品やサービス価格の上昇ペースが引き続き加速するなか一段と高まり、前年同月比5.1%と、2008年末以来の高水準となった。フィリピンでは、総合インフレ率は鈍化したが、コアインフレ率(変動の大きい食品・エネルギー価格を除く)は、7月の前年同月比3.9%から8月は同4.6%へと加速した。同様に、インドネシアでは8月の総合CPI上昇率は減速したものの、コアインフレ率は前年同月比3.04%と前月の同2.86%から加速した。他では、タイの8月のコアCPI(生鮮食品とエネルギー価格を除く)は、前年同月比3.15%となり、前月の同2.99%からペースを速めた。

マレーシア、タイ、インド、インドネシア、フィリピンの中央銀行が主要政策金利を引き上げ
インフレ圧力の高まりを受けて、アジア域内の金融当局は政策金利をさらに引き上げた。マレーシアとタイの金融当局は、それぞれ0.25%の利上げを実施し、ともに「段階的で慎重な」政策アプローチを進める方針を改めて示した。一方、インドネシアの中央銀行は政策金利を0.50%引き上げ、利上げについて、内需が強まるなかでインフレ期待を低下させるとともに同中銀の為替安定策を支えるための「今後を見据えた先行的・先制的」措置であると述べた。インドとフィリピンの中央銀行も同様にそれぞれ0.50%の利上げを実施し、フィリピンの中央銀行は「物価上昇圧力は引き続き拡大している」と指摘した。

金融当局はインフレ予想を上方修正
フィリピンの中央銀行は、原油以外の世界的な物価上昇、輸送料金のさらなる引き上げ要請、砂糖価格の急上昇を理由として、今年の総合インフレ率予想を5.4%から5.6%へ、2023年については4.0%から4.1%へと引き上げた。同中銀によると、インフレ圧力は2023年後半までには同中銀の目標レンジである2~4%内に落ち着く可能性がある。インドネシアではペリー・ワルジヨ中銀総裁が、2022年末の総合インフレ率について6%を若干上回ると足元で予想していると述べた(従来は5.9%と予想)。また、タイの中央銀行も2022年の総合インフレ率予想を(従来の6.2%から)6.3%へ、2023年については(従来の2.5%から)2.6%へと引き上げた。同中銀は、総合インフレ率は今後徐々に鈍化し、2023年第2四半期に同中銀の目標レンジ内に戻ると予想している。

中国人民銀行は人民元の下落圧力に対処
中国の中央銀行は、9月15日付けで外貨預金準備率を8%から2%引き下げて6%とした。その後、同中銀は顧客のために元売り・外貨買いの為替先物取引を扱う銀行に対してリスク準備率20%を再び課すこととし、これにより元売りの為替予約コストが引き上げられた。月末にかけて、同中銀は為替の投機に対して強い表現で警告を発した。

中国の銀行は指標となる預金金利を引き下げ、政策当局は不動産セクターの支援を強化
中国の大手銀行は、融資を拡大して成長を支えるべく、2015年以来となる指標預金金利の一斉引き下げを実施した。その他、当局は不動産セクターの追加支援措置を発表した。これらの措置の一例として、広州市は在庫調整を行おうとする不動産デベロッパーがより柔軟に実施できるよう、住宅販売価格の上限および下限を調整したと報じられた。また、当局は一部の地方政府に対して、初回住宅購入者向けローン金利の下限をさらに引き下げることを容認するとともに、一部の住宅購入者を対象とした特別税制優遇措置を発表した。さらに報道によると、規制当局は大手国有銀行に対して、不動産セクターに年末の4ヵ月間で少なくとも純額6000億元の金融支援を行うよう指示した。

インドネシアはガソリン価格を引き上げ、シンガポールは不動産セクターの加熱抑制措置を発表
月中に、インドネシア政府は国家予算の負担を軽減し財政赤字を抑制するために、補助金付きガソリン価格をついに引き上げた。一方、シンガポールの政策当局は公共住宅向けローンについて、ローン上限の引き締めや、物件価格に対するローン貸出額の割合「LTV(ローン・トゥ・バリュー)」の上限の引き下げなど、不動産市場に対する加熱抑制措置を発表した。

今後の見通し

現地通貨建て債券ではインドネシアを選好
FRB議長を含め様々なFRB高官が最近発言しているように、同中銀は今後数ヵ月のうちに追加利上げを実施する方針である。アジアでも、大半の国においてインフレ率が中央銀行の許容レンジの上限を依然上回っていることから、度合いはまちまちとは言え、当面は金融政策のさらなる引き締めが行われるとみられる。これは、経済成長見通しが2023年にかけてますます低迷することを意味しており、債券利回りにとってはある程度の追い風になるだろう。当社では足下の世界の経済状況は不透明感に満ちていると認識しているが、米国債10年物の利回りが4%に迫っていることから、債券のリスク・リターンがより良好になってきたと考えている。インドネシア国債は、国内の潤沢な流動性や相対的に魅力的な実質利回りを背景に、他のアジア諸国の国債と比べて下支えされる可能性がある。


