本稿は2022年11月18日発行の英語レポート「On the ground in Asia」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

中央銀行のタカ派姿勢はピークを過ぎたかもしれない

サマリー

  • 10月の米国債市場は利回りが上昇し、月末の利回り水準が2年物の指標銘柄で前月末比0.205%上昇の4.485%、10年物の指標銘柄で同0.218%上昇の4.050%となった。
  • アジア諸国の9月のインフレ圧力は概して高止まりした。当月は、MAS(シンガポール金融通貨庁)が為替政策の引き締めを実施するとともに、インドネシアと韓国の中央銀行が主要政策金利を引き上げた。
  • 中国共産党は当月開催した第20回党大会では、主に政策の継続性に重点が置かれた。また、マレーシアでは11月19日に総選挙が行われることとなった。
  • アジアの現地通貨建て債券では、シンガポール、韓国、インドネシアの国債を選好する。通貨については、他のアジア通貨に対してさらにアウトパフォームする余地があると考えるシンガポールドルを選好する。
  • アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.61%拡大するとともに米国債利回りが上昇方向で調整したことから、月間リターンが-3.66%となった。格付け別では投資適格債が月間市場リターン-2.67%と、同-9.20%のハイイールド債をアウトパフォームした。
  • 今後のマクロ経済および企業信用のファンダメンタルズについては、世界的な景気鈍化に伴ってある程度の軟化が予想されるものの、域内の大半の国々では信用スプレッドの拡大圧力を和らげるのに十分な堅調さが維持されるとみている。ただし、グローバル市場のリスクを考えると、当面はスプレッドが多少拡大すると予想する。

アジア諸国の金利と通貨

市場環境

10月の米国債市場は利回りが上昇
10月の米国債市場は利回りが上昇するとともに、長期債ゾーンがアンダーパフォームした。米国の堅調な雇用の伸びに、金融当局の高官数名からのタカ派的発言が加わって、米FRB(連邦準備制度理事会)によるインフレ対策が長期化するとの見方が強まり、月初の米国債の利回りはイールドカーブ全体で急上昇した。その後、米国と英国のCPI(消費者物価指数)が市場予想を上回ったため、利回り上昇圧力に拍車がかかった。注目すべき点として、 FF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標が5%を超える可能性を市場が織り込むのに伴い、米国債10年物の指標銘柄の利回りが月半ばに4%を決定的に突破した。しかし、月末にかけては、景気減速の兆候が強まるなかでFRBが11月の会合後に利上げペースを緩める可能性が報じられ、またECB(欧州中央銀行)が量的引き締めの議論を先延ばしにしたことから、市場センチメントが急変した。FRBが12月の会合での利上げ幅を0.50%にとどめるかもしれないとの期待から、米国債利回りはそれまでの上昇分を一部巻き戻した。月末の利回り水準は、2年物の指標銘柄で前月末比0.205%上昇の4.485%、10年物の指標銘柄で同0.218%上昇の4.050%となった。

チャート1

9月のCPI上昇率は高止まり
インドネシアではインフレ圧力が顕著に高まり、9月の総合CPI上昇率が前年同月比5.95%と前月の同4.69%から加速した。この急激な上昇は、9月上旬に実施された燃料価格引き上げの一次影響を反映している。フィリピンでは、9月の総合インフレ率が、食品価格の上昇加速を一因として前年同月比6.9%と前月の同6.3%を上回った。シンガポールでは、民間道路輸送費の上昇率鈍化がコアインフレと住居費の上昇加速によって相殺され、総合インフレ率は前月から横這いとなった。コアインフレ加速の主因は、食品とサービスの価格上昇率が加速したことにある。その他の国では、タイとマレーシアの総合CPI上昇率がそれぞれ前年同月比6.41%、同4.50%へと鈍化した。

