本稿は2022年9月20日発行の英語レポート「ESG through an Asian equity lens」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。
より高い持続可能なリターンを生み出すには優れているか改善しているESGパフォーマンスが不可欠
主要ポイント
- より高い持続可能な投資リターンを生み出すには、ESG(環境・社会・ガバナンス)パフォーマンスが優れているか改善していることが不可欠だと考える
- 当社では、リスクと機会の両面から、投資リターンにとって最も重要と考えられるファクターに焦点を当てる
- また、企業の所有構造、文化、発展段階における先進国市場との違いを認識しながら、アジアの視点から重要性を評価する
- 最も魅力的な投資機会は通常、出発点が低い水準にあるものの大幅で意義の大きい「ESG変化」を遂げる可能性があるケースで、当社の評価における重要な基準となっている
- 企業のESG分析は、ESG専門のリソースや第三者データ・プロバイダーのサポートを受けながら、運用チームでファンダメンタルのボトムアップ・リサーチを担当するのと同じアナリストが主となって行うべきだと考える
はじめに
ESG投資ほど、短期間で幅広い投資家の心を捉えた投資アイデアはない。特に近年では、ESG投資の普及が急激に加速している。マッコーリー社が資産運用会社180社(合計運用資産残高21兆米ドル)を対象に行った調査によると、ESGファクターが投資判断において「支配的な役割を果たしている」または「大きな影響を与えている」と回答した割合は、2019年の42%から2021年には71%1へと拡大した。
このように投資領域でESGが普及した結果、今ではより厳しく精査されるようになった。以前からよく見られていた「グリーンウォッシュ」(うわべだけの欺瞞的な環境訴求)をめぐっては、その疑惑によりドイツの資産運用会社DWSが家宅捜索を受けたことで批判が一段と強まった。その他では、ロシアのウクライナ侵攻が、欧州政府がロシアからのガス購入を止めるためにより環境を汚染しやすい石炭火力発電へ一時的に切り替えるべきか、侵略軍からの自衛にその製品が不可欠となり得る防衛産業への投資は許容されるか、といった難しい問題を浮き彫りにした。
当社では、このような反動は必要な展開だと考えている。ESGが注目の投資トレンドとして急速に広まったことで、ESGが実際に意味するものの解釈が溢れており、これが混乱や矛盾を生み出す可能性がある。気候変動から民主主義の自由まで、多様で移り変わる原因・問題の世界を投資家が切り抜けていくにあたっては、特にそうだと言えるだろう。ESG投資が何を意味しステークホルダーのために何を達成すべきなのかを投資家が明確に認識する必要性は、かつてないほど高まっている。
「地球温暖化」に「グリーン化しよう」。何のことだかさっぱりわからないわ。 - マイリー・サイラスの曲「Wake up America」
アジアのESG
アジア投資においてESGは重要である。当社は、企業ファンダメンタルズを重視するボトムアップ投資家として、この言葉をESGがブームとなるずっと以前から常に当然のことと考えてきた。2012年に環境、社会、ガバナンスの評価を企業投資のテーマに取り入れ、2010年代半ばには、銀行口座を持っている人の少ないインドの農村コミュニティに金融サービスを提供する企業を投資銘柄に選択したり、タイの再生可能エネルギー・ブームをリサーチしたりするなど、ESGファクターが株式リターンの材料として不可欠であると長年にわたって考えてきた。
近年ESGへの注目が高まったことで、当社の考えの正しさが裏付けられた。しかし、アジアを構成する複雑で変化の速い経済・社会、つまりまさにアジアを投資における超過収益の豊かな源泉としている特性そのものが、アジアの資産クラスにESG分析を適用しようとする投資家にとって難題となり続けている。しかし、これはいいことだと言える。これをうまくやり遂げることのできる投資家は、超過収益の創出にさらなる価値を付加すると想定されるからだ。
アジアにおける複雑さの理由の1つとして、アジア諸国のあいだでは、1人当たりのGDPが低い国は1,500米ドルから高い国は60,000米ドルにまでわたるなど、経済発展の段階が様々異なることが挙げられる。このような格差の結果として、各国間では経済・社会面の優先事項が大きく異なるばかりでなく、ESGファクターにおける機会やリスクも多岐にわたっている。低所得国では、食料や電力、インフラ、金融サービスなど生活になくてはならないものにアクセスする機会が提供される可能性がある。一方、高所得国では、気候変動の悪影響や学校外教育(学習塾、家庭教師など)への過剰依存に対処することが優先され得る。
また、アジアでは各国間(および先進国対比)での文化の多様性が深く、宗教信仰、政治イデオロギー、経済モデルなど背景が国によって様々に異なる。ESGを意識する投資家にとって課題となるケースが多いのは、それぞれの投資機会を評価するにあたり必要な普遍的ESGファクターを特定の価値観や政治的見解から切り離して、先入観のないスタンスを取ることだ。
アジアの企業は所有構造が先進国と異なることも多い。アジアでは、国や創業者一族が株式の過半数を所有しているケースが主流である。そのため、ガバナンスの評価を行うにあたっては、市場主義的基準に則るよりも、過半数株主(国有企業であれ民間企業であれ)の目的、性格、動機などをより詳細に理解する必要がある。
