本稿は2022年9月21日発行の英語レポート「Balancing Act」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

世界は脱グローバル化の加速に伴って急速に調整局面へ

投資環境概観

厄介なことに、米国のインフレ指標はまたもや上振れした。投資家はほぼおしなべてかなり弱気なポジションをとっているが、米FRB(連邦準備制度理事会)がインフレ抑制のために積極的な引き締めを継続する決意を表明しており、これが(いずれ)リセッション(景気後退)を引き起こすであろうことを考えれば、無理もない話だ。しかし、FRBの急速な引き締めがまだ需要や企業収益を大きく減退させてはいないなか、米国株式市場のグロース株のバリュエーションが依然として高水準にあることからも明らかなように、投資家は完全には匙を投げていない。

民間セクターのバランスシートが健全であることから需要が維持されており、これがインフレ圧力を相殺する一方、夏季にサービスへの繰延需要が解放されたことも示唆している。米国の雇用市場は依然として好調であり、したがって市場は、より不吉な将来を織り込もうとしながらも現状はまだそれほど悪くはないため過度に弱気にはなっていないという、落ち着かない局面に立たされている。インフレ指標は発表日に株価に衝撃を与えたが、インフレがピークを打った可能性は依然高く、投資家が完全に匙を投げるには別の材料が必要かもしれない。

欧州では問題がより深刻で、エネルギー危機がインフレに拍車をかけており、緩和政策を10年続けてきたECB(欧州中央銀行)は予想を上回るペースで引き締めに転じている。欧州はエネルギー政策を調整する必要があり、英国のリズ・トラス新首相がシェール層でのフラッキング(水圧破砕法)を解禁したことは、その始まりに過ぎないかもしれない。欧州でも長期的な先行きは非常に厳しい様相だが、短期的にも景気がすでに悪化してきており、市場はそうしたシナリオを織り込んで大幅に割安となっているため、さらなる下落につながるような材料は考えにくい。

世界は脱グローバル化の加速に伴って急速に調整局面を迎えており、エネルギー供給から労働力まで新たな不均衡を解消し最終的にはインフレを正常化するような、新しいソリューションと投資が必要とされている。世界はまだコロナ禍下の大規模な緩和政策の名残りである流動性に溢れており、引き締めが需要の鈍化という意図した効果(あるいは何かが上手くいかなかった場合は意図せぬ影響)を真にもたらすのはいつかを見極めるのは困難だ。

一方で、割安な資産は数多く存在する。その一部は調整局面で新たな勝ち組となり、世界の新均衡を見出す新しい投資が求められるだろう。当面の全体的な企業収益を最終的に左右する世界経済は最適な環境とはならないかもしれないが、特に割高感のない、時には極めて割安な投資機会を特定するには妙味ある局面と言える。このような環境下では、バリュー株への投資を継続することが非常に妥当であり、来たる次の展開に備えた徹底的な下方プロテクション・プログラムも有効だと当社では考えている。

クロス・アセット

当月は、グロース資産のマイナス・スコアを維持する一方、ディフェンシブ資産のスコアをやや引き下げてマイナス幅を大きくした。決算発表シーズンは比較的堅調なものとなり、インフレ率がピークを打って鈍化するとともに、リスク資産は金利の低下と金融環境の緩和を多少なりとも追い風として世界的に上昇した。しかし、パウエルFRB議長はジャクソンホール会議での8分間の講演で、引き締め政策によりインフレを抑制するFRBの決意を市場に再認識させ、この日に株式市場は大きく下落した。

市場は気まぐれなようにも見えるが、売買高と流動性水準が低いことからすると、システム取引の影響をより受けやすい状況にある。このシステム取引を一因として米国株式が見せた上昇はおそらく過剰と言え、モメンタムが衰えたことから今度は資金流出に転じる可能性がある。以前にも述べたように、市場はFRBの政策サイクルの先を見越してやがて起こる緩和を織り込もうとしていたようだったが、そのようなシナリオは、同中銀が政策の引き締めをより長く維持する決意を示したことで旗色が悪くなっている。FRBが示唆したように、雇用の喪失という経済面の痛手は避けられず、企業収益はいずれ悪化に転じるとみられる。