MASは為替政策の引き締め、インドネシアと韓国の中央銀行はともに0.5%の利上げを実施
MASは、シンガポールドルの政策バンドの中央値を現在のNEER(名目実効為替レート)の実勢値に設定し直すと発表する一方、政策バンドの傾斜と幅については据え置き、今回の政策転換によって輸入インフレの減速と国内のコスト圧力の抑制が進むだろうと述べた。同金融当局は今後について、通年のGDP(国内総生産)成長率が今年は3~4%、2023年は「潜在成長率未満」になると予想している。またインフレは、コア物価上昇率が年内は「5%前後で推移」し、通年では平均「4%前後」になると予想しており、2023年については、予定されているGST(物品・サービス税)の引き上げを含めすべての要因を考慮した上で、通年のコアインフレ率が平均3.5~4.5%程度になるとみている。インドネシアでは、中央銀行が政策金利を再度0.5%引き上げて4.75%とし、この動きはインフレ期待を低下させるための「先行的で予防的な先を見越した」措置であるとの姿勢を維持した。同中銀は2022年のGDP成長率見通しを据え置いたが、2022年末の総合CPIインフレ率予想については従来の6.6%から6.3%に引き下げ、コアインフレ率が目標の2~4%に戻る時期の見通しを従来の2023年後半から2023年前半に前倒しした。韓国の中央銀行も政策金利を0.5%引き上げて3%とした。同中銀は一段の引き締めを示唆したが、利上げペースを緩める可能性も匂わせた。

中国の共産党大会は政治的イベントに終始、マレーシアは11月19日に総選挙を予定
中国共産党は当月、第20回全国代表大会を開催した。今回の党大会報告では基本的に政策の継続性に重点が置かれ、ゼロコロナ政策の解除については言及されず、また住宅市場政策の変更も発表されなかった。党大会は次期最高指導部人事の発表で幕を閉じた。習近平国家主席が率いる新政治局常務委員会には、現職の上海市党委員会書記である李強が含まれており、委員会内での序列は2番目となる。マレーシアでは、イスマイル・サブリ・ヤコブ首相が議会を解散し、その後、選挙管理委員会が次期総選挙を11月19日に実施すると発表した。

今後の見通し

シンガポール、韓国、インドネシアの債券とシンガポールドルを選好
FRBはじめ先進国の中央銀行がタカ派姿勢のピークを越えたとみられるとの判断から、アジアの現地通貨建て債券の金利リスクについて、当社ではよりポジティブな見方にややシフトしつつある。これは、大半の債券市場で利回りがピークを打った可能性が高いとの当社の見方と合致している。足元で不透明な世界経済環境が続いていることには依然留意しているが、とは言え、米国債10年物の利回りは4%を超えており、債券のリスク・リターンはより有利になったと考える。アジアでは、米国債利回り安定化への感応度が相対的に高いシンガポール国債と韓国国債に注目したい。また、インドネシア国債も、年内は供給の少なさが追い風になるとみられる。一方、通貨については、シンガポールドルに他のアジア通貨対比でさらにアウトパフォームする余地があると考える。国内でコアインフレが根強く高止まりしていることを受けて、MASはシンガポールドルのNEERの上昇誘導スタンスを維持すると予想される。


アジアのクレジット市場

市場環境

アジアのクレジット市場はスプレッドの拡大と米国債利回りの上昇を受けて下落
アジアのクレジット市場は、信用スプレッドが約0.61%拡大するとともに米国債利回りが上昇方向で調整したことから、月間リターンが-3.66%となった。格付け別では、投資適格債がハイイールド債をアウトパフォームした。投資適格債はスプレッドが約0.30%拡大して月間市場リターンが-2.67%となる一方、ハイイールド債は中国不動産セクターの低迷を主因としてスプレッドが3.19%拡大し、月間市場リターンが-9.20%となった。