当社でのやり方
投資家がESGを運用プロセスに取り入れる必要があることは間違いないが、具体的な適用方法についてはコンセンサスがほとんどなく、厳格な除外から社内リサーチと外部のESGフレームワーク・格付けとの組み合わせまで、アプローチは多岐にわたっている。当社では、より高い持続可能な投資リターンを生み出すにはESGパフォーマンスが優れているか改善していることが不可欠だと考えており、このシンプルな考えが当社のファンダメンタルズ・リサーチにESGを組み込む方法の基盤となっている。
まず、ESGパフォーマンスが持続可能な投資リターンを高めるとの考えから、現在または近い将来にリターンにとって重要となる特定のファクターに注目する。これらの重要なファクターは通常3つから5つあるが、リサーチ対象である企業やセクターに極めて特有なものであるため、当社ではSASB(サステナビリティ会計基準審議会)基準に基づいて重要度評価テンプレートを開発した。分析に過度に多くのESGファクターを含めることは、当社が自社の投資テーマにとって非常に重要であると考えるものを希薄化し曖昧にするだけだと考えており、この見解は学術的研究によって十分裏付けられている。
株価パフォーマンスにとってESGファクターの重要性が増していることを示す研究2
カーン氏ほかの研究(2016年)によると、重要なESG課題において最も優れた実績を見せている企業は、業績が下位4分の1の企業を上回った。しかし、相対的に重要度の低いESG課題での良好な実績は、優れた株価パフォーマンスにはつながらなかった。このような結果は、後にコツァントニス氏およびブファラーリ氏の研究(2019年)やヴァン・ヘイニンゲン氏の研究(2019年)によって裏付けられた。これらを発展させたコンソランディ氏、エクルズ氏およびギャビ氏の研究(2020年)では、ESGレーティングの変更が株価パフォーマンスに一貫した影響を与える一方、市場は重要なESG課題の集中度が高い産業で事業を営んでいる企業を選好する傾向があることが示された。つまり、市場は、大きな目標を過多に掲げているケースは達成の見込みが薄いと考えている。
次に、当社では、ESGファクターは株主還元機会の源泉であると同時に潜在的リスクの源泉でもあると考えている。エネルギー転換やコーポレート・ガバナンス、労働基準などの主要なESG課題を幅広くリサーチし、機会とリスクを見出して勝者/敗者になるとみられる企業を判断している。重要な点として、化石燃料エクスポージャーのようなマイナス・ファクターは、経営陣が二酸化炭素排出量の大幅削減や汚染源となっている資産の稼働終了の加速化にコミットし明確な目標を掲げている場合、プラスの機会となる可能性がある。
最後に、企業のESG分析は運用チームでファンダメンタルのボトムアップ・リサーチを担当するのと同じアナリストが主となって行うのが最も効果的で、その過程で社内のESGチームがサポートするというのがアジア株式市場における最良のアプローチだとみている。運用チームのアナリストは、ESGファクターが企業のファンダメンタルズや株主価値に与える影響を評価するにあたり最適な立場にいると考える。リサーチ・アナリストは、とりわけ世界の重要なESG課題およびその動向の把握を補完する役割として、社内のESGスペシャリスト・チームを活用している。加えて、当社のESGチームは、全社的なESGのポリシー、枠組み、取り組みおよび規制事項、運用・リスク担当者のためのESGリソースの整備、世界で新たに浮上してきている重要なESG動向の社内における理解促進などの領域で、主導的な役割を担っている。
このように、ESGは当社の運用プロセスに深く組み込まれており、企業の評価においてバリュエーションとともに最も重要な2大特性である「持続可能な利益」と「ファンダメンタルズ面の変化」のスコアの重要な柱となっている2。外部のESGレーティングや第三者によるリサーチは有益ではあるが、多くの場合、実績重視でデータ依存度が高く洞察力に欠けるため、純粋に背景の参考資料としてのみ使用している。当社のESGスコアおよびインプットは、すべてその銘柄を担当するアナリストによって付与・作成されている。
当社のESGプロセスでは、企業との直接のエンゲージメント(対話)を優先している。エンゲージメントは、ESG面の見識を得る情報源として、データだけに頼るよりも効果的だと考えている。これは、ESG関連の開示が一貫性に欠けたり提供されなかったりすることの多いアジア企業について、特に言えるだろう。重要な点として、積極的なエンゲージメントにより、当社が重要視しているESGファクターやその評価方法を投資先企業に伝えることができると考える。こうしたエンゲージメントを通じて、経営陣が当社の見識をESGの目標や開示に取り入れるよう促すことができる。
我々の仕事は知的なやるべき物事を見つけることであって、世の中のあらゆる物事を把握することではない。 - バークシャー・ハザウェイ副会長チャーリー・マンガー
銘柄例:AC Energy
