本稿は2022年12月8日発行の英語レポート「2023 Asian Credit Outlook」の日本語訳です。内容については英語による原本が日本語版に優先します。

サマリー

  • 2023年は良好なマクロ環境が引き続き信用ファンダメンタルズの追い風になるとみている。新型コロナウイルス関連支援を実施する必要性が低下していくなか、アジア諸国の財政赤字は徐々に縮小すると予想される。インドとアセアン諸国は、観光業の回復や国内経済の再開が追い風となり、輸出依存度の高い北アジア諸国よりも景気が好調に推移する見通しである。中国の内需が回復してくるとともに世界的に外需がある程度上向いてくれば物価が上昇する一方で成長も加速することになり、アジアにとってより良好な結果をもたらすと期待される。
  • アジアのクレジット市場は、世界の投資家によるポジションが軽い状況にあることや、新年を迎えて当該資産クラスへ新たにリスクをとって資産を配分する動きが出てくる可能性があることから、2023年序盤にスプレッドが縮小する余地があるとみている。この背景には、FRB(米国連邦準備制度理事会)の利上げペース鈍化期待、新型コロナウイルスや不動産セクター、インターネット・プラットフォームを含む一部の重要分野における中国の政策転換など、いくつかの良好なカタリストの存在がある。
  • 2023年のアジア・クレジット市場にとっての主な下方リスクは、主要経済国全般にわたってインフレが予想以上に根強く続くリスク、中国が新型コロナウイルスや不動産セクターに関する政策の緩和を撤回するリスク、局所的に資金調達およびクレジット市場でストレスが発生するリスクなどである。こうした下方リスクの1つ以上が現実化すれば、アジアの信用スプレッドは足元の水準よりも拡大する可能性がある。

2023年のアジア・クレジット市場の見通し

ファンダメンタルズ

マクロ環境

2022年はインフレの高進を招く厳しい経済環境となり、それを受けて世界の主要中央銀行がタカ派姿勢に転換した。そして、こうした動きが金融環境のタイト化や急激な米ドル高をもたらした。実質利回りの大幅な上昇、米国住宅市場の失速、一部のより先行的な指標の鈍化は、全般的な景気減速の兆しを示唆している。これらのファクターは、米国輸入価格の下押し要因となっている米ドル高とともに、インフレへの低下圧力が強まっているとの見方を裏付けるものとなっている。世界中の市場がFRBの方針転換を待っており、その最初の段階は間もなくやってくる可能性があると確信している向きが大方を占めている。それに加え、金融政策の見通しは、2023年の世界の金利動向を左右する最も重要なドライバーであり続けると予想される。当社では、FRBが方針転換すれば世界の債券利回りは低下すると考えている。

アジアでは、インフレ率が大半の中央銀行の許容上限値を上回り続けている。FRBが引き締めペースを緩めるにつれ、米ドルに対する需要とともにインフレ期待は弱まる可能性が高い。これを受けて、アジア地域の金融当局には利上げペースを緩める余地がもたらされるだろう。これまで金融政策の引き締めをかなり積極的に進めてきた中央銀行の場合は、引き締めを一時中止する余地さえ出てくるとみられる。

2023年に目を向けると、出だしは経済成長が低迷する見通しである。近年と異なり、大部分の国はすでに入国制限を解除しているなか、財政出動が2023年のアジア地域の成長を牽引する主要ファクターでなくなる可能性があるほか、世界の製造業サイクルが鈍化する見通しであり、これまでに実施された金融引き締めも経済活動の重石となってくるだろう。したがって、新型コロナウイルス関連支援を実施する必要性が低下していくなか、アジア諸国の財政赤字は徐々に縮小すると見込んでいる。中国のゼロコロナ政策に対するスタンスは、2023年のアジア地域の成長見通しにおける不透明要因の1つとなるだろう。当社の見解として、中国によるゼロコロナ政策の緩和は当面徐々に進められる可能性が高く、同政策の大幅な緩和や完全な入国制限解除は2023年の後半、そして第14期全国人民代表大会が開催された後に初めて可能になるとみられる。インドとインドネシアの両国は、健全な財政状態や様々な支援策を追い風とし、設備投資の加速に伴い内需が回復すると期待される。タイとフィリピンは、2023年には観光活動の回復加速の恩恵を受けると予想される。マレーシアなどのコモディティ輸出国についても、コモディティ価格高を受けた良好な交易条件の恩恵を引き続き享受する可能性がある。韓国や台湾(そして程度は劣るものの香港やシンガポール)などの輸出型経済は、外需環境の低迷が2023年前半も続く可能性があり、景気回復がより遅れるとみられる。2023年後半には、中国の内需回復や世界的な外需の小幅拡大が大きな追い風になる可能性もある。中国の内需が回復してくるとともに世界的に外需がある程度上向いてくれば物価が上昇する一方で成長も加速することになり、アジアにとってより良好な結果をもたらすと期待される。