グロース資産内では各資産クラスのスコアのプラス/マイナス幅を縮小させ、先進国株式のスコアのマイナス幅を縮小する一方、新興国株式のスコアを引き下げて中立とした。これは、中国が政策緩和に慎重なアプローチをとっており、景気の問題を克服するのに時間がかかる可能性があるためだ。また、コモディティ関連株のスコアを引き上げて中立とし、その分、リートおよび上場インフラ投資のスコアを引き下げてプラス幅を縮小させた。コモディティ・セクターは、企業収益が依然好調でバリュエーションも魅力的な水準にある。また、供給サイドの制約が依然として大きくコモディティ価格の追い風となっているなか、需要の崩壊がコモディティ価格を下落させるのに十分であるかは確実性が薄れてきており、インフレがコモディティ以外の分野で沈静化すれば需要の崩壊が必要ですらなくなるかもしれない。ディフェンシブ資産においては、先進国ソブリン債のスコアを引き下げ、その分、バリュエーションがより割安で政策ミスに対するヘッジとなりやすい金のスコアを引き上げた。

マルチアセット・チームのクロス・アセット見解は、(1)グロース対ディフェンシブ、(2)グロースおよびディフェンシブ資産内でのクロス・アセット、(3)各資産クラス内での相対的な資産の見方、という3つの異なる段階で示しています。これらの段階は、選好順位の水準は資産クラスが予想可能な形で似た動きあるいは異なる動きを見せるという当社のリサーチおよび直感的認識を表しており、したがって、資産クラスのクロス・アセットでのスコアリングは理に適っているとともに、最終的により熟考された堅固なポートフォリオ構築につながります。

資産クラスの選好順位

当社の見方

グロース資産

景気見通しは考慮する期間の長さによって異なる。短期的な見通しは、健全な民間のバランスシートとまずまず好調な雇用市場が需要を支えており、それほど悪くはない模様だ。しかし、より長期の見通しとなると、FRBの引き締めによりリセッションに陥る可能性が十分にあるため、厳しさが増す。もちろん、将来の不透明感の強さから現在の市場への織り込みは難しいが、将来のダウンサイドがすでに織り込まれていることを考えると、リスクの一部はニュースが現在予想されているほど悪いものとならなかった場合のアップサイドに偏っているように見える。

8月のインフレ指標が厄介な内容であったことを受けて、FRBは引き締めをやや積極化する方向で調整するかもしれないが、全般的な動向から考えてインフレはピークを打った可能性が高く、FRBにはすでに明言している以上に発言のタカ派色を大きく強める余地があまりない。これらを考え合わせると、インフレ率がまもなく減速しそれに続いてFRBが急速に方向転換するという「希望」は織り込まれておらず、したがって8月に経験したような希望が打ち砕かれるリスクは低下している。

景気面では、市場は欧州のエネルギー危機とある程度のリセッションを十分に織り込んでおり、また中国についてもゼロコロナ政策と不動産市場のストレスから希望を失っている投資家が大半である。確かに状況が一層悪化する可能性もあるが、いずれのケースも政策当局が対応しており、上振れが見られればおそらくリスク選好度の大幅改善につながるだろう。

当社の見方は楽観的や強気と言うには程遠いが、多くの地域やセクターでバリュエーションが魅力的な水準にあることを考えると、下方リスクを慎重に管理しながら選別的にリスク・ポジションを積み上げていく妥当な機会であるように思われる。そのようななかで当社が注目している投資機会の1つが日本である。外国人投資家は日本株を敬遠している(急激な円安でマクロ経済リスクが高まっているとの認識がおそらく一因だろう)が、当社では日本株式市場が今後数ヶ月間堅調さを維持する根拠があると考える。