アジアのクレジット市場

市場環境

9月のアジアのクレジット市場は信用スプレッドの拡大や米国債利回りの上昇に伴い下落
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.25%拡大するとともに米国債利回りが大幅に上昇したことから、月間トータルリターンが-3.51%となった。格付け別では、投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームした。投資適格債は、信用スプレッドが約0.10%拡大して、月間市場リターンが-2.98%となった。一方、ハイイールド債は、スプレッドが約1.50%拡大し、月間市場リターンが-6.35%となった。

月初は、ジャクソンホール会議を経て、市場でFRBの早期方針転換への期待が後退するなか、アジアの信用スプレッドは拡大した。しかし非公式の報道で、中国当局が不動産セクターの低迷阻止を目的とした大幅な緩和措置を実施する見込みであることが伝えられると、中国の不動産セクターを中心にリスク・センチメントが急速に改善したため、信用スプレッドの拡大は一時的なものとなった。その後、一部の都市が不動産デベロッパーに対して住宅価格のより大幅な引き下げを容認したとのニュースが報じられると、同セクターの需要は一段と下支えされた。一方、他の一部のアジア市場では経済活動の再開が一段と進んだことを受けて、センチメントが上向いた。香港は、入境者に義務付けていたホテル隔離措置の終了を発表し、マカオは電子ビザ・プログラムおよび団体観光客受け入れの再開を発表した。月末にかけては、リスク・センチメントが全般的に反転する動きとなった。主要中央銀行による金融政策のさらなる引き締めや世界的な債券利回りの上昇、ロシア・ウクライナ戦争の激化を受けて、信用スプレッドは一転して拡大した。イギリスの新政権が経済成長を押し上げるために大幅減税計画を発表した影響で英国債市場のボラティリティが極めて高まるなか、アジアのクレジット市場を含むリスク資産は下落した。こうしたなかでも、中国の不動産セクターのクレジットものは、規制当局が同セクターへの支援を強化したことを受けて(一部の初回住宅購入者向けローン金利の下限のさらなる引き下げや一部の住宅購入者を対象とした特別税制優遇措置の実施)、月末に上昇したが、国有企業保証の債券を最近発行した不動産デベロッパーの債務不履行をめぐる懸念が一因となり、上昇が打ち消された。全体では、韓国を除くアジアの主要国で信用スプレッドが軒並み拡大した。

9月の発行市場は起債活動がやや活発化
9月の発行市場は起債活動がやや活発化して、新規発行が計31件となった。投資適格債分野では、Export-Import Bank Koreaのディール(3トランシェで総額25億米ドル)やインドネシアのソブリン債のディール(3トランシェで総額26.5億米ドル)を含め、計16件(総額75億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド分野の新規発行は計15件(総額約23.6億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

ファンダメンタルズは軟化するも、十分なバッファーの存在によって大幅なスプレッド拡大は回避されると予想
米国の8月のCPIが市場予想を上回ったことや、FRBが金融政策のさらなる引き締めが必要になるだろうと強く示唆したことを受けて、FF金利のターミナルレートや米国債の短期部分の利回りが大幅に見直された。当社では、足元の利回り水準は予想を上回るこのようなタカ派姿勢をすでにほぼ織り込んでいるとみているものの、世界の様々な市場動向や経済指標によって相反する圧力がもたらされることにより、ボラティリティは高止まりする可能性がある。

世界の経済成長が鈍化するなかで景気や企業の信用ファンダメンタルズのやや軟化が見込まれるものの、当社ではこれらは十分な堅調さを維持し、信用スプレッドの大幅な拡大は回避されると予想している。ただし、指標銘柄のスプレッドが予想される中期レンジの下限寄りにあり、また世界的に多くの市場リスクがあることを考慮すると、スプレッドは当面小幅に拡大する可能性がある。一方、中国の経済成長は、不動産セクターや同国のゼロコロナ政策の実施期間をめぐる懸念が続いているため、依然として下方リスクがある。中国の政策当局は9月下旬にかけて不動産セクターに対するさらなる支援策を発表したが、現物市場の持続的な回復には時間がかかるだろう。10月半ばに行われる中国共産党第20回全国代表大会では、指導部の変更や主要な政策転換の兆しが注目される。


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