アジア諸国の中央銀行は、2022年に米ドル高が間断なく進むなか大規模な外貨準備を用いて自国通貨を下支えした。外貨準備は減少したものの、大半のアジア諸国は引き続き十分な水準を確保している。タイでは2023年5月に総選挙が行われるとみられており、インドネシアとインドでは2024年に国政選挙が予定されていることから、2023年にはタイ、インドネシア、インドにおいて財政政策による何らかの景気対策が行われると期待されるが、その影響は最小限にとどまるとみられる。一方、中国については、首相と中央銀行総裁を筆頭に様々な政府機関のトップ交代の発表が2023年3月に控えており、引き続き注目を集める見込みだ。

クレジット環境

2022年もほぼ終わろうとしているなか、現サイクル下での信用力のピークは過ぎた可能性があるとみている。概して企業の信用状況は悪化しており、負債比率やレバレッジ比率は上昇し、流動性状況も非常に良好な水準からではあるがタイト化している。米国の積極的な利上げサイクルを受けて、資金調達コストの上昇が長期化する環境に対して借り手である企業が順応できるかどうかをめぐって懸念が強まっている。過去数回の利上げサイクルでは、FRBや他の中央銀行はインフレの加速と好調な経済成長という組み合わせに対応するために金融環境を引き締めたのだが、今回は状況が異なり、成長が減速しているなかでインフレが高止まりする環境下で引き締めサイクルが継続されている。

しかし、北アジア諸国と域内の他の国々の間には幾分違いが存在する。中国と香港では企業業績や信用状況が悪化した一方、他の地域はエネルギーやコモディティへのエクスポージャーが相対的に高いタイ、マレーシア、インドなどの国を牽引役として好調な成長を遂げた。中国企業は石油・ガス大手を除いて減益となり、アジアのハイイールド債発行体は概してペースが鈍化しながらも増益となった。そうしたなかでも、景気が減速するなかでより規律のある負債管理によって債務拡大ペースが鈍化したことから、中国不動産セクターのハイイールド債発行体を除いて信用状況は改善した。

2023年は良好なマクロ環境が引き続き信用ファンダメンタルズの追い風になるとみている。金利上昇がアジア企業の債務返済負担を増大させることは間違いない。しかし、信用ファンダメンタルズへの影響については、大部分の国やセクターにおいて問題ない範囲とみられているが、そうではないものも出てくるとみられる。中国不動産セクターを中心に多くのセクターは債務削減や流動性管理に引き続き注力していることから、全体的な負債水準、ギアリング比率、レバレッジ比率が大きく上昇する可能性は低いだろう。さらに、ファンダメンタルズが良好なアジア投資適格債を発行する企業も設備投資を抑制するとみられる。

経営基盤がより強固なエネルギー企業は、コモディティ価格が引き続き追い風要因になる見通しである。それによって石油・ガスや金属・鉱業などの川上産業の利益は下支えされ、EBITDAの十分に堅調な推移や拡大、負債水準の安定を受けてレバレッジ比率は十分に落ち着いて推移し、低下する企業もみられると予想される。しかし、ハイイールド債銘柄は、世界的なリセッション懸念が強まるなか物価のボラティリティの高まりにより晒されやすくなる可能性がある。テクノロジー企業のファンダメンタルズは、強固なユーザー基盤や足元の規制緩和による景気刺激効果が下支え要因となり、引き続き安定的に推移する見込みである。他方、ハードウェア企業は需要の弱まりを受けてファンダメンタルズがやや悪化する可能性がある。航空会社や空港、モールやホテル運営企業などの観光関連サービス企業は、入国規制の解除や比較対象となる前年の水準が低いことによる低ベース効果を受けて成長を遂げると期待される。インド企業は、セクター全般において経済活動再開による旺盛な需要が続くとみられている。原材料コストの増加やインフレの加速が利益を圧迫しているものの、全般的な成長を受けてレバレッジ比率は低下している。