日本株式における投資機会

大半の国の株式市場が年初来でかなり下落しており、下落率が2桁となっているケースも多いなかで、日本株式の年初来騰落率が概ね0%であることを意外に思う向きもあるだろう。世界の他の国々が金融政策を引き締めている局面で、日本は景気を支えるべく緩和的な政策を維持していることなどから、この相対的に安全な避難先に投資資金が集まるだろうと推測できたかもしれない。一方、急激な円安を受けて、日本銀行が引き締めを余儀なくされ市場にショックを引き起こすかもしれないとの見方に投資家が怖気づいた可能性があるのも確かだ。

円安は続いているが、通常、為替は政策と実質利回りの相対的格差の変化によって動く。この点で、もしFRBの計画にタカ派スタンスのピークがすでに織り込まれているとすれば、円安圧力は最悪期を過ぎた可能性がある。一方、円安による収益の上振れは、輸出企業ばかりでなく新型コロナウイルス感染者数の減少に伴い回復しつつある内需企業にとっても、株価の説得力ある好材料となる可能性があり、また、日本は直面しているインフレ問題の程度が相対的に低く、国内景気が依然緩和的な政策によって下支えされている。

通常、円安は日本企業の収益に直接プラスに作用するため、日本株にとって追い風となる。実際のところ、中国が米国を抜いて日本の最重要貿易相手国となった今、当社の分析では、日本株を左右する材料としてより重要なのは人民元と円の為替レートであり、両通貨の相対的な動きから判断すると、日本株にはかなりの上昇余地があり得る。

チャート1

もちろん、中国の需要の低迷は不動産セクターと消費の両方にとって当面の逆風であり、日本の輸出への需要を押し下げる可能性がある。しかし、中国の景気低迷は十分に認識され織り込み済みであり、一方で同国の政策当局は景気を刺激するとともに不動産セクターの安定化を促すべく政策緩和を続けている。日本は、中国の需要回復だけでなく円安による大幅な企業収益増大効果の恩恵を大きく享受できる可能性があると考える。

グロース資産に対する確信度の強い見解

  • 当面の最悪シナリオは織り込み済みの可能性:インフレ、FRBのタカ派姿勢、欧州・中国の景気不安がいずれもピークに達した今、予想外の好材料が出た場合に市場は上昇する余地があるかもしれない。
  • 依然バリュー株を選好:グロース株の一部は、依然としてバリュエーション調整の必要があり、また肥大化した収益が景気刺激策の解除に伴って縮小するとみられることから、バリュー株の方が長期での上方ポテンシャルが高いと考える。
  • コモディティ関連株:長期的には世界規模のリセッションのリスクがコモディティにとって逆風となるものの、需要の崩壊は依然起きておらず供給サイドの問題も続いていることから、そのようなリセッションが迫る状況にはまだない。さらに、バリュエーションは非常に割安で、企業収益の見通しもかなりポジティブである。

ディフェンシブ資産

ソブリン債に対する慎重な見方は維持しているものの、ディフェンシブ資産のなかではクレジット物よりも国債を選好している。各国の中央銀行は、世界経済に長期的な打撃を及ぼすことなくインフレ圧力を抑制するという重大な任務を依然抱えている。インフレ圧力の高止まりが長引けば長引くほど、中銀が「ソフトランディング」(リセッションを回避した緩やかな景気減速)を達成できないのではという懸念が強まる。したがって、当社では、中銀がリセッションを首尾よく回避できる可能性をより明確にしてくれるようなインフレおよび経済活動の指標を引き続き待っている。

グローバル株式市場が直近の安値から上昇するのに伴い信用スプレッドも下支えされたものの、クレジット市場に対しては当月もネガティブな見方を維持している。中央銀行は金融引き締めを継続し、高インフレと闘う決意を示している。世界の需要は金利上昇に見舞われて鈍化するとみられ、最終的に企業の信用力悪化につながるだろう。これを受けてスプレッドは投資適格債・ハイイールド債ともに拡大傾向にあり、したがって当社では相対的に安全性の高いソブリン債を選好する。