アジアの信用スプレッドは月を通じて拡大の一途を辿った。月初は、FRBが今後数ヶ月にわたりタカ派姿勢を強めるとの見方を市場が織り込むのに伴って金利が世界的に上昇したため、リスク・センチメントが悪化した。中国が国慶節の休暇シーズンに入り市場の流動性が低下したことも、軟調なリスク・センチメントに追い打ちをかけた。中国の不動産セクターは、不動産デベロッパーがまた1社デフォルト(債務不履行)に陥ったことを受けて、さらに売り込まれた。このデベロッパーが先だって国の保証付き債券の発行を承認された企業であったことから、同社のデフォルトは市場を揺るがし、大型連休中に同国の個人消費が上向いたというポジティブなニュースは材料視されなかった。中国の投資適格債分野では、米国が「中国の軍事企業」と特定する企業のリストにさらに企業を追加したとのニュースが、一部の銘柄の重石となった。その後、FF金利が5%を超える可能性を市場が織り込むにつれ、リスク・センチメントがさらに悪化してアジアのクレジット市場は低迷した。中国の第20回共産党大会は10月22日に閉幕したが、今回の党大会報告では基本的に政策の継続性に重点が置かれ、特筆すべき点として、ゼロコロナ政策の解除時期や住宅市場政策の変更への言及はなかった。このため、月末にかけて先進国でのハト派的展開を受け全体的なリスク・センチメントが改善しても、中国のリスク資産は、同国の政策の方向性をめぐる不透明感を嫌気し、クレジット物を含めて下落した。

アジアのクレジット市場は、インドネシアを除くすべての主要国でスプレッドが拡大し、特に中国がアンダーパフォームした。フロンティア市場では、格付機関ムーディーズがパキスタンのソブリン債格付けおよびその見通しを「Caa1/ネガティブ」へと引き下げ、その理由として、過去数ヵ月に起きた壊滅的な洪水により「政府の不安定さと対外的な脆弱性リスクが増すとともに債務返済の持続性リスクが高まった」ことを挙げた。

10月の発行市場では起債活動が大幅に鈍化
10月のクレジット市場は供給が低調となり、月間の新発債発行は合計で16件にとどまった。中国の大型連休に金利のボラティリティ上昇が加わったことから、発行体は概して様子見のスタンスを続けた。投資適格債分野では、フィリピンのソブリン債ディール(3トランシェで総額20億米ドル)を含め、計9件(総額46.6億米ドル)の新規発行があった。一方、ハイイールド債分野の新規発行は計7件(総額12.2億米ドル)となった。

チャート2

今後の見通し

マクロ面の不透明感は残るものの、アジア諸国の経済は底堅さを保つと予想される
米国のインフレ率が市場予想を上回りFRBがさらなる政策引き締めの必要性を強く示唆したことを受けて、FF金利のターミナル・レート(利上げサイクルにおける最終到達点の金利水準)予想と米国債の短期ゾーンの利回りが大きく調整するなか、クレジット市場は信用スプレッドの拡大と米国債利回りの上昇という二重苦に見舞われた。現在の利回り水準はこうしたタカ派的サプライズをすでにかなり織り込んだと考えるが、世界の様々な市場動向や経済データが相反する圧力を及ぼしているため、ボラティリティは高止まりが根強く続くと思われる。アジア諸国のマクロ経済および企業信用のファンダメンタルズは、世界的な景気減速を受けてある程度の軟化が予想されるものの、域内諸国の多くでは信用スプレッドへの拡大圧力を和らげるのに十分な底堅さを維持すると考える。しかし、世界的な市場リスクの多さを考えると、当面のスプレッドには多少の拡大余地があると言える。一方、中国については、不動産セクターやゼロコロナ政策の継続期間をめぐって懸念が長引いており、景気の下振れリスクが依然残る。第20回党大会で政策の継続性に重点が置かれたことは、習国家主席の3期目再選と新指導部の顔ぶれが明確に示している。経済政策や規制の方向性が大きく変更される可能性は低いものの、同国の持続可能な経済成長の道筋や米国による中国への技術移転規制の強化には中期的な懸念が続く。

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