中国の不動産開発企業は、売上高が減少しEBITDAマージンが低下するとみられている。同セクターでは販売低迷が続くかもしれず、流動性の逼迫が財務基盤の弱いデベロッパーに打撃を及ぼし続ける可能性がある。しかし、システミックリスクを引き起こしかねない過度な調整を回避するために、中国当局は開発プロジェクトの完成を促し市場センチメントを改善させることを重視しており、資金調達環境の安定化に動き出している様子である。新築住宅販売の有意な回復を実現させるには、当局による需要喚起を目指したより拡張的な支援策が必要かもしれない。マカオのカジノ運営企業においては、総カジノ収益の回復は期待されている団体旅行の戻り次第となる可能性が高く、当初は戻りが鈍い可能性もあるが2023年の夏に向けて加速するかもしれない。

概して、アジアの銀行のアセットクオリティについては、大半の地域で経済活動が完全に再開されて正常化が進むにつれ、安定的な推移や改善がみられる可能性が高い。金利が上昇するなか、いずれのセクター/業界においても信用コストがやや増加するものの2023年には問題のない範囲にとどまると考えている。中小企業向けローンや個人向けローンは、金利が上昇するなかで鈍化するかもしれない。一方、中国の一部の金融機関は厳しい状況に直面するかもしれないが、アセットクオリティの悪化が続く場合も、十分な水準が維持されている資本バッファーやまずまず好調な利益によって影響が吸収されるとみられている。タイの銀行については、政策による支援があるもののアセットクオリティが依然厳しい状況にあり、一部弱含む可能性がある。

中国による経済活動再開へ向かって明るい見方が強まり、信用ファンダメンタルズの追い風になると予想している。これはアジア全体に恩恵をもたらし、米国経済が減速する場合の影響を一部相殺するとみられる。アジアの投資適格債とハイイールド債の間、そしてハイイールド債のなかにおいて差が拡大すると予想している。投資適格債においては、スプレッドが縮小傾向を示しながらもレンジ圏で推移すると予想される。ハイイールド債分野では、セクター内でも格差がみられる状況が2023年も続く見通しだ。短期的には、中国の不動産セクターや企業のファンダメンタルズは引き続き低迷すると予想しているが、一部では投資機会もたらしている。中期的には、都市化や世帯形成の進展によって同セクターの見通しは改善するとみている。当社では、より質の高いデベロッパーについては、政府による政策緩和の恩恵をより直接的に享受すると期待されることから、引き続き選好している。さらに、マカオのカジノセクター、そして中国の消費関連および不動産セクターの状況は、中国のゼロコロナ政策の行方に大きく左右されるとみられている。アジアのハイイールド社債のデフォルト率は、2022年の年初来で16%となっているが、2023年には10%まで低下すると予想される。中国の不動産セクターはすでに2年間にわたってデフォルト率が高水準で推移してきているが、今後については、深刻な経営難に陥っている一部の不動産企業をめぐる動向やデフォルト事象の発生するタイミングが鍵を握っている。