金は実質金利の上昇とドル高が逆風となっているが、一方で高インフレと地政学的リスクが追い風となっている。当社では、金はバリュエーションが依然魅力的な水準にあるとともに、システマティック・リスクに対する有用なヘッジ手段であるとみている。中央銀行がインフレ対策として政策引き締めを推し進めるにつれ、意図せぬ結果を生むリスクが高まる。

日銀と円相場

日本銀行の金融政策は、世界金融危機以降、世界の他の中央銀行と概ね同調してきた。今日の環境では奇妙に聞こえるかもしれないが、大きな乖離が生じたのは今年に入ってからである。日銀は2016年にマイナス金利政策とイールドカーブ・コントロールを導入したが、マイナス金利政策についてはECBに先を越され、一方でイールドカーブ・コントロールについてはずっと後になってRBA(オーストラリア準備銀行)が追随した。また、2017年にFRB、カナダ銀行およびBOE(イングランド銀行)が短期的に実施した引き締めに日銀が参加しなかったのは事実だが、ECBとRBAも不参加で日銀だけが参加しなかったわけではない。

しかし、今年に入ってから、各国中央銀行はBOEを皮切りにカナダ銀行、FRBと相次いで積極的に大幅利上げを実施した。そのなかで日銀は、超緩和的な政策を変わりなく堅持している。同じくマイナス金利政策を支持してきたECBですら、最近は目標金利をプラスに引き上げた。

この世界的な金融引き締めの主因は、エネルギー価格の上昇とサプライチェーンの混乱を背景としたインフレの加速にある。チャート2は日本の総合およびコアCPI(消費者物価指数)上昇率の推移を示したものだ。CPI上昇率は2014年の消費税増税後で初めて日銀の目標インフレ率である2%を上回ったが、コアCPI上昇率はまだ2%の目標を下回っている。コアインフレ率も急加速はしており2%に達する可能性はまだあるが、コア・総合インフレ率ともに他の先進国で見られている1桁台後半の水準を大きく下回っている。


チャート2

日本国債利回りの米国債利回りに対する乖離は、今年に入ってから間違いなく大きい。この動きの主因は、日銀が利回りを抑制するイールドカーブ・コントロール政策をとっているのに対し、米国債利回りが急上昇していることにあると考えられている。イールドカーブ・コントロール政策が一因であることは確かだが、日本のインフレ状況が良好であることも、日本国債がアウトパフォームするファンダメンタルズ面の土台となっている。

理に適っているかどうかは別として、利回り格差の拡大は日本の主要輸出競合国の通貨に対する大幅な円安を招いている。チャート3は米ドル、中国人民元、ユーロに対する円安の進行を示している。このなかでユーロは特に低調に推移してきたが、それでも対円ではなんとか上昇している。

チャート3

最近の円安と利回り格差がさらに拡大する可能性を受けて、政府および日銀の高官は公の場でコメントを発表している。この穏やかな「口先介入」は、長期化し得る戦いの最初の一撃になりそうである。円安への最も明白な解決策は日銀が金利引き上げへの一歩を踏み出すことだが、これはインフレが一段の高水準へと再加速しない限り可能性が低いと考える。円が市場自体の信頼を失うようであれば、より可能性が高い選択肢は昔ながらの介入であろう。


ディフェンシブ資産に対する確信度の強い見解

  • 環境はデュレーションにとって依然逆風:各国中央銀行は、身を切る覚悟でインフレを収束させたい意向を表明しているように見受けられる。必要となる引き締めの度合いを市場が依然過小評価している可能性があるため、債券利回りは政策金利の引き上げを背景に上昇し得る。
  • クレジット物に対してソブリン債を選好:各国中央銀行がインフレの封じ込めに奮闘するのに伴い、世界の金融政策は急速に引き締められている。これが最終的には世界の需要の鈍化という望まれた効果をもたらし、企業の信用クオリティに圧力がかかるだろう。

プロセス

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

リターンの主要ドライバーを把握するためのインハウス・リサーチ:

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