AC EnergyはAyala Groupの上場エネルギー企業であり、アジアで最も先進的な再生可能エネルギー生産施設の開発・所有企業の一つである。現在、アジアとオーストラリアで3,445メガワットの再生可能エネルギー生産施設を保有しており、これは同社の総発電量ポートフォリオの87%を占めている。同社の計画は野心的で、約18,000メガワットの再生可能エネルギー・パイプラインが様々な開発段階にある。このような発展拡大により、各施設が稼動した際にはAC Energyの収益が大きく伸びると当社では予想している。
当社がAC Energyを投資対象として有望視するようになったのは、親会社のAyala Corpが 2019年に発電会社Phinma Energyの支配持分を取得した時だった。Ayala Corpが買収した事業体(最終的にAC Energyと改称)をグループの再生可能エネルギー・プラットフォームにすると発表して以来、当社は当該ディールを興味深く見守ってきたが、事業再編計画が固まるのを待って、2021年4月に投資を開始した。
当社の重要性フレームワークのなかで、AC Energyにとって最も明白で重要なESGファクターは、同社の獲得可能な市場における再生可能エネルギーの膨大な機会である。また、他の重要なファクターとして、当社では従来の石炭火力発電施設からの二酸化炭素排出リスクや、ソーラーパネルの生産に伴う問題などを特定している。これらの問題には、AC Energyの上流工程でのスコープ3排出量に見られる同社の生産のエネルギー集約的性質や、ソーラーパネル生産会社(大半が中国の新疆ウイグル自治区にある)で採用されている労働基準などが含まれる。
AC Energyへの投資の評価とモニタリングを通じて、エンゲージメントは不可欠であった。経営陣との最初の議論では、再生可能エネルギーの機会とそれを活用する同社の能力を詳細に評価することにフォーカスした。その後は、AC Energyがアジア開発銀行の「エネルギー転換メカニズム」の試験運用を同社の石炭火力発電所にどのように活用できるかを議論した結果、同発電所は稼働終了の加速化にコミットする代わりに低コストの借り入れを利用することができた。この仕組みは、最終的に同発電所を売却するにあたって重要な役割を果たすだろう。
直近の経営陣とのエンゲージメントでは、新疆ウイグル自治区のソーラーパネル・メーカーで採用されている労働基準への当社の懸念と、この問題に敏感な市場でそのようなメーカーを使っていることの潜在的影響が具体的になった。当社では、経営陣に対し、これらの市場における潜在的リスクの評価を進め、サプライチェーンからリスクを軽減する措置を講じるよう提案した。これらの展開については、今後のエンゲージメントにおいてモニターしていく。
現在、AC Energyに対する当社のESG指標はプラスであり、変化スコアも高い。これは、第三者評価機関が平均より低いスコアを付与しているのとは全く対照的である。特に石炭火力発電所資産の生産削減と最終的な撤退について、重要な試金石となるステップがいくつか既に達成されていることを考えると、第三者機関の分析は遅れていると考える。またAyala Group内の企業やその経営陣を長年モニターしてきていることから、AC Energyのガバナンスの質についてはよりポジティブな見方をしている。
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今後の方向性とまとめ
ESG投資が今後も発展・進化・成熟し続け、投資家もESGを自身の運用プロセスに取り入れる方法を工夫していかなければならないことに、当社は疑問を持っていない。ESG投資家が大きく変化し増加している環境下、当社は焦点を絞った合理的なアプローチにコミットしており、そのようなアプローチが、お客様の資金ばかりでなく地球とそのコミュニティのスチュワードとして当社がその義務を果たすにあたり、最も適うものであると確信している。
個別銘柄への言及は例示のみを目的としており、当該戦略で運用するポートフォリオでの保有継続を保証するものではなく、また売買を推奨するものでもありません。
1 Macquarie Asset Management「2021 ESG Survey Report」
2「Harvesting Growth, Harnessing Change」(2022年5月24日発行)
当資料は、日興アセットマネジメント(弊社)が市況環境などについてお伝えすること等を目的として作成した資料(英語)をベースに作成した日本語版であり、特定商品の勧誘資料ではなく、推奨等を意図するものでもありません。また、当資料に掲載する内容は、弊社のファンドの運用に何等影響を与えるものではありません。資料中において個別銘柄に言及する場合もありますが、これは当該銘柄の組入れを約束するものでも売買を推奨するものでもありません。当資料の情報は信頼できると判断した情報に基づき作成されていますが、情報の正確性・完全性について弊社が保証するものではありません。当資料に掲載されている数値、図表等は、特に断りのない限り当資料作成日現在のものです。また、当資料に示す意見は、特に断りのない限り当資料作成日現在の見解を示すものです。当資料中のグラフ、数値等は過去のものであり、将来の運用成果等を約束するものではありません。当資料中のいかなる内容も、将来の市場環境の変動等を保証するものではありません。なお、資料中の見解には、弊社のものではなく、著者の個人的なものも含まれていることがあり、予告なしに変更することもあります。