バリュエーション

2022年はアジアの信用スプレッドが拡大し、ハイイールド債が2年連続で投資適格債を大幅にアンダーパフォームした。中国の不動産セクターは注目すべき例外であるが、アジア地域の大部分ではマクロ経済情勢と企業の信用ファンダメンタルズが2022年を通して底堅く推移したにもかかわらず、容赦のないインフレ加速や中央銀行のタカ派姿勢を受けて世界的にリスクセンチメントが悪化したことが逆風となり、アジアの信用スプレッドは拡大した。中国不動産セクターが不況に陥って新築住宅販売戸数が急激に減少し、大部分の民間デベロッパーはオンショア市場とオフショア市場を問わず資本市場での資金調達が困難となったことで、経営難や債務不履行が増加し、そうした圧力は経営基盤が最も強固な投資適格級発行体へも広がった。中国によるゼロコロナ方針への固執、そしてそれに伴うロックダウン(都市封鎖)措置や厳しい移動制限も消費、広くは民間セクターの景況感の重石となった。2022年11月、新型コロナウイルス対策を最適化するための微調整や不動産セクターを下支えするためのより包括的な政策パッケージが発表されたことなどを受けて、年初来の下落分の一部を取り戻したが、スプレッドは依然として前年比で大幅に拡大した水準にある。中国不動産セクターのハイイールド債のスプレッドが過去に例をみないほど拡大したことに加え、世界的なリスクセンチメントの弱さを受けて、アジア・ハイイールド債市場全体のスプレッドは2021年末の6.94%から5.78%拡大して12.72%となった。一方、アジア投資適格債のスプレッドは2021年末の水準からわずか0.43%拡大の2.18%となり、過去平均を若干上回る程度となった。

足元におけるアジア・ハイイールド債のスプレッドは、過去水準と比べてもアジア投資適格債の水準と比べても間違いなく魅力的であるとみている。しかし、スプレッドが大幅に縮小するには、中国がゼロコロナ政策からの脱却を実際に進めることや、新築住宅販売を回復させるための需要喚起策を中心としたより拡張的な不動産セクター支援策を打ち出すことに加え、2023年に世界の金融環境がある程度緩和されることが必要条件となるだろう。

アジア投資適格債においては、リスク環境の悪化を受けて2022年に信用力によるスプレッド格差がやや広がった。マクロ経済見通しをめぐる懸念も、より信用力が弱い一部のBBB格クレジットに打撃をもたらした。その結果、BBB格のクレジットはA格に対するスプレッド格差が2021年末の0.85%から足元では1.08%まで拡大しており、過去5年間の平均値である0.89%も上回っている。足元のスプレッドにはすでに一部の下方リスクが織り込まれており、米国と欧州に軽度のリセッションが訪れるシナリオ、それに加えて中国におけるコロナ対策のさらなる緩和や経済成長の順調な回復を想定した場合、2023年後半にはアジア投資適格債のなかにおける格付けによるスプレッド格差は縮小する余地がある。

チャート1

需給環境

2023年の初めは需給環境がアジア・クレジット市場の追い風になると予想している。世界およびアジア域内の投資家は、2022年の大半においてアジアのクレジットに対して慎重な姿勢をとってきた。2022年10月に中国共産党の全国代表大会が開催された後に中国当局による動きがないとみられたことを受けて、そうした姿勢は特に強まった。コロナ対策、不動産セクター、インターネット・プラットフォームに関する政策の転換が明らかになると、それをきっかけとして2022年11月にはショートカバー(売り方の買い戻し)の動きが急激に進んだが、世界のファンドマネージャーによるアジア・クレジット市場でのポジションは依然軽いとみられ、中国の主要政策に関する見通しやFRBによる政策の軌道がより明確になれば、保有されている多額のキャッシュが流入する可能性が高い。2023年の初めには、保険会社、年金基金などの長期目線の機関投資家が、アジアの投資適格債など信用力の高い世界の債券商品が足元でもたらしている歴史的に魅力的な利回りを求め、新たにリスクをとって資産を配分する動きが出てくる可能性も高い。

米国債利回りの上昇、オフショア米ドル建てクレジット市場にとって逆風となっている環境、(中国やインドを中心に)オンショア市場でのより低コストの代替資金調達手段の存在などを受けて、2022年は米ドル建てアジア・クレジットの新規発行が大きく低迷してきた。こうしたドライバーの一部は2023年に入るとある程度巻き戻されるとみられ、年の後半にはそうした傾向が特に強まるとみられることから、当社では、新規発行総額は若干上昇して1,500億米ドルから1,800億米ドル程度になると予想している。2022年と同様、総発行額の大部分は借換えのためのものとなり、正味発行額は250億米ドル~500億米ドルと問題のない水準にとどまるとみられる。中国不動産企業による米ドル建て債券の発行については概ね閑散状態が続く可能性が高く、信用力の高い中国国有企業やインド企業による発行も依然として低水準で推移するとみられる。一方で、韓国(金融機関、準ソブリン機関、公益事業)の発行は増加、インドネシアやフィリピンのソブリン債の供給も安定的に推移すると予想している。

投資戦略

アジアのクレジット市場は、世界の投資家によるポジションが軽い状況にあることや、新年を迎えて当該資産クラスへ新たにリスクをとって資産を配分する動きが出てくる可能性があることから、2023年序盤にスプレッドが縮小する余地があるとみている。この背景には、FRBの利上げペース鈍化期待、新型コロナウイルス対策や不動産セクター、インターネット・プラットフォームを含む一部の重要分野における中国の政策転換など、いくつかの良好なカタリストの存在がある。当初の投資資金流入の波が過ぎると、アジアの信用スプレッドの動向は勢いが弱まる可能性があり、2023年第2四半期以降は先進国の経済成長やインフレの動向、したがって金融政策の動向次第でボラティリティが高まるかもしれない。

当社の基本シナリオとして、遅れて現れる金融政策引き締めによる総需要への影響がより強く実感され始めるほか、世界のサプライチェーンの正常化が続くなか、2023年は米国においてディスインフレの傾向が強まる可能性が高いとみている。また、エネルギー価格のインフレ率を中心に、ベース効果がプラスに働くと予想される。米国経済は、とりわけ消費支出の底堅い推移がいつまで続くか予測するのは困難であることから、時期については不透明ながら2023年中に軽度のリセッション(景気後退)に直面する可能性が高い。現時点において、経済成長が極めて低迷するもののリセッションは回避されるソフトランディングのシナリオと、より深刻なリセッションに陥るハードランディングのシナリオを比べると、リスクは拮抗しているように見受けられる。当社の基本シナリオでは、米国債利回りは2023年を通して徐々に低下し、年後半にかけてイールドカーブのスティープ化が進むとみている。

中国では、政策の転換が2023年の景気回復を後押しすると考えられるが、その実行や政策の予測可能性をめぐるリスクは残っている。確かに、中国は自然感染により免疫を獲得している人口の割合が低いことや、医療体制の整備が十分ではないことから、ゼロコロナ政策からの脱却は中断を繰り返しながら徐々に進められていくとみられる。中国が断固として新型コロナウイルス対策の緩和を最後までやり抜くこと、そして、不動産セクターへの支援を単なる融資にとどめず、需要喚起に向けた措置へと拡大して新築住宅販売の伸びを復活させることは、中国のクレジット市場(投資適格債とハイイールド債の両方)に対する良好な投資家センチメントを維持する上で極めて重要になるとみられている。一方、地政学的緊張については、2022年後半にインドネシアで行われたジョー・バイデン大統領と習近平国家主席との米中首脳会談を受けて落ち着いた様子であるものの、テクノロジー分野や台湾問題を中心に潜在的なリスク要因は残っている。

中国を除くアジア地域のマクロ経済情勢と企業の信用ファンダメンタルズは、輸出の軟調や世界的な金融環境のタイト化、各国内の金利上昇を受けて弱まるものの、引き続き良好に推移するとみられている。インドとアセアン諸国は、観光業の回復や国内経済の再開が追い風となり、輸出依存度の高い北アジア諸国よりも景気が好調に推移すると予想される。米国債利回りが低下するとともにファンダメンタルズが引き続き底堅いなか、アジアの信用スプレッドは2023年序盤に縮小したのちレンジ圏内での推移を続けると予想している。

しかし、この基本シナリオには下方リスクも存在する。その主なものは、主要経済国全般にわたってインフレが予想以上に根強く、利上げサイクルのさらなる長期化や政策金利のターミナルレート(最終到達点)の上昇を招くリスク、先進諸国の景気減速がさらに深刻化するリスク、中国が新型コロナウイルスや不動産セクターに関する政策の緩和を撤回するリスク、2022年10月から11月にかけて韓国が直面したような局所的に資金調達およびクレジット市場でストレスが発生するリスクなどである。こうした下方リスクの1つ以上が現実化すれば、アジアの信用スプレッドは足元の水準よりも拡大する可能性がある。

セクター別見通し

金融・ノンバンク系金融機関

マクロ経済環境による逆風に晒されており、債務再編やモラトリアム(返済猶予)下のローンの影響によりアセットクオリティをめぐるリスクが根強いものの、十分な水準にある資本準備金や引当金が下支え要因となって銀行セクターは安定的に推移すると予想している。金利上昇環境にあって家計債務が(対GDP比で)高水準にのぼっているなか、債務返済能力に注目が集まっており、タイを中心としてアセットクオリティ悪化懸念が高まっていることに異論を挟む余地はない。アセットクオリティの悪化に対応するために引当金を計上すれば、銀行の収益性にとっての重石となる。したがって、タイの銀行のなかでは個人向けや中小企業向けバンキングを提供する銀行よりも、大企業向けバンキングを提供する銀行を選好している。とは言え、コロナ禍による経済活動の混乱が落ち着いたことは間違いなく、タイにとって重要なセクターである観光業を含め、ビジネス活動のさらなる正常化は続いている。

シンガポールの銀行を中心としてファンダメンタルズがより強固な銀行については、金利上昇を受けたネット・インタレスト・マージンや収益性の上昇が引き続き業績上振れ余地をもたらしているものの、こうしたプラス要因が、市況低迷の影響を受けているウェルスマネジメント事業などによる非金利収入の減少によって弱められている。しかしながら、インフレが市場予想を下回る状況が続く場合、2023年には大きな業績改善余地が存在する。シンガポールや韓国の銀行については貸倒率が低水準で推移するとの見方を維持しているが、融資の伸びは緩やかなものになるとみられる。

中国と香港の銀行については、引き続き中国本土の不動産セクターへのエクスポージャーが主なリスク源となっている。不動産セクターを支援する重要な政策が新たに様々打ち出されたことを受けて、そのリスクを度外視するのは依然早計であるが、大多数の銀行においては、エクスポージャーがパーセントで二桁台前半と管理可能な範囲となっており、不動産開発に特化した融資が銀行の融資残高に占める割合はさらに小さく、一部の株式制銀行を除き十分な資本を確保している。したがって、中国本土の大手銀行については明るい見方を維持している。

インドに目を向けると、民間銀行が不良債権処理を進めるとともに引受能力やリスク管理能力を強化しているなか、銀行のアセットクオリティは着実に改善してきている。事業環境の改善を背景に融資の伸びが持続するとみられている。インドネシアの銀行は、潤沢な流動性を有しており、景気が好調ななかでの融資の力強い伸びが収益性の向上につながっており、先行き明るい分野と言えるかもしれない。ただし、モラトリアム下または再編実施中のローンの存在は依然リスクとなり続けている。フィリピンの銀行については、インフレの高止まりを受けて融資の伸びが鈍化し、金利上昇によるネット・インタレスト・マージンへの好影響は限定的になるとみられる。

概して、銀行セクターは底堅く推移している。強固な資本基盤や貸倒れを吸収できる十分なバッファー、良好な収益性、十分な流動性を理由に、当社では引き続き銀行銘柄を選好しており、ファンダメンタルズが健全な大手銀行については、繰上償還が行われないリスクは極めて小さいとみられることから、資本構造を見直す価値があると考えている。

ノンバンク系金融機関については、追い風に引き続き変わりのない中国本土の資産運用会社に投資機会を見出している。また、中国本土で大規模な事業を展開する保険会社は、旅行保険商品に対する需要増加や対面での顧客対応の再開の両面において経済再開の恩恵を享受するとみられる。しかし、資本市場が低迷するなか保険会社全般が金融商品の時価評価損を抱えており、未実現のものながらもそれが利益の低迷をもたらすことから、そうした経済再開による恩恵については含み損の状況に照らして検討しなければならないだろう。インドのノンバンク系金融機関は事業状況が引き続き改善し、業績が好調に推移していくとみられる。

石油・ガス

原油価格は、2023年に入っても高止まりしボラティリティの高い状況が続くと予想している。マクロ経済見通しの軟化と、ウクライナ戦争に起因する供給サイドの混乱という互いに反対方向に作用する要因の存在を受けて、当面は価格の変動性が高まるとみられる。原油生産量を完全にコロナ前の水準へと戻しているOPEC(石油輸出国機構)加盟国が示唆しているように、長年にわたる同セクターへの投資不足が原油供給の逼迫を招いている。在庫水準が低いなか、中国が予想以上の景気回復を示せばすでに高水準の原油価格に上昇圧力がかかる可能性がある。さらに、G7諸国がロシア産原油を対象に導入するとみられている原油価格上限設定により、ボラティリティの高い石油市場にもう一層の不透明要因が加わっている。

中・長期的には、世界的な脱炭素の取り組みへの構造的シフトが原油価格を左右する見通しである。これにより、世界の石油大手は炭化水素の探査・生産活動の継続に向けた投資を見合わせる可能性が高い。当初数年は原油に対する想定需要が価格弾力性を示さないとみられ(価格の変化に需要が左右されない)、供給サイドの動向が原油価格の主なドライバーになる可能性が高い。そうしたシナリオでは、原油価格は十分に下支えされて高い水準にとどまると予想する。

2023年には、アジアの上流分野の石油・ガス企業が原油価格高の恩恵を引き続き享受し、それが好調な利益やキャッシュフロー創出をもたらすと予想される。一方、下流分野の石油精製企業は、原油高と需要見通しの軟化が組み合わさって同セクターの精油マージンの重石になるとみられることから逆風に直面する可能性が高い。セクター内の見通しはまちまちであるものの、企業の信用特性は概して健全な状況が続くと予想している。スタンドアローン(単独ベース)の信用特性が良好であるほか、アジアの石油・ガス企業は戦略上重要な存在であり、それぞれに出資する自国政府からの強力なサポートの恩恵も受けている。当社では、アジアの石油・ガスセクターに対して中立的な見方をしている。

テクノロジー

2022年の中国のソフトウェア企業は、①国内の規制環境の変化、②企業業績の悪化、③地政学的緊張の高まりを背景に、パフォーマンスのボラティリティが高まった。2023年を迎えようとしているなか、米中関係の緊張を受けてヘッドラインリスクが高まっている一方、中国が景気下支えへと方向転換するなか国内当局が緩和姿勢を継続するとみられる。ファンダメンタルズ面に目を向けると、テクノロジーセクターの業績回復は中国国内の新型コロナウイルス政策に大きくかかっている可能性がある。企業業績への下方圧力が潜んでいることは確かだが、当社では大部分のドル建て債券発行体は信用特性が良好であることも認識している。さらに、企業は迅速にコスト管理策を実施し、投資も抑制してきている。ニュースヘッドラインが逆風となる可能性があり引き続きリスク要因となっているが、良好なバリュエーション水準と安定したファンダメンタルズが下支え要因となっており、同分野については中立的な見方をしている。

2022年のアジアのハードウェア企業は、インフレ圧力や景気の先行き不透明感の強まりを受けて消費者が裁量支出を削減するなかアンダーパフォームした。2023年に入っても下押し圧力が持続するとの見方を維持している。小規模な企業は売上減少やマージン縮小の圧力に晒されるとみられる。しかし、ドル建て債券発行体など、業界をリードする企業は、低水準の負債比率がバッファーとなるほか事前に設備投資を抑制してきており、目下の景気サイクルを乗り切る体制がより整っている。ファンダメンタルズ面の圧力のほか、米中貿易摩擦の中心にあるハードウェア企業は米国によるテクノロジー製品への制限措置を受けた規制リスクの高まりにも直面している。現時点において、当社では、最近決定された米国の対中半導体規制が発行体に大きな打撃を及ぼすとはみていない。しかしながら、今後さらにエスカレートしていく可能性は排除できない。バリュエーションは魅力的な水準にあるものの、先行き不透明感の強い同セクターについては慎重な見方を維持しており、さらなる底入れの兆しを待った上でポジティブな見方への転換を検討していく方針である。

電気通信サービス

アジアの通信企業は、域内において外国人旅行者の入国受け入れを再開する動きを受けてローミング・サービスが徐々に再開されたことが原動力となり、2022年には売上高が回復傾向を辿った。こうした傾向は2023年も続くと予想している。通信業界の競争力学は現地市場によって異なるものの、既存企業の間における価格競争や市場シェア変化のリスクは小さいとみられている。各社が5G(第5世代移動通信システム)の展開やブロードバンド・ネットワークへの追加投資にコミットしており、同セクターの設備投資は高水準での推移が続くとみられている。そうした投資の増加については、携帯電話基地局網など非中核的資産の処分や収益化など、積極的に資本を循環させる取り組みによって影響が一部低減されると予想する。総じて、当社ではアジア地域の大部分の通信企業は堅実な財務方針、そして安定的な信用特性を維持するとみており、同セクターに対するスタンスを中立としている。

不動産

高金利やマクロ環境悪化を受けて不動産の需要や価格が低迷するとみられることから、当社では不動産セクター全体に対して慎重な見方をしている。

中国本土の不動産関連債券には割安感があるものの、リターンが極めて不安定に推移すると予想する。中国政府は不動産購入制限を緩和しており、同セクターへの融資を促進する政策措置を導入している。とりわけ、2022年11月に発表された措置はそれまでの政策よりも強力かつ協調的なものであり、かなり大きな影響をもたらす可能性が高い。しかし、デベロッパーの流動性は依然として非常にタイトな水準にあり、新たな資金調達が当面の債券償還に十分に対応できる規模で迅速に実施されるかは不透明である。また、民間のデベロッパーを中心として同セクターに対する消費者信頼感もかなり低迷しており、このことが不動産の販売戸数や価格の重石になり続けるだろう。

中国本土以外では、香港とインドネシアが逆風に見舞われると予想する。高金利やマクロ環境悪化を受けて不動産の需要や価格、賃料が低迷するとみられる。シンガポールの不動産企業については、人口流入や旺盛な賃貸住宅需要、住宅供給不足が追い風となり、比較的底堅く推移すると予想する。

インフラ・運輸

アジア全体において入国規制や検疫要件の緩和がさらに進み、航空セクターの回復が2023年も続くと予想している。景気後退局面となれば出張需要が鈍化する可能性はあるものの、特にアジア地域全体において中国人の海外観光旅行客が戻ってくる可能性があることから、観光旅行の繰延需要がより大きな役割を果たすことになるとみている。航空関連の発行体のなかでは、需要回復に伴う事業体制拡大に要するリードタイムがより短く、複雑性も少ないことから、当社では概して航空会社よりも空港運営企業を選好している。

世界的に成長が鈍化する見通しであり、地政学的緊張が高まっているなか、港湾運営企業の信用特性をより注視していく必要があると考えている。インフレ圧力や信用環境のタイト化を受けて複数の先進国や新興国において貿易活動が鈍化しており、貨物・コンテナ取扱量のさらなる低迷を招く可能性がある。とは言え、大半の港湾運営企業についてはまず財務状況が健全であるほか、財務運営の柔軟性も十分にあり(必要な場合は)成長に向けた設備投資を抑えることができることから、2023年を通して信用特性が概ね安定的に推移するとみている。

公益事業

2022年は、ロシア・ウクライナ紛争の継続を主な要因として燃料価格(石炭やLNGなど)が記録的高水準に達した。エネルギー純輸入国においては、現行の電気料金体系において燃料コストを完全に転嫁できないことを受けて、2022年に一部の発電会社は過去最大の営業損失を計上した。当社では短・中期的には燃料価格が高止まりすると予想していることから、そうした営業損失状態は2023年も続く可能性が大いにあると考えている。加えて、規制コスト(炭素税など)の上昇や再生可能エネルギー比率拡大に向けた資金ニーズの高まりは、財務状況へのさらなる重石になってくるだろう。したがって、公益事業セクターのなかでは、概して火力発電会社に対してあまりポジティブな見方はしていない一方、よりクリーンなエネルギー源への移行が追い風になるとみられる再生可能エネルギー企業や、再生可能な電源の占める比率が高まっている企業については有望視している。


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